第六章 第十話 悪霊の違和感
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
以前にも書きましたが、各話のタイトルって考えるの難しいですね。ネタバレに慣れない程度の目を引くタイトルってどうやって思いつくのでしょうか(泣)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
死神の結界から生者である信孝が除外され、その姿を見失った怨霊・愛は怒りを増幅させていた。
「私と信孝さんを引き裂くなんて、許せない。お前ら、一体なんなのよ!」
牙を剥き、生き物の様に動く黒髪とオーラを揺らして今にも飛びかかってきそうな勢いで愛にネクラは身を震わせた。
「俺らは死神。お前を折檻しに来た存在だよ」
愛の質問に死神は身分と目的を簡潔に答え、それを聞いた愛の表情と雰囲気が怒りを増す。
「死神?折檻?よくわからないけれど、私と信孝さんを引き裂きに来たと言う事ね。許せない、そんな事、させないわ!」
ギッと歯を食いしばりながら、愛は瞳孔が開ききった瞳で死神たちを一層強く睨みつける。
ネクラには心なしか、殺いモヤが濃くなっていく度に空気が重苦しくなるのを感じた。
今はもう、何を喋っても愛の怒りの材料にしなならない状況だと言う事を悟る。
「六条愛。さっきの男の浮気相手で今回の俺らのターゲット……のはずなんだけど、妙だなぁ」
怒りを纏い、恐ろしい形相の愛を目の前にしても、死神は特に反応する事無く、端末をいじりながらその画面と愛を交互に見つめて首を傾げていた。
「ああ、お前も気が付いたか。私もアレを見た時から妙だと思っていたんだよ」
鐵も大鎌を構えたまま、相手の動きを警戒しつつ死神に同意する。
ネクラは特に何も感じなかったが、2人の死神は愛と言う存在に何か違和感を持っている様で、それを解明しようと愛を警戒をしながらもその姿を注意深く見つめていた。
「あ、あの。妙、と言うのはどう言う事なのでしょうか」
見当がつかないネクラだったが、考えるだけなら役に立てるかもしれない。そう思ったネクラは解析を続ける死神たちに思い切って疑問を投げかける。
「ん。ああ、妙なところは色々あるんだけど、まず1つ。あんなに黒いモヤが出るまで暴走しているのに、どうして人の形を保っていられるんだって事」
ネクラの問いに思考を巡らせていた死神が、意識をネクラに向けて指を1本ずつ立てながら説明してゆく。
「人の形を保っている……」
死神の言葉を繰り返しながらネクラは愛の方を見る。
確かに、今までネクラが遭遇して来た悪霊は、怒りのボルテージが上がり黒いモヤに飲み込まれてしまうと、人の形も、意識も、そして理性も失った異形の姿となり、暴れまわっていた。
「2つ。あの悪霊は確かに源信孝を呪う目的で憑りついたはずなのに、なぜか本人には被害がなく、源信孝に近づく女性が呪いじみた被害に遭っている」
それはネクラも調べた事実なので理解できた。なので己の認識を確認する様にコクコクと頷いた。
「3つ。あいつからは、魂の気配を2つ感じる」
「魂が2つ?」
それは一体どういう事なのか。ネクラが首を傾げると死神は頷いて話を続ける。
「そう、1つは六条愛の魂。もう1つはそれと全く異なる魂の気配がある」
「それは一体どう言う事なんですか。と言うか、そんな事がありえるんですか?」
「おお、一気に2つも質問するの」
分からない事が多すぎて、矢継ぎ早に質問するネクラに、死神は少し驚いた後、うーんと考える素振りを見せてから言った。
「どう言う事かと言う問いに対しては『元は異なる存在だった魂が何らかの形で融合した』って答えになって、そんな事がありえるのかって答えに対しては『ありえる』って答えになるかな」
死神はネクラがぶつけた2つの疑問にまとめて答えた。しかし、答えを返されても現状と状況が分からず、ネクラはただ疑問符を浮かべる事しかできなかった。
すると、隣で同じく死神の話を聞いていた華がなるほどと呟いたのでネクラは彼女の方を見る。ネクラと瞳が合った華は彼女が死神の言葉の意味を理解していない事に気が付き、ネクラでもわかる様に表現した。
「つまり、あの悪霊は魂の複合体って事ね。六条愛でありながらも、別の魂の側面も持つ。1つの体の中に魂が2つ入っているって事よ」
「なるほど、何となく理解できました。でも、そのもう1つの魂とは何なのでしょうか」
さらに疑問が深まったその時、愛のヒステリックな声が響く。
「さっきからコソコソと腹立たしい!!早く、早く私を信孝さんのところへ帰してっ!!」
愛の体から黒いモヤが四方に爆発する様に広がり、その黒いモヤとうねる髪が同時にネクラたちに襲い掛かって来た。
「話はそこまでだ。来るぞ。よけろっ」
鐵が鋭い声で注意を促すと同時に素早く後退し、華を肩に座らせる様に抱き上げてその場から飛び退く。死神も鐵よりも若干反応は遅れたが、ネクラを俵抱きにしながら避けきれなかった攻撃を全て大鎌で弾きながら、愛と更に距離を取る。
「あっぶな。話に集中しすぎた」
「丁寧に説明をするのは良いが、状況を考えないか。この馬鹿者」
どうやら死神は若干逃げ遅れていたらしく、鐵に軽く叱られていた。死神にもネクラにも傷1つなかったとは言え、ネクラの肝が少し冷えた。
「ああああっ。忌々しい!ああ、信孝さん!信孝さんっ!あなたに会いたいの」
ネクラたちを捕える事が出来なかった愛は悔しそうに悪態をつき、両手で顔を覆いまた信孝を求めた。
先ほどから異常なまでに信孝を求めてヒステリックになっている愛の姿を見て、ネクラは恐怖を覚えつつも死神に言った。
「あの、死神さん。悪霊……愛さんは信孝さんを恨んでいたんですよね。悪霊になってしまった原因も信孝さんの浮気相手になってしまった事がきっかけで世間から糾弾されたからと言うものでしたし」
「そうだね。俺の端末に入ってきた情報でも確かにそう書いてあったよ。六条愛は自分を追い詰めるきっかけをつくった源信孝を恨んでいたって」
肯定した死神の言葉を受け、ネクラは考え込み、自信がなさそうに行きついた答えを述べる。
「私、ずっと思っていたんですけど、愛さんは信孝さんを恨んでいると言うよりは求めている様な気がしてならないんです」
「それは私も同意ね。あの悪霊はあの男に近づく女性を攻撃していた様だし。まあ、男の方はそのせいで変なウワサがたって心労は溜まっていた様だけど。でも、それは自業自得。呪いとはほど遠いわ」
一生懸命に言葉を伝えるネクラに華が同意した。その言葉を聞いて、死神も同じ思っていた様で、困った様に唸っていた。
「うーん。俺もそこに矛盾を感じてるんだよねぇ。鐵。お前の見解はどうだ」
死神は隣に立つ鐵に意見を求めた。3人がまた話に集中し始め、唯一悪霊を警戒していた鐵は、ため息交じりに応える。
「はあ、お前たちも懲りないな。敵を目の前にして話し込むもんじゃないぞ」
「いいじゃん。俺も今度はちゃんと気を付けるしさ。それにほら、今は大丈夫だよ」
死神がちょいちょいと指を差す先では、愛が顔を覆った状態で右往左往していた。その状態でヒステリックに叫んでいた。
「信孝さん!信孝さん!どうして、どうしてっ!」
悪霊になった影響か、愛の精神は安定していない様で今は攻撃する様子も、怒りを向けて来る様子もない。どうやらネクラたちが視界に入っていない様だ。
そんな愛の様子を見て、確かに多少意識を逸らしても問題ないと判断したのか、鐵は警戒は解かずに己の考えを述べ始めた。
「融合している2つの魂についてだが、私が思うに、今回のターゲットである『六条愛』の魂より『もう1つ魂』の方の力が強いと思うのだが、それについてはお前はどうだ」
鐵が死神に質問を質問で返す。それを受けて死神は首を縦に振った。
「うん。それは俺も思ったよ。今、俺たちが目にしているあの悪霊の人格は六条愛と言うよりも、そのもう1つの魂の人格と言った方が良いかもしれない」
死神と鐵が互いの意見を示し合わせて頷き合ったが、ネクラにはさっぱりわからなかった。華は多少理解している様だが、戸惑いの色を浮かべながら死神たちに確認をする。
「えっと、つまり私たちが相手にしている悪霊である六条愛は、融合した別の魂に支配されていると言う事?」
「ま、簡単に言うとそうだね」
死神は華の言葉をあっさりと肯定したが、ネクラの疑問が晴れる事はない。寧ろ疑問だらけだった。
「え、その場合は六条愛さんの魂はどうなっているんですか」
「それは分からない。ごくわずかに六条愛の魂の存在を感じるから、消滅はしていないと思うよ」
ネクラの問いかけに死神が答え、鐵が顎に手を当てて思い悩む。
「困ったな。こう言う場合はどう処理すればいいものか。まとめて斬り捨てるべきか、それとももう1つの魂の正体を突き止める事は先か」
「何悩んでるの。こう言う時はまとめて斬り捨てる一択でしょっ」
慎重に行動しようとする鐵の意見を無視し、死神が言い終わると同時に大鎌を振るうと、風が起こりソニックブームとなって信孝を求めて錯乱する愛に命中する。
「あぐっ!」
突然攻撃を受けた愛は瞳を見開き、短い呻き声を上げてぎょろりと死神を睨んだ後、その場にどさりと倒れこんだ。
「おっし。命中」
「おいおい。もっと慎重に行動してくれないか。なにか罠があったらどうする気だ」
「行動しなきゃわからない事だってあるの。罠なんていくらでもかかってやるよ」
死神の行動に呆れた様子で頭を抱える鐵に、死神は平然として答えた。その返答に鐵はまた深く溜息をつく。
「えっ、倒したんですか」
あまりに一瞬の出来事にネクラが呆気にとられる。華も常にヘラヘラしている死神の素早い動きと行動力を目の当たりにし、唖然としていた。
「意外と呆気なかったわね……。って言うかあなた、意外に外道ね。不意打ちなんて」
「いやいや。悪霊相手に不意打ちして外道とか言わないでよ。これも立派な戦法なの」
嫌味を言う華に対し、死神は不満げ態度で返答した。しかし、直ぐに神妙な面持ちになぅって
でも、残念ながらまだみたいだよ
「いたぁい。何をするの……」
「ひっ」
「嘘でしょ!?死神の攻撃が命中したのよ!?」
倒れ伏していた愛の体がピクリと動いたかと思うと、そのままゆらりと起き上がる。
死神の一撃を受けてもあまりダメージがないその姿にネクラは短く悲鳴を上げ、華が驚愕する。
悪霊が死神の攻撃を一太刀でも食らえば力が失われていくはずだ。だが、愛は起き上がった上に先ほど攻撃を受けた傷さえも見当たらない。
あの悪霊は不死身なのか。ネクラと華に緊張が走り、焦りの表情を浮かべ身構えた。
しかし、攻撃が不発だったにも係わらず、2人の死神は動揺する事なく、寧ろ謎化解けたと言わんばかりの晴れやかな態度だった。
「なるほどな」
鐵が短い言葉で納得し、死神はにやりと笑って言った。
「これでもう1つの魂の正体がわかったよ。六条愛の魂と融合しているのは生霊だ」
「生霊!?」