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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は転生を強く願う新たな補佐と出会う
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第六章 第八話 指輪を求めて

この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。

だらだらと100話まで来てしまいました。あらすじとかを含んでいるので厳密に言えば100話ではないのですが……。

これからも少しずつ続けていければと思います。

本日もどうそよろしくお願いいたします。

 給湯室で指輪と言う新たな情報を得たネクラと華は件の男性、源信孝の元へと戻って来ていた。

 信孝は最初に見た時と同じく、自分のデスクで忙しなくデスクを叩いていた。心なしか先ほどよりも彼の机に積まれた書類が増えている様な気がした。


「やっぱり、特に変わった様子はないですけど、先ほどのウワサを聞いてから見てみるとあの人、孤立している気がします」

「そうね。まあ、取引先の社員と浮気した上に相手が命を絶つきっかけを作った上に、死神憑きなんてウワサを持っている奴なんて孤立して当然じゃない?」


 ネクラの遠慮した表現に華が辛辣な言葉で返す。それを聞いたネクラは苦笑いを浮かべたが、周りの評価は華と同じなのだろうと思いながら信孝を見つめる。


 最初に彼を見た時はそれほど気にはならなかったが、改めてみると彼は1人で黙々と仕事をこなしている。

 時たま、書類の確認で他の席に座る()()()()に声をかけたりはしているがそれ以外は基本的に1人の世界を作り仕事をしている。


 彼の周りの人間は仕事をこなしつつ、合間で軽く会話をしたり、冗談を言い合ったりする場面も見受けられたが、信孝はその輪には入れてもらえていない様だし、彼も仕事以外で会話に入るつもりはない様子だった。


 その様子だけ見れば単純に信孝が仕事にストイックで、仕事中は無駄話をしないスタンスの人間だと言えるが、雰囲気から察するにそうではない様だった。


 周りの人間が男女問わず雑談をしながらも時折、チラチラと信孝に視線を送っている。それは畏怖を含んだものや、どこか好奇を含んだものもあった。それをしっかりと感じ取っているのか、信孝はその視線を自らの視界に入れぬ様になるべく下を向いて仕事を処理してた。


 それに信孝から話しかける事はあっても、周りから彼に接触しようとする者もいなかった。女性社員など露骨に彼を避け、中には信孝とすれ違っただけで飛び上がり、同僚の元へと走って逃げてコソコソと会話する者もいた。


 その光景はどう見ても『顔も人当たりも良く、仕事もできる人気者』の姿は見る影もなかった。


「身体的な影響はないみたいですが、精神的影響が強そうですね。あの人が露骨に疲れていた様子が分かった気がします」


 悪霊は信孝本人に攻撃や呪いをかけている様子ではないが、彼が犯してしまった事に加え、彼に近付く者が被害を被っていると言う現状から、相当肩身の狭い思いをしている様だった。


「それも当然の報いでしょ。まあ、関係のない人間が集団同調性バイアスでこの状況を嬉々としているのは腹立たしい事ではあるけど」

「集団の中にいるとつい他人と同じ行動をとってしまうと言う心理ですよね。確かに、少しだけ気の毒かもしれません」


 信孝の行いは決して良いものではないが、まったく関係のない者にまで批判や好奇を向けられるほどではない。

 他人に同調して状況を楽しむだけの輩と仕事をするなど、信孝にとってはとても苦しく、鬱陶しさも感じている事だろう。


 ただ、悪霊を生み出した原因とも言える人物に同情するのもいかがなものかとネクラが複雑な思いで信孝を見ていると、華がじれってそうに言った。


「そんな事より、指輪よ。指輪!」

「あ、ちょっと!華さんっ」


 華は周りに姿が見えないのをいい事に、信孝の机目指して堂々と真っすぐに歩みを進める。

 そのあまりの大胆な行動にネクラは驚いたが、戸惑いながらも遅れまいと華の後に続いた。

 そして信孝の背後に立ち、彼の指やデスク周りを大まかに確認する。机の上は多少書類は多いが、綺麗に整頓されていた。しかし、目的の指輪はどこにも見当たらなかった。


「指には何もつけていませんね。机にもその周辺にも何も置いていないです。やっぱりポケットの中に入れているのでしょうか」


 念のため、机の下も確認してたネクラが屈んだままの姿勢で華を見上げる様に言うと、華は残念そうに溜息をつく。


「まあ、そう都合よくその辺に置いている訳がないわよね……こいつのポケット、いじってみる?」


 華がパソコンに向かう信孝の顔を覗き込みながら言うが、ネクラがギョッとしてそれを止める。


「そ、それは少しやりすぎではないですか。赤の他人のポケットを触ると言う事ですよね」


 そう言えば給湯室での会話では小柄な女性は「ポケット」としか言っていなかった。果たして、指輪が落ちたポケットはどのポケットなのか。


 信孝の姿を見てみれば、背広の胸ポケットが1つ。その下に来ているワイシャツにも同じく胸ポケットがありそうだ。後はズボンに左右1ずつとなっている。


「だって、それしか方法がないじゃない。平気よ。私たちは霊体だし、生者の体に触っても犯罪ではないわ」

「は、犯罪になるならないの問題ではなく、倫理観の問題で……」


 仕事を早く確実に終わらせたいがため、理屈行動しようとする華をネクラが必死で止めようとする。

 いくら霊体だからと言ってやっていい事と悪い事がある。異性の否、他人のポケットの中を無断で触るなど、ネクラにはとてもできない。


 しかし華は仕事と割り切っているのか、動揺するネクラを前に平然としていた。


「扉や壁がすり抜けられるんだもの。衣服も同じでしょ。触られた感覚なんてないわよ……多分」

「多分!?」


 ネクラが反応すると同時に華は信孝の体へと手を伸ばし、まずは胸ポケットを探りだす。華の手は信孝の胸を貫通していたが、当然の事ながら何も違和感を持たず様子でパソコンを叩き続けている。


 人の手が人の体に貫通している。その奇妙な光景をネクラはハラハラしながら見守っていた。


「むむ。ここにはないみたいね。ズボンのポケットかしら」

「は、華さんっ。ズボンは流石にやめた方がっ」


 胸ポケットに目的のものがなく、華は顔をしかめながら今度はなんの躊躇もなく、ズボンのポケットに手を伸ばす。

 

 そのあまりの抵抗のなさにネクラは改めて止める。ポケットを探るだけと言えど、異性の下半身を触るなどとんでもない行動である。


 しかし、華がネクラの静止を聞く様子はなかった。むしろそんなネクラをうざったそうに見て言った。


「何もズボンを脱がそうってわけじゃないんだから。触るのはポケットだけ」


 溜息混じりにそう言って、華の指が信孝のズボンのポケットに触れようとしたその時だった。


 バチッと言う電気が弾ける様な大きな音が室内に広がる。ネクラはほんの一瞬だが白い稲妻の様なものがポケットから華の手に向かって放たれた気がした。


「いたっ」

「わっ!?」


 音が弾けると同時に華が手を押さえながら尻もちをつく形で転倒し、音と華が転倒した事にネクラが驚く。


 電気が弾けたのは信孝のポケットだった。その異常な音に人事部中の人間の視線が信孝に集中する。

 一方で信孝は驚いた様子でズボンのポケットを押さえ、そして青ざめた表情で確認していた。


「華さん、大丈夫ですか。何があったんです」


 ネクラは手を押さえて座り込んでいる華に手を差し伸べる。その手を掴んで起き上がりながら華が痛みに顔を歪めながら言った。


「わ、私は平気。それより、今、ポケットからなにか出たわよね」

「はい。一瞬だけ、白い稲妻みたいなものが見えた気がします」


 ネクラが見たままの事を答えると、華は稲妻を受けた右手をひらひらと振りながら言った。


「いたた。って事は、ズボンのポケットが当たりって事かしら」

「そうかもしれないですね」


 突然の大きな音と稲妻の発信源となり、部署中の注目を浴びてしまった信孝は、その場で苦笑いをしながら一礼をした後、手でポケットを押さえながらそそくさと部屋から出て行ってしまった。


「追いかけましょう」

「はいっ」


 ネクラと華は同時に駆け出し、信孝の後を追いかけた。


 信孝が逃げた先は様々な物が積み込まれた倉庫だった。少し埃っぽい事から、普段は誰も使わない場所であると思われた。


 電気はチカチカと点滅するだけの小さな豆電球のみで、ここまでの道のりにもほぼ人気はなかった。

 要は他人に見つかりたくない人間がコソコソとするには絶好の場所と言うわけだ。


 それでも男は周囲を警戒し、誰もいない事を確信してからズボンのポケットを探った。実際はそのすぐ近くでネクラと華が様子を窺っているのだが、普通の人間である信孝には2人の事は当然視えていない。


 但し、直ぐ近くとは言えど、先ほどの稲妻の件で悪霊がネクラたちの存在に気が付いた可能性がある今、何があってもいい様になるべく扉の近くで男の動向を観察している。


「あれは、指輪ですね」


 信孝がこそこそとポケットから取り出したのは銀色に輝くリングだった。それを確認したネクラが華に言うと、彼女は頷いた。


「ええ。そうね。さっきの電撃と言い、あいつのあの様子と言い、どうやら曰く付きの様ね」


 華が鋭い視線で見つめる先で指輪を持ち、震える信孝は右掌に指輪を乗せて青ざめた表情で叫んだ。


「なんだよ!俺、今日は誰とも話していないだろ!」


 指輪に向かって、何を言っているんだ。ネクラと華がそう思った時、女性の倉庫に響き渡った。


「いいえ。あなたは私以外の女性に触れられそうになっていたわ」

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