第六章 第七話 新たなウワサと手がかり
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
六章も10話に収まらない気がしてまいりました……。まとまりのある文章にしたいのですが、あれもこれもと詰め込むとぐたっと長くなってしまう(泣)
本日もどうぞよろしくお願いします。
その後、源信孝を渦巻くウワサについての情報を得ようと暫く化粧室で待機し続け、何人かの女性社員の話に聞き耳を立ててみたが、やはり信孝に近づく女性が不運な目に遭っていると言うものが圧倒的に多かった。
これだけ色々な女性にウワサされると言う事とは、信孝と言う男は色々な意味で注目を浴びている存在であると言う事が良く分かった。
しかし、話される内容は全て同で、これ以上新しい情報を得る見込みはなさそうだったため、ネクラと華は場所を移動する事にした。
社内の時計を確認すると丁度お昼時で、せっかくだから同じくウワサが語られる場所である給湯室にも行ってみようと、2人は見知らぬ会社の中を歩き回った。
そしてようやく見つけた目的地。中を覗くとお昼のカップ麺を持った小柄な女性と、来客用のカップを洗う背の高い女性、そしてポットのお湯を確認するふくよかな女性の3人が何やら話し込んでいた。全員20代後半と見受けられる。
小柄な女性は右手と右足首に包帯を巻いており、痛々しい印象を受けた。そんな状態の小柄な女性にふくよかな女性が話しかける。
「あんた、それもう大丈夫なの」
「うん。もうあんまり痛くないわ。心配してくれてありがと」
体を気遣われた小柄な女性は苦笑いを浮かべながら返す。背の高い女性が洗い終わったカップをしまいながらその会話に入って来る。
「でもびっくりしたわ。会社の階段から転げ落ちるなんて。どうしてそんなにドジをしての」
「う、うーん。頼まれた書類を運んでて、前が良く見えなかったのかも……しれない」
小柄な女性は自信がなさそうに答えた。その反応に2人の女性が怪訝な表情で聞き返す。
「何?その曖昧な答え」
ふくよかな女性が言って
「まさか、誰かに突き飛ばされた、とか言うんじゃないでしょうね」
続けて背の高い女性が冗談めかしながらそう言うと、小柄な女性は体をビクリとさせて青ざめた。その反応を見た女性2人の表情に驚きの色が浮かぶ。
「え!まさか、本当に誰かに突き飛ばされたの?」
「嘘でしょ!?誰、顔は見たの?」
背の高い女性とふくよかな女性が身を乗り出して小柄な女性に詰め寄る。興奮気味に詰め寄られた小柄な女性は、言うべきかと思い悩む様に視線を泳がせた後、決意した様に息を吸い、青ざめたまま震える声で言った。
「だれも、いなかったの」
「「は?」」
前のめりになっていた2人の女性が同時に呆けた声を上げる。
ずっと3人の話に聞き耳を立てていたネクラと華も同じくその言葉に疑問を持った。
「あんたが振り返った時にはもう逃げていたって事?」
ふくよかな女性が聞くと、小柄な女性は力いっぱい首を横に振る。
「私、体を押された瞬間、なんとか振り返ってみたの。でも……そこには誰も、なにもなかった。足跡も聞こえなかったし、誰かが私を押して素早く逃げた何て事もあり得ないと思う」
自ら体を抱え、震える小柄な女性を何とも言えない表情で見つめる女性たちだったが、背の高い女性が何かを思いついた様に言った。
「……ねぇ。あんた、最近源さんに言い寄ったりした?」
それを聞いたふくよかな女性もそれだと言わんばかり頷き、小柄な女性にやや楽しそうに聞く。
「ああ。最近死神憑きとか言うウワサが流れているわよね。同じ部署の人間がそんな事言われるなんて複雑よねぇ。で、どうなの。モーションかけちゃった感じ?」
「わ、私はそんな事してないわ。別に源さんみたいな人はタイプじゃないし。かっこよくて仕事ができても浮気性は嫌よ……最近ちょっとだけ喋ったぐらいね」
最初は否定をした小柄な女性だったが、やや心当たりがあったらしく、ふてくされた様子で瞳を逸らしながら言った。
その言葉を聞いた背の高い女性が瞳を丸くする。
「喋ったの。最近の源さんに関わる女性は危険な目に遭っているってあれだけウワサされているのに?下心があるなし関係なく女性社員がケガや病院送りになっているの、知ってるでしょう」
「そうよ。最近は皆源さんを避けているのに……。どうして話なんてしたの。あんたと源さんはデスクが離れているし、同じ部署とは言え仕事内容は違うはずでしょ」
2人は驚き半分、呆れ半分と言った声で聞いた。小柄な女性はふてくされたままの声色で詳細を話してゆく。
「私がコピー機を使おうとした時ね、たまたま源さんが前でコピーをしていたの。で、それが終わってコピー機から離れた時に源さんのポケットから指輪が落ちたの。それを拾った時にお礼を言ってもらったのと、少し世間をした程度よ」
「指輪?なんでそんなものポケットに入れてたのかしら。普通は指にするものよね」
背の高い女性が不思議そうに言うと、小柄な女性は小さく頷いた。
「うん。私もそれが気になって聞いたの。そしたら仕事の邪魔になるから外しているだけだよって言ってた。でも……」
小柄な女性は言葉を濁らせる。暫く間が空き、話を聞く2人の女性とそれの光景を見ているネクラと華にも緊張が走る。
小柄な女性は給湯室の入口を気にしてチラリと視線を送り、人の気配がない事を確認した後に女性2人を手招きし、小声で話す体制を取り始めたため、ネクラと華は話を聞き漏らすまいと、女性たちと距離を縮めた。
「でも、その指輪、もしも結婚指輪だとしたら前に見たものとはデザインが違っていた様な気がして」
「その時、源さんの指に指輪は?」
背の高い女性の問いかけに小柄な女性が、その時の状況を思い出しながら答える。
「多分、本来の指輪もつけてなかったかな」
「え、でも源さんって浮気が発覚した後も奥さんと別れてないわよね。指輪も外している上に、別の指輪を持っているなんて、変よね」
背の高い女性が頬に手を当て首を傾げる。ふくよかな女性も同じく考える仕草をし、ひらめいた表情で言う。
「まさか、浮気相手との指輪に送った指を後生大事に持っているとか?」
「でも、大事に持ってたって感じじゃなかったんだけどな。なんか指輪を落とした時の源さんは動揺している様には見えた気がする」
小柄な女性がポツリと言い、他の2人がふぅんと頷いた。
話が途切れそうになった時、高い女性が思い出した様に言った。
「そう言えば浮気相手って取引先の社員だったんでしょ。源さんもよく手を出そうと思ったわよねぇ」
ふくよかな女性もその話に乗っかる。
「しかも、浮気が発覚した後にその女性、自殺したんでしょ。源さんについているのは死神じゃなくてその女性の霊なんじゃないの。源さんに近づく女性全員が事故に遭っているんでしょ」
「ああ、死神よりそっちの方がしっくりくるわ」
「死神でも浮気相手の霊でもどっちでもいいわ。私、もう二度と源さんに係わらない。2人も気を付けた方がいいよ。私みたいになりたくなければ」
浮気相手の話で盛り上がりを見せる女性2人の声に被せて小柄な女性が苛立ちを含んだ強めの口調で割って入った。その声に驚いた2人が話をやめ、視線を小柄な女性に向ける。
小柄な女性は青ざめて震えていた。余程階段から落ちたのが怖かったのだろう。もう思い出したくないと言わんばかりに頭を抱える。
手足に包帯と言う痛々しい姿の女性を改めて見た2人はバツの悪そうな表情を浮かべてから頷いた。
「うん。ありがとう。私たちも源さんには気を付けるわ。あんたも、早く怪我が完治するといいわね」
背の高い女性が小柄な女性の背中をさすりながら優しく言い、ふくよかな女性も元気づける様な口調で言った。
「嫌な事思い出させてごめんなさいね。怪我が治るまでは私たちがサポートするし、何でも言ってね。さっ、お昼休みが終わる前に戻ろ」
3人の女性は互いに支え合う様にして給湯室から出て行った。大筋の内容は化粧室で語られたものと変わらないが、まさか『源信孝に関わって怪我をした女性』の話が聞けるとは思っていなかった。
「やっぱり。被害に遭った女性はあの男に近づいただけで悪霊の呪われている様ね」
華が女性たちの背中を見送りながら言った。それはネクラも気が付いた事だった。色々と調査を続けた結果、中には下心があった者もいた様だが、あの小柄な女性や先ほど化粧室で話題になった式部と言う女性の様な、信孝と話をしたり、ただ一緒に仕事をしただけと言う恋愛感情を向けていない人物も悪霊の被害に遭っている様だった。
「話を聞く限り、命を落とした方はいらっしゃらないようでしたが、一歩間違えれば命の危機、と言うものが多いようですね」
「あの男に憑りついている今回の悪霊、よっぽど嫉妬深いのね。恋愛感情に関係なしに男に近づく全ての女性を狙うなんて」
華がため息交じりに呆れながら言う。
「嫉妬の感情だけで源さんに近づく女性を狙うんですか。でも、悪霊が憎いのは源さんなんですよね?」
ネクラは訳が分からなかった。今回悪霊は信孝に騙されて浮気相手となった後自ら命を絶った霊。
殺したいほど憎いのは信孝ではないのか。彼に近づく女性たちは全くの無関係と言える。それなのにどうしてとの首を傾げる。
いまいちピンと来ていないネクラに華が仕方がないと言った様子で説明する。
「あなたはまだ若いからわからないかもしれないけど、女はね、痴情のもつれで男に裏切られた時、裏切った男より相手の女を恨む傾向にあるのよ」
「え、そうなんですか!?で、でも悪い……と言う原因を作ったのは源さんの方なのに」
信じられないとネクラが動揺していると華はあっさりと言う。
「それは多分、今憑りついている悪霊がまだあの男の事が好きだからよ。好きな人に言い寄る女性を排除したいんでしょ」
「さっき華さんが言った何となく想像がついているけど確証がない事ってそれですか」
華の推測にネクラが驚きと動揺を見せながら聞くと彼女はゆっくりと頷いた。
「ええ。そうよ。状況から見てそれはほぼ確定。でも、あなたの担当の死神によると、あの男が呪われているんでしょ。それが良く分からないのよね」
「よくわからない、とは?」
何か引っかかる事があるのか、華は渋い顔をしていた。何から何までさっぱり答えが見いだせないネクラは質問を投げかける事しかできない。
しかし、そんなネクラを前にしても華は苛立つ様子はなく、自分の考えを述べて行く。
「呪うって言うのは本人を攻撃しているイメージじゃない?でも、今の状況はあの男を憎んでいると言うよりは執着して、周りを攻撃しているって感じ。だから呪うって言う表現よりも、憑りついているって言う表現の方が納得はできるのだけど」
うーん。と唸りながら華は思考を巡らせる。しかし、その言葉を聞いてもネクラには不審な点は1つも見当たらなかった。
こう言う場面に直面すると、自分は本当に役立たずだとネクラは実感する。虚無、柴、そして華。自分と同じ元現世の人間にも係わらず、皆鋭い観察眼と思考能力を兼ね備えている。
経験の差、と言うものなのだろうか。もし、素質の問題だったら自分は転生するまでこのままなのだろうかと少し事故嫌悪に陥っていると、華が考える事を辞め、思考を切り替える。
「わからない事をいつまでも考えていても仕方がないわね。さっき話題に出ていた指輪が気になるわね」
「はい。そうですね」
その意見にはネクラも同意だった。
先ほど話題に上がっていた信孝がポケットに入れていたと言う指輪。小柄な女性の話によれば結婚指輪とは異なっており、それを拾い上げた際に信孝は動揺をしていたと言っていた。
傷を付けたくないほど大切なものであればポケットには入れないだろうし、普通の指輪であれば動揺などしないだろう。これは何かあるに違いない。
「指輪……ね。よし、確認しに行きましょう。あの男のところに戻るわよ」
「は、はいっ」
華がキビキビと動き出す。足早に彼女たちの話題の人物「源さん」こと信孝がいる人事部へと再び向かおうとする彼女の後をネクラは必死で追いかけた。