第六章 第六話 給湯室でのウワサ話
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。だらだらと書き続けてもうすぐで100話目(あらずしを含んでおりますが)
なんとか書き続けて来られてよかった。このまましっかりと最終章までキャラたちを導いてあげたいですね。とは言え、最終章はまだ先になりそうですが……。もうすぐ投稿できそうな新作と同時投稿と作成、できるかなぁ(遠い目)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
源信孝には死神が憑いている。
その言葉を聞いたネクラと華が女性たちを凝視する。動揺をするネクラたちが背後にいるとも知らず、女性たちはコソコソと、しかしどこかワクワクとしながら詳細を語り始める。
「ああ、それね。浮気事件以降、あの人に近づいた女性は災難に遭ってるって言うやつでしょ」
ショートヘアの女性が言うとミディアムヘアの女性はその通りと言いながら、仕上げのリップをポーチに戻しながら続けた。
「そう!この前も経理部の式部さんが見通しの良い交差点で死にかけたらしいわよ」
「え、あの和風美人で有名な式部さんよね。今日見かけた時は特に何ともなさそうだったけど、死にかけたって……何かあったの?」
死にかけたと言う物騒な話題にも係わらず、女性たちの声色はどんどんと好奇心と盛り上がりを見せて行く。
「ええっ。知らないの!?あの人、最近事故にあったの。休日に買い物をしていたら、彼女めがけて車が突っ込んできたって聞いたわ」
「なにそれ!ヤバいじゃん。こわ~、よく無事ですんだわね」
ショートへアの女性が体をさすりながらも他人事と思っているのか、軽い口調で言った。
どうやらミディアムヘアの女性の方がウワサに詳しいらしく、彼女の口から次々と詳細が語られる。
「ギリギリ避けられたみたいよ。サイドブレーキがかかっていない無人の車だったみたいだから、スピードもそれほど出ていなかったって」
「へぇー。不幸中の幸いって奴なのかしら」
ショートへアの女性が水で濡らした手で髪の毛を整える。そしてミディアムヘアの女性が声を更に抑えて言った。
「普通ならただの不運で済まされるだろうけど、最近似た様な目に遭ってる人が多いでしょ。今月でもう10人目。それ以前にも何十人の女子社員が事故未遂か病院送り。しかも全員源さんに近づいた女性だし。だから式部さんもそれ関連じゃないかって言われてるの」
「……って事は式部さんも源さんねらいだったの?」
意外な事なのかショートへアの女性が瞳を見開いて驚きの声を上げる。しかしミディアムヘアの女性は首を横に振った。
「ううん。なんか同じプロジェクトで一緒にいる事が多かっただけみたいよ。彼女、婚約者がいたみたいだから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、式部さんが事故に遭いかけたのは偶然かしれないじゃない」
「ええー。でも、源さんに近づいた女性には変わりないないし、やっぱり死神が憑いているってウワサは本当だと思わない?」
自分の意見をあっさり否定されたのが気に食わなかったのか、ミディアムヘアの女性が唇を尖らせる。その姿を見てショートヘアの女性は鼻で笑った。
「人の色恋沙汰に首を突っ込む死神なんて聞いた事がないわ」
「そんなのわからないじゃない。源さんモテるし、男女問わず人気あるし。とうとう死神にまで好かれて、嫉妬した死神が源さんに近づく女を呪い殺そうとしているのかもよ」
ミディアムヘアの女性が両手の指をワキワキと動かし、少し怖い顔をしてショートヘアの女性を脅かす様なそぶりを見せる。
しかし、彼女はそれにどう知ることなくさらりと言った。
「はいはい。あんたは本当にそう言うの好きよね。でも確かに、そこまで被害が出ているなら、あの人には何かが憑りついているのかもね」
「だよね!絶対死神だよ。もしくは源さん自体が死神!」
身だしなみを整えた女性たちはそんな事を言い合いながら化粧室から出て行った。
ここで張っていたのは正解の様だった。華も言っていたが、浮気と言う話題になりやすい問題を起こしてしまった信孝にはそれなりのウワサが付きまとっている様だ。
しかし、なんとも奇妙なウワサだと思った。死神が人間に憑りつく。生前のネクラならその可能性は否定しなかっただろうが、死神補佐となった今、それはあり得ない事だと主張できる。
「死」の言葉を司る神ではあるが、人間に憑りつき危険な目に遭わせたり、無暗に人間の命を奪ったりはしない。それは実際に行動を共にして来たからこそわかる事だった。
死神は魂を導くもの。決して死を招いたり、危害を加える存在ではない。それは紛れもない真実だ。
それなりに世話になっている死神にあらぬ疑いを掛けられ、ネクラは心がモヤモヤとしていた。それは華も同じな様で、とても厳しい表情で話に夢中になっている女性たちを見る。
「バッカじゃないの。死神が人間に憑りつくわけないじゃない」
怒りの対象である女性たちがいなくなっても、イラつきを耐えきれなかったに華が悪態をつく。
「でも、今の話でわかりましたね。悪霊に呪われているのは源さんのはずなのに、被害に遭うのは近づく女性みたいです」
「そうね。あの男が呪われているのにそこそこ健康そうなのは、それが理由でしょうね」
「でも、何故本人ではなく周りに被害があるのでしょうか」
「そう?私には何となく想像がついたわよ」
見当もつかないネクラに対し、華は女性たちの会話だけで真実に近づいた様であっさりとした表情をして返答した。しかし、直ぐに悔しそうな表情を浮かべる。
「でも、確信が持てないの。すごくもどかしいけれど。もう少し調査を続けましょう。あの男の様子を窺いつつ、この会社で囁かれるあいつのウワサを全て調べつくすわよ」
その言葉を聞いてネクラは驚いた。転生を急ぐ華の事であるから、確信がなくともあるていど予想がつけば行動すると思っていたからだ。
彼女の行動と言動が意外だと思っていたのが表情に出ていたのだろう。華がネクラをジトリと見つめて不機嫌そうに言った。
「何、私の顔に何かついているかしら。それとも……私が冷静に行動に移す事がそんなに意外?」
「えっ。あ、いえ。そ、そんな事は……」
上ずりながら瞳を逸らすと言うバレバレの動揺を見せるネクラを華はフンと鼻を鳴らしながら言った。
「あなた、態度が正直ね。いいわよ。正直に言ってもらっても。誤魔化されるほうがイライラするから」
「う、はい……。すぐに行動を移さないのは少しだけ、意外かなぁと思いました……」
痛い視線を受け、ネクラは居たたまれなさで小さくなりながら心の内を正直に明かす。認めれば怒られてしまうかと思ったが、きちんと正直に言ったためか特別苛立つ様子もなく、華は落ち着いた様子で答えた。
「私がせっかちだけど、目的は忘れないタイプなの。確かな証拠や確信がないまま行動して、悪霊に私たちの存在を悟られて色々と台無しにしたくないもの。いざと言う時は鐵たちがなんとかしてくれるでしょうけど、自分の力でできる限り確実に仕事をしないと、徳を積む事ができないでしょ」
死神補佐は転生に必要な徳、死神曰く『輪廻ポイント』を貯めるために活動する。処理をする仕事の難易度や量によって達成した際に与えられるポイントが変わって来るのだ。
単純に言えば担当する死神の手を借りる場面が少ないほど得れるポイントは高いと言う事になる。
故に早期転生を望む華は大量に輪廻ポイントが欲しいため、その目的を達成するべくギリギリまで自分の力で確実に仕事を処理したいのだ。
「善は急げよりも急がば回れ。今の私にはそれが大事なの。まあ、急いでいる事には変わりはないんだけどね」
「そうですか…確かに、悪霊に私たちの存在がバレるのは良くないですもんね」
悪霊が死神の存在を知っているかはわからないが、色々と捜索している自分たちの存在が知られてしまえば、悪霊の方から何か仕掛けて来るかもしれない。それは、とても危険だ。
「まあ、そうね。今回の悪霊はあの男を呪い殺そうとしているわけだし、それを私たちが阻止しようとしていると思われたら、向こうから攻撃をして来るかもね」
さらりと恐ろしい事を言う華にネクラが小刻みに震える。
「こ、攻撃なんてされたら太刀打ちできませんものね……。あ、華さんは戦闘訓練を受けたりはしているんですか」
基本的に死神補佐戦闘訓練を受ける必要はないのだか、柴の様に霊力や霊感があるなど素質があるものは、希望に応じて死神見習いと同等の訓練を受ける事ができるのだ。
仮に悪霊に襲われ、取り込まれてしまえば魂は完全消滅してしまい、一生転生する事は出来ないと死神が言っていた。
しかし、転生を強く願う華は見たところ悪霊に恐怖を抱く様子がない。もしかしたら、柴と同じく何かしらの訓練を受けているため、悪霊と対峙しても逃れる術があるのか。
そう思い、ネクラは聞いたが彼女は緩く首を横に振った。
「いいえ。訓練は受けていないわ。不意打ちでもされたら終わりね。あなたは?」
あっさりとした返答の後に質問を返され、にネクラはおずおずと答える。
「私も、特になにも」
いざと言う時は一日一回だけ使えるカラスのキーホルダーがあるが、特に言うほどの事でもないかと思いあえて華には伝えなかった。
「お互いに戦闘能力がなければなおの事、悪霊に見つからない様に行動しないとね。まあ、いざとなったら、おびき出すって言う意味ではわざと見つかるのもありかもしれないけど」
「おびき出す!?自ら囮になると言う事ですか!?」
とんでもない発言にネクラが驚きの声を上げると、華はしれっとして言った。
「もちろんよ。危険度が高いほど得は蓄積するもの。ちゃんと自分の力で逃げるけど、本当に危ない時は鐵が助けてくれるし、問題ないわ」
確かに、死神たちは基本的に補佐たちの行動を姿を隠して監視している。決して補佐を見捨てる事はないらしいので、本当に危険な時は助けてくれるだろう。加えて助けられたとしても輪廻ポイントが消えるわけでもない。
転生の為に危険を冒してまで行動する。やはり華はどこか危うさを抱える存在の様に思えた。
そんな彼女を心配する様に見つめていると、不安を帯びた視線と勘違いしたのか華が気遣う様に言う」
「ああ。言っておくけど、一緒になって囮になる必要はないわよ。これはあくまで最終手段。いざと言う時の囮は私1人で十分よ。それに、あなたトロそうだしね」
自信ありげに、そして珍しく冗談めかしてそう言った華だったが、何故だかネクラの不安は消えなかった。