せめて心は艶やかに(三十と一夜の短篇第61回)
休日、明るい日差しの午後、家の片づけが終わって貴女はほっと一息。埃っぽくなったので風呂場に行く。お風呂掃除をしたついでに自分自身を浄める。髪を洗ってパックをして、清々しさと潤いを得る。
部屋に戻って髪を乾かす。肌の保湿をして、お洒落な服を二、三、取り出して、鏡に向かう。似合うかなどうかな、ととっかえひっかえして、決める。総レースの下着を纏い、ちょっと鏡の前でポーズをとってみる。服を着たら今度はお化粧。普段は使わない色の口紅やアイシャドウ、頬紅を並べる。再び鏡を睨み、念入りに化粧筆で色を置く。
鏡に映る顔は決して笑わない。愛想を売る必要がないからだ。矯めつ眇めつ、出来を眺め、やっと満足する。
香水をコットンに染み込ませ、部屋を香らせる。好きな香りを胸一杯に吸い込む。
お気に入りの音楽を流す。いつもより丁寧にお茶を淹れ、座る。
このゆったりとした空間は貴女を寛がせる。
誰の目も気にしない、自分を満足させる為だけのおめかし。誰を気にすることもなく、誰を怖がる必要もない。ここには勘違いしてじろじろ視線を送り、寄ってくるような無礼な輩はいない。
心地よい孤独、自尊心を回復させる時間。
明日から働く為、人に知られぬよう、爪を研ぎ、牙を磨いて、矜持を保つ。
貴女は凛と咲き誇る。どの花よりも美しい。
心ときめきするもの
心ときめとするもの 雀の子。ちご遊ばする所の前わたりたる。唐鏡のすこし暗き、見たる。よき男の、車とどめて、物の案内させたる。よき薫物たきて一人臥したる。頭洗ひ化粧じて、香にしみたる衣着たる。ことに見る人なき所にても、心のうちは、なほをかし。待つ人などある夜、雨のあし、風の吹きゆるがすも、ふとおどろかるる。
引用は『日本古典文学全集 枕草子』(小学館)から