魔法少女、日本支部にゆく
魔法少女、日本支部にゆく
私は今、窮地に立っていた。電車による移動、そして東京のダンジョンにより確実に私は追い詰められていた。一体ここはどこなのだろうか。
右を見る。人混み。左を見る。人混み。
南口を目指したのに西口に出ており、どこへ向かえば目的地へ行けるのかが不明瞭であった。
「どこ? ここ」
私のつぶやきは人混みの足音にかき消されゆくのだった。冷や汗が流れる。昨日の言葉を思い出すに、もはや一刻の猶予もないことは明白だ。相手はお偉いさんであり、遅刻は厳禁である。
「マーチ、もしかして、迷ってるのか私は」
「もしかしなくても迷ってるみゃ……だからもうちょっと早く出ようっていったみゃ!」
「仕方ないでしょう!? 朝は弱いのですよ私は! それにマーチも朝食食べるの遅かったじゃないですか!」
「僕はゆっくり食べたい派なのみゃ! もうちょっと早く起きてれば良かったみゃ!」
ギャーワー私達は騒ぐものの、解決策もなく、ただただお互いの朝の駄目な点を挙げてくのみであり、時間を浪費するだけであった。
「だー! 言えども解決しないし、時間だけが消えるし、どうしようもないじゃないですか!」
「みゃー! 僕も一緒に怒られちゃうみゃー!」
二人して頭を抱える。どうしようか。一応メールにてSOSは出しているものの、自身の居場所すらわからない私は、東京の街の中心で助けを高らかに叫ぶ。周囲の視線がどこか冷たかった。
すると、そんな私達の前に黒塗りのリムジンが止まった。おや? なんだろうか。今日は何かイベントごとでもあったのだろうか?
「やぁ、探したよ。幹之助くん」
「連さぁん……!」
ほあぁぁ……連さんが助けてくれたよぉ……。
今にも抱きしめたいくらいには心細かった私達は、2人(一人と一匹)して涙目で駆け寄る。やっと見知った人に会えたよぉ。
「じゃ、乗って」
「てええええええ!? リムジン? リムジンなんですか?」
「そうだけど?」
そうではないが? なぜ不思議そうな顔をしてらっしゃるのかな? 私は黒塗りのそれに対して注目が集まっているのを感じる。私達に対しても不思議がっていることだろう。やめろ! 私をそんな奇っ怪なものを見る目で見るんじゃあない!
私は視線に耐えられず、そそくさとリムジンの座席へと座ったのだった。ふぅ、と一息をついてパチリと目を開くと、目の前にそれはもうたいそう美人な女性の顔があった。目はぱっちりしていて唇はぷるんと……
「るぉぉおおわっつ!?」
「あっははははは! い〜い反応だねぇ? 君ぃ」
私の反応を楽しんだのか、女性は少し離れて席に座る。露出度の高い服装で、生足を晒しながら足を組んでいるその女性は、妖艶に微笑んだ。思わず生唾ゴックンである。
「なぁに? オネェさんに興味あるの?」
「ホワッつ! 連さん!? 痴女様がいます! めっちゃエロいねぇさんがいるのですが!?」
「里見さん、それくらいにしてあげてください」
「やぁよ、とっても新鮮な反応じゃない?」
ヒーン! お手手のシワとシワを合わせて幸せナームって指絡めないで!? 肩にお手手を乗せないでっ! なに耳元で小さく笑ってるのですか! 何この新感覚AMSR!!
とまぁ、私で遊んで満足したのか、里見さんと呼ばれたこのエロティックおねぇさんは元の座席に座って一息をついた。もう私、お婿に行けないのでは?
「はー、楽しい。新しい玩具ね」
「おもちゃじゃありません!」
「あはは、ごめんね里見さんが」
笑い事ではないのですが? 私には刺激が強すぎて私の息子が呼んだ?って挨拶をしようとしてるのですよ? 静まれマイサン。今ここでお前が暴れると、色々と何かを失っちまう。私の中のオタクがそれどんなギャルゲですか?と息を吹き返したが、もうしばらく死んでおけ。
「さてと、自己紹介と行こうじゃないか。私は藤原里美。現役魔法少女よ」
「はぁ、よ、よろしくです」
握手のために手を差し出されたが、一瞬躊躇する。だって、またこれで遊ばれたら私困るので。しかし、普通に握手を交して、私も名前を答えた。柔らかいお手手である。
「それでも、最初期の魔法少女であり、国際魔法少女機構の最高位に属してるんだ」
「え゛」
「えってなによぉ、もう。わたし、偉いんだからねぇ?」
自分でもビックリするくらい濁った声が出た。いや、マジですか? こんな人が最高位クラスですと? ちらりとマーチを見やると、どうやら私と同じ感覚らしく、頭を抱えていた。うん。やはり魔法少女といえどもこの人は普通ではないのだろう。なんとなく察した。
「私は、木倉幹之助と申します」
「随分とまぁ古風ねぇ」
やかましいわ。
散々である。名前を名乗るたびに私のガラスのハートが音を立てて砕け散る。里見さん、私、顔は笑ってるけど心では泣いてますからね?
「さてと、それじゃあまず、君が魔法少女となった、成り立ちの方を聞かせてもらおうかぁ」
「え、えっと……」
そうして、送迎の間に私は、一番最初の戦闘、そして二回目と教師役の摩耶さんについてお話した。すると、里見さんはお腹を抱えて笑い始めた。何かおかしかったのだろうか。
「あっははは! なんでそんな不思議そうな顔してるのよ! 顔面で初撃破した魔法少女なんて、世界でもあなただけよ!?」
「ぷっははは、頭突きでもなく、顔面かぁ」
なんなら連さんまでもが失笑した。嘘やん。私としては気が気じゃなかったが? 顔とれちゃったかもって思ったんだけど。
「取れない取れないって、あはははは! しかも夢かと思ってたなんて!」
「……いや、思うでしょう? あまりにも非現実的でしたし」
ずっと笑われ続けられると、何か思った以上に恥ずかしく感じる。いやあの時は必死だったんですからね?
「いやぁ、しかし面白い子が入ったもんだぁ。とそろそろかぃ?」
などと、そうこう話しているうちに、車が停車した。どうやら目的地についたようで、私も降車を促されるままに従う。
「ここが、国際魔法少女機構……?」
まるで国際連合本部のように各国の旗が用意されている建物であった。しかし、どう見ても5〜6階建てのビルでしかない。近くには国会議事堂が見えるし、恐らくここなんだろうけれども、如何せん現実的な建物に少々畏怖する。まさしく、組織としての存在だ。
「そうよ。歓迎するわ幹之助くん。国際秘密組織、国際魔法少女機構へようこそ」
私達は入り口にて荷物検査を受け、厳重な警備のもと、建物内部へと進んでゆく。目に入る人々は皆スーツ姿であり、私達があまりにも場違いに感じた。
そして、キョロキョロと見回していた私を見て、里見さんが呟いた。
「そんなに気になる?」
「え、えぇ。もっと魔法少女がわんさといるものかと」
「ふふ、女の子に囲まれたかった?」
「ち、違いますよ」
……6割くらい。
しかし、本当に大人の方ばかりであり、皆一様に忙しなく動いている。電話をしている人が多い感じだ。
「まぁ、いくつかは偽装のために表向きは国際連合日本支部みたいな体を取っているのよ。ま、ここらへんは各地域の魔法少女の現状とメンタル、給金に配属と何でも相談しているわ」
「へぇ……すごいですね」
まるでマネージャーみたいな職業だ。敵の規模と魔法少女の所在、そして魔法少女の後任育成なども行っているとかなんとか。ガイドは魔法少女の契約を行う役割を担い、また現場にてサポートをする営業マンといったところらしい。なんというか、システムが出来上がっていた。
そのまま歩いていくと、エレベータの前で止まる。上へ登るボタンを押し、私達は待機する。
「地下は研究施設になっていて、魔法について、ガイドについての研究を行っているわ。私達が向かうのは6回、最上階だけどね」
「研究所は僕の前の職場みゃ」
「へぇ……最上階には何があるのでしょうか?」
「そうねぇ、幹部会が行われるといったほうが良いかしら?」
「か、幹部会……?」
物々しい言葉が飛び出てきた。得意げに話す里見さん曰く、日本各地の魔法少女の中でもより優れた者たちと、そして各支部のお偉いさんが参加するとのことだそう。大変ですねぇ。え、私が行くんですか??
「まぁ、正直君が呼ばれた理由はわからないけれど、初の男の子の魔法少女なんだし、気になるものだろうさ」
「ええぇぇぇ……」
「心底面倒臭そうな声を出すねぇ? ふふ」
心底面倒臭いのである。
そりゃ、この国の最高位魔法少女たちと、最高位の機構幹部の方々に出会う機会というのはそう無いでしょうし、貴重なのかもしれない。だがしかし、私はそういう空気は苦手なのです。
だが、時間はまってはくれない。チーンという甲高い音が鳴ると、エレベーターが開く。私達はそれに乗りこみ、六階へと目指す。特に何もなくスムーズに進むと、再び甲高い音が鳴り、その目的の階へとたどり着いた。
そのフロアは広めの会議室が多い様で、会議室A〜Dまである。
「失礼します」
「し、失礼します」
ガチャリと扉を開き、中へと入る。そこには、楕円形の机を囲むようにして椅子が並べられており、そして幾名かの少女たちが座っていた。皆一様に、美少女である。中には本当に幼い子どもまでいた。保護者同伴である。
「では、揃ったようだし、そろそろ今回のメインについて話そう」
そうして、私達を見て言った男性が私達に席へつくように促した。
「まず、里見くん。先日の横須賀大規模防衛作戦についてはありがとう。君の担当地区ではないが、君を応援として呼べてよかった」
「そうよ。結構頑張ったのよぉ? その日は他にもミラーが出てくる予測があったから、心配だけど後輩にまかせたんだからぁ」
そう言うと、里見さんはドカッと盛大に音を立てながら椅子に座る。何様なのだろう。たぶん、相手の人のほうが偉いよね? 何してるの。
しかし、それに対して気にも止めずに周りに目をやる。なんとも広い器を持っていらっしゃるものだ。
「君たちも、各地の防衛と魔法少女の統率、ありがとう。いつも助かっているよ」
「いえいえ〜これくらい〜?」
「ま、俺達なら余裕さ」
「ママ? えらい?」
「偉い偉い!」
「……ふん。できて当然」
「うん! 任せて!」
周りの子たちもそれに答える。どうやら仲は良好らしい。なんとなく組織と魔法少女は仲悪いのではないか? とか、アニメ知識で考えていたところがある。オタクの悪い癖だ。
「さて、本題だが……君が、男の子の魔法少女だね」
リーダー格の男性がそう言うと、私に一斉に視線が集まる。こういう緊張してしまいそうな場所は嫌いなんだ。トイレに行っておくべきだった。あと朝は消化に良いものを食べるべきだったな。
「そう、なりますね」
「突然呼び出して済まない。魔法少女に対してまだやるかどうかは考えていると聴いている。だが、現状は戦力がカツカツなんだ。そこで君にお願いがあってきてもらった。決定権は君にある」
なるほど。まぁ漫画みたいに主人公のもとのみで現れるわけでなく、全国各地にてミラーが現れるのであれば、それだけ人がいるだろう。10年経ったのであろうと、基盤を整えるのは難しいものだ。
その意見に賛同するように、皆がそれぞれ話し始めた。
「まぁ、そうだよな。俺らがいれば百人力なのはその通りだが、全国をカバーできるほど俺らの両腕は広くねぇ」
「そうねぇ。それに、後継者問題もなかなか難しい話よねぇ」
「里見もそろそろ引退したいでしょうに〜、後輩はまだ心配〜?」
「そうねぇ。あとは近場の地区が心配でねぇ」
「……里見様が抜けると、余計心配」
「樹里ちゃんは里見が大好きだもんね〜」
「……うっさい」
「私の方も、この子に危ないことをさせたくないですね。遠征なんて以ての外です」
「私も、東京のほうがいい。東京ならみんな守れる」
「うん! わたしも同感や! 大阪護るくらいまでしかできひんから!」
「そこで、だ」
男性の方がそういうと、ピシャリと話し声が止む。小さい子もスッとやめていて偉いなぁと小学生並みの感想しか抱けない中、男性は話し始めた。
「本題と行こう。木倉くん、君には正式に魔法少女になって、遊撃隊についてほしいんだ」
「はぁ……遊撃隊?」
聞きなれない単語が出てきた。遊撃隊? 魔法少女ものってだいたいそんな感じがするが何かあるのだろうか。
「そうだ。各地へと向かい、現地魔法少女の手助けをする部隊だ」
「そんなものがあるのですね」
「初耳だぜおい」
「え゛」
いやないんですか。ちょっと感心した私の感情を返して? しかし、カツカツと言っていたことから察するに、今までそういう部隊を作成する余裕が無かったのだろう。
「そうだ。ここ十年、やっとの思いで世界各地に配置ができたものの、最近になってミラーの攻勢が増え始めている。現状、問題はなくとも今後どうなるかはわからない」
『そこで、世界各国にて遊撃隊の結成を可決した』
「首相……!」
「え゜ッ!?」
そこで、スクリーンにパッと見覚えのある顔が浮かんだ。背景の豪華絢爛さから高位の方であるのは間違いない。だが、その顔はお茶の間でもよく見る、日本の首相その人であった。なんであなたがいらっしゃりやがりますですか?
緊張で小便がチビリそうである。
『魔法少女を多く保有する我が国は、その第一陣を発足するよう決定してね。身勝手な話だ』
「えぁ……ソッスネ」
思わずそのまま肯定する。だがたしかに身勝手もいいところだ。私の一般的な日常生活を失わせる発言とも取れる。本来、許されるべきではないのだろう。
『その身勝手な願いを君に託すのは酷ではある。が、どうか頼みたい』
「と言われましても……」
『考える時間はある。これからの生活も関わってくる話だ。だから、君にはしっかりと考えてほしい』
「は、はい……」
なんだろう。学生進路支援部を思い出した。え、私は就職するのか? それとも進学するのか? そういう話ですか?
などと、現実逃避している場合ではない。私は、ど、どうしようか。身の安全を考慮するならなるしかないのだが、遊撃隊? 私に務まるのか?
一抹どころか五抹くらい不安の種があるのだが、それより先に首相は謝りを入れてくれる。
『急なお願いをして、申し訳ないね』
「いえ。考える時間をありがとうございます」
今ぱっと浮かんだ言葉はそれしかなかった。何か一言でも言ってやりたいところだが、相手の事情を汲み取るとなかなか言えない。どころか、それどころでなく緊張しているのだ。
『では、私も次の会議があるからね。失礼』
どうやらお願いをするためだけに通話をしたそうだ。なんというか、あとがない感じがする。これは私、ならなければどうなるのだろうか……。
「……さてと。では、お願いがすみましたし、最後に自己紹介だけでもしましょうか? 私は桐山と申します。日本支部支部長です。よろしく」
「よ、よろしくです」
そう言うと、支部長は微笑んで他の魔法少女に自己紹介を促した。すると、顔を見合わせたあと、一人が立ち上がる。
「じゃあ俺から。俺は涼って名前だ愛知県の代表魔法少女だ」
「私は神奈川県よぉ。名前はさっき言ったわね?」
「私は真由ってなまえ、です」
「私は母の千恵子です。この子は東京都の代表です」
「私は〜柚子聖子っていうわ〜よろしく〜」
「あたしは結や、大阪を代表する魔法少女やで。よろしゅう」
「私は眞山正義! よろしく!」
「……樹里。富山の魔法少女です」
なんともまぁ濃いメンツである。正直名前を覚えるのが苦手な私はよろしくとだけ言っておいた。一気に紹介されても覚えられない。
「私は木倉幹之助といいます」
「幹之助……」
「幹之助? 古くさい名前やな」
「面白い名前ね〜」
「幹之助くんだね! わかったわ!」
「お母さん、みきのすけって?」
「な、名前よ?」
案の定である。にこやかにいますが、大号泣である。ちっこい子に至ってはもはや認識されてすらいない。私、改名してやりたいぜ。今度はロックンロールミキとか厳ついようにしてやる。地味にいじられるのが最も心に刺さるのだ。
「さて、では顔合わせも済んだ所だし、そろそろ本題に入ろうか。幹之助くんは連くんとともに4階へ向かってくれ。そこで軽く面接をするよ」
「面接あるのですか……」
思わず遠くを見てしまう。面接なんて苦手中の苦手である。正直辛さしかないのだが、やらざるを得ないのか。なんとか回避できませんか?
「いや、面接というより面談に近いけどね。よろしく頼むよ」
そうして、私と連さんが部屋を出る。彼女らは本来やるべき議題でも中でやるのだろう。しかし、なんというか……少々眼福であった。皆一様にレベルが高い。私みたいなモブがあの場に長時間いると、消し飛んでしまうだろう。良かったぜ。
「じゃあ、面談会場に案内するよ。ついてきて」
「よろしくお願いします」
そうして、魔法少女面談が始まる。私はこの面談より、本格的に魔法少女としての生活が始まるのだった。
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