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魔法少女、尊厳損失


魔法少女、尊厳損失




「ええっと?」


 ついに本格的に組織に補足されたようです。私は黒服の人たちが車を回し、扉を開けたのを確認した。なんとも用意周到なことで。


「私は君を国際魔法少女機構支部へと招待したい。因みに上司からの命でもある」

「招待って、どこにあるのですか、その支部というのは」


 私はなんとなく予想はつくのだが、どこへ連れて行かれるのかを聞いた。日本支部でしょ? あそこしかないでしょう?


「東京だよ」

「ですよね? ここ関西ですよ? 遠すぎませんか?」


 思わず突っ込んでしまう。なんとも気軽に言ってくれるものだ。あの根城が最大限の苦学生にとっては、東京の旅行費ほど高いものはない。往復だけで三万円を覚悟するとなると、もはやそれだけで食費のおよそ9割程度吹き飛ぶというものだ。塩と水で生きろというのかっ


「いや、交通費はこちらが持つし、この車では行かないよ。君たちを送るだけさ」

「行きましょう」

「決断早くない?」


 行くしかないでしょう?

 金銭面が解決するならば、もはや私に足枷などない。授業? 社会見学が優先でしょう。学生の本分とやらを完全に履き違えている考えを示した私は、脳内閣議決定で東京出向に賛同していた。東京に行ってまずは渋谷だ。で、原宿に行ったり、秋葉原の聖地にてどっぷり楽しんでやる。私の中のオタクがアップを始めました。

 しかし、彼は苦笑してこう言った。


「まぁ、向こうで遊ぶ時間はないかと思うけどね」


 私の中のオタクが不貞寝を始めました。まぁまて、まだ可能性の範疇に過ぎない。向こうについたらヲタ活を全力で楽しんでやる。だからそれまでの辛抱だ、私の中のオタクよ。


「では、どうぞお嬢様方。詳しくは中で話すよ」


 そうして、流されるままに社内に入った私達は、連による運転にてそれぞれの家に送られることとなった。発車して少し、摩耶さんが口を開く。


「で、私は呼ばれているの?」

「いいえ。いわゆる魔法少女の正式な登録と、別件で珍しい事例ですから検査等々があるようです。あなたがここを離れると、お嬢様の担当範囲も広がっちゃいますしね」

「別に他の地区でもカバーできるでしょ? 後輩だって何人かいるし」


 何人かいるのか。初耳なんだが。

 割と多い魔法少女の数に驚かされる。だが、まぁそこまで準備ができているなら安心できるというもの。なるほどね。こうやって魔法少女も普通の学生として生活できるというわけか。


「まぁ、今回の対象がこいつってだけなんでしょうけど」

「まぁそういうことですね。なので、摩耶さんはお呼びできません」

「いいわよ、別に。私は明日は友達とカラオケパーティーなの」

「え、じゃあ私一人で東京ですか?」

「僕もついていくみゃ」


 すると、カバンからマーチが顔だけ出してそう言った。なんと、お前もついてくるのか。非常に心細かったが、少々安心する。いいやつだなお前。

 それに対して連さんが以外そうに呟いた。


「おや、マーチさんがガイドなのですか。珍しいですね」

「お知り合いなんですか?」


 えぇまぁ、と私の質問に答えて続けてくれる。


「マーチさんは研究畑の方なので、よく支部の方では顔を合わせましたね」

「研究室以来みゃ」


 懐かしむようにマーチはつぶやいた。どうやら結構顔を合わせているのだろう。よく見知った仲のようだった。


「で、また珍しい力でも使って男の子を魔法少女にしたのでしょうか?」

「まぁ使えるには使えるけど、僕は今回何もしてないみゃ。なんなら、男の子を魔法少女に変える方法なんて未発見の領域みゃ」

「では、実力というものですか」

「そうなるみゃ」


 まって? 珍しい力って何。お前不思議なこともできんのですか。そんでもってまたって何? なんかやらかしてたの? 怖いんだけど? 私で実験しないよね?

 と、少々ビクついてはいたが、ふと私はあることを前提に話が進んでいることに気づいた。なのでそれを正しておく。


「あの、思ったのですが、私まだ魔法少女やるとは決めてないんですけども」

『え?』

「なんでそんな不思議そうなの……」


 え、私ノリノリで魔法少女してた? 今女の子の姿だからか? 解除してもいいけど、女装した男が現れたら困るのキミらと私よ?


「あんた、私が教えたのを無駄にする気?」


 一回だけの研修でしたが……? 私の心の声は届くはずもなく、睨まれてしまう。私はうっと言葉につまらせたが、摩耶さんはため息をついて外を眺めた。


「まぁ、強制はできないわよ。怖いって言ってる子もいたし。何人も憧れて、実際に戦ったりして泣いてやめる子が多いんだから」

「それはそうですけど、おすすめはできませんね。君は報告によると狙われやすい体質を会得しているようですし」

「ん〜……でも、もう少し考えておきたいです」

「なら、上にもそのように言っておくよ。君も学生だしね」

「よろしくお願いします」


 学生という立場は便利だな。などと考えつつ、とりあえず保留である意志は伝わりそうだということに安堵する。


「さて、詳しくはまたメールで送るよ。明日は遅刻しないようにね。相手は国のお偉いさんだからさ」

「わ、分かりました」


 そう言うと、車を一時停止させ、私達はメールアドレスの交換をして送受信の確認を行った。

 すると、若干機嫌が悪そうな摩耶さんが連さんに質問をした。


「で、もうそろそろつきそう?」

「えぇ、そろそろです。お嬢様は私がお送りしますので、ご安心を」

「……べつに、心配なんかしてないし」


 またまたぁ。照れちゃってまぁ。

 そっぽを向く摩耶さんは、可愛らしく鼻を鳴らした。なんだこの子かわいいぞ。私の中のオタクがリアルツンデレだと叫んでいる。どういう過去があったにせよ、百合子さんとは中が良かったのだろう。今も、心のどこかで。


「さ、つきましたよ。ではさようならです」

「ありがとう。あんたはまた会いましょうね」

「分かりました。そのときはまた」


 そう言って、摩耶さんは自宅へと戻っていった。何も変なところのない、一般的な住宅である。なるほど、ひとり暮らしではないのだな。


「では、行きますか。途中で着替えますか?」

「んぁ、ありがとうございます。着替えたいですね」


 連さんはわかりましたと返答をすると、車を発進させる。心地よい滑り出しのスタートを体で感じ、流石は高級車だと思い知る。静かだった。


「ときに、木倉さん。変身解除キーワードは何と設定されてますか?」

「え」


 なぜ名前を?と一瞬考えて諦める。相手は政府高官であり、日本に住む住人の名前なんてちょちょいのちょいと調べればすぐ分かるだろう。私はふぅっとため息をついて口にした。


「『私よ眠れ』ですよ。どうやら当時、夢だと思っていたみたいで」

「へぇ……あ」

「どうしました?」


 連さんはしまったといった顔で前を見る。前髪を上げて更にやっちまった感を演出しているが、私は何かをやってしまったのだろうか?

 そこで、ふと気づいてしまった。変身解除キーワード、女性者の服。そして中身は男……。

 しかし、変身を解くまで時間がかかるのも把握している。私は冷や汗を一度拭い、自分に言い聞かせるように呟いた。


「だ、大丈夫ですよ。そうすぐ変わらないです」

「そうかい?」

「えぇ、この間は136回つぶやいても、あ」


 その時である!

 私の体が光に包まれてゆく。これは、これはまずいのでは? あ、あ、あ、止まって、止まって!

 私は体の骨格とかが変わりゆく感覚を覚える。まって。今はだめだって。女性の恰好なんだって。

 そして、ぱっと光が消えたとき、視線は先程より高くなり、体が締め付けられる感覚に苛まれる。やっちゃったぜ。


「あー……すまない」

「……いえ」


 何とも言えない状況となってしまった。運転をする連さんの表情は気まずそうにして、目もちょっと泳いでる。運転に支障をきたさないでね。

 私はというと、もう、腹を切る覚悟でいるために、姿勢を正しくして座っていた。女性者の服を着たフツメン男が、車の中で背筋伸ばして座っている構図だ。どんな構図なんだよ。私が変態みたいじゃないか。


「ん……あれ……」

「お、お嬢様……! もう起きられましたか……!」


 ひぇっ。

 凄まじいほどの冷や汗が流れる。後ろを見ては駄目だ。私の見た目は変態のそれだ。化粧して色々と整えてなら問題はないかもしれないが、私は性同一性障害もなければ、女装趣味もない。女性の服は好きなので、確実に変態だと思われてしまう。着る趣味はないのだ。信じて欲しい。

 しかし、無慈悲にも百合子さんはこちらを振り向いてしまうのだった。


「ここ……どっ。お……えぇ……うわ……」

「その反応は傷つきます……」


 嗚咽と共にドン引きの声音を、その美しい声帯から鳴らす彼女は、眉をひそめて私から視線を逸らした。更にはそのまま気絶までしてしまったのだから、ショックがでかい。彼女にとっても私にとってもだ。いいかい。私は真顔で姿勢正しくここにいるが、心では号泣してますからね。


「えぇっと……お似合いですよ……」

「フォローしてると思ってるんですか……」

「すいません……」


 ……心では号泣してますからね??



 その後、私は公園にて着替えを済まし、何とか男としての尊厳を取り戻した。いや、すでに諸々失った気もするが、まだ、大丈夫なはず。

 私はいつもの格好になって連さんの車に乗ると、そのまま家まで送っていただいた。もう二度と女性服を着ながら変身解除キーワードなんて言うものか。私は心に誓いを立て、ゆっくりと階段を踏みしめて上り、我が城へと戻るのだった。

 騒々しく、色々と失ってしまった一日がこうして終わった。

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