魔法少女、可愛い論戦
魔法少女、可愛い論戦
「だから! この服が似合うに決まってるでしょ!」
「いいえ! もっと凛々しく魅せるならばこの和服こそが大和撫子の本懐でしょうに!」
さて、この状況を誰が説明するのかというと、きっと神様にしかできないのだろうと私はがっかりする。なんとも言えない現状の論戦は、どこかパワー○イントが幻視され、プレゼン合戦のように見えた。
方や摩耶さんが力説する洋服の可能性と、方や誰ぞ急に現れた隣町のエース魔法少女が力説する和装の可能性。それぞれが私に似合う服装と、それで何が可愛いか美しいかの弁舌であり、当事者の私は顔から火を吹くくらいには恥ずかしい話であった。おいおいそこら辺で抑えておきなさい。みんなが見ているぞ。
『あなたはどっちがいいの!』
「……はぁ」
どうしてこうなったのか。私が一番知りたい。
時は少し遡り、私があれよあれよと着せ替え人形になっていた時である。私は腕を組まれて、こっちよと引っ張っていく彼女の行動力に諦観と、柔らかいなぁというほんの少々微量の助平心を抱いていた。この柔らかい感触を、現役女子高生より得られるとは何たる役得か。女の子に成れて良かったと心から思う点であった。
「で、次の店がここ! ……何だらしない顔してるの?」
「は、いえ、何でもありません」
「ま、そんな顔は凛々しい美人系なのに可愛いから良いんだけどね! うりうり」
「はわわ」
はわわとはなんだ。おおよそこんな男が声に出しても何も、糞ほど可愛いとは思えない慌て方に鳥肌が立つ。私、ちゃんと男に戻れるよね? 中身も女の子にならないよね?
そんな私の不安を他所に、摩耶さんは私のほっぺを指でつついたり撫でたりと玩具にしていた。おい、お前さん。私元男よ。いや、現男でもあるんだけど。もうちょっと男に対して恥じらうとかさ。華の女子高生でしょあなた。
「さてと、じゃあ次はぁ」
ツヤツヤとした表情を浮かべてそう言うと、摩耶さんは次の店の服を漁る。やっと開放された私はふいぃとため息をついて近くのベンチに座った。私の隣にはいつの間にかできた紙袋の荷物が存在していた。あと私の財布の諭吉さんが何名か消えている気がする。気のせいか夢だと思いたいが、財布の軽さは現実のものと残酷に教えてくれた。畜生。可愛い服だしなんか流れで買ってしまった。
すると、ぷはーと息を吐く声がバッグから聞こえてきた。私は慌ててカバンを隠すようにする。
「なにしてるんですか、マーチ……! バレちゃまずいでしょう!」
「大丈夫みゃ。周りに人の気配がないから!」
「そんなことまでわかるのか……凄いですね?」
思わず感心した。何なんだこの謎生命体は。
私が感心してると、マーチは眉をひそめ、微妙な表情を浮かべた。なんだ? 何かまずいことでも起きたのだろうか?
「何で女の子の格好をしているみゃ……?」
「お゛……その、紆余曲折、聞くも涙語るも涙な出来事がございまして……」
「……大方、摩耶に弄ばれてその恰好なんだみゃ? ぷすー、女子高生に弄ばれる大学生……みゃっみゃっみゃ」
この野郎。愉快痛快に笑ってくれちゃってまぁ?? 可愛いからって許される範囲というものがある。こやつは私のことになるとどうも辛辣になりやがるのでここらで一度躾をしなければならないのでは?
「このやろぉ……!」
「みゃー! ろううるひゃくひゃいひゃ!」
「五月蝿いですよ……! なぁにが動物虐待か! このこの!」
「ごへんははいひゃあ!」
「まっっっったく、この……もう」
「うぅ、すみませんみゃ……」
などと、やっている時である。ドサッとものが落ちる音が聞こえたので、私は瞬時に音のなる方を向く。そこには、和服の大和撫子を体現した黒髪美少女がいた。その表情たるや、可愛らしくも口元に手を当てて驚いている。あーあ、見られちまった。
どうする? 私は頬に伝う汗を感じながら必死に思考を回す。しかし、何も良い案が浮かばなかった。そして、先手はその黒髪の子が言葉を発したのだった。
「か……」
「か……?」
何を言うつもりだ? 記憶消去魔法ってあの癒やしの魔法だよな? え、詠唱を!
「かわいい……」
「……へ?」
恍惚とした表情に変わった黒髪美少女は、凄まじい初速で近づくと、一気にマーチを抱えた。私はというと、突然近寄ってきた顔面偏差値高めな子に恐怖し、素早く後ずさりをしていた。しまった、マーチが抱えられてしまった、一般人に!
「マーチ!」
「あら? このガイドさんはマーチって名前なの?」
「そうみゃ、よろしくみゃ!」
しかし、予想外な単語が彼女の口から出てきた。ガイドだと? ということは、この子も魔法少女なのか? 確かに見た目は高校生だ。どこか大人のような雰囲気を醸し出しているが、その幼さはどこか隠しきれていない。見た目によるものが強いが、彼女の童顔はやはり幼く見せていた。
「ガイド……ということは、まさか、魔法少女……?」
「そうですよ? よろしくね?」
「みゃあ」
おいお前、みゃあじゃないんだわ。魔法少女が居たのならそう言いなさい。私はすごく焦りましたからね?
しかし、抱きしめる和服少女が何とも様になっていて、見惚れてしまう。だが、ここはいわゆるデパートだ。ひと目に触れないかと私は慌てていた。
「と、とりあえずそこら辺で。他に人もいますし」
「そうですね。残念だわ……あら?」
だが、今度はマーチをカバンに詰める私を見てぱっと明るい表情を浮かべた。なんだか嫌な予感がする。最近そのような目を見た気がするのだが? 何なんだ?このプレッシャーは……!
などと、NEWなタイプや少年漫画主人公のように何かを感じ取り、更に後ずさる私。彼女は凝視したまま続けた。
「あなた、新しい魔法少女?」
「そ、そうですが?」
「やったわぁ! 新しい子が来たわね!」
両手を合わせて喜びを表現する彼女。何とも少女らしいというか、慎ましやかなんだろうか。
「で? で? どこの地区担当なのかしら? 教えてくださらない?」
「え、えーっと、まだ迷っているところでして……うわぁ!?」
顔が近い顔が近い顔が近い。良い顔が、しかもとても可愛らしい部類の顔が、女性への免疫が少ない私に触れそうなくらい近づいていた。私は勢い良く後ろに下がるも、椅子の端だったようで、勢い良く落ちたのだった。
「いてて……」
「ごめんなさい、あの、大丈夫かしら……?」
お尻と背中が痛いが、まぁ多分大丈夫だろう。ヘーキですと答えて私は起き上がった。パンパンとスカートについたホコリなどを払いながら、私は質問をする。
「大丈夫……あの、あなたは?」
「あら、ごめんなさい。私は隣町の魔法少女、一之瀬百合子と申します。今はガイドがいないけれど、戦いになったら直ぐに対処可能なの」
「へぇ……」
ということは、ガイドなしに変身できるということだ。私も成長するとできるらしいが、実感がわかなかった。
「では、ごめんなさい、あなたのお名前はなんていうの?」
「私は」
「ミキみゃ!」
おいこのやろう。私の自己紹介フェイズを遮るんじゃない。私はマーチをカバンに詰め直し、ドーナツを一つ帰りに買ってやるからと約束をすることでこのあとは黙ってもらうこととなった。ちょろいもんだが、余計な一言を入れてもらったものだ。
さてとと振り返った先に、彼女はニッコリとしてこちらを向いていた。
「では、よろしくお願いしますね、ミキさん」
「……はぁ、よろしくお願いします」
ため息をついてその名前を受け入れる。もはや諦めであった。どうせまた言われなれないならば、これでいいやと思ってもいる。実際ミキという名前は発音しやすいし。
「ではミキさん、今は何を?」
「ちょっと連れがですね、お買い物中で……」
「あーーー!!!」
さてさて、この周りのお客様に迷惑を立てそうな大声の主は誰か。もちろん摩耶さんであった。みんな見てるが、何故叫んだ。摩耶さんをみやると、指を指して驚愕している。つまり、その視線の先には驚きの現況があるわけだが、その先にいるのは黒髪美少女な魔法少女であった。
なんだ、知り合いか。
「なんであんたがここにいるのよ! 一之瀬!」
「それはこちらのセリフです、笹塚さん。なんでまたあなたなんかに出会ってしまうのでしょうか」
わぁ。
何だか知り合いは知り合いでも、仲が良さそうではない知り合いだ。
「当然見回りのためよ! ここも私の担当範囲なんだからね!」
「ふうん? 別にいいですけれど? 私は遊びに来ただけですしっ? あなたと違って遊べるほど余裕があるので」
「はぁぁぁぁ??? クッソ田舎だからじゃないの?」
いやまぁ、五十歩百歩である。都会系とは言っても、田舎の中ではという接頭語がついてしまうほどしかこの地区は何もない。正直ここの商店街くらいである。
「そっちの街もせいぜいがここがあるくらいじゃない?」
「うるっさいわねぇ!」
「あのぉ……もうそのへんで」
『あなたは黙ってて!』
「ひぃん」
現役女子高生の叱咤というか、もはや怒鳴りのそれは如何せん恐ろしいものである。キャットファイトはよそでやってくれ。店員さんもめっちゃ困ってますよ!
キャイキャイ叫びあいながら十数分、互いに罵倒し合いある程度落ち着いてきたのか二人は睨み合いの状態に移った。
「で、なんであなたは服を持ってるのかしら」
「私の後輩魔法少女のこいつの服を選んでたの。悪い?」
そう言うと私の肩に手を乗せる摩耶さん。おぉ、私年齢的には先輩ではあるが、確かに魔法少女では後輩に当たる。まだ本格的にやるかは決めてないんだけど。
すると、まぁ、と両手で口元を覆う。それが癪に障ったのか、摩耶さんは眉を顰めた。
「なによ」
「この子には和服が似合うでしょうに。なんですか? その服の選択は」
「まぁ和服も似合うでしょうけど……て、はぁ? 私の服選びに文句あんの?」
「えぇ、和服がベストでしょう? なんですそれ」
「はぁぁぁ? この服が似合うのよ! こいつには!」
「いえいえ、なら……あの和服のほうが似合いますわよ」
「はあ? ……はぁ? お洋服だって似合いますが? 何言ってんの?」
「え? なんの話になったのです?」
「ミキの服の話みゃ」
そして冒頭に至る。頭が頭痛で痛い状況だ。国語の先生も匙を投げるほど馬鹿らしくなってきた。服なんて何でも良いでしょうに。
とりあえず、今はどちらが良いのかという話であるので、私は公平に療法を褒めるとしよう。
「どちらも良いです」
『よくない!』
よくないかぁ。いや、ちょっとびびったなんてことはない。若干涙目になりそうになったこともない。何というか、彼女たちは譲れないものがあるようで、どうやらそれは相手に負けるという汚点を避けることと、相手より優位に立つことのようだった。ちくしょう。なんて女子たちだ。
「じゃあ、実際に着てみてよ。そうすれば優劣は決まるわ」
「あらそうですわね? 偶然にも同意見ですわ」
「ちっ、じゃあ、まずはこれに着替えなさい」
「はい?」
はいじゃないが。なんで着ることになってるのか。私が着たところで互いのセンスの優劣なんてつかんでしょ。まぁ確かに私は美少女ですが? 似合いそうですが?
などと、ナルキッソスよろしくナルシストになってないで、回避策を講じて実行せねば。この間わずか0.23秒、私は起死回生のセリフを伝える。
「いや、私は」
「黙って着る!」
「うす!」
いやうすじゃないんだが。意志の弱さは変わらないが故に、私はあれよあれよとまたも試着室へと押し込められたのだった。
しかし、どうしようか。渡された服はちょっとゴシック系である。どうなんだ、どう着るんだ。
私はまたも試行錯誤によりなんとか着替える。鏡に映る自身を視ると、もう着替えるのは懲り懲りだと思っていたがなんとも。似合うではないか。
ガーリーな一般的にいても違和感のないゴシック系の服装だ。スカートにはフリルがふわりと2、3重にあり、ペプラムが肩紐によって胸を強調する。淡いピンクのペプラムが女の子らしさを引き立て、ロングブーツが足元をかっこよく魅せる。思わず笑いが出た。私は誰なんだ?
「ど、どうですか?」
「めっっっっっっちゃかわいいわよ! さすが私!」
「……」
対する百合子さんは黙って私をじっと見つめる。何か言ってください。なんだか恥ずかしくなるじゃないですか。
しかし彼女は目を伏せて、自身の手元でスマホを弄ぶ。興味がないのか、摩耶さんが自身のセンスと私の可愛さを賛美する中、すまほでまって、何今のフラッシュ。
「で、だからミキは可愛いわけなの。だからショルダーオフな服装だともうちょっとエロティックに攻められる服装がって何してるのよ」
無言の連写である。最早恐怖の体現と言っても過言ではない。何があった。一気に私の中でのあなたのイメージが変わったのだが。
「写真に収めたのです。何か?」
「このっ! 人の話はちゃんと聞きなさいよ!」
「べつに。確かにあなたの言っていたことは一理ありますが、やはりここは和服が一番似合います」
「まずはカメラ取るのやめなさいって言ってるのよ! あいつもなんか青ざめてんじゃない」
「あら失礼」
いや、謝れば良いと言う問題ではない。途轍もない恐怖体験をしてしまった。実際のところは、幽霊よりも人のほうが怖いんだなぁって。
すると、百合子さんはコホンと小さく咳をすると、今度は自身のターンだと言わんばかりに語り始めた。
「それじゃあ、次は和服ね。赤に映える紺白
の流水をイメージとした浴衣の様な服装です。着付けは私がいたしますから、ささ、お入りください」
「へぁ!? え、え、え」
何も日本語を喋られないままに試着室へと押し込まれる。私は困惑しながら、この蜜な空間にて男女が二人な状況にドキがムネムネであった。何このシチュ! 男なら憧れてやまないでしょ!
私の中の私も、これエッチなやつ? お? 私の出番か? とアップを始めている。落ち着け落ち着け。今は女の子同士だ。変なことになるはずがない。
「では脱がしますね」
「はい?」
ところがどっこい。なんの躊躇もなくこの女性は私の服をはぎ取ったのだ。まって! せめて心の準備だけでもさせて!
「ぅきゃー!!」
「ほらほら、これでどうでしょう? あら、意外と……」
「何揉んでるんです!?」
「あら失礼。ふふっ、さて、袖に腕を通して?」
「あっあっあっ」
「で、こうして……こうするの。で、こう」
「はぅ!」
某野球ゲームなら今のでステータスがだいぶ下がる感じだろうな。などと思っている間に着付けは終わった。私も何かを失い、終わったきがする。しかしそんなことはお構いなしと、ツヤツヤなほっぺと満足げな表情でカーテンを開ける百合子さん。あんた、逞しいよ。ほんと。
「さぁ、どうかしら? やはり私の見立てに間違いなどありませんでしたわ」
「ほ……ぉ。ふうん、へぇ? ほー?」
「あの、日本語を喋っていただけませんか」
せめて何か感想がほしい。ぶっちゃけるとここまで来たら笑われても褒められても良いので、曖昧な返答だけは心に刺さるので、何か言ってほしかった。……いや、笑われるのやだな。褒められるのも照れくさいな。
なんとなく天邪鬼になりつつも、鏡を見やる。そこには紺白の流水をイメージとした浴衣を着た美少女がいた。そう、私である。私ではない感じだが、私である。
私自身、これほどまでに似合うとは思っていなかったため、感嘆のため息が溢れる。おぉ、すごいな。
「……やるじゃない。まぁ私は洋服が一番日常で使うし似合うとは思うけど?」
「なら、そのカメラは何かしら?」
おい。摩耶さん? 結局のところこの女も危険人物だった。忘れていたよ、最初に恐怖したあの時を。目の色が若干怪しくなりつつある二人に、私はたじろぐ。勘弁してほしいのである。
「別にいいじゃない!」
「じゃあ、私の和服が1番ミキさんを可愛く見せますわね」
「いいや、私の服のミキが一番かわいいわよ!」
「いいえ、私のミキさんが可愛いです!」
「いいや、私のミキが可愛いの!」
「なにこれ恥ずかしいんですけど? あの? 皆さん観てますからね? 1番恥ずかしいの私ですからね?」
つい心のうちが漏れてしまうが、仕方あるまい。そろそろ勘弁願いたいと何度思っても、彼女たちは可愛い論戦を辞めてはくれない。さらに言えば、最も被弾し辱められてるのは私なのだが。彼女たちの眼中にもないらしく、私は背後から感じるヒソヒソ声の標的として恥ずかしがるほかなかった。
助けてくれ!
「あの、そろそろ、辞めていただけませんか?」
「いいややめません! 私がこーでぃねぇとしたミキさんが可愛いんです!」
「そんなことないわ! 私がコーディネートしたミキがかわいいに決まってんだから! みた? あの可愛い反応! あれはあの服によく似合うでしょ!?」
「いいえ、ならばミキさんの凛とした佇まいが魅せる美しさを見たでしょうに! それこそ、大和撫子の様にみえたでしょ! つまり和服が似合うのです!」
「どっちでもいいからもうやめてぇ! 私が恥ずか死してしまいますよ!? 良いんですか!?」
『ミキ(さん)は黙ってて!』
「ひぃんたすけて」
その時、壁が吹き飛び、私達はそれどころではなくなったのだった。
誤字脱字ご感想などいただけると幸いです。