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魔法少女、見回る


魔法少女、見回る



 六畳一部屋の城の玄関に、可愛らしい高校生が仁王立ちで居た。

 たった一行の文面ではあるが、インパクトが強い。果たして、私が何をしたというのか。痴漢をした覚えはなく、こんな仁王立ちで怒られる覚えもない。表情がもうなんか怒ってる。

 私は思考回路が止まりそうな中、なんとか一言言葉を発することができた。


「どちら様でしょう?」

「だから、あんたが昨日の魔法少女かって聴いてるのよ」


 声音から少し苛立ちと困惑を感じる。苛立ちはわからないが、困惑についてはおおよそ予想が立つ。私が男で、魔法少女してたからだ。


「うーん……」

「……でしょうね。あなたの彼女さんは?」


 はぁ、とため息を付いて少女はそう言った。何なに、私の彼女が魔法少女ではないかと予想を立てたのかな? それは正しい。まさかこんなモブ顔男が魔法少女なんてありえないでしょう。私も思うもん。

 なので、観念したように私は答えた。


「居ません。私が昨日の魔法少女です」


 ……いや存外恥ずかしいなぁおい。男の私が、私が魔法少女とか言っちゃってますよ。ここで私が死ねばきっと、死因は恥ずか死と書かれることだろう。正しく書くならば愧死だ。


「はぁ。そぅ。ふぅん?」


 何でそんなに微妙そうな顔をするのか。いやまぁそりゃさぁ、私が言うセリフの中ではトップクラスの迷言でしょう。分かりますとも、その微妙そうな表情の理由。


「で、私になんの用があるのでしょうか?」

「そうよ! あんた、昨日の後片付けぐらいしてよね! あと、ここは私の管轄区域なの! 勝手な戦闘は控えてくれないかしら?」

「いやぁ、何分、昨日初めてなりましたし、なんなら夢かと思っていました」

「……まぁ、驚くわよね。でもね!? ちゃんとマナーは守ってもらわないと、巻き込みかねないんだから! あなたのガイドはどうなってるのよ」

「がいど?」


 ガイドって案内役ということだろうか。そんな役職に似つかわしいやつといえば、マーチしかいまい。その結論に達するまで少し時間を要した私に、理解していないと悟ったこの美少女ははぁ、とため息をついた。


「ガイドっていうのは、こういう子を指すのよ」

「どうもでち!」


 これまた可愛らしい子が出てきた。マーチと同じような大きさで、マーチと同じ種族のような風貌の、喋る小動物だった。なるほど、この子の語尾はでちか……。

 などと、玄関で話しているうちにマーチが後ろから話しかけてきた。


「なにしてるんだみゃ、モリー」

「マーチ! 元気でちたか?」


 感動の再開とでも言いたげに、美少女のガイドであるモリーがマーチに抱きついた。可愛いもの同士が頬をくっつけてスリスリとこすり合っている。その上、モッチモチなのだろうか、とても気持ちよさげに見えた。指で突きたいところだ。


「あんたがこの人のガイドね? なんで何も説明してないのよ」

「先ほど説明したみゃ。昨日は何も信じてもらえなさそうだったから、モリーにお願いしたのみゃ」

「……はぁ。モリー、昨日の話はそういうことだったのね」

「そうでち。マーチこそが僕の友達なのでち」


 どうやら、昨晩のうちに何かお話があったようで、マーチのお願いによって後始末をしていただけたようである。非常に申し訳ない。


「まぁ、今後は気をつけてよね。モリーの親友の頼みと、政府の要請だっていうから手伝ってあげたけど、本来は私の管轄なの」

「あー、申し訳ありません」

「もういいわ。で、貴方の名前は?」

「木倉幹之助といいます」

「ず、随分古臭い名前ね」


 失礼な。この子もマーチも人の名前をなんだと思ってやがる。彼女はうーんと何かを考えると、まぁいいかと何かに納得して答えた。


「私は笹塚摩耶(ささづかまや)。こっちがガイドのモリーよ。よろしく」

「よ、よろしく」

「で、貴方は初めて魔法少女になったって言うし、色々教えてあげるわ」

「はぁ、それはどうも」

「新人研修みゃ。先輩魔法少女の一挙手一投足は勉強になるから、ちゃんと見て覚えることみゃ」

「はぁ。分かりました」


 新人研修? そのワードはなんというか、魔法少女ものではあまり聞かないもの過ぎて、耳が取れたのかなと思ってしまった。曖昧な返事をしつつ、耳があることを確認した私に、摩耶さんは振り向きながら指をさしてこういう。


「そうと決まれば明日の17:00から見回りよ。良いわね!」

「えっ」

「じゃあねー!」


 それを最後に、彼女は走り出して行った。何とも騒がしい人であったが、友達になれた子はさぞ楽しいだろうなと、そんな印象をもたせる活発さがあった。

 だが、私はそれどころではなかったのだが。


「……」

「どうしたみゃ?」

「バイト、どうしよう……」

「みゃあ……」


 みゃあじゃないんだよ。可愛こ振りやがって可愛いなぁ。とりあえず私は店長にお話の電話を入れ、明日のバイトを休むこととした。電話越しであるが何度も頭を下げる私は、生粋の日本人気質なのだろう。

 さて、そうして明日から魔法少女研修生(やるかは決めてない)としての生活が始まるわけなのだが、それはそうとしてゆったりとした時間を過ごしていた。


「お風呂わいたみゃー」

「んーし、入るかー」

「みゃー」


 TVを見ながら伸びをして、マーチと一緒に狭い風呂場に入る。何だかんだこいつめっちゃ馴染んでいやがる。ただ、それは悪い意味ではなく、家事ができるとのことだったので料理後の皿洗いやら風呂掃除、洗濯物干しとか色々と手伝って貰っていた。とんでもなく便利である。

 そんでもって、ペットを世話するようにマーチを洗うこともでき、心が洗われるように癒やされてしまった。畜生、こいつ営業マンのくせに。


「布団も敷いたし、マーチ、電気切りますよ」

「みゃー、おやすみ、ミキ」

「なんだかなぁ……おやすみ」


 もはや古い仲の同居人みたいに馴染んでいるマーチに、釈然としないまま電気を切った。暗闇の中仰向けに寝て掛け布団に収まる。しかし、なんというか……。明日のことを思うと正直、不安であった。

 私は暴力行為が苦手だ。喧嘩も弱く、そういった場面には人生の中で昨晩のみである。だが、ボクシングの試合をちらりと見たりしてから苦手で仕方がない。だからこそ、明日の見回りにもし戦闘があったと思うと……やだなぁ。

 しかし、更に嫌な理由がある。それは、あんな美少女が戦うのに私が戦わないなんて、逆に社会に殺されない? あと自分自身が嫌になりそうなので、それは避けたい。でも避けようとするのはつまり戦うというわけで……あぁ、やだやだ。

 ただの見回りだと言い聞かせ、きっと戦闘はないだろうと現実逃避することで私は不安から逃れ、睡眠に身を委ねたのだった。




 さて、翌日。

 昨日のように遅刻することなくマーチの昼飯を家に用意しておいてから、起こさないように家を出た。大学についてからはいつものメンバー(友人)とともに適当に授業を受けて、あれよあれよと時間が過ぎていく。変わらず過ぎていく時間は、やはり夢だったのだろうかと思わせてくる。日常という基準のもとに生活をしていたがために、非日常な体験はやはり現実感を得られないでいた。

 日は傾き、空は橙色に染まって、藍色との良いグラデーションを披露していた。空は大きなキャンバスだとはよく言ったものだ。

 などと、感心している場合ではない。まっすぐ家に帰ると、玄関にやはり摩耶さんがいた。少々不機嫌そうにしているのは、私が来るのが少し遅れているためだろうか。


「お疲れ様です」

「遅い」


 随分バッサリといいますね?


「電車通学なんで……」

「言い訳は良いわ。早く支度して、見回りに行くわよ!」

「分かりましたから、睨まないでいただけますか」


 なんとも理不尽な怒りではあるが、確かに結構待たせてしまっていた。40分の帰りと高校の終業タイミング、それぞれ加味するとまぁ結構またせたこととなるには違いない。足早に私は自室へと駆け込むと、さっさと外出用の格好と財布等貴重品類を用意して玄関へと向かう。元々大学は私服でもよいのだから、準備も早くて楽ちんであった。


「みゃーをわすれないでみゃ!」

「忘れてました」


 すると、靴を履いているときに背後から声がした。マーチである。大きめのカバンを用意して収まっているマーチは、見た目は可愛いのだが少々図々しさがあった。仕方ない。連れて行ってやるか。


「みゃーがいないと、ミキは変身ができないみゃ」

「え、そうなんですか」

「まぁ、厳密には違うけど、まだできないみゃ」

「なるほど、今後次第で一人で変身ができるようになると」


 それはなんとも。一人で変身ができるようになったならば、私は変身しないかもしれないな……。自由意志でどうにかしたい一方で、自由意志であれば多分なろうとしないだろうことが分かる私は、私自身の揺れる男の子心に憂鬱となっていた。それはそうとして、待たせるわけには行くまいと、すぐにカバンを手に持つとそのまま摩耶さんのもとへと駆けていく。


「さて、それでどうされるので?」

「西側から回っていくわよ。 魔法少女はどういうことをやっているのか早く覚えてよね」

「分かりました」


 いやぁほんと、新人研修とはよく言ったものだ。美少女との夕方のデート……いや、散歩はとても体験できるものでは無いと悟りを開いていたにもかかわらず、貴重な経験ができている今、まさに世の男性の夢のような時間なのだろう。だというのに、まるで入りたてのバイトの子に教える先輩のように彼女の解説は止まるところを知らないでいた。

 やれ、どこそこの庭はミラーがよく出てくるだとか、やれ、どこそこの公園は広く、辺りに何もないから戦場にピッタシだとか。先程まで、カップルのように見えるだろう羨ましいだろうと誇っていた自信を殴り倒したい。これは立派なバイトだった。


「で、あのあたりの裏路地には不良が多いから負の念が集まりやすいの。で、あそこあたりはミラーの餌場になっているわ」

「へー……そんなのもあるのですね」


 もういっそわたしが食べられればこの解説の口は閉じるのだろうか。というより、何も聞こえなくなるだろうが。あ、あの店のコロッケ、だいぶ安いな。買いか、買わないか……。などと、思考が流転しながら話を聞く私。もはやどうでも良くなりつつある。

 適当に相槌をつき続け、気がつくと結構人通りの多い商店街にたどり着いていた。この街の商いの中心とも言うべき商店街である。それはもう学生の多いこと多いこと。私はため息をついて、その人々の流れるさまを睨んだ。もっと遊んでいたいものだ。


「うーん、ミラーの気配がないわね。ここらは大丈夫そう」

「そうですか。今日は戦わずに済みそうですね」

「それならいいんだけどね。とにかく、少し疲れたから休憩しましょ」


 そう言うと摩耶さんは1つ伸びをして、肩の力を抜いた。すると、あ、と声を洩らして駆け出して行く。制服のスカートをはためかせ、お店の入り口で手を降る彼女。こうしてみると本当に高校生とのデートみたいで、私の中のオタクが血涙と共に歓喜している様が目に浮かんだ。オタク、一旦落ち着け。これは見回りなのだ……。


「こっち! この喫茶店は美味しいのよ!」

「へぇ、良い雰囲気ですね」

「でしょ!」


 内装は木造出てきており、暖かな木漏れ日のように窓から太陽光が入ってきて、それが自然な照明となっていた。また、それだけでなく、その光がうまく届かない場所に明かりを置くことで木漏れ日を邪魔しないような配置にランプがついていた。目につく木製のテーブルや椅子が綺麗に整列されていたり、新品のような光沢がある所を見るに、新しめの店ではあるが老舗のような貫禄がある。そのうえ、コーヒーの香りが気分を落ち着かせる室内に、個人的には100点満点のカフェであった。

 摩耶さんはカウンター席に座ると、少し渋いおじさんを呼び止めた。


「マスター、いつもの」

「はい」

「おぉ……」


 少々感動する。映画やアニメでしか見たことがないやり取りを、まさか目の前で見ることとなるとは。


「で、あんたは?」

「コーヒー、ブラックで」

「はい」


 流れるままに注文し、私は席につく。落ち着くものではあるが、財布の中身は大丈夫だろうか。いくつかの軍資金は潜ませているが、コーヒー一杯分はあるだろう。貧乏学生はこれだから辛いものだ。


「そういえば、何故摩耶さんは魔法少女を?」

「摩耶でいいわよ。私はモリーにそうさせられたの。でもまぁ、ストレス発散にもいいし、それでお給料も貰えるんだからって、最近ではそんな理由かな」

「……」

「なんでそんな微妙そうなのよ」

「いやもっとこう、何か可愛らしい理由とか、そういったものかと思ってました」

「悪い?」

「いえそんなことないですよははは」


 いやまぁ、それはそれでいいかとは思うが、なんとも現実的である。しかし、ものすごく睨まれたのでぎこちないながらも取り繕っておいた。女子高生の睨みつけがこれほど怖いなんて……。


「それじゃあ、何であんたは魔法少女になったのよ……いや、なれるのよ?」


 待ってほしい。なんでそこで青ざめるのでしょうか。まって、弁明させて。一旦落ち着いてほしい。あなたの中で私は今どうなっているのですか。


「フリフリの……あのドレスで……あなたが……?」

「待ってください。物理的にも距離を取らないでください。私が着るのではなくて、いや私が着ますけど」

「変……態……?」

「あのあのあの、まてまてまて、素晴らしい誤解です。全く持って遺憾です」


 変態認定までされてしまった。私は変態ではない。仮に変態だとしても、女装癖のある変態ではない。私は女性の体が大好きなのであって、女装したいわけではない。……ないはず。……これはこれでだめな気もする。


「じゃあ、どうなるっていうのよ」

「それはですね―――」


 その時である。外から悲鳴が聞こえてきた。私と摩耶さんは顔を見合わせ、扉の外へと駆け出した。扉を勢い良く開いて光景を目の当たりにする。そこには、建物を破壊した化物と、それによって多くの人が混乱し、逃げている姿があった。

誤字脱字ご感想などいただけると幸いです。

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