魔法少女は見た。
魔法少女は見た。
翌日。
私の私は帰ってきていた。
やはりあれは夢であり、マイサンとの感動的な再会を果たした私は朝の日差しに涙した。良い天気だ。一限目は遅刻確定である。
やっちまったものは仕方ないので、私は台所へと向かい、パンをトースターにセットし歯を磨く。鏡に向かうといつものフツメン、いわゆるモブな私が歯ブラシを咥えてそこにいた。うむ、変わりないな。そうして歯を磨いていると、漠然と昨夜のことを思い出した。
あのあと、私はその足で家に帰ると、寝間着に着替えてベッドに眠った。自身の下着姿など、見たくはないのだが、その夜は非常に興奮してしまった。女性者の下着姿の美少女がそこにいるのだ。これはもう今夜は寝られないのではと大興奮であったが、ぐっすりであった。夢だしね。
しかしである。昨日、あそこまで破壊して回ったのだから、何某かニュースになったりしないのだろうか。なんて思ったのだがそんなことはなく。いつもの服に着替え、大学の勉強道具等をカバンに詰めて背負うと、私は家を出て階段を降りる。このマーキュリー高田という絶妙なセンスのアパートから数歩、この位置で夢では襲われ、アスファルトが裂けていた。
だが、そこはきれいに舗装された道路であり、特に割れたり、何かが刺さった痕跡はなかった。つまり、あれは夢だったのである。
「ふむ……」
……だったら、夢の中でもう少し色々と……。
いかんいかん。惜しんでも、夢は戻ってこない。私の中のスケベ心が悲しそうにしているので、同じ夢を見るために、私は通学途中で夢日記を記載しておくのだった。
私の大学は家より少し遠く、電車通学によって30分といった場所だ。その間に適当に執筆し、昨晩あったことをまとめておいた。
そうして大学の帰りである。ニ三四限目とそれぞれの教室にてノートをまとめると、私は家路につく。私の一日は大学に行って、バイトに行って、そして帰る。終わり。なんとも味気無い毎日ではあるが、基本的なルーティンとしてはそうなりがちだった。
だが、しかしである。
本日はそのまま帰宅するはずであったのに、私の前に悍ましい『ヤツ』が現れたのである。近所のコロッケ屋が安売りをしており、ちょっとそちらによってから本日の献立を決めての帰りであった。マーキュリー高田に近くなってきた3丁目の道に、そう、奴がいたのだ。
「おそいみゃ! 僕はもうお腹ペコペコなのみゃ! はやくお夕飯にしたいみゃあ……」
「 」
絶句である。何で夢の中にいたUMAが空中に浮遊し、あたかも当たり前のように私に夕飯をせがむのか。疑問点が多々ありすぎて、私の脳は処理しきれないでいたのだ。
「きーいーてーるーのーかーみゃー?」
更にヤツことマーチは催促しやがり、私の眼前へと近づいてきた。私はその場に尻餅をついた。尾てい骨が折れた気がする。
「な、なぜ、生きているのですか」
「みゃーは死んでないみゃ……死んだはずみたいに言わないでほしいみゃ」
いや死んではいないが生きてすらいなかったのでは? 夢の世界の住人が、今現実世界の私の目の前にいるというのだからあり得ないくらいには冷や汗が出るとも。あれは夢であったのでは? 夢ではなかったのか? だが私は現に私のままだが? またあの双丘がいや、双山が見られるのか? 少し興奮してきてしまったな?
などと、一部邪念が混じってはいるものの、質問したいことだらけである。昨日はあれよあれよと流されるままにいたが、夢ではないなら流されるわけにはいくまい。……夢じゃないですよね?
「なんでほっぺたつねってるみゃ?」
「いや……夢かと」
「なにいってるみゃ……とにかく、お腹が空いたみゃ、何か食べさせてほしいみゃあ」
「……はぁ」
いや、うん。まぁ、私もお腹が減りましたし。このあと飯の支度もするわけで丁度よい。
いやよくないが。貴様は何私が飯作ってご用意すること前提でお話されているのでしょうか?
しかし、こいつには何を言っても聞かなさそうであるし、色々と聞きたいこともあるのでマーキュリー高田に戻ることとした。
「……じゃあ、アパートに戻りましょう。色々と聞きたいこともありますし」
「わーいみゃ! 今日のお夕飯はなにかみゃあ!」
腹立つ。
いや、可愛い容姿に良い具合の大きさであるマーチは、どちらかというとペットみたいなものであった。可愛いんだ。でもなんか腹立つ。
本日何度めかのため息をつくと、そのまま家路につくのであった。
少しして、その立ち去った道端の電信柱から影が伸びる。それは、その男と生き物の背をただただ眺めていたのだった。そして、幹之助はそれに気づくことなく、家へと向かうのだった。
そして、部屋にたどり着いた私はまず、本日の夕飯を用意した。マーチはどうやら少食であり、人一人分よりも少なめで箸を止めたのだった。なんとも食費に優しい胃をしていらっしゃる。
「で、食事も済んだようですし、なんであなたはここに居るのですか」
「? マーチは昨日からここにいるみゃ」
「あー……何の目的があってここにいるのですか」
「それは、人類と、僕達を助けてほしいからみゃ!」
「人類と僕達……?」
随分とスケールが大きいじゃないか。湯呑みにお茶を入れて差し出しておくと、マーチは啜ってホッと一息をつく。その上随分と馴染んでるじゃないか。こいつ。
「そうみゃ。あの化物はミラーと言って、負の念のようなものが蓄積して増大、実体化したものなんだみゃ」
「割とすごい話になってきましたね?」
「いわゆる人々の言う悪魔っていうのは、そういった化物の姿を表すんだみゃ」
「はー……」
なる、ほど?
確かに、世の中の悪魔像というのはそれぞれ別ではあるが、何れも悪、つまりは負の方向で例えられることが多い。契約として何かができる代わりに命や、大切な何かが消費されるというのは現実的であるが、つまりはそういう人の負の念がそういう像を造ったのだろう。
……こ、こういう解釈でいいのだろうか。
「なんでそんなむず痒い表情を浮かべてるのみゃ?」
「いや、ちょっとあの頃を思い出して……」
「あの頃?」
「いやなんでもない気にしないでください」
「ひ、必死だみゃ……」
必死にもなる。記憶の彼方、完璧に封印されしグリモア(黒歴史)に手を出すというのは、それこそ対価に自身の羞恥を曝け出すこととなる。悪魔の言語だ……。
私は落ち着きを取り戻すように1つ咳き込んで、続きを促した。
「続きを」
「……で、みゃ。10年前くらいから平行世界の僕達の世界で、あのミラーたちが暴れ始めたのみゃ」
「へぇ……それはまた、凄いですね」
「それで、僕達の世界は戦い、見事に勝利を収めたんだけど」
「え、凄くない?」
普通にもう魔法少女いらなくないか?
「ミラーは何かの統制に従って、今度はこの世界を攻撃し始めたみゃ」
「……では、何故こちらで戦いに来られたので?」
「この世界が壊れると、平行世界である僕達の世界まで影響が出るんだみゃ。だからこちらに来たんだけど、ここの世界は僕達の力は極大に減衰するんだみゃ……」
「あー、だから力のある人を選別して」
「魔法少女にしているんだみゃ」
目的は大変簡単で理解しやすいものであった。より細かに何故を突き詰めると詳細なこともわかるかもしれないが、私の貧相な頭ではとりあえず世界がピンチなのだという理解までで十分だった。
しかし問題は魔法少女である。そう、魔法「少女」なのだ。私の場合は魔法青年になるし、10年前ということは魔法少女ってもはや少女ではないのでは。
「で、何故魔法少女なんだ? 少女しかなれないのか……というか、私はどうなんだ?」
「まず、魔法少女は成人するまでの少女にしかできないみゃ。昔の文献では大体が若き女性が生贄にされていて、おおよそ女性の方が強い魔力を多く保有しているためとされているにゃ」
「へぇ……」
何だこいつ。見た目の割になかなかに博識にじゃないか。
「だから、変身すると全盛期の頃の姿になるのが魔法少女であり、大体の魔法少女は20以降は魔力が弱まりだすみゃ」
「成長期みたいですね……」
身長みたいに例えるそれを、得意げにマーチは解説する。しかし、ならば気になることが更に出てくる。
「では、この十年間、魔法少女はどうなっているのですか」
「それは……初期の魔法少女達は殆どがもう引退して社会人になっているみゃ。幸せなご家庭も築いているし、後任のための引き継ぎも終わっているみゃ。マニュアルだってあるみゃよ」
「急に現実感出てきましたね」
仕事か何かですか?しかしまぁ、後任を作って繋いできたというのはなんというか、歴史を感じるものがある。だが、私は更なる疑問を持ったのだが。10年間戦い続けてきたわけなのだ。私や他の人達もその戦いを知っていて当然なのではないだろうか。
「えぇっと、私達は全く知らなかったのですが……」
「それはそういうふうにしていたからみゃ。記憶処理魔法と現場復元魔法、それらを使って被害も抑えて隠匿してきたのみゃ」
「えぇ……」
凄まじいことをしていないかこいつら。記憶処理って、現場復元って。一歩間違えば完全犯罪をやってのけてしまうぞ。というより、記憶消してんのか、恐ろしいな。
「因みに政府公認国際秘密組織があって、バックアップも完璧みゃ」
「ええええええええええええ」
「なんならお給料ももらえるみゃよ」
「ええええええええええええ」
驚きで湯呑みを盛大にふっ飛ばしてしまった。だが仕方無いだろう。国際秘密組織? いやいやいや。世界中に魔法少女いるのか? 何ならもうお仕事として成り立ってるって? おいおいおい最近の魔法少女はお仕事にまで発展してしまったよ。
マーチはみゃっみゃっみゃと可愛らしくも腹の立つ笑い方をして私の反応を楽しんでいた。まぁ確かに面白いだろう。私も多分人生で初めてした顔をしていると思う。ピカソもびっくりだ。
「と、取り乱しました……で、では、なぜ私なんです? 私は男性ですが」
「そこはわからないみゃ」
不思議だとでも言わんばかりの表情を浮かべているマーチ。顔つきが険しくなっているのは、やはり男性が魔法少女になるのは例外中の例外なんだろう。
「魔法少女の素養はきっと、この町の他の方もいたはずです」
「それは確かにそうみゃ。なんならもうここは別の魔法少女の管轄でもあるしみゃ」
おい、管轄なんてあるのか。もはや何処そこの街にはあの魔法少女がいてと決まってるんだな。しっかりしたシステムにびっくりしたよ
「でも、そう多くはないんだみゃ。危険な仕事だから、強い素養の子じゃなければまず体が持たないし、続けて貰えるかもわからないみゃ」
「バイトみたいですね……」
「だから、戦力の補充の為、僕達が各地に営業を始めたんだみゃ」
「営業っていっちゃうんだ」
「君については今まで見てきた魔法少女たちよりも遥かに凌ぐ、強い魔力と底無しの魔力量を感じたから決めたんだみゃ」
「えええ、私にそんな才能というか素養が?」
「男の子だったのは盲点だったけどみゃ。前例がないしみゃ」
「前例が無いんだ……」
ツッコミが追いつかないし、ツッコミどころが多すぎる。まず、私そんなに凄かったのか。フツメンなのに? 今でも大学生だというのに冴えない顔だと言われる事もあるんだけれども?
自虐的な感想しか浮かばないためか、段々落ち込み始めてきたけれども、だからといってその才能があるという言葉をまるまる受け入れて喜べるものではなかった。
「いや、うん。確かにそうでしょうね」
「なんなら変身して女の子になるなんて思わなかったみゃよ」
「私が一番驚きましたよ」
「まぁ、そんなわけで僕は君を魔法少女にしたわけなのみゃ」
「まだ私の同意が得られていませんが?」
そう。最も肝心なところを忘れてはならない。私はなるとは言ってないのだ。昨日は夢だと思ってなし崩しに魔法少女になり、戦っていたが、今は違う。魔法少女は辞めることができるのだ。ならば、私は辞退しようかと思っている。何だかんだ、私としては暴力は好まないのだ。
「うーん、でも、たぶん辞めないほうが良いみゃ」
「いやなんでやねん」
嫌な予感しかしない。その次の言葉には私が魔法少女が続けなければならない理由と、なんだか私が危機的状況に陥りそうな意味合いが込められていそうだ。そういう表情をマーチは浮かべていた。
「その素養、さっき気づいたんだけどみゃ、ミラーに狙われやすいほど強大なんだみゃ」
「つまりは?」
「つまり、命を狙われるみゃ」
「ですよねぇ」
まぁそうでしょうねその雰囲気を見る限りは。私は今日一番の深いため息を吐いて天井を仰いだ。でも、まて。雰囲気的には推奨しないということならば、やめられるにはやめられるのだろう?
「でも、辞めることはできるのでしょう?」
「できるみゃ。個人の人権によるものだからみゃ」
「うーんそこは尊重されるんだ」
「まぁ、他にも魔法少女がいるからというのも理由なんだけどみゃ……でも、昨日の強さから見ても、君が君自身で戦ったほうが確実みゃ。他の魔法少女がミスをして死んだら、もう行方不明になるわけだしみゃ」
「あぁ……」
なるほど。つまり、他の魔法少女の世話になる必要があり、私が特異点になってしまうのか。そして、昨日の強さから見ても私のほうが強いらしい。そこんじょそこらの魔法少女よりも。
「つまり、自分の身を自分で守ったほうが安全性が高いと」
「その上、給金ももらえるんだみゃ」
「マスコットキャラクターが金を持ち出さないでください……」
いやしかし、こう言われると確かに辞められにくい。命が惜しいかと言われると、はいそうですと即答してしまうくらいには死にたくない。この契約に乗るしかなく、また変身しなければならないという対価があるが、メリットもありそうだった。こちらこそ、悪魔の契約ではなかろうか。
「でもまぁ、少しだけ考える時間をください」
「うん! 僕は答えを待つみゃ!」
元気のいい返答なことで。はぁ、と何度めかのため息をついた私はさてどうしたものかと思考をめぐらせようとしていた。しかし、そこにタイミングよくキンコーンとチャイムがなった。本日は来客の多いことで。
私は立ち上がって玄関に近づき、扉を開いた。おそらくは新聞の勧誘か何かだろう。非常に厄介で、非常に面倒くさい。
しかし、新聞社の営業がそこにいたのではなく。
「新聞はお断りです、が?」
「あんたが、昨日の魔法少女?」
そこにいたのは、仁王立ちの制服を着た女学生だった。
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