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第十話 気怠げな男

 舗装された道を歩くこと十分、ようやく目的の場所へとたどり着いた。ここに着くまでに、ステラの口は動きを止めることはなく、終止喋りっぱなしだ。正直、口の中はどうしようもなく乾いている。本当に少しは黙れないのかこいつは……。


 でも、その渇きもようやく潤せる。オレは施設に入るや否や、入り口付近に常設してある自動販売機の前に立つ。目の前にある緑茶のボタンを押して、ポケットからスマホを取り出し、決済端末にかざす。ガコンと音が鳴り、飲み物の落下を知らせてくれる。


 オレはその緑茶を、無造作にステラの方へと放る。彼女は少し呆けた顔をしていたが、造作もなくそれをキャッチした。まあ、取れなくても能力でどうとでもしてくれる確信があったから投げたのだが……。


「もしかしてくれるの?」


「これでやらなかったら性格悪すぎだろ」


 苦い顔をしながらオレは、自分の分のお茶をもう一つ買う。


「気が利くわね。ありがと」


 ステラはまるで野山に咲く一輪の花のように、たおやかな笑顔を浮かべている。今までの傲慢な態度はどこにいったのか。およそ彼女には似つかわしくない、可憐で儚い笑みがそこにはあった。寧ろ、そんな殊勝な表情をされるとこっちが困る。


「ほら、いくぞ」


 オレはそんな感情を誤魔化すように歩き出だした。施設内の入り組んだ通路を思い出しながら、先導していると、不意に横から声がかかる。


「そう言えば、ここって何の施設なの? 通路ばかりで部屋なんか見当たらないけど」


 ステラは周りを見渡しながらそう言った。まあ、分からなくもない。入ってきてからずっと通路しかない建物は、どう見ても異様だ。


「ここは拘置施設だよ。この島に侵入した奴なんかを収容しておくためのな」


「なるほど。だから、執拗に複雑にしてるのね」


「ああ。外部の人間が仲間を奪還しようとしても、一筋縄でいかないように作られている」


「ま、私なら関係ないけど」


 力を誇示するように、さっき買ったペットボトルのお茶を宙に浮かせ、弄ぶ。彼女らしくて何よりだ。


「あんたは比較対象には含まれないに決まってるだろ。そんな想定したら、施設全部を純度の高いAP鉱石で作らないといけなくなるだろ。それに、そんなことをしたとしても妨害波のせいでこっちもろくに能力を使えなくなるから実質資金と資源の無駄だ」


「それもそうね」


 そんなくだらない話をしていると、最奥の監視室の前まで来ていた。オレは右の手のひらを、扉の横についている黒い部分に貼り付ける。すると、電子音が鳴り、扉が自動で開かれた。


「生体認証とは徹底してるのね」


「ここらへんは菜月さんがうるさいから……」


「ああ、そう。イメージ通りな人ね」


 彼女は興味なさげに呟く。まあ、興味を持たれて色々と聞かれても面倒だから別にいいんだが。オレは気にせず、部屋の中へと入っていく。


「お疲れー」


 気だるげな返事がオレを出迎えた。この声の主はよく知っている。拘置施設の監視員であり、オレの数少ない友人の一人だ。彼の方を向くと、金属製の机の前にあるキャスター付きの椅子に、深く腰掛けだらけた様子だった。白衣を上から羽織っているからいいが、下に来ている白シャツは第二ボタンまで開けられ、雪のような肌が晒されている。全くこいつは……。


「響、今は一応警戒中だぞ。気を抜きすぎるなよ」


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと警戒はしてるから」


 響は椅子に深く腰掛けたまま、生返事といった感じだ。色素が抜かれたような白髪が、椅子の背もたれから垂れ下がっている。


「永遠クン。彼は?」


「ここの監視員をやっている望月響(もちづきひびき)だ。それなりの力は持ってるが、如何せん怠け者。だから、平時はあまり仕事のないここに配属されている。そんな奴だ」


「酷いなー、トワ。そんな説明じゃ僕が堕落しているダメ人間みたいじゃないか」


 重そうに顔を持ち上げ、緑がかった茶色の瞳が非難するような視線を向けてくる。


「いや、実際その通りだろ。お前がまともに働いたことなんて数える程度しかない」


 怠け者の友人は、追及されてもさして気にしていないのかほんの少し身を捩るだけだ。


「バレてしまっては仕方がない。初めましてステラ・ホワイトさん。僕は……もういいよね」


 面倒そうに口を開くと、目の前の机に体を預けた。こいつも本当に自由だな。何で強い人たちは、変人ばかりなんだろうか。


「ええ、別に構わないわ。でも……」


 一瞬のうちに、響の体は宙に浮いていた。傍から見れば、無重力空間にいるように見えることだろう。


「少し失礼じゃないかしら」


 十分自分も無礼なことを棚に上げ、彼女は理不尽に力を振るう。オレが止めようと声を発しようとした瞬間、歓喜の声音が響いた。


「おおー、いいね、これ。なんか気持ちいいよ。出来ればあと小一時間ほどお願いしたいね」


 何とも気の抜ける台詞に言葉を失ってしまった。一瞬、皮肉かと思って焦ったが、これは単純に重力からの解放を喜んでいる顔だ。ちらりと横を見ると、ステラもあっけにとられたように宝石のような瞳を見開いていた。まあ、そうなるよな。だが、彼女はすぐに冷静さを取り戻したのか、ゆっくりと響を椅子に下ろす。


「あれ、もう終わり?」


 残念そうに響は呟く。


「ええ、もう終わりよ。目的は果たしたもの」


「ふーん、そうなんだ」


 ステラの言葉は全く奴には響いていないのか、再び机に突っ伏し始める。


「トワ、奥の部屋開いてるから好きに入って好きに出て行っていいよ。僕はここで寝てるから」


 そう言うと少し上げていた顔を完全に伏せ、本格的に寝始める。まあ、こいつはそういう奴か……。


「いくぞ」


 オレはステラに一声かけ、さらに奥の部屋へと歩きだす。


「そういえばさっき言ってた目的って何だったんだ?」


「聞きたい?」


 金色髪を携えた少女は、小悪魔めいた表情を浮かべている。もう流石に慣れてきたな。あまり心も揺さぶられなくなってきたようだ。


「ああ、是非聞きたいね。世界最強の能力者の高尚な理由ってやつを」


「そんなに言うなら教えてあげる」


 皮肉めいたオレの発言も、彼女には届かないらしい。流石は最強、恐れ入る。


「小手調べよ」


「小手調べ?」


「そ、彼の力を……というか反応ね。そこを見ていたの。味方であっても、戦力を把握しておいた方がいいでしょ」


「ああ、それでやたらと突っかかるのか」


「そういうこと」


 オレは目の前の満足そうに微笑む少女に、珍しく感心していた。まさかそんな理由があったとは……。てっきり(さが)か何かだと思っていた。


「ま、半分は私の趣味なんだけど」


 ……もうこいつの話を真面目に聞くのは止めよう。そうオレは心に誓った。


「それで響の実力はどうだったんだ?」


「それは永遠クンの方がよく分かってるでしょ」


「まあ、そうだが……」


「さ、着いたわよ。開けてちょうだい」


 はぐらかされた気もするが、まあいい。神谷さんと話すことの方が先決だ。オレはステラから飲み終えたペットボトルを受け取り、扉の傍らにあるごみ箱へと捨てる。そして、この部屋に入った時と同じように、黒い板のような場所に手を置く。電子音が響き、勢いよく扉が開かれた。

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