20話 ゲス道交渉術
あともう少しでジャンル異世界転生なら100位以内に行けそうです
皆さま本当にありがとうございます。
はてさて、本日の栄えある一人目の娘は俺の護衛としての役割を期待したいバステアだ。
最近は恒例と化した人払いを済ませたタイミングで、慣れないメイド服で少し窮屈そうなバステアがクレアラに連れられてやってきた。バステアはクレアラも部屋から退出し二人きりになったことで、これからなにをさせられるのか察したようだ。だが目が死んでいないあたり中々強靭な精神力を持ち合わせていると見える。
だがねバステア、君に求めてるのはそういうことじゃないんだよ。いや本音をいうと相手してくれるなら願ったりかなったりだけど、そこまで落ちぶれちゃいないよ?
『もっと近くに寄るがよい』
俺が”命じる”と、鉛の長靴でも履いてるかの如くゆっくりとした歩みでバステアはこちらに近づいてくる。奥歯をかみしめこちらを強くにらみつけており、反骨精神の高さもうかがえる。今は俺が”命令”したのだから、それに逆らおうとすればするほど彼女の身には想像を絶する痛みが走っているはずだ。それでも彼女の目に灯る光はまったく消えていない。
護衛にはかなり適した精神性だな。やはりいい買い物をした。
「さてバステア」
ある程度バステアが近寄ってきたところで俺がいきなり口火を切ると、バステアはビクッと反応する。だがもう怖がられるのもなれちまったな。嫌な慣れだ。
「そう身構える必要はない。貴様が考えていることを我は命じるつもりは無いのだ」
最初にそう告げると、バステアは未だに警戒心はかなり高いが少なからずこちらに意識が向いたようだ。そう、話をするのにもまずは聞いてもらわなきゃ何もできないのだ。その点俺の妹は話を聞かずにわめくタイプだったから面倒な奴だった。そう考えればバステアの態度は相当マシだ。
「率直に言おう。貴様には我の護衛として働いてもらいたいのだ。無論、然るべき時がくれば奴隷から解放してもよいと考えている。それと少々の実験に付き合ってもらうことになるが、貴様の安全や尊厳を脅かすものではないので安心していいぞ」
俺が正直に自分の考えを告げると、バステアは自分の耳を疑うように目をぱちぱち瞬かせキョトンとしていた。どうやらバステアは反応も素直なようだ。しっかし全然喋らないな。あ、そうか。デフォルトの紋の設定で喋れないのか。
「『自由な発言を許す』なにか聞きたいことはあるか?」
「アタシは、貴方の言っていることがわからない、です」
少し変だが、丁寧な言葉でしゃべらなきゃいけないことはわかってるらしい。護衛をしていたと聞いたが、もっと詳しいプロフィールを聞いておくべきだったな。
「ふむ、難しいことは言ったつもりは無いのだがな。予定としては我の護衛として、どんなに長くとも2年以内仕えるだけでいい。衣食住は本職のメイド達と同様の物を保証する。無論、護衛に必要と思う物は出来得る限り与えよう。それが終われば貴様を奴隷から解放する。それだけだ。なにか質問は?」
どうやらバステアは根本的に理解が追い付ていないらしく、激しく動揺している様だった。まあ少なくとも不満はないみたいだ。
「それとだ、我はこれでも寛大でな。お前の願いを一つ聞いてやろう。ここに於いて衣食住の保証や武具の授与は行うのでそれは考えなくてよい。それと二年をたたずここを離れたいと言われるのも困るがな」
俺がそういうと思わずといった風でバステアは口を開きかけたが、ハッとするとすぐに口を噤んでしまった。
「命令だ。『今述べようとしたことを正直に述べてみよ』」
時間をかけて聞き出すのが面倒なので手っ取り早く命令してみたが、奥歯を噛みしめて唸り声をあげ、うずくまりながらも、それでもその激痛に抵抗するようにバステアはなぜか口を堅く閉じる。
やめろよそういうの、俺は隠し事されると暴きたくなるタイプなんだよ。
この誓約による痛みは肉体的な物ではないらしく、スキルや魔法ではどうにもできないらしい。痛みに慣れてる戦士でさえ30秒たたず音を上げる激痛らしいが、よく耐えるな。時間経過ごとに痛みは更に強まり1分で廃人にクラスチェンジするそうだが、せっかく買ったのに勝手に自壊されても興ざめなので命令を取り消す。
するとバステアは目を見開き、過呼吸に陥ったように床でピクピクと震えていた。あまり見ていて気分のいい物ではないな。まあ、この反応で色々と分析をできたがね。そこまでボロボロになってしまっては、精神防御を壊すなど容易い。
「随分と抵抗するのだな。よほど恥ずかしい願いだったのか?いいや違うとも。貴様の様な直情的な者が守ろうとするのは大切な”人”だ。友人か?恋人か?それとも家族か?…………なるほど、家族か」
試しに鎌をかけてみたらバステアは面白いように反応した。そうか、お前が守りたいのは家族か。コイツを買い上げるときにバステアは何度か脱走を試みたと会長から聞いていたが、やはりそんなところだよな。
「さて、次は理由だ。家族となると色々あるが、わかりやすいのは養うためだな。…………これは違うみたいだな。しかし脱出を試みるということはそれ相応の理由があるはずだ。となると、病におかされている、とか」
バステアはこらえようとしているが精神を砕くほどの激痛の余韻がそれを許さない。明らかな反応があった。ビンゴだな。
「なるほど、貴様は病に侵された家族に会いたいのだな」
「なっ…………!?」
本当に素直に反応してくれるからわかりやすくてありがたいな。まあ、激痛で散々痛めつけられた後だからな。最近変な方向へ進化しつつあるリリスとか、元から何考えてんだがわからないアザゼルとか、昨日相手取った会長に比べたらイージーモードすぎるというものだ。なんだか別の意味で心配だよ。
「あ、あの人には手を…………!」
「あの人?なるほど、家族というより家族に値する人物なのだな」
反射的に噛みついたバステアだが、勝手に重要な情報を吐いてくれた。彼女はしまった!と言わんばかりの表情だが勝手に自爆してくれてこちらとしては手間が省けて助かる。
「その病とやらは、貴様が付きっきりで看病せねばならぬほど重篤なのか?」
「っ…………!」
凄いな、ここまで来ても全然心が折れてない。だが精神論だけでどうにかできるのは少年漫画の主人公だけなのだ。本当の悪役はもっと汚いぞ。まあ悪役じゃないんだけどね。バステアからみれば俺はまだ悪役にしか見えてないのだろう。
「もういいだろう。貴様が抵抗したところで時間はかかるがここまで判明すれば調べるのも容易い。大方、その独特の武芸の師匠とかそのあたりだろう?」
「なぜ、なぜさっきからなにも言ってないのに!?」
適当に言ってみたが大当たりのようだ。でもねバステア。なんでと言われても、尻尾の動きで何となくわかるぞ。気づいてないのか?痛みの余韻でもともとピクピク動いてるが、何か反応すると露骨に動くんだよ。
「整理すると、貴様の家族の様な存在である武芸の師匠がかなり重い病を患っており、その安否を確認したい、だな?」
俺が端的に告げると、バステアは奥歯を強く噛みしめ悔しそうに俯いた。
だからリアクションが素直すぎだって。クレアラみたくオーバーすぎて一周回ってわからなくなるならまだしも、君って本当にリアクショが素直なんだよ。
「その病について、なにかわかるか?」
さて、痛めつけて秘密を暴くことが目的ではない。ようやくこれで本題に入れる。
「もうさっさと吐いたらどうだ。遅いか早いかの問題だぞ。そして貴様が“本当に師匠を救いたいと願うなら”その詳細をしっかり伝えたほうがいいぞ。先ほどから何を勘違いしているかわからないが、我は貴様を害する気はない。仕えてもらうにあたりリターンを用意するといっているのだ。『命令だ』その師匠とやらの病状にかかわることについて全て吐け」
ここにきて、ようやくバステアは観念して語り始めた。
◆
「数年ぐらい前からだったかな、…………です。師匠はいつも通り稽古をつけてくれてたんだけど、だんだん技を失敗することがふえてきたんだ、です。聞いてみたら、手足が最近痺れてるような気がするっていうんだ、です」
OK、話し出してくれたのはいいがちょっとまて。大事なシーンだってのはわかってるんだけど我慢できない。
「無理して敬語を使おうとするな。それは追々学べばいい。今は普通に喋れ。これは『命令』だ」
ペンドラゴン帝国の公用語は英語と似た構造なのだが、こいつ丁寧さを強める助動詞を最後に思い出すように付け足すから滅茶苦茶な言葉に聞こえるのだ。
「わ、わかった。それで師匠は変なキノコでもたべたかな?って笑ってたんだけどどんどん悪化してきて。決定的なのはあれだけしっかり歯磨きしてたのに歯がおかしくなってきてたのと、何でもないところでスっ転んだこと、それと呼び掛けてもどんどん反応が鈍くなってったこと。地獄耳だったのにぼけた老人みたいになってたんだ。アタシの師匠は女だけど凄い体を鍛えてるから転んだりとかありえないし、万が一毒にあたっても耐性スキルを持ってるから毒にも凄く強い。なのにどんどん弱ってくんだ。師匠は魚が大好きで、自分で海に行って取ってくるぐらいだったんだけど、それすらあぶなかっしくなってきて。それになんだかボケた老人みたいに涎がたれたりしてさ。アタシはそれを直したくて、頑張って危険な護衛もやって治療できる人を呼ぶためのお金を稼ごうとしたんだけど、アタシは…………!」
Oh. It's so serious.
どうしよう、これ解決できるのか?まあとりあえずもう少し聞き込みだ。
「質問がある。できるだけ正直に応えてほしい。まず大前提として、まさか薬物に手を出してないよな?」
「そ、そんなことあり得ない!師匠はそんなこと絶対しない!」
うん、ならよかった。ちょっと症状が似てるもんだから焦ったぞ。
「酒は嗜なむか?」
「飲めるとは思うけど飲んでるところは見たことない。のんでれば匂いで分かる」
ふーん、酒じゃないのか。
「食生活でなにか特徴的な物はあるか?」
「特に好き嫌いはないよ。基本的に何でも食べる。ただ素潜りで取りに行くくらい魚が好きってだけだ。ほぼ毎日魚を食べてたよ」
「野菜や穀物はたべていたのか?貴様は何ともないのか?」
「ちゃんと食べてたし、体調が悪くなってからはアタシも気を付けるようにしてたよ。それに見ての通りアタシは全然問題ない」
うーーーーーん、医者じゃないからサッパリわからん!そういえば、猫獣人も魚は好きなのか?実際のところ猫が魚好きっていうのは迷信っぽいのだが。
「ところでその食べていた魚は特殊だったりするのか?貴様も一緒に食べてたのだから味とかまでわかるだろう?」
「別に変な毒持ってる魚は食べてないと思うよ。それとアタシは、その、魚食べると昔からおなかを下すから食べないんだよ。だからその代わりに肉を食べてた」
おん?なんか今引っ掛かったぞ。
「ところでお前と師匠はどれくらいの付き合いなんだ?」
「アタシは捨て子だったんだ。それを師匠が拾ってくれて育ててくれた」
そりゃ思い入れも強いわけだ。だが大事なのはその事実ではなく付き合いの期間だ。
「お前が物心ついてからずっと魚を毎日食べているのか?」
「毎日食べてたよ。なんかその海の魚は火山の神の加護あるからとっちゃいけないとか言っている人もいたけど、とったってなんの祟りもなかったよ。まさか祟りで病気になるわけないし。だって本当に祟りがあるなら十数年以上も神とやらがほっとくわけないでしょう?」
「まて!今、火山といったか!?」
「い、いったけど。それがどうかしたの?殿下も神の祟りとか言い出すの?」
「そんなわけなかろう。確認させてくれ。もしかしてその火山は海から非常に近いのか?」
「ああ、凄く近いよ。そこには強い魔物がいて、師匠はその魔物が集落のほうに向かったりしないように守ってたんだ。なのに火山の神の祟りがあったんだとかいって、全然アイツらは師匠を助けてくれなかった!」
ああ、物語なんかでよく聞く話だな。それよか、原因が分かった気がする。
「正直に答えてほしい。貴様と師匠が棲んでいた場所は、ムアルマガ火山の近くではないか?」
「で、殿下にはなんでもお見通しなんだね。そうだよ。ムアルマガ火山の近くだよ」
よし、原因が確定した!
「貴様、手紙とか書けるか?その師匠とやらに即刻海の魚を食べるのをやめるように指示するんだ。このままでは取り返しのつかないことになる」
「さ、魚が原因なの?でも師匠はアタシを拾う前からずっとあそこで生活してたんだよ?本当に祟りだっていうの?」
「祟りなどは存在しない。原因は火山から出る猛毒だ。いいか、毒ってのは摂取するとすぐに効果が出るものだけではないのだ。長年蓄積されることで初めて猛威を振るいだす特殊な毒が存在している。おそらくその師匠とやらは毒に対する耐性スキルでも持っていたおかげで進行が非常に緩やかだったのだろうが、症状が発症し始めたのならもうスキルで抑えきれてないことにほかならない」
「そんな!?海に潜ったのがいけなかったの!?でもそんなこと言ったらアタシだって何度も潜ったよ!?」
「それも少なからず関係しているだろうが、問題は魚だ。火山からでる猛毒は海にある限りではおそらく強力な毒になりえない。しかし海に常にいる魚共はその毒を蓄積し続けてしまう。それを食べたら、そっくりそのままその毒が食べた人物に静かに蓄積されていくのだ。大事をとるならむしろ引っ越したほうがいい。とにかく、火山の周りでとれる食物をこれ以上摂取するとお前の師匠は確実に死ぬ」
「そんな…………」
ムアルマガ火山はLDOでも高難易度のエリアだった。加えてその近郊の村には『火山の神』とやらが関わるサブクエストがあったはず。さらに、ムアルマガ火山でとれる資源は色々あるのだが、その中でも『火山の神の血』と呼ばれる“ハイドロミスリル”が採れるのだ。LDOの表示では漢字に直すと聖水銀となる。要するに水銀かそれに準ずる物質なのだ。
それを裏付けるのが火山の名前。ムアルマガの並び順を変えるとアマルガム、即ち水銀を用いた合金の名になるのだ。あのサブクエストはその『火山の神の血』を飲む儀式を止めさせ様とする話だったはずだ。
ただ、そのまま摂取することが有害であることはそれなりに知られていても、蓄積する性質があることは公害については流石に知られてないのだ。
民間信仰や土着信仰は案外ちゃんとした理由に基づいてる場合がある。村の者が、海の物を採ると祟りがある、と言ったのはその地に住む者が経験則で害があることを知っていたからだ。それが祟りという言葉に転じたのだ。
「で、殿下!2年と言わずずっと従うよ!アタシの体をどう扱っても構わない!なんだってする!けど、師匠を!師匠を助けたい!もしかすると師匠はもう自分で動けなくなってるかもしれないんだ!でも、師匠は、アタシを女手一つ育ててくれたんだ!アタシは二又だから呪い子として捨てられた!でも、同じ猫人族の師匠は、アタシを受け入れてくれたんだ…………!お願い、します!なんでもするから師匠を助けて!おねがい、だよ…………アタシの家族は、師匠しかいないんだよ…………」
ようやく理解が完全に状況に追いついたのだろう。バステアは泣いて俺に縋り懇願した。無論、生活に必要な行動以外の命令外の大きなアクションをとれば其の身には再び激痛が走っていることだろう。だがそれすら感じさせないほど、バステアは伏して懇願する。
これはゲスの勘ぐりだが、もしかすると、その師匠は本当に彼女の母親なのかもしれないな。呪い子である娘を捨てきれず、幼き娘を抱え集落を飛び出した。しかしそれを知り娘が深く傷つくことがないように、母親であることを隠して育てた。
現代と違い、民の生活は他人の面倒を見ていられるほど余裕のあるものではないはずだ。特に同族の不吉の象徴をわざわざそんな人目を避けるように危険な場所で育て上げたのなら、なにか特別な理由が無いほうがおかしい。
それと、おそらくバステアは猫人族なのに魚アレルギーなのだろう。故にその師匠とやらはバステアに魚を与えなかった。もしバステアが幼少期から水銀を含んでいる魚を食べ続けていたら既にこの世にバステアはいなかったことだろう。なんとも悪運の強い娘だと言わざるを得ない。
「うむ、よかろう。なんとか手を回して貴様の師匠をその場から引き離そう。場合によっては我のメイドに強引に組み込んで近くで面倒を見ることもできるかもしれない」
「ほ、本当に助けてくれるの!?」
「我は信賞必罰を大切にするのでな。しかしこれは明らかな先払いだ。つまりこれからの貴様の動きに期待するほかあるまい。それを理解しても、それを願うか?」
YESと答えることを分かったうえでの、悪魔の契約。案の定、バステアは頷いた。
「では誓ってみせよ、ここに我に対して完全なる忠誠を捧げることを。我からの命令、いや、意に背くことが育ての親を殺すことになると、ここに誓うのだ」
バステアは素直だが非常に強い女性だった。
まだ其の身には激痛の余韻が残っているだろう。しかしサッと立ち上がり涙でぐしゃぐしゃの顔を拭うと真っすぐな瞳でこちらを見つめる。
「アタシ、バステアは、デブーダ・ペンドラゴン殿下の意に背くことがアタシの師匠の死を意味することをわかったうえで、デブーダ・ペンドラゴン殿下に全てを捧げることを誓うよ」
よし、これで割と簡単に使える駒が増えた。幸い、ここから例の火山までそう遠くない。んで、その近くの地を治めてるのは更に幸運なことに俺の派閥の貴族だったはず。場所はかなり絞り切れてるから宝石でも同封した手紙だして半ば強引に、しかして丁重に回収させよう。いやー、よかったよかった。病と聞いたときはマジ焦ったわ。
残す駒はあと5つだな。全部ちゃんと手駒にしてやるぞ。
実績:手駒の獲得・体育会系猫
彼女は大人びていて見えるけど、6人の中ではぶっちぎりの最年少。実は彼女、盗賊団100人以上を相手に“防衛戦”を展開し、相手取ることのできた凄まじい実力の持ち主。中毒に陥る前の師匠は“彼女に似て”更に強かった。精神論で色々乗り越えてしまうような出る作品間違えてない?と言いたくなる性格をしている。
実績:マインドリーディング
豚さんだってやろうと思えばできる子。豚さんはとっても負けず嫌い。リリスにマインドリーディングされたことをまだ引きずってます。
裏実績:信奉者1/6
一人目
偽実績:5/14異世界転移日刊ランキング100位ぴったり
皆さま本当にありがとうございます。




