11話 ゾンビペイントから着想を得ました
「失礼します。クレアラ、ただいま参上致しました」
「うむ、無礼講だ。そこの椅子にかけよ」
腹筋100回敢行し筋肉痛で死んだ日の夜、呼びつけていたクレアラが部屋に入ってくる。
因みに今日の午前は錬金術の本を読み込み、午後は魔法の研究と筋トレと概ねいつも通りだった。
クレアラは初回のように絶望感溢れる表情ではなく、いつものすまし顔。
既に盗撮などを防ぐ魔道具のスイッチが入っているため、クレアラは俺が促すと鍵を締めるとスタスタと歩いてきてソファーに座る。二回目にして慣れた物だ。俺がおべっかとかが面倒だと思っているのをきちんと察したうえでの行動だろう。
俺もベッドから降りるとクレアラの対面のソファーに腰掛けた。
「さて……ここ数日、見事な演技であった。褒めてつかわす」
「有難きお言葉、恐縮の限りでございます」
クレアラと秘密協定からを結んでからも、クレアラは御付きの仕事を外れた訳ではないので普通に俺の付き人をしている。その時のクレアラはまるでリリスのような表情で精気が感じられない瞳で、周りのメイドもクレアラを見る目はかなり同情的な瞳だった。そして遂に俺がメイドにも手を出すことを知り他のメイドは余計に俺に対して恐怖を覚えているようだった。
つまりクレアラの“悲劇のヒロイン工作”は上手くいっているのだろう。
「では次だ。我がお前に命じたことの進捗はどうなっておる?尚、報告時はどのような発言も許す。忌憚無く述べよ」
「畏まりました。まず私が衆目を集めるという指令に関して、メイドは概ね私に同情的でございます。ランスロットル派閥のメイドはもう少し深く踏み込みたいようですが、やんわりと誤魔化しています。気になる動きがあるとするなら、ローラン殿下閥のメイドは少々怪しい動きが多いように思えます。ランスロットル派閥のメイド達は私の状態を探りたがりますが、ローラン殿下閥のメイドは私を通してデブーダ様の情報を抜き出そうとしているように思えました」
「やはりか。予想のうちだが、他に動きがない事を考えるにお前はうまくやれているようだな。よくやっている、見事だ」
「勿体無いお言葉です」
やはり平静時の此奴は使える。それに、実態は違うにせよ彼女の主観では身寄りもあやふやで、それでいてデブーダのメイドなどやっていたものだから褒めてやると嬉しそうだ。そうだよね、デブーダは基本的に詰ることしかしないもんね。因みにクレアラは付き人の筆頭だが、デブーダの記憶が正しければもう9代目。年若いクレアラが筆頭をやっているのも押し付けられたというのが真実なのだろう。彼女にとってデブーダに仕えることはストレスでしかなかったはずだ。
ま、自分に自信がありありで反骨精神強め、な性格ではなさそうなのはわかっている。叱ってやるよりこまめに褒めた方が伸びるしやる気も出るタイプな気がする。
「して、具体的にそれぞれの派閥がどのように主にアプローチしたか教えてはくれぬか?」
「はい、ランスロットル派閥としては、その……どんな風だったのか……なにをしたか……など行為其の物に探りを入れていました。好奇心もあるとは思いますが、やはりランスロットル派閥のメイドの方が積極的に問うてきました」
意外と下世話なのよね乙女って。娯楽が少ないから余計にそちらに関心が向くのだろう。
「ランスロットル公爵の方から何か直接的なアプローチは?」
「特にはなにも。メイド達からは動きあぐねている印象を受けましたが、あくまで私見ですので…………不確かな情報で申し訳ございません」
ふむ、動かないのか。おそらく俺を警戒しているのではなく、その後ろにいる第二皇后のせいで迂闊に動けないのだろう。あのクソ婆はクーデターを起こせるだけあって能力値自体は低くないどころかかなり高いのだ。
ランスロットル家としてもあまりにクレアラに介入しすぎて真実が暴かれたら大スキャンダルだし。
「構わん。お前の目は信用している。気になる事をシャットアウトするよりきちんと関心を持ち記憶にとどめておく方が有能というものよ。もしランスロットル公爵からアプローチがあった場合は、話したくない程を装え。それでも接触があるならば、我に口止めされている様にしつつ暴力などを受けた様に仄めかすのだ。その見極めは主の匙加減にある程度任せる。最悪誤解されても構わんが、我と協力関係にあることは露見せぬ様に。失敗を恐れて肩の力が入りすぎるのも悪かろうて」
「畏まりました。お気遣い真に痛み入ります」
「うむ。耳目を集める点では引き続き頼む。ランスロットル派閥とローラン殿下派閥に探りは入れなくて良い。下手に探っても藪蛇、今はお前を失う方が我にとって恐るべきこと。自己保身は常に念頭に置いておけ」
俺がそう命じると、クレアラは目を見開く。そりゃそうだ。密偵もどきに自己保身を大事になどと普通は言う訳がない。だが換えがきかない優秀な人員だ。粗雑に動こして失いたくない。将棋で言うところの飛車角まではいかないが、金将銀将クラスの大事な駒だ。
よしよし、やはりクレアラは引き込んで正解だったな。
◆
「次にだが、とある噂を流すよう命じたが、これは如何様だ?」
「はい、こちらに関してですが、殆どのメイドはデブーダ様のお考え通りの捉え方をなさっています」
「殆ど、か。やはり残りはローラン派閥か?」
「はい、私も含めデブーダ様の派閥のメイドに接触しているようです。ただし、上下の情報共有がない様でメイド達の動きが不鮮明です。上から「デブーダ様の少しの変化も見逃すな」という様な内容で動いてるように思えますが、メイド達も理由に関してはわかっていないようです。
ふーむ、ローランは余程疑心暗鬼に陥っているのか。やはりマーリナなどが看破されたのがやはり大きく影響しているか?現段階としてローランはおそらく俺の計略を周りにバラせはしない。奴は安定思考が先行するからな。俺の尻尾を完全に掴めない以上、動き出せないに違いない。しかし俺の動向は気になる。そんなところか。
そこで急にクレアラに手を出したから、余計に勘ぐっていることだろう。
明らかなクレアラという撒き餌に引っかかっているあたり、過敏になっていると言うのが正確か?うちのお付きにもローラン派閥のメイドがひっそりと混ざっているはずだが、動きが妙だったからな。余程俺は舐められているからか、些か動きが杜撰だ。看破は困難ではなかった。
「クレアラ……パリヅ、ウルビス、キレアは潜在的にローラン派閥だ」
「あの3人が、ですか」
「驚いたか?」
この部屋には盗聴器も監視カメラも仕掛けてある。陰でコソコソ動いていても俺には全部お見通しというわけだ。誰と誰にどんなつながりがあるか、それを察するのは時間をかければ難しくない。
「いいえ、3人ともローラン派閥なことまでは看破できていませんでしたが、おおよその見当はついておりました」
「うむ、ローラン派閥といっても一枚岩でないからな。あの3人は比較的ローラン派閥の中では優秀だ。情報を流す時はその3人を積極的に起点にしてゆけ」
俺がそう言うと、クレアラは僅かに言葉を呑む。
「デブーダ様……」
「なんだ。気づいたことがあればなんでも申してみよ。同意するだけの人形はいらんのでな」
これはいい傾向だ。積極的な進言は自分を見つめなおす点でもありがたい。
「でしたら、その3人ばかりを使うのはかえって勘づかれるリスクも抱えるのでは?」
「構わん、疑心暗鬼になっておる故にあちら側も予測していないとは思えん。むしろ見抜いている事を示してやった方が安心するやもしれぬ」
「それは…………」
「強敵であろうと実力を把握できている敵、全く実力の測れない敵の2種がいるとする。安定志向であればどちらを取りたがるか、わかるであろう?」
特に安全思考のローランだ。明確化されているほうが落ち着くに違いない。まだちょろちょろ周りを探られると困るしな。
「敢えてある程度能力を明かしておいた方が探られることもない、と言う訳ですね?」
「そうだ。やはりメイドにしておくには勿体無ない気もするが、今は味方である事を嬉しく思う。よき思考力だ。そのように疑問は積極的に述べるが良い。それに、すぐ気づくとは思えん。引き伸ばしができるよう情報を流す順番をある程度決めておくが良い」
「ありがたき幸せ、仰せのままに」
「うむ、頼んだぞ。では、少し別の質問だが、最近我は部屋に籠っていることが多いのは主も知っている事だろう。それに対して我のお付きはどのように考えておる?」
これ結構気になってたんだよね。個人的な興味も大いにある。
「…………少々お気を悪くなさるやもしれませんが」
「構わんよ。機嫌を損ねて主に当たるような真似は絶対にせぬと誓おう」
「その深き度量に不肖クレアラ感服するばかりでございます。それでは率直に述べさせていくなら概ね関わらずに済んで気分がいい、でしょうか。私の一件からメイドにも手を出すという事が印象付けられたので、以前に増して忌避しております。ですのであれこれ接触したくない、引きこもっているならそれで良い、と思われています」
ふーん、そっか。想定の中ではいいほうだ。
「なるほど、予想の範疇だ。だが引きこもっている間に関しては誰も興味はないのか?食事の変化も何か考察してはおらぬか?」
「それが…………デブーダ様はお年頃ですので、メイドをそばに置きたがらないことに疑問は持たれていません。メイド達の見解としてはここ最近の変化もそれと連動した体調不良ではないかと考えられています。食欲減衰やサッパリしたものを好む傾向、部屋の異臭、一部ではやつれた気もするとのことです。そしてその原因は帝位に関わる精神的な影響ではないか、と。儀礼を急に学び出したこともその考えを後押ししています。今頃になり焦っている……愚か者、それが今のデブーダ様への評判です」
「ハハハハハ!評判も落つるところまで落ちているとなかなか愉快なものだ。なかなか愉快な誤解をしているようだな。してクレアラからすると、我はやつれて見えるか?」
「いえ、どちらかと言えば痩せた様な気がします。先入観の問題は大いにあるかと思いますが」
そうね、周りからすればデブーダがコツコツとダイエットに励んでいるとは思うまい。印象操作は今のところ完璧だ。
「うむ、意図的に狙っている節はあるのだ。メイドと顔を合わせる前にはあえて体調に影響する程度の魔力消費を意図的にしている上に水を一気飲みするのでな。実際に気分は優れていない」
「魔力消費?デブーダ様は、魔法は………………」
キョトンとするクレアラ。俺はニヤッとすると右手を出し、左手で指を鳴らす。そうすると右手の上に灰色っぽい砂ができる。
最近思ったのだが、カッコつけて指を鳴らしていたのが全くの無意味ではないと言うことに気づいた。自分の中で発動するタイミングの切れ目として、パブロフの犬の様に繰り返しておくと指を鳴らすだけで魔法発動の為の思考に切り替えられる。
無詠唱魔法といえど、やはり詠唱式は心の中で想起するだろう。
りんごを思い浮かべろと言われて、りんご……と脳内で一度も考えずに形のイメージだけを引っ張り出すのが難しいのと理屈は似ている。
指を鳴らすのはその想起するプロセスの置き換えだ。声は音を出してから終わりまでの切れ目がある。しかし無詠唱は想起故に起点と終点が曖昧だ。それをスイッチの様に置換するのがこの指パッチンという訳だ。これで炎魔法だったら…………いや、言うまい。あのスタイリッシュさは俺には烏滸がましい。
どっちかっていえばグラトニーだし…………。
ま、それはどうでもいいのだ。
「デブーダ様は、魔法をお使いになられたのですか?」
「そうだ。クレアラよ、この土は何に使うか知っておるか?無論、触っても良いぞ」
俺が手を差し出すと、断りをいれて指でそっと摘むクレアラ。指を擦り合わせて質感なども確かめていたが、首を横に振る。
「申し訳ございません。浅学故に存じ上げません」
「謙遜せんでも、寧ろ正体を見抜いた方が驚きよ。この土はな、ある種の塗料だ」
「塗料……ですか……?」
そうには見えない、と自分の指に微かについたままの砂を見つめるクレアラ。
俺は水差しを取ると数滴腕に垂らし、その砂と混ぜる。泥っぽい液体になったところで、俺はそれを頬にうっすら塗り込む。
「ほれ、ほんの少し顔色が悪い様に見えるであろう?」
「っ!?…………そうですね、言われてみればみるほどその様な気がします。それはその砂が?」
「非常にきめ細かく肌に馴染みやすい砂なのだ。そして保湿性と吸着性も高い。積み重ねによる誤解は幾らでも引き起こせるものよ」
しかし、痩せてるか……よしよし、それが聞けて安心した。結構頑張って痩せ始めていた気分だったら、これで痩せてないとおもうと言われたら流石に立ち直れなかったぞ。
魔法か……そういえばちょっと気になるな。
「して、お前は何か魔法は使えるのか?」
戦闘系以外のNPCとかがなんの魔法使えるとかまでは流石にフレーバーテキストでも書いていない。そこんとこクレアラはどうなんだろうか?グイネヴィアムも魔法が使えたはずだし実父が確か非常に強力な騎士だったから、なんらかの才能があってもおかしくない。
「私は、炎魔法と氷魔法を少々嗜む程度です。炎は日常に少々役立つ程度で、氷魔法に至っては物を冷やす、氷を生成する程度しか……」
うん、やっぱりフレーバーテキスト以外の情報って結構あるな。知っていて何かあると言うわけではないが、見落としが致命的のなるかもしれんから聞いといて正解か。
「炎魔法は火の上級、氷魔法は水の上級である。使えるだけでも恵まれていると考えるのだな。実際のところ戦闘を主にせんのであれば、日常に役立つ程度で事足りるのも良かろう」
「そう、でしょうか?」
あら?案外英雄願望とかあるのかしらん?
「なぁに、それも使い方次第よ。例えば水を予め地面に撒いておいて凍らせれば、如何なる騎士でもツルリと滑るであろう。相手の頭から水をかぶせて一気に凍らせてやるのでも十分恐ろしい魔法となるであろう。使いようだ使いよう」
この手の奴はアニメとかでも普通に使える手段だし俺もスラスラ言える。だがクレアラにとっては驚きのことだったのかポカンとしている。
「その程度、市井の民も知っているものは知っているような知識だ。そう驚くでない」
「ぁ、はい」
そんなに尊敬するような目で見られてもこっちはズルしてるしなぁ。『デブーダ様スゴい』って感じで見つめてくるクレアラってなんだか犬っぽさを感じる。うちの近所で飼われてた犬がこんな感じだった。
俺が通りかかるたびに吠えてくるもんだからちょっと遊んでやったらなつき過ぎちゃって、昔はその家の人とはほぼ面識がないのに犬とは凄く仲が良いという状態だったし。
まんまクレアラじゃねえか。
妙に懐いてくれたわんこ(クレアラ)と面識のほぼ無い飼い主一家(ランスロットル家)。これ多分痩せてイケメンになってから頭を撫でてやると大層操喜びそうな気がする。高校卒業間近で寿命で亡くなったけどあのシベリアンハスキーも白っぽくて綺麗なアイスブルーの瞳をしてたんだよな…………はっ!クレアラはまさかあの犬が転生した姿なのか!?…………冗談はともかくこの撫でてやりたい欲求が妙に湧くのは何故だ。
俺そんな凄い人じゃないからね、元はただの市民だから!
そんな『デブーダ様はやっぱり凄いお人なんですね!』みたいな目はやめなさい。カンニングもいいところな人だからそんな純真な瞳で見られても困る。
うーん、尊敬されすぎても困るとは、嬉しくないとは言わないが結構困ることだと初めて知った。
実績:忠犬クレ公
クレアラの忠誠値が一定以上を突破したぞ!忠誠値がこのまま天元突破すると…………?
5/9 各話のあとがきに実績を追加しました。ここまで読んで下さり気になる人はご確認くださいませ。