Cafe Shelly リーダーはつらいよ
二学期になった。日焼けして真っ黒になった連中。夏休みの旅行を得意気に話す連中。まだ夏休みの宿題が終わらずに焦る連中。どれも久しぶりに顔を合わせるヤツらばかり。
オレももちろんその中の一人。日焼けなら誰にも負けない。旅行も大したところには行っていないが、いとこの田舎で川遊びしたり虫取りをして楽しんだ話はたくさんできた。そしてまだ残っている宿題も人に負けないくらいあるんだけれど。
「はーい、席についてくださーい」
こうして小学校最後の二学期が始まった。実はこの二学期にオレは一つの目標がある。今日はその目標を達成するための大事な日でもあるのだ。
始業式ということで体育館に集められて、あいかわらずの校長先生の話。まぁそこは適当に時間を過ごして。そのあとクラスに戻って先生から夏休みにあったことについての話。そのあと宿題提出となり、できていない人は一週間の猶予をもらった。そしていよいよ、オレのための時間がスタートした。
「それでは今から、運動会のリーダーを決める話し合いをします」
これこれ、この時間を待っていたのだ。おれはこの日のために、いやこのためだけに一学期を過ごしたといっても言い過ぎじゃない。
運動会のリーダー、特に総リーダーの存在。オレは小学校の低学年の時からこれになりたくてあこがれていた。あれはまだオレが二年生の時だったかな。応援の時にさっそうと現れ出てきたリーダー達。特に真ん中にいる、長いはちまきをして敵には鋭い目つきをしつつも、味方には優しく振る舞う総リーダー。あの姿が目に焼き付いている。このときからオレは、六年生になったら絶対に総リーダーになってやるんだと心に誓った。
リーダーになれるのは五年生から。もちろん、五年生の時にはリーダーに立候補。このときは希望者がそれほど多くなく、あっさりと決まった。
オレの学校は全学年ニクラスしかない。それほど大きくない学校だから、クラス関係なくみんな仲がいい。しかし運動会となると話は別だ。この時期はお互いにライバルとして隣のクラスを見てしまう。特にリーダーをやっていたからなおさらだ。
オレが五年生の時の総リーダーは体格もよく、柔道をやっていた人。だから絶対に相手を倒すぞ、という気合いが大きくて。おかげでオレもちょっと気が荒くなっていた。まぁそれも運動会が終わるまでのことなのだが。そしていよいよ最高学年のリーダーとなる日がきたのだ。
「では、今年の運動会でリーダーになりたい人」
オレは気合充分に、まっさきに手を挙げる。他にもゆっくり手を挙げる人や申し訳程度に手を挙げる人が数名。リーダーは男女合わせて五人。立候補がその数より多ければ、話し合いで決めることになる。今回、手を上げたのは偶然にも五人ちょうど。男子三人、女子二人とこれまた良いバランスだ。
「よし、リーダーはこの五人にまかせることにしよう。みんな、それでいいかな」
「はい」
「ではこの五人の中から総リーダーを決めるぞ。これはみんなで投票制で決めることにする」
投票で決めるのか。だがオレは少し自信がある。クラスの男子には総リーダーになりたいことは前々から伝えてある。だが問題は加奈子、こいつだ。加奈子は勝ち気な女子で、クラスのまとめ役になっている。女子の多くは加奈子に投票するに違いない。今までの運動会で女子が総リーダーをやったことが二回ある。それだけに侮れない存在だ。
「では、この五人の中から総リーダーにふさわしいと思える人の名前を書いて、この箱に入れてください」
オレはさっと周りを見回して男子に目配せをする。何人かはまかせろ、という意味の目つきでオレを見る。あとは女子の票だ。
やれることはやった。あとはみんなを信じるしかない。
「これから開票をする。確認は先生がやるから、しばらく待っていなさい」
先生は票を数え始めた。そして、一番前に座っている友樹に数を確認させている。どうやら開票が終わったようだ。
「それでは発表する。今年の赤組の総リーダーは…」
心の中ではドラムロールが鳴っている。先生もここで間を持たせるなぁ。
「37人中、17票を獲得した勝也!」
「よっしゃぁぁ!」
思わず声が出てしまった。自分の名前を呼ばれた時の喜び、これは格別なものがある。
「ついで15票を獲得した加奈子。今年は加奈子に副リーダーをやってもらう。みんな、これでいいか?」
もちろんみんな賛同、のはずなのだが…
「先生、私納得できません。わずか二票しか差がないのに、勝也が総リーダーでいいんですか?」
言い出したのは加奈子。その声に同調して、一部の女子はそうよ、そうよという声が上がり始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ。二票差でもこれが多数決だろう。何が言いたいんだよ」
オレは思わず声を上げた。
「だって、勝也には総リーダーは荷が重いんじゃないの? 去年、ドッジボールチームをまとめることができなかったくせに」
「そ、それは…」
ちっ、痛いところを突いてくる。
五年生の終わりにクラスで市内の小学校対抗のドッジボール大会に出場した。そのときのキャプテンに立候補し、オレはクラスをまとめようとした。が、意見が対立してしまい、クラスが分裂。そのせいで実力はあったのに予選突破できずに大会を終わってしまった経験がある。あのとき、オレも自分の意見を主張し過ぎてしまった。だが、そのときにオレの意見に真っ向から対立したのは加奈子じゃないか。もともとの原因はこいつにあると言ってもいいくらいなのに。
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなさい。今回は多数決に従って、勝也に総リーダーをやってもらう。いいな」
先生の一声で、加奈子はしぶしぶながら従うことに。オレもあのときのことを反省して、もっと人の意見を取り入れるように努力はしているつもりだけれど。どうしてもこの加奈子とは対立してしまうんだよなぁ。そもそも、加奈子がちゃんと総リーダーであるオレの言うことを聞いてくれればいいんだけど。
「では、リーダーになった五人は放課後先生のところにきなさい」
よし、とにかくやってやる。何が何でも赤組を優勝に導いてやる。オレは心にそう強く誓った。
放課後、五年生のリーダー五人も加わって初めてのリーダー会議が行われた。まずは自己紹介。そして総リーダーとなったオレの意気込みを伝えることに。
「今年は何が何でも優勝を勝ち取るからな。そのためには、みんなが一致団結すること。これをぜひよろしく!」
決まった。このセリフは前々からずっと決めていた。多くは拍手でオレを迎えてくれた、のだが。唯一加奈子だけがしぶしぶといった表情。こいつがちゃんと協力してくれれば、赤組もちゃんと団結できるんだけどなぁ。
「さて、今年の運動会だが。今までは先生たちが応援の内容やリーダーの役割を決めていたんだが。今年はやり方を変えます」
やり方を変えるってどういう風に?先生は少し間をおいて、オレたちを見つめながらゆっくりと口を開く。
「今年は…みなさんに全てを決めてもらいます。そのために総リーダー、副リーダー中心となって話し合いを行ってもらいます。運動会まではほとんど毎日、ここに集まって話し合いをすることになるかな」
「えぇっ、私、塾もあるのに」
加奈子がいきなりそんな声をあげた。オレはそんなもの行ってないから関係ないし、むしろ大歓迎なんだけど。
「そのあたりも話し合いで決めなさい」
ちっ、塾なんて運動会が終わるまで休めばいいのに。オレはそう思ったんだけど、そこは百歩譲ることにしよう。
「加奈子、お前何曜日が塾なんだ?」
「火曜日と金曜日…でも五時からだから、一時間くらいならなんとかなるかな」
「よし、わかった、じゃぁこうしよう。放課後は毎日ここに集合。最低一時間は話し合いをやっていろいろと決める。これでどうだ?」
加奈子はしぶしぶOK。他のメンバーもそのくらいなら、ということで了解してくれた。
「じゃぁ先生、まずは何を話しあえばいいんですか?」
「それもまずは自分たちで考えなさい。あ、それと情報です。白組の総リーダーは東雅人くんに決まりました」
「ま、まさとかっ!」
東雅人、やはりあいつになったか。あいつは成績優秀、背も高いし、やたら大人びている。まぁ、総リーダーになるならあいつしかいないと思っていたが。オレが勝手にライバルとして見ているだけなのだろうが。どうしてもあいつにだけは勝ちたい。
「雅人くんかぁ。私も白組になりたかったなぁ」
もう一人の六年生の女子、帆乃香がぼそりとそう言う。帆乃香が雅人を好きなのは知っている。しかしここはあくまでも赤組として一致団結をしなければいけない場。
「帆乃香、今は一致団結!」
「はいはい」
しぶしぶ顔の帆乃香。とにかく今はみんなで協力していかないと。まずは何を話し合うのか、それを話し合わないと。
「えっと、話し合わなきゃいけないものは…」
オレは黒板に思いつくものを書きだした。
「応援歌をどうするのか、その振り付け、これが一番大事だな」
「勝也、リーダーだけじゃなく応援の時のみんなの動きも決めないと」
「あぁ、そうだな。まぁそんなもんだろう。じゃぁこいつらをどうするのか、明日からこれを話しあうからそれぞれ案を考えてくるってことでいいか?」
返事はないがそれなりに了解されたみたいだ。
「先生、こんな感じで決まりました」
「そうか、じゃぁ明日からは先生も話し合いには立ち会うけれど、基本的には口出しをしない。勝也と加奈子、二人を中心として話し合っていきなさい」
「はいっ」
オレは大きな返事。だが加奈子はまだ何か不満そう。とりあえずリーダー会議初日はこれで終了。運動会まで一ヶ月ちょっと。その間にどうすればみんなをまとめられるのか。ここからがオレの腕の見せ所。しっかりと引っ張っていかないと。この日、オレの頭の中は応援歌と振り付けのことでいっぱいになっていた。
翌日のリーダー会議。ここで早速応援歌を決めることにした。応援歌はみんなが知っているような曲の替え歌をつくるのが定番。オレはその歌詞まで考えて会議に臨んだ。
「…って感じでいきたいんだけど」
オレは自信満々に替え歌の歌詞を披露。
「うぅん、あのアニメの曲を使うのは悪くないんだけど…」
イマイチ歯切れの悪い加奈子。
「じゃぁ、加奈子は考えてきたのかよ?」
「考えてはないけど…でも、歌詞がちょっとね」
「考えてもきていない奴に言われたくねぇよ。他に考えてきたやつはいねぇのか?」
オレはちょっと強い口調でそう言い放つ。だいたいおかしいよな。文句をいうのだったら自分で考えて来いって。
結局、オレの思いで応援歌は決定。今日は加奈子が塾の日なので、会議はこれでおしまい。とにかくどんどん決めることを決めて、早く練習に入らないと。だが、その翌日の会議で五年生からこんな意見が出てきた。
「勝也さん、これからどんなスケジュールで進めるんですか?そこがわからないから、ちょっと不安で…」
スケジュールなんか考えていない。とにかく決めることを決めて、どんどんやることをやらないと。それしか頭になかった。でも、そうするしかないじゃないか。
「今はとにかくいろいろ決めないと。スケジュールなんて考えていられないよ」
言い出した五年生は腑に落ちない顔をしているが。スケジュールなんてどうでもいい、今は決めることを決めていくほうが優先だ。
この会議の翌日、事件が起こった。リーダー会議に五年生全員が欠席。
「おい、どうして五年生は来ないんだ?」
「さぁ…」
理由もわからず、とにかく振り付けを決めないといけないという気持でいっぱいのオレ。腹を立てながらも六年生だけで振り付けを決めていく。が、意見がちぐはぐでこの日は何も決まらない。次の日、五年生が会議を欠席した理由が耳に入った。
「勝也、どうやら五年生は五年生で話し合いをやっていたらしいぞ」
「えっ、どういうことだ?」
「五年生として意見をまとめてリーダー会議で意見をしたいんだと」
「そんなの、リーダー会議でやればいいじゃねぇか」
「お前が一人でどんどん仕切るから、意見が言えないってよ」
「そんな、お前らが会議で意見を言わないからオレが決めていかないと仕方ねぇじゃねぇか」
「いや、正直なところオレも同じことを思っていたんだ。あの会議で意見ができるのは加奈子くらいじゃないか。なんかあの場で意見が言いづらくて…」
そんなこと今更言われても。そんなオレにさらに追い打ちをかける話題が耳に入ってきた。
「白組はもう振り付けが決まって練習に入っているらしいぞ。勝也、どうするんだよ」
「どうするって、こっちも早く決めるだけだ。ったく、どうしてみんな総リーダーのオレの言うことを聞かねぇんだよ…」
ちくしょう、まさとのやつ、一体どうやってみんなをまとめているんだ? あいつには負けたくない、あいつの一歩先をいかないと。焦りだけが走ってしまい、あっという間に一週間が過ぎてしまった。こんな悩み、誰にも話せない。
モヤモヤした気持の日曜日。
「おい、勝也、一緒に出かけないか」
お父さんが突然そんなことを言い出した。お父さんがそう言い出したときは、オレをダシに使ってお母さんの目をごまかそうとしている時が多い。この前も自分の趣味の模型展を見に行くのに、一人じゃ行きづらいからオレが見たいから連れて行く、なんてことをお母さんに言っていたし。まぁ、その後何かおいしいものをおごってくれるからいいんだけど。
しぶしぶお父さんに付き合うオレ。今日はどこに連れて行かれるんだ?
「知り合いが勝也に会ってみたいって言ってたから」
お母さんにそんな言い訳。お母さんもわかっているんだよな。お父さん、自分が出かけたいからオレを理由に使っていることを。
「はいはい、いってらっしゃい」
半分呆れ顔でそういうお母さん。反面、お父さんはニコニコ顔。
「今日はな、ちょっとおもしろい喫茶店に行くぞ。そこのマスターに勝也のことを話したら、ぜひ会ってみたいって言ってたからなぁ」
どうやらオレに会ってみたい人がいるのはウソじゃないみたいだ。でも、どうしてオレなんかに? そう思いつつも、お父さんについていく。
着いたのは街中のとある通り。そこはパステル色のタイルで敷き詰められた道路。道の両端にはブロックで出来た花壇。人通りもそれなりに多くて、なんだかちょっとウキウキしてくる。
「ここだ」
お父さんが指さしたのはとある小さなビル。そこには黒板に書かれたメニューがあるんだけど、こんな言葉が目に入った。
「全部自分でやろうとしないで もっと仲間を信じてみて」
その言葉はぐさりと胸に突き刺さった。今のオレのことを言われている。そんな気がして。
でも、赤組のリーダー達は動いてくれない。だからオレが決めないといけないじゃないか。その思いが再び湧き上がっていた。
お父さんは階段を上がっていく。オレはお父さんの後をついていく。
カラン・コロン・カラン
ドアを開けると心地いい音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ」
同時に聞こえる若いお姉さんの声。お店に入ると、コーヒーの香りとクッキーの甘い香りがした。なんだか大人の世界に入ったって感じ。
「マスター、マイさん、こんにちは。今日はこの前話したうちのボウズをつれてきたよ」
お父さん、オレの何を話したんだ? そう思いつつもお店の人に軽く会釈。
「こんにちは。君が勝也くんね。今度、運動会の総リーダーになったんだって?」
お姉さんがオレにそう話しかけてくる。
「は、はい」
「ぜひその話、聞かせてほしいな」
話って、話すほどのことはまだ何もやっていない。いや、どちらかというと話せないことの方が多いんだけど。
「真ん中の席へどうぞ」
通されたのは三人がけの丸テーブル席。よく見ると、この喫茶店はそんなに大きくないんだ。窓際に半円型のテーブルがあって、そこには四人。カウンターに四人座れる。
「勝也、お前コーヒーは飲めるよな」
「うん」
「よし、マスター、シェリーブレンド二つ」
「かしこまりました」
カウンターにはお店のマスターがいてコーヒーを淹れている。その姿がなんか妙にかっこいい。
「勝也、このお店はな、魔法のコーヒーを淹れてくれるんだ」
「魔法のコーヒー?」
「あぁ、飲んだ人のそのときの気持で味が変わるんだ。ところで勝也、総リーダーはどんな感じだ?」
「う、うぅん…」
オレは今の自分のことを話していいのかどうか悩んでしまった。夏休みまでは総リーダーになったらこうしたいということを家族に息巻いて話していたのに。総リーダーになった直後はよかったのだが、このところうまくいかなくて。家族にはそんな話一切していない。
「まぁまぁだよ」
「まぁまぁ、か。お前のまぁまぁは正直なところ危ないからなぁ。どうせ、思ったようにメンバーが動かなくて悩んでいるんだろう」
お父さんにはズバリ今の悩みを言い当てられてしまった。
「やはり、図星か。だと思ったよ。だから今日はここに連れてきたんだ」
「えっ、どうして?」
「まぁ、それはここの魔法のコーヒー、シェリーブレンドを飲めばわかるよ。さぁて、そろそろかな…」
振り返るとお姉さんがコーヒーを持ってきてくれているところだった。
「はい、お待たせしました。勝也くんにはサービスでクッキーもつけておいたからね」
そう言ってお姉さんは白と黒のクッキーをオレの前に差し出した。
「なんか美味しそうなクッキーだなぁ」
「勝也くん、そのクッキーはコーヒーと一緒に食べてみてね。まずは黒い方からどうぞ」
お姉さんが言うとおり、まずは黒い方のクッキーを口に入れる。ゴマの風味が効いてとてもおいしい。その後にコーヒーを口に含む。いい感じで口の中で混ざり合う味。と同時に、オレの頭のなかにある光景が浮かんだ。
それは運動会。そこでオレは総リーダーとしてみんなをしっかりとリードしている。オレだけじゃない。加奈子も自分の役割を持ってテキパキ動いている。他のメンバーもだ。オレが指示をしなくても、それぞれがそれぞれの動きをしている。他のリーダーの指示に従って、一年生から六年生までが応援で一斉に同じ動きをする。その姿は見事なもの。見ている観客からも大きな拍手が湧き上がる。うん、こういう姿をつくりたいんだ。
「勝也くん、どんな味がしたかな?」
えっ!? お姉さんの言葉でオレは現実に戻った感じがした。今見ていたものは何なんだろう?
「ふふふ、何か見えたみたいね。どんなものが見えたのか、よかったら聞かせてくれるかな?」
ど、どうしてそれがわかったんだろう?
「勝也、これが魔法のコーヒーの威力なんだよ」
「魔法のコーヒーの威力?」
「マイさん、説明してあげてくれるかな」
「はい、勝也くん、このシェリーブレンドは飲んだ人が望んだ味がするの。そしてこの黒ゴマのクッキーは、その力をさらに強くしてくれるんだよ。今、勝也くんが見たのは、勝也くんがそうなりたいと思っている将来の姿になるの」
そうか、それでわかった。オレは今見たような赤組にしたい、リーダーの姿にしたい、そしてオレ自信がそんな総リーダーになりたい。そう思っていたんだ。
「勝也、どんなものが見えたか、よかったら教えてくれないかな」
お父さんの言葉で、オレはさっき見た光景を話し始めた。話しているうちに、自分がなりたい総リーダーの姿がより明確になってきた気がした。
「なるほど、お前はそういうチームをつくりたいんだな。けれど、うまくいかなくてイライライしている。そうだろう?」
「うん、でもみんなオレの言うとおりに動いてくれないんだよ。応援歌を考えてきてって言っても、誰も考えてきてくれないし。五年生なんか勝手に話し合いを始めちゃうし。どうしてこうなっちゃうんだろう…」
「ははは、トップに立つ者の悩みを持っているな。お父さんも同じような経験があるんだぞ」
「えっ、お父さんも?」
「あぁ、お父さんは会社でプロジェクトリーダーっていうのをやっているんだよ。しかし、最初はなかなかメンバーが動かなくてね。そんなときにこの喫茶店を知ったんだよ。そして、あることに気づいたんだよ」
「あることって?」
「それを勝也に教えるのは簡単だ。けれど、これは教えてもできるものではない。自分で気づかないとな」
「自分で気づくって、どうやって…」
お父さんの言葉にオレは迷っていた。そこに気づけない。だから今悩んでいるのに。
すると、お姉さんがオレにこんな言葉をかけてきた。
「勝也くん、もう一つの白いクッキーをさっきと同じように食べてごらん。きっと、その答が見つかるよ」
白いクッキーを? オレは半信半疑で、先ほどと同じようにクッキーを手に取り口に運ぶ。
今度のクッキーはとても甘い。さっきのはちょっと固かったけれど、こっちはとてもやわらかい。そしてコーヒーを口に入れる。すると、溶けていくような感じがする。口の中で甘さと苦さがちょうどよく混ざり合う。と同時に、オレの頭のなかにある言葉が飛び込んできた。
「まかせろ!」
まかせろって、どういうことだ? その次に、加奈子の顔が浮かんできた。
「私の言ったとおりでしょ」
自信満々にそう言う加奈子。
いつもならイヤミに感じるのだが、なぜか加奈子がたくましく見える。さらに五年生たちの顔も見える。彼らも自信満々にこう言う。
「僕たちもがんばりました」
オレはその報告をうなずきながら聴く。
「よし、これで応援はばっちりだな。みんな、ありがとう」
そしてオレはこう言う。
「あいつらにまかせて正解だったな」
まかせるってそういうことか。オレがやっちゃダメなんだ。リーダーたちに動いてもらわないと。でも、本当にあいつらは理想通りに動いてくれるのか? ここでオレは無意識に、もう一口ミルククッキーを口に入れ、さらにコーヒーを飲んだ。そのときにまたさっきと同じように声が聞こえた。
「信じろ!」
信じろ。確かにあいつらに任せるのは不安が残る。けれど、あいつらを信じないと。それがリーダーとしてのオレの役目なんだ。
そうか、あいつらを信じて任せること。これがリーダーとしてオレがやることか。お父さんはそれをオレに気づかせたかったのか。
「勝也、何か見えたか?」
お父さんのその声で我に返った。
「うん、わかったよ。リーダーたちを信じて任せる。これが答えだね」
オレは自信満々に答える。
「おっ、そこに気づいたか。さすが、我が息子だ」
お父さん、なんだかすごい誇らしげにそう言う。なんだか恥ずかしいけれど、でもオレも嬉しい。だが、せっかく答えを出したと思ったのに、お父さんはさらにこんなことを言い出した。
「勝也、いいところまできているんだが。実はもう一つ重要なことが抜けているんだ。チームメンバーに信じて任せるために、とても重要なあることがね」
「重要なこと?」
「さぁ、これがわかるかな?」
わかるかなって言われても…。残念ながら手元には黒ゴマのクッキーも白いミルククッキーも食べてしまってもうない。あとはカップに少しのコーヒーが残っているだけ。このコーヒーに答えを出してもらえるのか? 思い切ってコーヒーに手を伸ばそうとしたその時。
「勝也くん、だったね。ちょっと肩の力を抜いてみようか」
えっ、何? その声はカウンターから聞こえてきた。このお店のマスターの声だ。
「リラックス、リラックス。といってもなかなか緊張は抜けないだろうな。勝也くん、ちょっと面白いことをやってみようか」
「面白いこと?」
オレはマスターの言葉に興味を持った。何をしてくれるんだろう?
「勝也くん、学校で今何が流行っているの?」
「流行っているもの、ですか…うぅん、カードゲームは流行っているけど」
「カードバトルってやつだね。じゃぁ一つ質問だ。カードバトルってどうしてやっているのかな?」
「どうしてって…」
そんな理由、考えたこともなかった。強いて言えば、やっているときが楽しいから。それくらいしか理由は思いつかない。そのことをマスターに言ってみる。
「そうか、楽しいからか。じゃぁ、他に勝也くんがやっていて楽しいことって何かあるかな?」
「やっていて楽しいこと…うぅん、スポーツは楽しいです。体を動かすのは好きだから。あと、見るのも好きです。サッカーとかバレーとか、テレビでやっているといつも見ちゃいます」
「スポーツか。それもなかなかいいね。そもそも、どうしてそれが楽しいと思えるのかな?」
楽しいと思える理由? それも考えたことがなかった。そこで考えてみた。
スポーツにしろ、カードバトルにしろ、一緒にやる仲間がいるから。スポーツ観戦も、我が家ではお父さんもお母さんも一緒に見る。その会話をするのが楽しい。
「仲間がいるから、じゃないですか。一緒に楽しめる仲間が」
「じゃぁ、逆を言えば仲間がいれば楽しいんだね」
「はい、そうとも言えます」
「仲間といると、どうして楽しいんだろうね? そもそも、どうして楽しめる仲間って集まるんだろう?」
どうして仲間は集まるのか? 仲間ってなんだろう? 考えれば考える程わからなくなってきた。
「うぅん、どうして…そんなところまで考えたことなかったです」
「じゃぁ、その答えをシェリーブレンドに聞いてみるといいよ」
えっ、まだお父さんからの質問の答が出ていないのに、残りわずかのシェリーブレンドに聞くって。でも、マスターはニコニコ顔でオレの方を見る。お父さんも同じような表情。えぇい、どうにでもなれ。そんな気持ちで最後のシェリーブレンドを口に入れた。そのとき、オレの口の中では複雑なものが一つにまとまって、同じ方向を向くという感覚が広がった。
えっ、何、これ。同じ方向を向く? そうか、仲間が集まるのは、みんな同じ方向を向いているから。つまり、同じ思いをしているから。カードバトルも、スポーツも、スポーツ観戦も。みんなが同じ考えを持って集まっているから。だから仲間になれるんだ。
あ、わかった。お父さんが言いたかったこともここなんだ。リーダーが、いや赤組のみんなが同じ方向を向かないと。この運動会は乗り切ることはできない。
「同じ方向を向く、か」
そんな言葉がつい口から出てきた。
「勝也、それだ、それだよ!」
お父さんが興奮してオレにそう言ってくる。そこでオレはハッと我に返った。
「勝也、ようやく気づいてくれたな。みんなが同じ方向を向くこと。それをそろえることがリーダーとして必要なことなんだよ」
どうやらオレが感じたことが正解のようだ。なるほど、方向性を揃える、か。でもどうやって?
すると、マスターがオレにこんな質問をしてきた。
「勝也くんって赤組だったよね。その赤組のスローガンとかってつくっていないのかな?」
「スローガン?」
「そう、いわゆるみんなでそろって目指すものを言葉にしたものだよ」
「そういうの、作っていなかったです」
「そうか、じゃぁ私から一つアドバイスだ。今度、リーダーを集めてスローガンになる言葉をつくってごらん。そうすることで、みんなの意識をそろえることができるようになるよ」
なるほど、それで思い出した。去年、そういう言葉があった気がする。それをみんなで何度も口にして、応援の時にはかならずみんなで大声で言っていた。今思えば、あの言葉のおかげで意欲が高まっていたな。
「はい、わかりました。ありがとうございます」
この日、カフェ・シェリーでたくさんのことに気付かされた気がする。リーダーとして、トップとして、やらなければいけないこと、考えなければいけないこと。それを思い知らされた。お父さんがオレに伝えたかったこともわかった。
そして月曜日。
「みんなに提案があるんだけど」
オレは早速、スローガン作りを提案。これにはみんなすぐに納得してくれ、いろいろな意見が飛び交った。ここで大事なこと。それはみんなを信じること。オレがつくるんじゃない、みんなでつくるんだ。そのためにも、それを任せることが大事だ。
ここで驚きだったのは、スローガンづくりの会議を取り仕切ったのが今まで目立たなかった博人であったこと。いきなりスローガンを考えずに、まずは考えつく言葉を出してみようと提案してくれ、そこからみんなの意見を集約させてくれた。その結果できたのがこの言葉。
『心ひとつに、みんなで笑顔に!』
優勝、という言葉が入っていないのが最初は気になった。しかし、「笑顔に」という言葉の中にその意味が含まれていることがわかって、オレも満足。
「よし、まずはこの言葉を赤組のみんなに知ってもらうこと。これがオレたちリーダーの役目だ」
「オー!」
一気に、文字通り心が一つになった気がした。
翌日から動きが変わった。ここで五年生が、これからのスケジュール案というのを出してきた。
「勝也さん、僕たちこんな風にするといいと思っているんです。五年生みんなで考えました」
そのスケジュールを見ると、運動会当日までのリーダーの動きがはっきりしている。なるほど、こうやって見るとみんな動きやすいな。
「ありがとう。よし、今日からこれに従ってみんなで行動をやるか」
そう言った時、五年生たちがみんな笑顔になった。あ、なるほど。こう言ってあげると人って喜ぶんだ。当たり前のことかもしれないけれど、オレにとっては新鮮な感覚だった。五年生の作ったスケジュールによると、今日から早速応援の練習を始めることに。と同時に、応援グッズの制作も入っている。応援歌についてはオレが提案したものを使うつもりだったが。
「勝也、あのね、この曲もいいと思うんだけど」
加奈子がCDを持ってきた。それは今人気のアイドルグループの曲。一瞬、オレの意見が否定された気がしたが。ここは加奈子の言いたいことをきちんと聞かないと。
「それでね、歌詞と振り付けを帆乃香と一緒に考えたの」
そう言って踊りだす二人。
「うん、いいじゃん。よし、その振り付けで行こう。みんな、早速練習だ!」
振り付けについては加奈子と帆乃香にまかせることにした。二人も熱を入れてみんなを指導。そんなに難しくないのでこんな提案も出てきた。
「これ、リーダーだけじゃなくみんなにも踊ってもらおうよ。そうしたらきっと応援も盛り上がるよ」
「ナイスアイデア! でも、人数が多いからどうやって教える?」
「じゃぁ、先生に許可をとって、総練習の時に時間をつくってもらおうよ。そのあとは各学級で練習をしてもらう。そのときにはリーダーがそれぞれのクラスに行って指導する。これでどう?」
意見がどんどん飛び出してくる。と同時に、みんながやる気になってくるのが感じられる。
心ひとつに、みんな笑顔で。このスローガンをつくっただけで、そしてオレが決めるのではなくみんなを信じて任せるだけで。チームってこんなにも変わるものだったんだ。
でもここで疑問が湧いてきた。オレは何のためにいるんだろう? みんながそうやって動き始めたのなら、総リーダーの役割って何になるのだろう? 家に帰ってもそのことが頭から離れない。オレのその様子を見てか、晩ご飯の時にお父さんがこんなことを聞いてきた。
「勝也、おまえトップに立つ者としてどうあるべきか。そこに悩んでいるだろう」
「えっ、どうしてわかるの?」
「はははっ、簡単なことだ。お父さんも同じことで悩んだからな。だが簡単なことだ。ひっくり返せばいいんだよ」
「ひっくり返す?」
「そう、考え方をひっくり返せばいいんだよ」
お父さんの言っている意味がわからない。ひっくり返すって、どういうこと? ここでお父さんは一つの絵を書いた。
「勝也、リーダーってこういうものだと思っているだろう」
そこに描かれたのは、てっぺんがとがっている三角形。そこのてっぺんに丸印をつける。
「うん、リーダーってみんなの上に立って行動するもの。そうじゃないの?」
「だから、これをひっくり返すんだ」
お父さんは三角形を文字通りひっくり返して見せた。
「さぁ、リーダーはどこにいる?」
「どこって、今度はみんなの下…」
「そう、リーダーはみんなの下。つまり、みんなの責任を背負い込む立場だ。みんなを信じて、任せる。その結果を受け止めるから、安心してやってこい。そういう立場になればいいんだよ」
「ってことは、オレがみんなの責任を負うってこと?」
「あぁ、そうだ。だからこそメンバーは安心して動けるんだ」
みんなの責任を背負い込んでいくって、なんかすごくきつそう。オレが渋い顔をしていると、お父さんはさらにこんなことを言ってきた。
「勝也、こうなるととてもきついんじゃないかって思っているだろう。ところがこれも逆なんだよ。こうすることでリーダーは楽になれるんだよ」
「えっ、楽になれる?」
「そう、三角形の頂点に立つリーダーは常に動いていないといけなくなる。オレについてこい、だからな。だが、三角形が下になると、メンバーが率先して動いてくれるようになる。そうすると、リーダーはやることがなくなるだろう」
「あ、今のオレの状態だ…」
「だから、あとはメンバーの状況をしっかりと見ておくこと。なにか困った事があれば相談に乗ったり。メンバー同士の調整役に回ったり。まぁ、ちょっとした雑用係みたいなもんだな。でも、それをきちんとやっていると、気の利くリーダーだなって思われるようになるぞ」
なるほど、そういうことなのか。メンバーを信じてまかせる。方向をそろえる。みんなの責任を負う。これがリーダーなんだ。あらためてお父さんの言葉を噛み締めた。
「おとうさん、ありがとう。お父さんってすごいなぁ。なんでも知っているんだね」
「ははは、お父さんを見なおしたか? まぁ、実を言うと、ここに気づかせてもらったのもシェリーブレンドのおかげなんだけどな」
「えっ、あのコーヒーのおかげ?」
「あぁ、お父さんも組織のリーダーとして悩みが多くてな。部下が思ったように動いてくれない、それどころか反発してくる。そんなときに知り合いからカフェ・シェリーを紹介してもらってね」
「オレと一緒だ…」
「そこにお客さんとしていた羽賀さんという人からもリーダーについて教えてもらったんだよ。工夫したら、おかげで今は素晴らしいチームになった。だから勝也にもそこに気づいて欲しかったんだよ」
カフェ・シェリーってすごいな。オレも大きくなったら、あのお店でコーヒーを飲んで、マスターやお姉さんといろいろな話がしてみたい。
「さぁて、これで運動会はうまくいきそうかな?」
「うん、ありがとう。なんだかやる気が湧いてきた!」
「よぉし、その意気だ。運動会、期待しているぞ」
お父さんの言葉でがぜんやる気が湧いてきた。リーダーは三角形の下にいて、すべての責任を負う。その覚悟がないとできないものなんだな。単なる目立ちたがりではダメなんだ。よし、明日早速その勢いでいってみるか。
翌日、オレは早速行動開始。といっても、みんなに任せたいことを伝えて、あとはそれぞれの作業を見守る。たったこれだけなんだけれど。でも、何もしてないと思われるのは困る。だから、それぞれで起きている困り事を聴いて、先生に相談したり他に頼める人がいないかを探したり。その動きのお陰で、他のリーダーたちはとても動きやすくなった。
おもしろいのは、四年生以下の学年にもそれぞれリーダー役が生まれたこと。一年生も張り切っている。そこでみんなが口々にしている言葉。これが赤組のスローガン『心ひとつに、みんなで笑顔に!』。それを合言葉に、本当に赤組の心が一つになってきた気がした。
応援の練習もみんな気合が入っている。これなら白組に負ける気がしない。いや、今は勝ち負けはどうでもいい。みんなで心ひとつになること、そして笑顔になること。これが楽しくて仕方ない。
運動会の前日準備の日。この日は赤組、白組関係なく、上級生を中心にその準備が進められた。ここでもすごいことが起きた。オレが指示をしたわけでもないのに、リーダーたちが率先してクラスのみんなを動かしてくれた。赤組だけでなく、白組の人もそれに従う。学校全体が一つになった。
「今年はみなさんの動きがとてもよかったから、あっという間に運動会の準備ができました」
先生からもお褒めの言葉。みんな満足して笑顔になっている。
そしていよいよ運動会当日。赤組のリーダー達は、始まる前に最後の打ち合わせ。
「じゃぁ、ここは加奈子がみんなを誘導して。五年生はここで下級生を盛り上げて…」
みんなの動きをチェックして、いよいよ運動会の開会式が始まる。
「よし、行くか」
「勝也、ちょっと待って」
加奈子から待ったの声が。
「どうせだから、ここでみんなで気合を入れて行かない?」
「うん、いいね、やろう」
「やりたーい」
みんなからその声が。
「よし、わかった。じゃぁ、オレの掛け声のあと、オーって声を上げてくれよ」
みんな首を縦に振る。オレは一度深呼吸。リーダーみんなで円陣を組んで、お互いを見つめ合う。そして…
「心ひとつに、みんなで笑顔に!」
おれはありったけの声を上げてそう叫ぶ。
「オーッ!」
みんなは拳を天高く上げ、オレ以上の声をあげた。そのあと、自然とハイタッチが始まる。
「よし、みんな行くぞ!」
「オーッ!」
小学校最後の運動会の始まり。勝っても負けても悔いはない。オレは最高の笑顔でグランドへと駆け出していった。
<リーダーはつらいよ 完>