幕間 side ウォルス
Side ウォルス
迂闊だった。
油断こそが、生き抜く上で最も気をつけなければいけない敵であるとわかってはいた。油断していれば、能ある者も、ない者にも等しく死は訪れることを、過去の戦場でいくつも見てきた筈だ。
ブラッディーベアーが、サファの乗っている馬車とともに崖から落ちていく姿を見た時、己の人生の大半がなくなったかのような喪失感に襲われた。
あまりの出来事に呆然としていた時、背後から濃厚で巨大な圧を放つ気配を感じたかと思うと、凄まじいスピードで何かが駆けていった。
それが娘と同じくらいの年齢の少年だと理解した時には、彼は娘が落ちていった先へと飛び込んだ。
数秒後、ふわりと浮いて戻ってきた少年。その姿は、女の子とも間違えそうな可愛らしい顔と、美しくさらりとした白髪に金色の瞳をしており、超俗的な美しさを放っている。
そして、その少年にしがみついている娘の姿を見た時、胸の奥底が熱く感じた。
良かった。私は、大切なものを失わずに済んだのだ。
妻であるマリーは涙を流しながらサファに抱きつき、娘もまたマリーを抱き返して、大粒の涙を流している。
怖い思いをさせてしまった。二度と。もう二度と、同じ過ちをする訳にはいかない。
しかし、先ほどの少年の動きは並大抵のものではなかった。空中を自在に飛行していたのも、風系統の魔法を使った様子はなく魔力も感じられない。代わりに感じたのは、得体の知れない濃密な圧を放つ気配だ。
ふと、例の少年に視線を戻すと、少年は抱き合っている母子を見て、微笑んでいた。その笑顔はどこまでも優しそうであり、また同時に寂しそうな影も見える。
彼の正体は謎のままだが、私達の恩人に違いはない。
そう思い、少年にお礼とともに私達の身分を明かす。
すると、少年は返事をするのだが、何故か言葉が拙い。まるで数年ぶりに人と会話をするかのようだ。
話を聞いていると、どうやら少年は生まれて間もない頃にこの山奥で一人だったようだ。
確かに服装は、何かの毛皮でそれらしく作ったようなものを着ており、途中で案内された住処も丈夫な木の枝に囲いを作っただけの状態であった。
さらに、身につけている首飾りは、自身が入れられていた籠の中にあったのだと言う。おそらく親の形見であろうそれを、いつか再会できた時のために身につけていると話を聞いていた時、私は自身の目頭が熱くなるのを感じた。
ひどく不憫な状況にいても逞しく生き抜き、自身の親と再び会える奇跡を信じているその姿は、とても健気であった。
そんな子をこのような山奥に放っておけるはずがない。加えて、彼は娘の命の恩人なのだから尚更だ。
私がそう決心すると同時に、妻のマリーは少年、フィウルスに抱きつき、私が考えていたことと同じことを言った。
だが、フィウルスの意思を無視して無理やりに連れて行く訳にはいかないため、私は、フィウルスに如何するか問うた。出来れば、ともについてきて欲しいのだが‥‥。
少し悩んだ後、彼の出した答えに、私は内心で密かに安堵した。彼の実力では、この山奥に一人で住むことに問題がないのだから、このまま一人で暮らすという選択も大いにあり得るのだ。
だが、彼は決心してくれた。
そしてこの日、私にとっては大切な息子が出来たのであった。




