第68話 その後
「そうか。現れたか。」
高貴さと威厳を兼ね備えた男が玉座に座したまま呟く。
ここはアスタルシア王国の王宮。
「はい。例の魔族の間諜が逃走する手助けをしたと。シャルル姫様を含めて、学園の者に被害はありませんでしたが‥‥。」
国王に対して、側近の者が手に持った報告書の内容を読み上げていく。
「わかった。‥‥これではっきりしたな。」
その言葉が何を指すのか、この場にいる者は全員が分かっていた。
「はい。おそらく黒衣の仮面は、学園内、もしくは近くに潜んでいるかと。」
最初の出現情報は、学園の生徒が遠征研修で向かったハーエン山脈。この時は、黒衣の仮面が偶然ハーエン山脈に潜んでいた可能性が考えられた。
しかし、此度の魔族の事件では、覚知してから1、2日での出来事である。
あまりに迅速な動き。
それが出来たのは、初めから学園にいたからである可能性が高い。
「今後は学園とその近辺で網を張っておけ。」
「はっ!」
命令を告げた国王に対して、その場にいた者は臣下の礼をとった。
「‥‥って感じで、王宮にはバレてるでしょうね〜。」
じとっとした目で見つめながら、エルシィはフィウルスに言った。
「あはは。まあ、流石に感づいちゃうよねー。」
当のフィウルスは、やっぱり?といった感じであまり気にしていない様子である。
「師匠〜。あんなに周りにバレないように生活していたのに、大丈夫なんですか?」
「うん、まあ、リスクはあったし、これからも迂闊なことは出来ないけど‥‥」
一拍置いて、フィウルスは言った。
「それでも、助けてあげたかったんだ。」
あの少女を。
誰からも救われないと諦めの目をしていた、あの少女に手を差し伸べたかったのである。
「‥‥ま、師匠がそれで良いんなら別に良いんですけど。‥‥これ絶対にまたライバル増えちゃったな〜。」
そう言ってエルシィはフィウルスを責めるのをやめた。後半の言葉は小声で漏らしたため、フィウルスには聞こえていないようである。
「じゃ、再開しよっか。」
「へ?」
「修行の続き。」
「えええー!!?」
フィウルス達がいる所とは遠く離れた地。
木々が生茂る山中に、その集落はあった。
「ライラ!無事だったか!?」
転移に成功したライラは、無事に魔族の隠れ里へと帰還した。
「お父さん!お母さん!」
ライラは目に涙を溜めて、両親と抱き合う。
「無事で‥‥無事で本当に良かった!」
両親もまた大粒の涙を溢しながら、強く抱きしめる。
「間諜に行ってたライラが帰還したぞー!」
その様子を見ていた、一人の男が集落の者達に大声を上げた。
「なに!?戻ってきたのか!?」
「確か、敵に捕まったんじゃ‥‥」
「良かった!本当に良かった!」
その報せを聞いた住人達がライラと両親の元へと集まってくる。
その顔は喜色が浮かんでおり、誰もがライラの帰還を祝した。
集まった者達は全員、背丈が低かった。
そこは小人族の集落であった。
「ライラよ。よくぞ無事に戻ってきた。」
その老人が来た途端、人だかりは別れてライラと老人が向き合った。
「おじい‥‥長老様。申し訳ございません!お役目を全う出来ずに、帰って参りました。」
その老人‥‥長老に対して、ライラは間諜の任務が失敗に終わったことを謝罪した。
「構わぬ。それでも、お主が送ってくれた情報はどれも有用なものであった。それに‥‥敵に捕まったと聞いた時は、皆が悲しみに明け暮れていたのじゃ。無事に戻ってくれて、本当に良かった。」
自分を責めるような表情をするライラに、長老は優しく語りかける。
「あ‥‥ありがとうございます。」
「過酷な任務を押し付けてしまってすまなかった。‥‥時に、どうやって逃亡を成功させたのじゃ?」
その質問に、ライラは表情を明るく一転させて、
「聞いてください!私を‥‥助けてくれた人間がいたのです。」
「なんと!?」
「ほ、本当に!?」
「人間が‥‥そんなこと。」
その事実に、長老を含む小人族達は驚きの声を上げる。
「彼は‥私が魔族だと知った後も、他の人みたいに豹変することなく、自らの立場が悪くなることも厭わず、私の味方に‥‥なってくれました。そして‥‥後で詳しく説明しますが、シャルル姫を含む五星の3人を相手に打ち破りました。」
「そ、そのような者が‥‥。」
「はい。いたのです。人族の中にも、私達魔族を救ってくれる方が。」
魔族を救う人間。
それは数千年の歴史を調べ上げても確認できるのはたった一人しかいなかった。
長老の脳裏にある言葉が過った。
「‥‥ライラよ。その者の名は?」
「フィウルス。‥‥フィウルス・ハワードです。」
少し頬を紅潮させながら、ライラは笑顔で答えた。
この日、魔族の歴史で初めて、フィウルス・ハワードという名前が刻まれたのである。




