第54話 ポンコツ姫
本日二話目になります。今回はシャルルとフィウルス回です。
「あわ、あわわわ‥‥」
王立アスタルシア学園の6年1組の教室。
学園の中でも優秀な能力の者達が集う1組に、その少女は居た。
ウェーブのかかった輝く金色の長い髪。燃えるような赤い瞳を持ち、麗しい美少女。
王国の姫、シャルル・ヴァン・アスタルシアであった。
彼女は今、ひどく動揺していた。その頬は赤く染まり、視線は宙を泳いでいる。
筆記用具を持った手は震えており、授業内容を書き留める用紙に不規則な線を走らせていた。
王立アスタルシア学園は、次世代の王国軍に属する騎士、兵士、魔術師達の養成を主目的としている。
そのため、他の学園よりも戦闘、戦略、軍事関係の教養、鍛錬が多く行われているが、一般教養も勿論のこと行っていた。
そして、今シャルル姫の教室で行われてる授業は、
保健体育であった。
(は、破廉恥ですわ‥‥。)
姫として生まれ、深窓の淑女のように育ってきたシャルル姫に、男女の性教育は刺激が強すぎたのである。
(あ、ああ!そ、そんなこと‥‥。ええ!?そうなるの!?)
淑女としての恥じらいと、思春期で抱き始めた興味。
板挟みになったシャルルは、ついに壊れ始める。
(そ、そうだったのですわね‥‥。なら、フィウルスも‥‥あんなことに‥‥って何考えてますの!?わたくしは!?)
教員から発せられる用語と内容に、勝手に身近な少年で妄想を膨らませては、自分で突っ込む。
そんなことをしている内に、授業は終わってしまった。
(あ‥‥。授業内容、書き留めれなかったですわ‥‥。)
手元の用紙には不規則で不気味な線が走っているだけであった。
この日、学園に来て初めてシャルルは授業内容を、用紙に書き留めれなかった。
(‥‥不覚。しかし、テストでトップを取るためには、誰かに見せてもらわないと‥‥。)
この国を背負い立つ王族として、どんな科目もトップを目指している少女は焦る。
そして、
「っというわけですので、フィウルス!少し見せていただけません?」
全ての授業が終了した後、シャルル姫はフィウルスを自習室に呼び出して頼み込んでいた。
学園に通う生徒達はほとんどが鍛錬に打ち込んでおり、この自習室も書庫室同様に利用する者は殆どいないため、この場にはフィウルスとカイル、シャルル姫の3人であった。
「というわけって、全然説明になってねえよ!」
「まあ、僕は別にいいけど‥‥。」
突っ込むカイルと、了承して用紙を見せるフィウルス。
「でも、男の人から見せてもらうのって‥‥あまり気にしないの?」
内容が内容だけに。
「それはそうですけど‥‥。ティリアもスースもいつも書き留めていませんし、メイリィは図書委員がありますので。他に親しい方もいませんでしたから‥‥。」
自分でも何故真っ先にフィウルスに頼み込んだのか、よく分からなかった。
だから、
「あっ!きっとフィウルスがあまり男性っぽく見えないから聞きやすかったのですわ!」
そう結論づけた。
「俺は男だよっ!!」
「まあまあ。そんな小さなことは気にしないで、貸して下さいまし!」
「大事なことだよ?めっちゃ大事なことだよっ!?」
(「俺」が出たな。)
シャルルとフィウルスのやり取りを見ながら、カイルは思った。
普段のフィウルスの一人称は「僕」である。
だが、時々今みたいに「俺」と呼ぶこともある。
何故使い分けているのか、それはカイル達にもわからない。
おそらくフィウルスも無意識で使っているのだろう。
ただ一つ、確定していることがあった。
それは、
(信頼している奴の前でしか使わねえ。)
最近では、ティリアやスース、メイリィとエルシィの前でも出ることが多くなってきたな、とカイルは思い出す。
「それで?何で書き留めるのを忘れたの?シャルルにしては珍しいよね?」
「そ、それは‥‥」
フィウルスに問われて、シャルルは原因を思い起こして顔を赤くさせる。
「‥‥へえ。」
その様子を見て、フィウルスは何かがわかったような顔をしてニヤつく。
(あの顔は‥‥)
それを見たカイルは、過去にも何度か見たその顔を思い出す。
(揶揄う時の顔だな。)
これも、フィウルスが信頼している人にしか見せない一面。
丁寧で柔らかな言葉使いで、大人しい態度の少年。
それが、時々豹変して周りを揶揄って遊ぶのである。
カイルも含めて、フィウルスの周りの者はみんな、遊ばれた経験がある。
(‥‥いい雰囲気になりそうだし、オレは席を外すか。)
空気の読めるカイルは、この後の展開を予測して席を立つ。
「オレは訓練場の方行ってくるぜっ。」
「あ、うん。行ってらっしゃい〜。」
(まったく、とんだ人たらしだよな。)
大人しそうな顔をして、と。
カイルは廊下を歩きながら思う。
あの後、シャルル姫は悶絶するほどに揶揄われるだろう。
(まあ、それだけ近い関係になれたってことだからな。‥‥ご愁傷様。)
ティリア達も含めて、フィウルスの周りにいる者にとっては周知の事実。
恥ずかしい思いをするが、それは同時に嬉しいことでもある。
カイルは訓練場へと足を向けて歩いていった。
「あ、あう。‥‥ううっ。」
原因を伝えられないシャルルは、言葉にならない言葉を紡ぐ。
それを見てフィウルスは、にやけながらシャルルの顎を指先で持ち上げて、
「保健体育の授業で、一体何を想像しちゃったのかな?この子猫ちゃんは?」
驚くほど優しい声音でそう聞いた。
「〜〜〜っ!!!」
察せられている。
シャルルはそう悟った瞬間、見事に真っ赤になる。
「わ、わたくしは‥べつに!そのようなこと‥‥」
慌てて取り繕うが、相手が悪い。
「真っ赤になっちゃって、図星だな?」
「あうぅ〜〜〜っ!!」
ついに頭から湯気が上がる。
「だったら、俺が教えてやるよ。」
「へっ!?お、教えるっていったい、何を!?」
「まず‥‥『おしべ』と『めしべ』がだな‥‥」
「わ、わあ〜〜っ!!ふ、ふしだらですわ!」
「ん?何が?植物の生殖について教えようと思っただけなんだけど?」
「ふぇっ!?」
「『おしべ』と『めしべ』を、勝手に違う物に想像したんだな?」
「ひゃうっ!?」
止まらない口撃に、シャルルは奇声を上げる。
確かに「おしべ」と「めしべ」に破廉恥な要素はない。
恐ろしい思考誘導に導かれていたのである。
(な、なんですのよもうっ!!どうして、フィウルスは余裕ですの!?)
本当に同い年なのか。
性に関する話題でも動じない少年に、シャルルは疑いを持ってしまった。
「ふふっ。本当におもしろいなあ、シャルルは。」
「い、いじわるですわ!遊ばないで下さいまし!」
これは何か仕返しをしなくては。
シャルルが機会を伺っていると、フィウルスは続いて言った。
「もっと、イケナイコトを教えてあげようか?」
シャルルの頬に手を添えて、再び揶揄う。
再び熱を上げる顔。膨らむ妄想。
しかし、
(ここで、お返しですわ!)
羞恥心を振り払って、シャルル姫もフィウルスの顔に手を添える。
そして、
「教えて下さります?わたくしに‥‥イケナイコトを。」
蕩けるような笑みとともに告げた。
お互いの顔に手を添えている男女。
誰がどう見ても恋人同士の秘事に見えてしまう状況。
その状況はさらに熱が上がるが、鉄の精神で耐えるシャルル姫にフィウルスは、
「‥‥手が震えている。」
顔に添えられていた、シャルル姫の手は小刻みに震えていたことを突っ込む。
「〜〜〜っ!!!」
その一言にシャルル姫は限界を迎えた。
ここぞと繰り出した反撃の一手は、あえなく散ってしまった。
「でも、そうだな。その勇気に免じて、今日はこのくらいにしてあげるよ。」
面白いものが見れた、と。
フィウルスは満足気であった。
「うう〜〜。本っ当に、ずるいですわ!」
「そう言うなよ。また今度、続きを教えてやるからよ。」
「っ!!」
次もある、と。
さり気なく告げられた宣告に、シャルル姫は悪い気はしなかった。
(ふ、二人きりの教室で、イ、イケナイコト‥‥)
懲りずに姫は再び妄想を膨らませていた。




