第53話 わたしの騎士様。
スースとフィウルスの日常回です。
「なあ、見ろよ。」
「おいまじかよ。」
「‥‥『不動杖』だ。」
授業間の休み時間、6年6組の教室に滅多に見られない人物が入ってきた。
6年1組 スース・テファイト
「三星・不動杖」の二つ名で呼ばれる少女であった。
「いったい誰に用があるんだ?」
「知らねーよそんなこと。」
周囲の注目を無視しながら向かった先は、
「‥‥フィウルス。」
フィウルスの席であった。
「ばかな!『最底辺』!?」
「何しやがったんだ、アイツ。」
驚きに息を呑む周りの生徒達。
「どうしたの?スース。」
「‥‥今週末、暇?」
「えっと、特に予定はないけど‥‥。」
「‥‥お出かけしよ。」
「え、街に?」
こくり、とスースは頷いた。
「いいけど‥‥」
断る理由もないので、フィウルスが承諾すると、
「‥‥じゃ、決まりね。」
言葉数の少ない彼女はそれだけ言って去っていった。
「な、何を話してたんだ?」
周囲の生徒達には、そのやり取りが聞こえていなかった様である。
(上手く誘えた。)
実に自然で手際の良いデートの誘いだったと、スースは胸中で自賛する。
いつもは気怠げな目も、少し生き生きとしているように見える。
(一先ず、一歩リード。)
そう思って、頭に浮かぶのはフィウルスの周りにいる女生徒達。
周りの人間に関心の無さそうな彼女だが、その実しっかりと観察しているのである。
主にフィウルスの周囲に限定しているが。
(自覚がありそうなのは、メイリィとティリア、そしてエルシィ辺りかな。)
人の心の機敏を正確に捉えていたスースの予想は、案外的中していた。
(奥手なメイリィは今のところ心配はないかも。恥ずかしがりで跳ねっ返りのティリアは‥‥こっちもまあ、大丈夫。)
奥手な少女と素直じゃない少女を思い浮かべる。
(やはり問題は‥‥エルシィ。)
あの積極的な後輩は厄介だ。
絶対に先手を打ち続けなければ、とスースは焦る。
(何気にシャルル姫も‥‥危険要素。本人は自覚してないんだろうけど。)
自覚する前に動くしかない。
そのために、先程も勇気を振り絞ってお誘いにいったのだから。
「‥‥フィウルス。」
スースが向かった待ち合わせ場所には、既にフィウルスが到着して待っていた。
「あ、来たんだね。スース。」
可もなく不可もなくといった平凡でラフな服装に身を包んだフィウルスは、スースを見つけて微笑む。
「ん。‥‥待たせてごめん。」
「さっき着いたとこだから、大丈夫だよ。‥‥その服、すごく似合ってるね。」
自身の髪の色と同じ青を基調とした可愛らしい服を見て、フィウルスは素直な感想を口にする。
「‥‥ありがと。」
表情を変えずに返すスースの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「じゃあ、行こっか。」
「うん。」
そこから二人は久しぶりの買い物を大いに楽しんだ。
服屋ではスースが複数の衣服を持って、フィウルスに迫った。たじたじになりながらも、フィウルスが選んでくれた衣服をスースは即購入した。
甘味処で目を輝かせて頬張るフィウルスを、スースは見つめながら食べたり、と。
そんなこんなで時刻は夕刻に差し掛かっていた。
楽しい時間はあっという間で、フィウルスとスースは街から帰る道中にいた。
「‥‥楽しかった。ありがと、フィウルス。」
「うん。僕も楽しかったよ、スース。」
仲良く二人並んで歩いていると、
「ねえ、見て。あの二人組、どっちもすごい可愛いよ。」
「ほんとだ。それにしても白い髪の女の子って珍しいね。」
周りにいた人達からの声が聞こえてきた。
「‥‥。」
「‥‥。」
しばらく二人とも無言でいたが、
「‥‥くすっ」
堪えきれなくなったスースが噴き出す。
「〜っ!ど、どうせ女の子みたいな顔だから、だろ?」
恥ずかしさでフィウルスはそっぽを向いた。
「‥‥拗ねてる?」
「拗ねてない!」
女と間違えられて拗ねるフィウルスとそれを面白がるスース。
だが不意に辺りで怒号が飛んだ。
「なんだぁゴラァ!!」
「っ!!」
二人が見た先は、早い時間から営業している小さな居酒屋。
そこで、強面の冒険者同士が言い争っていた。
「お、おいやめろって!」
「うるっせえんだよ!」
仲間の制止も聞かず、殴り合う冒険者の二人。
「オラアッ!!」
片方の冒険者が側にある木材でできた椅子で叩きつけたその時、
「っ!!」
飛び立った木片の一つがスースの方向へ飛んでいった。
(‥‥自動防御で‥‥)
いつも守られている少女はそれに気づいていたが、普段通り微動だにしていなかった。
そこで、ふと体を引っ張られる。
「‥‥え?」
気づいた時には少女の視界は白い少年の胸の内だった。
スースに当たると思ったフィウルスは、少女を己の胸に抱くようにして盾となったのだ。
「いてっ!」
「‥‥あ」
突然のことにスースは固まっていた。
「‥‥ふう。大丈夫?スース。」
木片がフィウルスの背中に当たったが、大した怪我はなかったようであった。
スースは以前にも似たような経験をしていたことを思い出した。
悪漢から身を挺して守ってくれた白い少年。
自分は常に守られていると知った後で、今回も変わらず守ってくれた。
(〜〜〜っ!!)
言葉にならない想いが頭の中を飛び交う。全身の血が沸騰しているかのように、体が熱い。
胸の鼓動は痛いくらいに強く、大きく、速く脈打っている。
「スース?」
スースのそんな状態を露知らず、返事が返ってこない様子に疑問を持ったフィウルスが覗き込む。
「‥‥だ、大丈夫。」
「そっか。」
スースはその一言を何とか絞り出した。
「‥‥ねえ、フィウルス。」
「ん?」
「‥‥自動防御、忘れてた?」
「‥‥あ〜。忘れてた訳ではないんだけどね。なんて言うか、勝手に動いちゃってた。」
スースの疑問にフィウルスは苦笑しながら答える。
「そう、なんだ。‥‥ありがと。」
そう言ってスースはそっぽを向く。今でも耳の裏まで真っ赤であった。
その様子にフィウルスは、
「スース‥‥照れてる?」
「‥‥照れてないっ!」
先ほどのお返しとばかりに言った。
「‥‥ばか。」
「ふふっ。」
件の冒険者達は仲間達に抑えられて、既に喧騒は止んでいた。
(‥‥あれは、ずるい。)
体の火照りが収まらないまま、スースは胸中で呟く。
出会った当初と変わらないまま、少年は少女のために体を張って守ってくれた。
物語の騎士の様に。
その事実が、スースの恋心を熱く燃え上がらせていた。
(‥‥守ってくれて、ありがとう。わたしの‥‥騎士様。‥‥大好き。)
今はまだ伝えられないけど、と。
この想いを告げるには、自分はまだ勇気を持てない。
だから、彼女は心の中で告げた。
二人並んで歩く帰り道。
触れそうで触れないお互いの手。
白く純粋な少年と赤く染まる少女を、夕日が優しく見守っていた。




