第51話 ティリアのクッキー
休みの日は執筆が捗りますね。
しばらくほのぼの日常回が続きます。
「え、えーと、次はこれをこうして‥‥?」
学園の授業も休みの週末。
寮部屋のキッチンで、ティリアは手紙を見ながら調理器具を触る。
実家から送られてきた手紙には、必要な材料の分量と工程が丁寧に書かれていた。
しかし、経験の無い彼女は不器用な動きで何度も読み返しながら作業する。
「うう。一度母上や姉上にしっかり教わっていれば良かったかな‥‥。」
端に寄せている黒焦げの塊を一瞥して、ティリアは項垂れる。
その様子を同居人である、6年1組のアリーゼは物陰からひっそりと見ていた。
(うそ‥‥。ティリアが料理!?)
この6年、ティリア・アーチェという存在を近くで見てきていた彼女はその様子に瞠目する。
気高く、強く、何者も寄せ付けない。
周囲からその様に評されているティリアが、手料理という‥‥実に女の子らしい行動をしていたことが意外だった。
(もしかして‥‥男?)
近寄りづらいオーラを出しているティリアに友人は少ない。この6年間、ともに過ごしているアリーゼはその数少ない友人であるのだが、心当たりのある男は思い浮かばなかった。
(きゃ〜〜!だれ?だれに渡すの!?‥‥これは面白そうな事が起きる予感っ!!)
作り方を教えてあげる、という考えもあるにはある。
だが、アリーゼはその考えを即座に捨てた。
何故なら、このまま見守っていたほうが面白いことになる。
生活をともにしてきた良き理解者は、ティリアの不器用さも熟知していた。
アリーゼの予想は正解だった。
それは数日前の昼食の時のこと、
「フィウルス。実は昨日、クッキー作りましたの。良かったら食べます?」
「え、ほんとに!?」
シャルル姫が懐から取り出して広げたのは、綺麗に焼き上げられたクッキーだった。
フィウルスは甘いものが好き。
長いこと一緒に過ごしてきたシャルル姫達にとってその事は、周知の事実であった。
勿論、ティリアも知っていた。
「うわ、おいしー!」
顔を綻ばせて食べるフィウルスを見て、シャルル姫が優しげな眼差しを送る。
その様子を見ていたティリアは、何だか胸の奥がムカムカしてきたのである。
「ふ、ふん!男のくせに甘い物を食べて喜ぶなど、軟弱者に見えてしまうぞ、フィウルス!」
だから、であろうか。
どうしても苛立ちを隠す事が出来ず、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「別に好きな食べ物なんざ、何でもいいだろ。」
そこへカイルが油を差す。
「だ、だからって、そこまで弛んだ表情をしなくてもっ!」
「え、えへへ。シャルルのクッキーがすごく美味しくて‥‥」
苦笑しながらそう弁明するフィウルスに、
プツン、と。
気の短いティリアは何かが切れる音がした。
「わ、私の作ったクッキーの方が美味しいに決まっている!」
血の上がった彼女は、ついそう口走ってしまった。
「あら、そうですの?」
ゾクリ、とした。
見れば、挑発的な視線を送ってくるシャルル姫が、金色に輝く髪を指で掬いながら言っていた。
「それでしたら‥‥次の週明けのお昼にぜひ食べてみたいですわ。」
これは、女の戦いだ。
自分よりも美味しく作れると言ったティリアに対して、シャルル姫の目がそう訴えていた。
「い、良いだろう!楽しみに待っているが良い!」
自分で明言しておきながら、逃げる事は出来ない。
ティリアは内心で焦りながらも、受けて立つと言い切ってしまった。
その後すぐに、彼女は実家へ手紙を送り、急遽クッキーの作り方を教えるように頼んでいたのである。
そういった経緯があって、現在ティリアはキッチンで奮戦中なのであった。
ちなみに実家では、ティリアの初めての女の子らしい行いに、家族総出で騒いでいた。
父親は小躍りし、母親の目には涙が。二人の姉はティリアの行動に心嬉しく思うも、行く末を心配していた。
その事を、ティリアは一切知らなかったが。
「や、やっと出来た‥‥。」
ひょこ、と。アリーゼは再び顔を覗かせる。
(うげっ!?)
そこには歪な形で焼き上げられたクッキーの姿。
(どんだけ不気味なのよ!)
彼女は心の中で盛大に突っ込んだ。
「あ、あとは‥‥これを包んで。」
あたふたとしながら、ティリアはクッキーを小包に入れていく。
「失敗した分は‥‥今度自分で食べるとするか。」
せっかく作ったんだし、と。
ティリアはそう考えて、端に寄せていたクッキーも別の小包へと入れていく。
(‥‥大丈夫なのかなあ。)
その様子を見ていたアリーゼだけが、この後起こりそうな事を予想していたのであった。
翌日。
「さあ、見せていただきましょうか?ティリア。」
待ちに待った昼食の時。
シャルル姫はそう切り出した。
「あ、ああ!しっかりと持ってきたぞ!」
ティリアの顔に冷たい汗が流れる。
勝ち目なんて、ほとんど無いに等しい。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。
それに、初めてあんなに一生懸命作ったのだ。
負けてもいい。それでも、フィウルスに食べて欲しいと、ティリアは心の奥底でそう望んでいた。
「これが、私の作ったクッキーだ!」
そう言ってティリアは小包を広げて出した。
「「「っ!?」」」」
(歪な形でも、頑張って作ったんだ!)
勇気を出して、ティリアはみんなの反応を待つ。
「‥‥」
(あれ?誰も喋らない?)
長すぎる静寂に、ティリアは恐る恐ると視線を向ける。
そこには、
黒焦げの塊が広がっていた。
(っ!!間違えて失敗した方を持って来てしまった〜!!)
何故確認しなかった、と。
今朝の自分に問いただしたい気持ちになる。
「‥‥こりゃ、やべえな。」
固唾を飲んで、カイルが素直な感想を吐く。
「ま、まって!違うんだ!!これは‥‥間違えてっ!!」
「ティリア‥‥」
「うわあ‥‥」
可哀想な目をするシャルル姫。
ドン引きのエルシィ。
沈黙を守るスースとメイリィ。
ティリアは心が折れる音が聞こえた。
(あ〜〜、やっぱり。案の定間違えちゃってたか。)
物陰から様子を窺っていたアリーゼは、手に持つ小包の中身を確認してみる。
(今からあそこにこれを渡しにいってあげるかな‥‥)
きっと間違えて持っていくだろう。
やはり最大の理解者は、起こりうる可能性を正確に見抜いて、成功した方のクッキーを持ってきてあげていたのだ。
(それにしても、あのメンバーだとティリアの想い人は‥‥まさかフィウルス?いや、流石にそれは‥‥)
かの少年の噂は既に聞き及んでいる。
「呪い」持ち。「混じり血」である最弱の少年がティリアと‥‥などとは考えられなかった。
(‥‥だとすると、カイル?)
消去法で残ったカイルに焦点を合わすが、何かしっくりこない。
(まあいいか。とりあえずコレを渡しに‥‥)
そう結論づけて、物陰から出ようとしたアリーゼは、その光景が目に入って動きを止めてしまう。
「う、うう。」
アリーゼが物陰から出ようとする瞬間、ティリアは絶望の淵にいた。
(は、恥ずかしい。辛い。もう、やだあ‥‥)
普段の気丈な振る舞いはどこかへ行ってしまい、目に見えて落ち込んでいた。
しかし、次の瞬間。
ザクッ、と。
何かを食べる音がした。
「っ!」
見上げるとそこには
「フィ、フィウルス?」
「お、おまえ‥‥」
「せ、先輩?」
黒焦げの塊を食べているフィウルスの姿があった。
「フィウルス!それは失敗作だから食べては‥‥」
慌てて止めるティリアをフィウルスの言葉が遮った。
「不味い。」
「っ!!」
その言葉に、ティリアは再び視線を落とす。
「けど‥‥」
「‥‥?」
だが、続く言葉があった。
「何度でも食べたくなる味‥‥。」
そう言って一枚のクッキーを食べたフィウルスは、再び手を伸ばして二枚目に齧り付く。
「フィ、フィウルス‥‥。」
三枚目、四枚目へと手を伸ばすフィウルスに、ティリアは呆然となる。
「一生懸命作ってくれて、ありがとうティリア。」
フィウルスは、いつものように顔を綻ばせて言った。
つう、と。
目元から頬を伝うものを感じたティリアは、慌てて顔を背ける。
「ほんとだ、不味いけどクセになるな、コレ。」
「ええ。とても」
「に、苦味のあるクッキーも良いですね〜、なんて。」
その様子を見ていたカイルやシャルル姫、エルシィ達も食べ始め、スースやメイリィも黒焦げのクッキーへ手を伸ばしていた。
「‥‥次はちゃんと作って。」
文句を言いながらも、残さず食べるスース。
「今度は一緒に作りましょうっ!」
拳を握って、まだチャンスはあります、と励ますメイリィ。
「あ、ああ。」
肩を震わせながら、ティリアはそれしか言えなかった。
先ほどまで冷たく沈んでいた心が、今はかけがえの無い温もりに包まれていた。
その後、ティリアの作ったクッキーは一つも残っていなかった。
夕刻になり、ティリアは寮部屋に戻った。
「ティリア、クッキー間違えて持って行ってたでしょ〜。」
出迎えたのは、同居人のアリーゼ。
成功した方の小包を目の前でぶら下げている。
そして、中身を広げて歪な形のクッキーを一枚、口へと運ぶ。
「あむ。ん!味はまあまあなんだから、次は気をつけなさいよ〜。」
ぽりぽり、と。
クッキーを食べながら、アリーゼはそう言う。
「そうか。わかった!」
晴れやかな顔で、ティリアはそう答えた。
(まったく。世話のかかる友人だこと。)
でも、そこが彼女の可愛らしい一面であることをアリーゼは知っている。
(‥‥想い人は、フィウルスだったのね。)
物陰から出ようとした瞬間の事を思い返す。
ティリアの表情と仕草を見れば、彼女の理解者はすぐに見当がついた。
(立場や強さに問題はあるけど‥‥ま、合格かな。)
ティリアの相手として。
あの状況のティリアに笑顔を戻させた事は、彼女の友人としては評価して認めるしかない。
(ティリアも‥‥厄介な男に惚れたねえ。)
あの男を取り巻く問題は、そう簡単なものではない。
だが、それでもいい。
「頑張んなさいよ、ティリア〜。」
私はあなたの恋を応援するから、と。
アリーゼは心の中で、そう約束した。
「え?何を?」
何のことか分からないティリアは、キョトンとした顔で問い返した。
「ふふっ。何でもない!」
最後にアリーゼはそう言って誤魔化した。
最近、読者の方々が少しずつ増えていただいて、嬉しく思います。
今後も、仕事の合間に執筆して投稿していこうと思いますので、もし良かったら感想、評価、良かった点や悪かった点等も教えて頂ければと思います。
今後ともよろしくお願いします。




