第50話 修行
「イヤアアアアアアッ!!!」
照らされる月と星以外光のない闇の中。
そんな山奥で女性の叫び声が響く。
「ほらほら。集中してないと当たっちゃうよ?」
そう言って少年の手から放たれるのは数々の火球、水弾、雷に石礫。
それらの向かう先には、可愛らしい容姿の少女がいて、
「む、むりむりむり!!」
転げ回って回避する。しかし、全てを避け切ることは出来ずに、衣服が焦げ付いていた。
「‥‥三発命中。千×3で、腕立て伏せ3000回ね。」
頑張ってね、と少年は微笑みながら言った。
「そ、そんな‥‥。」
死刑宣告を受けたような表情になる少女。
やがて、それからしばらく後も、幾度も少女の悲鳴が響いていた。
「ほんっとうに、無茶苦茶な鍛錬ですよねっ!」
日が明け始める頃、エルシィは横たわったままそう叫んだ。
「身につくはずだった筋肉を『気』へ変換出来るのは、かなり少なくなっちゃうからね。どうしても無茶な量をやらないと。」
苦笑しながらそう答えるフィウルス。
エルシィがフィウルスに弟子入りしてから数週間。
フィウルスが行う修行の内容は、壮絶であった。
桁がおかしい量の体力練成。
あらゆる武術及び技術の指導。
そして、「気」を開放したフィウルスとの模擬戦。
「‥‥なんで素手で私の短剣と切り合えるんですか。」
「『気』で覆っているからね。」
「もうわけわかんな〜い!」
寝転がりながら、エルシィは不満を露わにする。
「まあ、今日はこれぐらいで。鍛えた分を『気』に変換しよう。」
「‥‥はーい。」
ジト目になりながら、エルシィはフィウルスの横で座禅を組み、瞑想する。
自身に流れる、微弱な「気」を探って、そこへ送り込む。
確かに、初めて「気」を掴んだ時よりも、大きくなっているのを感じる。
「ふうっ。おわったー。」
ようやく終わった後、ぐてー、と体をだらけさせる。
「ふふっ。おつかれさま。」
「‥‥師匠はどこで『気』のことを知ったんです?」
天使のような微笑みを向けられて、紅潮する頬を誤魔化すように、エルシィは疑問に思っていたことを口にした。
「ん?ああ、言ってなかったな。実は僕、『前世持ち』なんだよ。」
「え!?そうだったんですか?」
「うん。前世での師匠から教わってね。」
「‥‥『気』のことは、ご家族は知ってるんですか?」
「うん。知ってるよ。」
(なるほど。だから、サファ先輩はあまり動揺されていなかったのか‥‥。)
思い出すのは、メイリィの策が告げられた時のサファの様子。
フィウルスの実力を知っていたのなら、あの態度も納得出来る。
「そういえば、師匠って武器とか使ってるとこ見たことないんですけど‥‥」
「あー、武器ね。‥‥壊れちゃうから。」
一体どう使えば壊れるのか非常に気になるが、エルシィは別のことに意識を向ける。
「えっと‥‥じゃあ、私も素手で戦うようにしたほうがいいですか?」
おずおずと己の手を見つめる。
「いや、エルシィはそのまま短剣を使ってて。短剣の使い方も教えれるし、その内『気』で覆えば、短剣も壊れることは少なくなるからね。僕は、素手で戦う期間が長かったから、こっちのほうがしっくり来るんだ。」
「短剣‥‥使えるんですか?」
驚きだった。
フィウルスの戦闘は、素手以外で見たことなかったため、使える‥‥それも教えれる領域だとは思っていなかった。
「どんな武器も一通りね。ちょっと貸してみて。」
エルシィは練習用の短剣をフィウルスに渡した。
そして、フィウルスは近くにある、自分の背丈以上の岩石を、
「ふっ!」
短剣を切りつける。
キン、と音が響いた後、その岩石には一般の線が入り、
ズズウゥゥン。
半分に割れた。
「‥‥」
「今のは『気』を使っていないけど、『気』で覆えばもっと硬いものも全然いけるよ。」
「‥‥ワー。スゴイナー。」
エルシィの目は遠くを見つめていた。
「魔弓術 業火」
午後の授業も終わり、フィウルス達は訓練場にいた。
そして、ティリアの模擬戦の相手をしているのは‥‥エルシィだった。
出会った当初は挑発したり場を掻き乱していた彼女だが、この数週間ですっかりみんなと馴染んでいたのである。
「シャドウウォール!」
エルシィは火魔法が付与されて飛来する矢に対して、自身の影を壁のように防ぐ。
「っ!いない!?」
影の壁を解除した時、ティリアはすでにエルシィの視界から消えていた。
「魔弓術 流星」
ティリアの姿を追いかけたときにはもう遅かった。
降り注ぐ無数の矢が、エルシィに襲いかかる。
「くっ!『影移動』」
そこでエルシィがとった行動は、自身の影へ飛び込み姿を消すことだった。
無数の矢は、何も無い場所へと降り注ぐ結果となった。
「まあ。」
「すごい。」
「‥‥へえ。」
咄嗟の判断での完全回避に、観戦していたシャルル姫達から感嘆の声が漏れる。
「っ!?後ろ!?」
振り向いたティリアと同時に、影から出てきたエルシィ。
エルシィは自身の影からティリアの影へと移動していたのだった。
「はあっ!」
弓を扱うものに対しての接近戦。大きな優位性がエルシィにあった。
「影槍!!」
繰り出す影の槍。流石にこの距離なら当たると確信していたエルシィだったが、
「ふっ!!」
「え!?」
ティリアは手に持っている矢の先を影槍へ滑らして受け流す。
必中だと思っていた一撃は、あっけなく空振りに終わった。
「自身の弱点ぐらいわかっている。そして、それの対抗策もこの通りだ。」
そう言い放ち、ティリアは再び距離をとって弓をしならせる。
「魔弓術 蛟の矢」
そして、放つ大量の矢。魔力の練られた矢は蛇の形をとって、エルシィに襲いかかる。
(これは‥‥正面からでは‥‥)
隙だらけだった自分へ放たれた大技。相殺するだけの技を放つには魔力を練り上げる時間も無い。
ならばどうするか。
回避である。
(‥‥力を抜いて。あの技の力の起点と流れを見極める。)
師匠からの教えを反芻して、エルシィは短剣を構える。
(見極めたら、真正面ではなく側面から‥‥添えるように入れ込んで‥‥ほんの少しずらす!)
迫りくる蛇の矢へ、エルシィは短剣の先を滑らして受け流した。
「っ!?」
「あら!」
「ほう‥‥。」
先ほどのお返しとばかりに、ティリアの大技は空を切っていく。
「それまでですわ!」
そして、シャルル姫から試合終了の合図が響いた。
「かなり腕を上げているな、エルシィ。特に最後のは驚いた。」
「えへへ。まだまだティリア先輩には敵わないですけどねえ〜。」
互いに握手をして称えあった二人は、みんなのところへ戻る。
「し、‥‥フィウルス先輩!見てましたか〜!?」
嬉しさのあまり、みんなの前で師匠と呼びそうになってしまう。
「気」についても、師弟関係も二人だけの秘密なのである。
「うん。凄かったよ、エルシィ。」
欲しかった言葉を貰えて、エルシィは満面の笑みを咲かせる。
少しずつだが、自身の成長を師に見てもらえていることに、喜びを隠せない。
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶエルシィを、フィウルスも優しい笑顔で見守っていた。




