第49話 弟子入り
「‥‥ということでございまして、学園の生徒に犠牲者はなく‥‥」
煌びやかな装飾の施された謁見室。平伏して遠征研修での事件を報告するのは、学園教職員の幹部。
「‥‥もう一度確認するが、ジャバウォックは確実に討伐されたのだな?」
国王の側に控える、眼鏡をかけた側仕えが教職員に問いかける。
「そ、それは‥‥状況的に見て間違いないかと。現場には大量の血痕があり、囮役の生徒も生還していることから‥‥。おそらくジャバウォックの死体は、その仮面の者が持ち去ったかと‥‥」
大量の脂汗を浮かべながらも、教員はそう答えた。
「‥‥うむ。良く分かった。もう下がってもよい。」
一頻り説明が終え、国王からの退室許可が下された教員は、そそくさと謁見室を退室した。
後に残ったのは、国王と側仕え、そして国際の重要人物のみ。
「アーデルよ、此度の件どう考える?」
アーデル、とは先程教員にジャバウォックの討伐について問いかけていた側仕えである。
「他国からの謀略、罠の可能性はまずないでしょう。A +ランクの魔物を操る術はあり得ません。よって、今回の怪物行進とジャバウォックは、自然発生したものであると予想いたします。」
くい、と眼鏡を掛け直してアーデルは自らの考えを話す。
「ふむ。‥‥それで?」
「はい。おそらく怪物行進については、ジャバウォックから大量の魔物が逃走したことによって発生した、というのが妥当でしょう。続いて、ジャバウォックの件ですが‥‥」
アーデルは一拍置いて話す。
「何よりも不可解なのは、黒衣の仮面という存在です。今のところ、学園生徒からの情報しか入手出来ておりません。その情報も、正体も扱う力も一切不明。何よりも‥‥」
おそらく最も問題点であるそれを前にして、アーデルは言葉が続かなかった。
「‥‥ジャバウォックを個人で討伐したこと、か?」
それを読み取った国王が、続きの言葉を紡いだ。
「は、はい。個人でジャバウォックを討伐出来る戦闘力。それに、おそらく素手で。‥‥武器を隠し持っていたという予想も出来ますが、そこは考えても不毛かと。」
「‥‥つまり、それだけの実力を持った者が、正体を隠して我が国に潜んでいるということだな。」
果たしてその存在は敵なのか味方なのか。
生徒達を助けたとはいえ、正体を隠して潜んでいるということは、後ろめたいことがあるからに違いない。
国王及び側仕え達はそう認識していた。
「‥‥黒衣の仮面については引き続き情報収集するように。事は慎重に運べ。」
「はっ!」
最終的に国王はそう結論づけた。
「して、学園の生徒達の様子はどうなっている?」
「今は通常通りの授業へと戻っています。そして、ハーエン山脈での遠征から帰還した生徒達は、今までの比にならない熱意を持って打ち込んでいるようです。」
怪物行進との交戦、そしてジャバウォックの存在を直に見た経験は、生徒達を大いに刺激していた。
深夜。
アスタルシア学園の裏山の奥深く、いつもの修行場にフィウルスは来ていた。
(あの闘いは、本当に危なかった。)
思い出すのはジャバウォックとの戦闘。技術の差によって、ギリギリだがフィウルスの勝利に終わった。
しかし、
(長引いていれば‥‥あと一発か二発くらえば、完全に負けていた。)
虚を突き、持てる力を集約しての一点突破。
言うなれば、超短期決戦で仕掛けたからこそ勝てた。
基礎能力は完全に向こうが上だったのだ。
(もっと。もっと強くならないと。)
「こんばんわ〜♪」
「っ!?」
突如かけられる声。
時間帯は深夜。そしてこんなところに、他に人がいることは今までになかった。何よりも、気配を感じられなかった。
急いでフィウルスが振り向くと、
「なに突っ立ってるんですかー?フィウルス先・輩♪」
悪戯が成功したような笑みをしたエルシィが立っていた。
「え、エルシィ?」
「そうですよ〜。」
予想もしていなかった人物に、フィウルスは呆気にとられる。
「こ、こんなところで何を‥‥」
「それはこっちのセリフですよー?なんかコソコソと動く影を感知したんで、付いてきたんですよー!」
「か、影?」
「はい。私の加護の能力で、人とかの影を感知することも出来るんです!」
「そ、そうなんだ。」
受け答えをしながら、フィウルスは焦っていた。この状況を、どう誤魔化すかに頭を高速回転させて、
「それで?いつもみたいに鍛錬を始めないんですか?」
にやり、とエルシィは笑いながら告げた。
(バ、バレてる〜〜〜!?)
「ふふん♪その様子だと気付いていなかったみたいですね?」
「え、えーっと‥‥いつから?」
「遠征研修の前からです!」
「マジか‥‥」
「まあ、それよりもフィウルス先輩に話もあるんですよ〜!」
そして、エルシィはおふざけな様子から一転して、
「私達を助けていただきありがとうございます。怪物行進にジャバウォック。あなたが倒してくれなければ、きっとみんな死んでいました。」
深々と腰を曲げて真剣な口調でそう告げた。
「っ!?」
流石のフィウルスも、それに応えることはできなかった。倒したのは黒衣の仮面で、自分ではない。
表向きには、そのように話しているのだ。ここで、肯定するわけにはいかない。
だが、
「‥‥私の影感知はマーキングの機能もあります。あの時、猛突猪の突進にフィウルス先輩が巻き込まれた後、私はマーキングしていたフィウルス先輩の影へ移動して助けようとしました。でも‥‥そこにいたのは魔物を倒している黒衣の仮面。」
一瞬の間を置いて、エルシィは顔を上げて言った。
「黒衣の仮面は、あなたですよね?フィウルス先輩。」
その顔は確信している表情をしていた。
一方でフィウルスは、
(まずいまずいまずいまずい!!)
かなり動揺していた。
(そ、そんなのずるいよっ!!必死で正体を隠していたのに!!)
だが、個人の影、という決定的な証拠を前にもはや誤魔化すことは出来なかった。
「‥‥」
「‥‥ついでに闘い方も先輩と同じ素手。そして、前もここで鍛錬中に見てしまった、魔力でも闘気でもない力を使ってましたよね?」
「うぐっ!?」
沈黙を守っていたフィウルスに、エルシィはトドメの一撃を放った。
「‥‥このことは、秘密にして下さい。」
そして、フィウルスはついに白旗を上げた。
「うーーん?さて、どうしましょうか〜?」
「お、お願い。エルシィ。」
「うっ!?」
揶揄おうとしたら、捨てられそうな子犬のような表情になるフィウルスを見て、エルシィは脈が速くなってしまった。知らず、頬を紅潮してしまう。
「そ、そうですね!私のお願いを聞いてもらえるなら‥‥」
「お願い?」
心の機敏を悟られないように誤魔化しながら、エルシィは本題に入った。
「先輩。私を‥‥」
そして、フィウルスが予想もしなかった、お願いが告げられる。
「弟子にして下さい。」
静かに刻を刻む空白の時間。
「‥‥え?」
やっと脳の理解が追いついたフィウルスは、その一言を絞り出すので限界だった。
「私を弟子にして下さい。私にも、あの力を。闘い方を、教えて下さい。」
だが、その心からの嘆願に、フィウルスも真剣な表情になる。
「これは、簡単なことじゃないんだよ?」
「それでもっ!弱いまま、何かを失うのは嫌なんです!‥‥強くなりたいんです。」
「‥‥」
(‥‥強くなりたい、か。俺も昔、師匠にそう言って頼んでいたな。)
地球の頃、師匠に頼み込んでいたかつての自分と重なってしまうその姿を見て、断るなんてこと出来なかった。
(正体もバレてしまってるし、やれるだけのことはやってあげるか‥‥。)
自分が弟子を持つなんて、夢にも思わなかった。
「‥‥強くなるために最も必要なものは、才能でもセンスでもない。強き信念だ。」
「っ!?」
かつて師から言われた言葉を、フィウルスは新しく出来た己の弟子へ伝える。
「とても厳しい修行になるけど、その信念が折れずに諦めなければ、きっと強くなれる。」
「‥‥はい。」
「弟子の件。引き受けるよ。」
「っ!それじゃあ!」
「やれるだけのことはやってあげるよ。」
満開の笑顔になるエルシィを見て、フィウルスは苦笑する。
「やった!よろしくお願いしまーす!師匠〜♡」




