第48話 勝ち取った生存
「はあっ、はあっ‥‥」
動かなくなったジャバウォックを見下ろしながら、フィウルスは肩で息をする。
(危なかった‥‥。なんとか、ギリギリ勝てた。)
怪物行進で魔物を蹴散らしてからの連戦。もう「気」はほとんど残っていなかった。
(特に最後にもらった一撃は、ホントに死ぬかと思った。)
確認してみると、体に深く刻み込まれた爪痕は今も大量の血を流していた。
(あ‥。ヤバイ。血を流しすぎた‥‥かも。)
フィウルスはフラフラとよろめく。
右腕を切り落とされた時にも大量の血を失っており、治癒術は傷口を塞いでも失った血液までは戻せない。そして、今も体の傷口から失われていく血液。もはや傷口を塞ぐことすら出来ない状況で、この先に待っているのは失血死だ。
(な、なんとか‥‥傷口を‥‥。くっ、意識が‥‥)
なんとか止血を試みようとするフィウルスだが、とうに限界は超えていた。間もなく意識を手放し、その場に倒れ込んだ。
フィウルスが倒れてから数十秒後、辺りの様子を窺いながら近寄る人影があった。
「‥‥先輩?」
人影はエルシィだった。
彼女は他の生徒達と同様に、川の方へ向かって魔法で即席の舟を作り上げて避難していたのだが、隙を見て「影移動」を使い、フィウルスを助けに来ていたのだった。
「っ!先輩!先輩!」
呼びかけても反応しないフィウルスに、エルシィは慌てる。
「だめっ!回復魔法で傷口を塞がないと!」
今も流血している爪痕に、回復魔法かけるエルシィ。
「私のレベルでも、血を止めるぐらいは出来るはず!」
傷口は思った以上に深いが、何とか止血に成功してほんの少し安堵する。
そして、チラッとすぐそばで倒れているジャバウォックを見て、
「先輩が‥‥倒したんですよね?」
他の者が見てもそうは思わない。話しても信じないに決まっている。
しかし、エルシィは知っていた。
あの怪物行進の時に、大量の魔物達を屠ってきた仮面の正体がフィウルスであることを。
故に、ジャバウォックを倒したのもフィウルスであると容易に想像出来た。
「起きたら‥‥ちゃんと説明してもらいますからねっ。」
だから、お願いです。目を覚まして。
そう彼女はフィウルスに囁いた。
「ひとまず、みんなのところへ戻らないと。‥‥えっと、これは‥‥時空間魔法にしまっちゃってっと。」
ジャバウォックの死体を手際よく時空間魔法に収納したエルシィは、フィウルスを抱えたまま影の中に入り込んだ。
場面は変わり、他の生徒達が逃亡中の舟上。
今も、背後からあの殺戮者が追ってきていないかを想像して、大半の生徒達は顔を蒼白にさせる。
そんな中で、ある女生徒に詰め寄る集団があった。
「それで、どおいうことか。説明してくれんだな?」
赤髪の少年、カイルはサファを睨みつけながら言った。
カイルやシャルル姫をはじめとした、フィウルスと良好な関係を築いてる者達は、サファに説明を求めていた。
彼らの周りには遮音の結界が張られていて、中の声が外に漏れることはない。
「説明も何もないわよ。」
強面のカイルに詰め寄られても、サファは表情を変えずシラを切る。
「んなっ!?」
「そ、それは!?」
「ああでも言わないと、あなた達は直ぐに従ってくれなかったでしょ?」
「ふざけんなっ!てめえ、フィウルスの姉なんじゃねえのかよ!!」
カイルは憤慨した。今すぐにでも舟を飛び降りて、友の元へ駆けつけようとしそうな勢いだ。
「サ、サファ先輩!それではフィウルスは‥‥」
「『智聖』がメイリィに姿を現してまで策を授けた。そして、それの結果は全員の生存。」
「っ!」
「フィウルスは‥‥必ず生きて戻るわ。」
それだけを言い残して、サファは結界を解いて離れようとする。
(本当は‥‥フィウルスの力のことを伝えてあげたいんだけど。‥‥それをするのは私の口からじゃなく、フィルが自分から打ち明けるべき。)
彼らの心配はサファにも痛いほど分かるし、これだけフィウルスのことを心配してくれている彼らのことを嬉しくも思っていた。
だが、まだ立場上フィウルスに肩入れすることも、秘密を明かす訳にもいかなかった。
「待ってくださいまし。」
立ち去ろうとするサファの腕を掴み、待ったをかける者がいた。
金色の髪を靡かせたこの国の姫、シャルルであった。
「サファさんは、弟さん‥‥フィウルスのことを何とも思っていないのですか?」
何かを見定めようとする目。
その目に、サファは応えるべきだとこの時思った。
「そんなことないわ。わたしはフィウルスを愛している。」
「あ、あいして!?」
「ええっ!?」
まさかの爆弾発言に、ティリア達は驚愕する。
「そして、フィウルスが‥‥あの子の心がとても強いことも知っている。」
「「「っ!!」」」
「それは‥‥あなた達もよく知っているでしょ?大丈夫。あの子は必ず生き延びて戻ってくるわ。」
それは根拠と呼ぶことさえ出来ないようなもの。それなのに、全面的な信頼を寄せているその言葉に、シャルル姫は瞠目する。
「そう‥ですわね。フィウルスは、とても強いですわ。」
そう言って、サファの腕を掴んでいた手を離して、
「わたくしも信じて待っていますわ。」
そして、頭を下げた。
と、その時。
「誰か!フィウルス先輩が!」
「「「っ!!」」」
舟の上で響いた声に、その場にいた全員が振り向く。
そこにいたのは血まみれのフィウルスと、それを抱えるエルシィだった。
「フィウルス!!それとエルシィさん!?いったい何が?」
すぐさま駆け込んだシャルル姫は、エルシィに状況を聞いた。
「『影移動』で先輩のところに行ったら、この状態でした!それと‥‥ジャバウォックもすでに倒されていました。」
「なっ!?」
「オイ!フィウルスは大丈夫なのか!?」
「回復魔法で最低限の止血はしました!あとは目を‥‥」
そこで、フィウルスの目元が動いた。
「あっ!先輩!?」
「フィウルス!?」
寝かされたフィウルスの周りを、シャルル姫、エルシィ、カイル、ティリア、スース、メイリィ、そしてサファが囲んで見守る。
「うっ‥‥ここは?」
「あ、よかった‥‥」
「心配かけやがって!」
目を覚ましたフィウルスに、周りから安堵の息が漏れる。
「避難中の舟の上ですよ、先輩!」
「あれ?エルシィ?」
「ふふん♪感謝して下さいね。わたしが『影移動』でここまで運んだんですからっ!」
パチッと、あざとくウインクをするエルシィ。
「フィウルス。」
「あ、サファおね‥‥先輩?」
「ジャバウォックも倒れていたって聞いたのだけど‥‥」
その質問に、フィウルスは予め用意していた答えを言った。
「あー、えっと。僕が傷ついて気を失う前に、黒衣の仮面がまた助けてくれて‥‥」
「‥‥黒衣の仮面?」
「あ!怪物行進の時に助けてくださったお方ですわ!」
その存在を知らず、眉をひそめたサファにシャルル姫が説明をする。
「また、あの方に助けられたのか。」
「確かに、あの強さなら‥‥」
そして、その強さを目の当たりにしたティリア達をはじめ、他の生徒達も納得の表情をする。
「‥‥そう。無事で良かったわ。」
「はい。ありがとうござ‥‥」
「フィウルス〜〜!!ごめんなさいっ!!」
フィウルスが言い切る前に、メイリィが飛びついた。
「あなたを置いていくなんて‥‥本当にごめんなさいっ。」
瞳を潤ませて、メイリィは何度も謝罪する。
そんな彼女にフィウルスは、
「大丈夫だよ、メイリィ。」
いつもと変わらない、優しい微笑みをしながら告げた。
「あ‥‥」
その微笑みを向けられて、メイリィは顔が一気に熱くなってしまった。
胸の鼓動は早打ちになり、瞳を逸らす事が出来ずにいた。
「ん?どうしたのメイリィ?」
「あ‥‥う‥‥」
「‥‥今のはずるい。」
メイリィの気持ちがよくわかるスースは一言呟いて、フィウルスの腕にしがみつく。
「‥‥わたしも心配したんだよ?」
「あ、うん。心配かけてごめんね、スース。」
「‥‥撫でて。」
「あ、はい。」
有無を言わさない迫力で詰め寄るスースに、フィウルスはたじたじになりながら、その頭を撫でる。
「う〜〜!二人してずるいっ!フィウルス!わたしもすっごい心配してたんだぞ!?」
「ティリア!?」
その様子を見ていたティリアが耐えきれずに、自分もと要求する。
「先輩方!?フィウルス先輩は怪我人ですよ!!?」
フィウルスが揉みくちゃにされる様子を見て、思わずエルシィが叫ぶ。
(ああ。みんなの元へ戻ってこれて、良かったな。)
いつもと変わらない仲間達の姿を見て、フィウルスは勝ち取った生存を嬉しく思った。
激動の遠征研修はこれにて終了となった。
なお、ハーエン山脈での怪物行進との闘争、そして殺戮者からの逃亡は、学園の歴史における伝説として長く語り継がれることになった。




