第47話 ジャバウォック
宙を舞う、自身の右腕。
肩口が焼けるような感覚とともに噴き出す赤い液体。
最初の一閃の軍配は、殺戮者へと上がった。
背後に通り過ぎた殺戮者は勝利の感覚に酔い、口角を上げる。
だが、
ザシュッ。
急旋回。
無理な角度での反転に、膝が悲鳴を上げるのも無視をして、フィウルスはジャバウォックの背後を取った。
「燕尾 逆風の刃」
尋常でない速度での急旋回から放たれる手刀は、その遠心力も加わって、ジャバウォックの肩の装甲ごと切り裂いた。
「ゴアッ!?」
フィウルスは、さらに一回転。
「風門・旋風」
怪物の体に押し当てる掌底。そしてそこから放たれる、旋風によって怪物はさらに後方へと吹き飛ぶ。
「ふっ!」
距離が離れた途端、フィウルスは落ちていた自身の右腕を拾って、
「白門・治快の光」
発動する治癒術。「光の開門」による活性の光に包まれた右腕は、切断面すらも残さずに右腕をくっつける。
(予想以上の力。速さ。そして、硬さ。)
一連の闘いでのフィウルスの感想はそうだった。
どれもが予想以上。
最初の一閃も、油断していた訳ではなかった。
殺戮者のほうが速く、力が強かったのである。
つう、と頬を冷たい汗が伝う。
吹き飛ばされた怪物は、ゆっくりと起き上がった。
装甲ごと切り裂かれた肩には熱を帯びており、掌底を撃ち込まれた箇所も鈍い痛みが続いている。
イイ。
殺戮者は歓喜に震えた。
コレダ。コレコソガ、テキ。
最初の一閃では、正直なところこの程度かと落胆しかけた。
しかし、続く少年の動きと確かなダメージ。
己でも捉えれなかって速さ。繰り出す拳打の重み。
予想以上。
奇しくも、怪物と少年はお互いに同じ思いを抱いていたのであった。
その後、両者は再び肉薄する。
怪物の爪が少年の頬を掠める。少年の蹴りが怪物の足を崩す。
少年の速さを捉えきれない怪物。怪物の装甲を打ち砕けない少年。
「グルウゥッ!!」
距離をとった怪物が繰り出すのは尾棘。
振り払われた尾から射出される、数えきれないほどの棘刺。
「水門・大氷盾」
それを防ぐのは大きな氷の盾。
尾棘が刺さった氷の盾は、罅を入れながらもその形を保っていた。
「土門・縛拘泥」
「ガッ!?」
氷の盾に隠れながらフィウルスは技を繰り出す。
怪物の足元の土がいきなり泥沼となったかと思うと、その足を包み込んで固まる。
動きを阻害された怪物の目の前に出てフィウルスは、
「鎧通し」
捻りながら手刀を突き出す。
怪物の堅牢な装甲に亀裂が入る。
フィウルスはさらに左手を捻りながら、
「十枚鎧通し!」
先に突いた場所と寸分違わずに手刀を繰り出す。
「ゴガッ!?」
確かな手応え。
怪物の装甲は割れて、肉を抉った感触を感じながら‥‥
さらにもう一突き、
「百枚鎧通しっ!!」
勢いよく捻りながら出される右の手刀は、またもや同じ場所へと突き刺さる。
ズシャッ。
「〜〜〜ッ!!!」
怪物の腹を貫通するフィウルスの右手。
言葉にならない悲鳴を発しながら、怪物は初めての苦痛に手足を暴れさせる。
無造作に振るわれる爪を避けて、フィウルスは距離を取った。
既に怪物の足を拘束していた泥は破壊されている。
「グウウウッ!」
腹に穴を開けられた殺戮者は、それでも尚その闘志を消していなかった。
「ゴギャアアアアアッ!!」
再び爆進。
八つ裂きにするとばかりに爪を縦横無尽に繰り出す。
だが、当たらない。
ナゼ。
怪物の心に疑問が浮かび上がる。
最初の一閃とフィウルスの頬を掠めていこう、怪物の爪はフィウルスに一度も当たっていなかった。
ナゼダ。
基礎能力は明らかにこちらが上。
なのに、自慢の爪がその肉を抉ることが出来ない。
「ゴアアアアッ!!」
怒りに身を任せてさらに速度を上げる。
血が噴き出し、軋む体が悲鳴を上げるが、構わなかった。
勝ちたい。と、怪物は生まれて初めて抱いた感情に突き動かされるままに、その暴力を振るっていく。
出鱈目な力と速さで振るわれる爪を、フィウルスは躱し、受け流し、捌いていく。
本来ならその暴力に晒されて、無事な人間などいないであろう。
だが、フィウルスの技術がそれを可能にしていた。
培ってきた技術が、生まれながらの基礎能力に頼ってきた殺戮者を上回ったのだ。
「黒門・纏い」
そしてフィウルスは開いた。闇の門を。
体全体を漆黒のオーラが覆う。
「ゴ、ゴ‥‥」
その姿を見てジャバウォックは気圧される。
次の瞬間、
フィウルスの手刀が、殺戮者の爪を断ち切った。
「黒門・纏い」は身体能力を含む全能力の強化。
ジャバウォックにとって、優っていた基礎能力の差が、ここにきて無くなったのである。
さらにフィウルスは連撃を叩き込む。
殺戮者はさらに速くなった、黒に包まれた白い少年になす術が無かった。
爪は割れて、装甲は砕け、その体に無数の技が撃ち込まれる。
カチタイ。
それでも怪物の闘志は冷めない。
やっと出会えた好敵手。
闘争の中で確実に感じ始めた「自己」の存在。
繰り出した爪の一撃は、少年の体に斜めの赤い線を作り出した。
だが、
「黒門・久遠」
フィウルスの体を覆っていた漆黒のオーラが、右腕に集約され、刀状に形成される。
そして、フィウルスはそれを横一線に振り抜く。
ザンッ
分たれた殺戮者の上半身と下半身。
崩れ落ちた殺戮者の上半身は、黒刀を振り抜いたフィウルスを見上げて、手を伸ばす。
やがて、その手が力を失くして地に落ちた時、殺戮者は静かに絶命した。




