第46話 智聖の策
意識を深く沈める。
メイリィは今、数多な可能性とその結果を模索し続けていた。
だが、そのどれもが芳しくはなかった。
どの作戦を用いても、結果は全滅。
アルス王子とサファが加わった状況でなお、あの殺戮者から逃れる術は見つからない。
(こんなの、どうすれば‥‥!)
次第に彼女は焦り始める。
指揮者とはいかなる状況に陥っても揺らいでは行けない。
幼少の頃からそう教わっていた彼女だが、今回ばかりは今まで通りにはいかなかった。
全生徒による魔法、闘気術を用いて撹乱させながらの逃亡‥‥全滅。
人数を分けて、各方位への一斉逃避‥‥全滅。
一か八かの全戦力を持っての戦闘‥‥勝率1%。
心に絶望が広がっていくのを感じながら、それでも一縷の望みを懸けて探し続ける。
「行き詰まっているようじゃな、メイリィ。」
そこで、突破口の見つからないメイリィに声が聞こえてきた。
メイリィは目を開くとそこは、何も無い真っ白な空間。そして、目の前には碁盤に駒を打つ初老の男がいた。皺が刻み込まれた顔にも関わらず鋭い眼光、蓄えた白い髭を撫でながら老人は続けた。
「難儀な局面にいるようだからのう。一つ助言でもしてやろうかと、お主の精神と儂の神域を繋げたわい。」
かっかっかっ。と老人は哄笑する。
「‥‥智聖 ファリナス‥様。」
「そう畏まらんでよいわい。」
パチン、とファリナスは駒を打ちながら喋る。
「ジャバウォックとは‥‥伝説級の魔物に遭遇するとはのう。じゃが、手がないわけではない。」
「お、お願いいたします!どうか、打開策を!」
「うむ。そのために姿を現したのじゃ。じゃが、決断するのはお主じゃ。」
智聖が授ける突破口に希望を見出したメイリィは、ゴクリ、と固唾を飲んで次の言葉を待った。
「あの白い髪の少年、フィウルスといったかのう?あの少年を‥‥」
そして智聖は告げた。少女にとっては残酷なその手段を。
「囮にして逃げるのじゃ。」
メイリィは一瞬、何を言われたのかわからなかった。いや、わかりたくなかったのだ。
「今、あの化物の関心はあの少年だけに向いている。あの少年を一人残して、残る者たちは川から下っていけば全員助かる。」
そんなメイリィの心境を他所に、ファリナスは作戦を話し続ける。
「魔力が残った者たちで土でも氷でもいい。舟を作り上げろ。あの激流なら、数時間ほどで山の麓までたどり着くはずじゃ。」
嫌だ。それは嫌だ。
気づけば、智聖の作戦を拒む自分がいた。
「お、お言葉ですがファリナス様。フィウルスでは、ジャバウォックに瞬殺されます。時間稼ぎには‥‥」
「なる。」
メイリィの言葉を遮って、智聖は断言した。
「この方法だけじゃ。この方法でしか全員生き残ることは出来ない。」
「し、しかし‥‥」
「言ったじゃろう?策は授ける。しかし、決断するのはお主じゃ。」
「そんな‥‥」
想い人を捨てて生き残るか、全員死ぬか。
逃れられない二択を迫られたメイリィは打ち拉がれる。
「‥‥儂も意地悪ではない。全てを教えることは出来ない故、これだけは言っておこう。儂にはお主の見えていないことも見えている。」
「っ!?」
「そろそろ時間のようじゃ。メイリィ。お主の武運を祈る。」
「あ、待ってください!それってどういう‥‥」
そう言い残して老人の姿が消えた瞬間、メイリィは眩い光に思わず目を閉じた。
そして、次に目を開くと、
「どう?『智将』?良い策は出たのかしら?」
そう問いかけるサファの姿があった。
(戻ってきたんだ。)
そう理解するメイリィ。
奥には絶望を振りまく殺戮者の姿もある。
ぐっ。と歯を食いしばる。
最後の智聖の言葉がどういう意味を持っているのか。それに賭けるしか出来ない自分の未熟さが今は憎惜しい。
だが、それしか手がない。決断するしかない。
震える声で彼女は策を伝えた。
「フィ、フィウルスを一人残して‥‥囮に。その‥‥隙に私たちは川辺から‥‥土、もしくは氷魔法で‥‥舟を作り上げて‥逃亡します。」
「「「なっ!??」」」
それに反応したのは普段フィウルスと近しい間にある者たち。
「どういうことだ、メイリィ!それでは、フィウルスが‥‥」
食ってかかるティリア。
「‥‥『智聖』様が。‥‥それしか全員助からないって。」
「そ、そんな‥‥。」
『智聖』直々の策。ならばそれ以外に最適解はないという事に、ティリアは言葉が続かなくなった。
そして、サファは。
周りよりも落ち着いていて、真剣な目でメイリィを見つめていた。
「それが‥‥全員が助かる最適解なのね?」
そして、再確認するようにメイリィに問いかけた。
「‥‥はい。」
(確かに、誰もいない状況ならフィルも本来の力を出せる。それなら、時間を稼いだ後、フィルもあの化け物から逃げる事は出来るかもしれない。)
今にも泣き出しそうなメイリィを放って、サファは考えこむ。
(悔しいけど、私じゃまだあの化物の領域に立てない。‥‥時間ももうないし、「智聖」の策を信じるしかない。)
「‥‥フィウルス。それでいい?」
「うん。」
短いやりとり。しかし、その言葉の裏を読み合っている姉弟にはそれで十分だった。
「それじゃ、今伝えられた作戦通りに動くわ。」
「ちょ、ちょっと待てよ、オイ!」
「‥‥フィウルスを置いていけない。」
「わ、私達も一緒に戦う!」
方針を決めたサファに、カイル達が口々にそう言った。だが、
「うるさい。」
「「「っ!!」」」
寒気を感じるほどの冷たい眼をしたサファが一蹴する。
(いい仲間に会えたのね、フィル。)
内心ではその様子に暖かい心境でいたのだが、今は少しでも時間が惜しい。このまま高圧的に迫って従わせるしかなかった。
「くっ!」
それでも、納得のいってない顔をするカイル達。
仕方ない、とサファは妥協した。
「フィウルスなら大丈夫。逃亡の舟に乗った時に説明してあげるから、今は黙って従って。」
「「「っ!?」」」
周りの者には聞こえないよう、サファはカイル達の耳元で囁いた。
「フィウルス!私の断刻の結界は、あと数分で解けてしまうからね!」
「はい!」
「よし。他の者はみんな川に向かえ!」
アルス王子の号令に、生徒達は従っていく。
「フィウルス!絶対に無事でいてね!」
「くたばんじゃねえぞ!」
「ごめんなさい、フィウルス!」
別れ際、カイル達が言葉を掛けてくれる。
フィウルスはそれに対して微笑んで一言。
「大丈夫だよ。」
結界が壊れる。
ウットウシイ。
やっと楽しめそうな獲物を見つけたと思ったら、突然現れた雌に行動を阻害され殺戮者は苛立っていた。
しかし、その結界もついに終わった。
殺戮者は白い少年を見据える。
他の獲物達はいなくなっていたが、そんなことはもうどうでもよかった。
「ゴギャアアアアアッッ!!」
砲声。そして爆進。
殺戮者は、全てを切り裂くその爪を振るった。
バキン、と断刻の結界が割れた。
(「気」を開放すれば、なんとか渡り合える。)
もはや温存など出来る相手ではない。フィウルスは一気に解放する。
体の隅々まで「気」を纏い、こちらに疾走してくる殺戮者を迎え撃つ。
月明かりの下で、赤き怪物と白い少年が交差する。
「ゴギャアアアアアッ!!」
「うおおおおおっ!!」
一閃。
振るわれた爪と繰り出される拳。
そして、宙を舞ったのは、
「っ!?」
フィウルスの右腕だった。




