第44話 黒衣の仮面
メイリィは絶望に染まった。
たった今、目の前にある模型。そこには猛突猪とそれに巻き込まれた少年の模型が走り抜けているところだった。
そして、猪と少年は反対側の森へと抜けて行き、やがて自身の感知の届かぬ場所へと行ってしまった。
「そ、そんな‥‥」
一人目の脱落者。それが、密かに想いを寄せていた者だった彼女は、悲嘆に暮れていた。
「せ、せんぱ‥‥い?」
猛突猪が去っていき、何も無くなった場所をエルシィは呆然と見つめていた。
いやだ。嘘だ。そんなこと。
胸の内がぐちゃぐちゃになる。
なんで?どうして?
思考に靄がかかる。
‥‥私のせい?
そして、その間には絶望に染まっていた。
(‥‥いや、まだよ!!)
しかし、彼女はすぐに立ち直る。
すぐさま「影感知」を起動して、フィウルスの影を捕捉し、
「わたしはフィウルス先輩を追いかける!ここは頼むわよ!」
そばにいた学生へそう言い残し、影の中に潜り込んだ。
悲観していたメイリィだったが、状況は待ってくれない。
「こ、これは。‥‥今まで以上の大軍。」
おそらくここからが最盛期。
彼女はそう直感した。
ここを乗り越えなければ、さらに犠牲者が増える。
(‥‥っ!)
胸の喪失感を無視して、指揮者としての役割を全うする。
「全生徒へ。おそらくここからが最盛期になります。治療が済んだ方は直ぐに戦線へ復帰して下さい。五星は、出来る限りの殲滅をお願いします。」
「っ!来ますわ!みなさん!」
一際、莫大な数の気配を感じたシャルル姫は声を上げる。
森から出てきたのは、これまでと比較にならないほどの魔物達。
毒蝙蝠が、猟犬が、子鬼が、鳥女が、血濡熊が、殺人蟻が、角兎が。
数多の種。数多の群れが襲いかかる。
(先輩。フィウルス先輩!おねがい‥‥。)
エルシィは一縷の望みをかけてフィウルスの影から飛び出る。
「せんぱ‥‥」
影から飛び出したエルシィは絶句する。
その光景は蹂躙であった。
黒衣の仮面が大量のラッシュ・ボアを蹂躙していた。
何も持っていないその手が猪の体を貫く。
その仮面からは大きな魔力も闘気も感じられない。なのに、巨大な威圧感を受ける。
やがて、次々と突進してくる猪は、その仮面によって一蹴された。
(‥‥なに、これ?あれは‥‥だれ?)
正体不明の仮面が繰り出すその光景に、エルシィは疑問が尽きなかった。
猛突猪を殲滅した仮面は、屋敷の方へ向かって駆け出した。
その様子から、おそらく影から出てきていたエルシィの存在には気づいてない。
(ま、待って!?ってか、早い!?)
あまりの速さにどんどんと差が開く。
それも、仮面は行手を阻む魔物を蹴散らしながら、まったくスピードが緩まなかった。
(‥‥てゆーか、フィウルス先輩は!?‥‥っ!!)
そこで、彼女は目的の人物を思い浮かべ、瞠目する。
気づいてしまった。
自分は今、誰の影から飛び出したのかと。
武器を持たず、徒手空拳で戦う黒衣の仮面と、まったく同一の戦闘方法を用いる少年。
つう、と。
背中に冷たいものが走り抜ける。
いつかの山中でみたフィウルスの鍛錬と、今行われている仮面の戦闘の光景。
「まさか‥‥フィウルスせん‥ぱい?」
エルシィの考えは正解だった。
猛突猪に突進に巻き込まれたフィウルスは、他の生徒の目が届かなくなった場所までくると、「気」を開放した。
正体がバレないように、黒衣と仮面を被って、猛突猪と交戦した。
(「気」を開放する時を窺っていたけど、ひとまずは大丈夫だな。)
元々こうする予定ではあったが、エルシィを助けた拍子に猛突猪の突進に巻き込まれたのは好機だと思った。
(さっきよりも沢山の気配が!急がないと!)
フィウルスは屋敷の方へ向かって駆け出していく。
「耐えるんだ!ここを乗り切れば‥‥」
周りを鼓舞させようと、声を上げるティリア。だが、そこへ魔物達が襲いかかる。
「くっ!」
間一髪、身を防ぎ反撃を与える。
(まずい。 数が多すぎる。)
生徒達は徐々に押され始めていた。
先ほどまでの戦いの疲労も溜まっているのだろう。
動きは徐々に鈍く、技のキレも無くなり始めていた。
「キャーッ!!」
「っ!!」
鳴り響く悲鳴。見てみると、一際小柄な女生徒が腕を鳥女の足に鷲掴みにされていた。
猛禽類のようにがっしりとした鳥女の足は、掴んだ女生徒の腕を離すことなくそのまま空へ飛び上がる。
「い、いかん!」
あれは鳥女がよく使う技。人間を空高くまで持ち上げてから離し、高高度からの落下で獲物を殺す。
ティリアは急いで弓を引き絞るが、ここからだと位置が悪すぎた。おそらく、射った矢は先に女生徒へと刺さるであろう。
迷っている彼女に、魔物達は待ってくれない。
動きが止まったティリアに対して、別の魔物達が襲いかかる。
「‥‥この!」
狙いを一旦中止し、目の前の魔物の迎撃に当たる。
喉元を射抜かれた子鬼達は、その場で倒れる。
「っ!!」
再び鳥女と女生徒を見た時、その高度はもういつ落とされてもおかしくは無かった。
「い‥‥いやっ。」
女生徒は迫りくる死の恐怖に震え、目に涙を浮かべる。
「や、やめろーっ!」
「キキキっ」
ティリアの静止の声を知ってか知らずか、鳥女は嘲笑うような声を上げた。
そんな中、
「風門・飛翔術」
誰かの言葉が聞こえた。そして、感じるのは今までで感じたことのない力。
飛び上がったのは、黒い塊。
「あ、あれは‥‥」
ティリアは見上げて呟いた。
それは風を纏った黒衣の仮面だった。
仮面は空を飛んで、鳥女へと追いつく。
「な、なんだあれは!?」
「いったい、誰なんだ!?」
その光景を目撃していた生徒達も口々に叫ぶ。
魔力も闘気も感じられない。つまり、仮面は魔法も闘気術も使わずに空を飛んでいた。
「キッ!?」
そして、鳥女は自らと同じ高度まで飛んできた仮面に驚愕し、
「貫手。」
素手のまま貫かれた。
その後、死亡した鳥女が脱力したことによって、手放される女生徒を仮面が抱え上げて地面へと降り立つ。
「あ、‥‥ありがとう、ございます。」
あまりのことに驚愕しながらも、救出された女性は拙くも感謝の言葉を並べる。
それに対して仮面はこくん、と頷いた後、次の魔物の殲滅へ向かった。
多くの生徒達がその姿を目撃した。
その黒衣の仮面は尋常じゃない速度で動き回り、素手の一撃で魔物達を絶命させていく。
「火門・鳳凰鉤爪。」
未知の力を放ち、その手からは炎の爪が現れる。
焼き切り裂かれた血濡熊は一瞬で灰へと変わった。
仮面の倒す魔物には優先順位があった。それは生徒達が窮地に陥っている場合が最も高かった。
「す、すげえ。」
一瞬で魔物を殺しながらも、周囲の状況を把握している仮面の様相に、生徒達は顔を引きつらせる。
「これは‥‥いったいどういうこと!?」
屋敷の中にいながらも、メイリィも状況を把握していた。
目の前には高速移動しながら魔物を消していく仮面の模型がある。
「‥‥いけるわ。この方の協力があれば!」
当初は約50人もの生徒が死亡する確率だった。
しかし、その確率が覆ることとなる。
突如現れた黒衣の仮面。それは瞬く間に魔物を殲滅していき、今にも魔物に殺されてもおかしくなかった生徒達を救出していた。
「おねがい。‥‥誰も死なないで。」
「な、なんですの?あれは‥‥」
そして、仮面の進撃はついに真反対にいたシャルル姫の戦域にまで及んだ。
ここにくるまでの魔物達は全て絶命させ、残りはシャルル姫が守っている辺りのみとなっていた。
「‥‥姫様、その仮面の方はおそらく味方です。既にたくさんの生徒がその仮面の方に助けられています。」
疑問を浮かべていたシャルル姫に、メイリィが情報を共有させた。
「残りは姫様の周りの魔物だけです。仮面の方と協力して、掃討して下さい!」
「わかりましたわ。」
信頼できる友からの情報に、シャルル姫はすぐに状況を把握した。
「協力感謝致しますわ!わたくしは左側を、あなた様は右側の魔物達をお願いできます?」
「了解した。」
そして始まるのは、金髪たなびく麗しの姫と黒衣に身を包んだ不気味な仮面の共同戦線。
右側では姫の槍が魔物を貫き、左側では仮面の手刀が魔物を切断する。
二人の勢いに魔物達はなす術もなく散っていく。
やがて、その数は確実に減っていき、
「これでまとめて終わらせますわ!大っきいのいきますわよ!」
残った魔物達へ向けて、シャルル姫と仮面は手を前方に掲げる。
「エルゼドム・ガデュウッ!!」
「雷門・雷龍ノ顎」
放たれる火魔法L v10。巨大な火柱が立ち上がり魔物達を灰塵に帰す。そしてもう一方では、
巨大な龍を象った雷が迸る。雷の龍はその顎を開き、魔物達を丸呑みにした。
立ち上がった煙がはれると、そこに魔物の姿は無かった。
「や、やった。」
誰かの声が漏れる。
「勝ったんだ。」
それに続いてまた誰かが呟いた。
「「「うおおおおおおおおおっっっ!!」」」
そして、生徒達は一斉に勝鬨を上げた。
「どこのどなたか存じ上げませんが、この度は助けていただきありがとうございます。」
優雅な所作でシャルル姫は仮面に礼をする。
「‥‥礼はいらない。私が勝手に乱入しただけのこと。」
それに対する仮面の返答は素っ気ないものだった。
(‥‥低い声。心当たりのある声音ではありませんわね。)
仮面の行動や情報を出来る限り観察していたシャルル姫は、心の中で思う。
これはフィウルスが生前、地球にいた時から会得していた技術で、声の高低を操ることで、身元の特定をさせないものであった。
武術を通して、闇社会で活動もしていた彼には必要な技術だったのである。
「姫様!」
そうしているうちに、屋敷の中からメイリィが飛び出して来た。
「メイリィ!ありがとうございますわ!あなたの協力なしでは‥‥」
「そ、それよりも!フィウルスが猛突猪の突進に巻き込まれて、森の奥へ行ってしまったの!!」
「っ!?それは!!今すぐに救出へ‥‥」
「その必要はない。」
二人の会話に、仮面が待ったをかける。
「ど、どうして?」
表情を強張らせながら、メイリィが問いかける。
「その少年は私がここへ来るまでに助けた。おそらくもうすぐここにやって来るだろう。」
「‥‥っ!よ、よかった。」
その言葉を聞いて、メイリィは安堵の表情を浮かべる。
その目からは滴が静かに伝っていた。
「それでは、私はこれで。」
「待って下さいまし。」
立ち去ろうとする仮面に、今度はシャルル姫が待ったをかける。
「此度のご活躍、大変なものになりますわ。一国の王族として、このまま何もせず去らせるわけには‥‥」
「気にしなくて結構だ。」
「っ!で、でしたらせめてお名前だけでも‥‥」
「私の正体については‥‥詮索しないでいただきたい。」
そう言って仮面は風を纏い、彼方へと飛んでいった。
「あ、みんな!」
仮面が去って数分後、森の中からフィウルスが帰ってきた。
「フィウルス〜!」
その姿を見たメイリィがフィウルスに抱きつく。
「わ!?メイリィ?」
「フィウルス!大丈夫なのか!?その怪我は!?」
そしてティリアがフィウルスの肩を掴む。
「‥‥よかった。」
ちょん、と裾を引っ張るのはスース。
「心配したんだそ!この野郎!」
荒々しい声を出しながらも、瞳に涙を浮かべているカイルが肩を叩く。そして、
「フィウルス。‥‥無事でよかったですわ。」
安堵の表情を浮かべたシャルル姫がフィウルスに微笑む。
「う、うん。心配かけてごめんね?」
みんなの反応に苦笑を浮かべながらフィウルスは言った。




