第43話 猛突猪
蠢く数多の魔物。飛び交う魔法や振るわれる剣。
爪が人を切り裂き、槍が怪物を貫く。
悲鳴と雄叫びの交差が奏でる二重奏。舞い踊るのは紅の鮮血。
生存を賭けた、命のやり取りがそこにあった。
「オラアッ!!」
大剣を振り回す赤髪の少年、カイル。
その体は大量の血に濡れており、自身の流した血か、魔物から浴びた血なのか、もはやわからなかった。
「断裂刃!!」
振るうのは己の最大火力を誇る大技。
圧倒的な闘気によって放たれた衝撃は、目の前にいる魔物達を両断していく。
「くそっ!キリがねえ!!」
だが、それでも。
倒した先から次々と現れて来る魔物達を一瞥し、辟易としていた。
「や、やめろ!うがあああっ!!」
「オイ!!」
すぐ近くにいた生徒が、猟犬の爪の餌食となった。倒れた少年は死への恐怖で呼吸もままならない状態に陥っている。
「くそがっ!!」
猟犬を切り伏せて、すぐに少年の元へ駆けつける。
幸いにも傷は浅く、すぐに治療すれば問題ない程度であった。
「オイッ!!負傷者だ!治療班のとこへ持って行け!」
そう言って、カイルは茫然としている少年を掴み、後方へ投げる。
「あ、ああ!わかった!」
後ろに控えていた別の生徒がそれを受け取り、屋敷の方へと向かっていった。
「‥‥よし。回復したな。」
カイルは自身の加護の能力によって、再び闘気が回復したのを感じた。そして、目の前に集まり出した魔物達へ‥‥
「断裂刃!!」
再び大剣を振るう。
カイルが戦っていたところと別の場所では、ティリアが弓を引き絞っていた。
「魔弓術 貫」
飛び出した矢はたった一本。
しかし、その矢は魔物の体に当たっても止まらなかった。
そして、貫通した矢は勢いを止めず、そのすぐ後ろの魔物の体も貫通して進んでいく。
やがて、ティリアの射線状にいた十数体の魔物はその体に穴を開けて倒れた。
「グギャアアアッ!!」
子鬼の群れが、青髪の少女へと一斉に飛びかかる。
その手には棍棒、錆びれたナイフや剣が握られている。
今にも当たるかと思われたその時、目の前に盾が飛び出してそれを阻む。
使い手のいない盾が浮遊しながら。
「固めて破砕せよ 氷」
その後、少女‥‥スースが詠唱を終えると同時に、魔物達の体を氷が覆う。
凍って動かなくなった魔物達を、周囲にいた他の生徒達が攻撃し、粉々に散っていく。
「ガアァァァッ!!」
飛んでいく血濡熊の腕。
相対するのは青き貴公子。
「獣風情が。‥‥美しくない。」
輝く結晶の剣を一閃。ブラッディーベアーの身体に赤い線が走る。
その一帯は巨大な炎に包まれた。
煌びやかな金髪をたなびかせている少女、シャルル姫は別の方向へ向き直し颯爽と走り抜ける。
その先には、今にも魔物に襲われようとしている生徒達。
「はあっ!」
魔物が生徒を襲うよりも、彼女の槍の方が速かった。
体を穿たれた鳥女は、そのまま物言わぬ骸となり地面へ横たわる。
「この辺りを全滅させますわ!離れて下さいまし!」
その言葉を聞いた生徒達の行動は速かった。既に何度も見ていたためである。
「ディオ・フレイム!!」
放たれる特大の火球。
あたり一帯は先ほどと同じ光景を作り出していた。
「す、すげえ。」
「ディオ級をあんなに連発‥‥」
その姿に生徒達は固唾を飲む。
屋敷の中、部屋の一室で少女は戦況を俯瞰する。
「やはり、五星がこの戦いでの鍵。‥‥二星が来てたなら、死者も出ないかもしれないのに。」
この研修に参加していない、サボり魔の顔を思い出して拳を強く握りしめる。
だが、ない戦力を欲しがってもどうしようもない。
彼女が出来るのは、今ある戦力を駆使して最善を尽くすことだから。
「‥‥お願いフィウルス。生きて‥‥戻ってきて。」
浮かぶのはある少年の笑顔。
戦う力のない彼女‥‥メイリィは強く祈ることしか出来なかった。
「っ!!猛突猪の群れが来てる!みんな注意して!!」
その存在を確認した彼女は急いで生徒達へ知らせた。
「うわわわ〜。やっぱりバケモノだな〜五星。」
襲いかかって来る魔物達を掻い潜りながら、エルシィは五星達の戦い振りを見て感想を吐く。
「グギャッ!!」
そのエルシィの後方からナイフを持ったゴブリンが飛び出して今にも切りつけられる瞬間、
ゴブリンは空中で静止した。
いや、エルシィの影から伸びた黒い針のようやもので串刺しされ、宙で止まっていたのだった。
「影槍っと〜。」
「や、やっぱり『孤狼』もやべえよな?」
「あ、ああ。一瞬だったな。」
(いや、同じにしないでほしいなあ〜。)
五星とは。
呟かれた声に、彼女は心の中で返答する。
そして、ふとある方向を見る。
そこでは、白髪の少年が子鬼相手に、苦戦をしていた。
「‥‥影縛り。」
少年へ襲いかかっているゴブリンに対して、彼女は影でその体を縛る。やがて、首元も縛られたゴブリンは息をしなくなった。
「‥‥大丈夫ですかー?フィウルス先・輩♪」
「うん、助かったよエルシィ。」
危機を救われた少年、フィウルスはエルシィに礼を言う。
エルシィは動機を速く刻みながらも、何でもないかのように振る舞う。
(あ〜もう!戦いの中だってのに。不謹慎なのはわかってますけど〜)
彼の力になれたことが嬉しい。彼からの感謝が自分に熱を与える。魔物達と命のやり取りをしている中でも、舞い上がってしまう。
「だ、大丈夫ですよー、フィウルス先輩。わたしが守ってあげ‥‥」
頬を仄かに染めながらエルシィが告げる途中、
「猛突猪の群れが来てる!みんな注意して!」
メイリィからの警告が響いた。
その瞬間、森の奥から大きな猪の群れが飛び出て来る。勢いのついた突進は容易に止まりそうになく、多くの生徒は屋敷のそばまで撤退していた。
ラッシュ・ボアの突進は、少しでもその射線から逃れれば大丈夫。
それは基礎知識のようなもので、ここにいる生徒達にそれを知らない者はいない。
また、今回のラッシュ・ボアの突進は屋敷を目指しているものではなく、躱してもそのまま反対の森へ突き進むことになり、被害も無いはず。
そう判断した全生徒は、一目散に撤退する。
しかし、これに遅れた者がいた。
「‥‥え?」
フィウルスとのやり取りで油断し、注意散漫になっていた彼女はラッシュボアの射線から逃れられていなかった。
(しまった!やばい!今からでは間に合わ‥‥)
襲いかかる衝撃を予想して、彼女の心は一瞬で恐怖に塗りつぶされる。
既に猛突猪はすぐ目の前にいる。
死を覚悟したその瞬間、
ドンっと。
横から弾き出された。
「‥‥え?」
ぎりぎりラッシュ・ボアの射線外へと、押し出された彼女は見てしまった。
自分を助け出した少年の姿を。その白く美しい髪を。
「せ、せんぱ‥‥」
直後、ラッシュ・ボアが走り抜ける。
自身を助けた少年は、フィウルスはその射線上のままだった。
「い、いやー!!!」
ラッシュボアが走り去ったその場には、少年の姿は無かった。




