第42話 怪物行進
屋敷の部屋の中、メイリィは真剣な眼差しで見つめる。
それは一言で表すなら、模型。自分達が今いる屋敷と、およそ500人にも及ぶ生徒達の模型があった。
スキル「指揮者の導き」
その効果内容は、自軍の戦況を俯瞰的に把握、どんなに距離が離れてもできる指示の伝達。
「‥‥繋がった。」
そしてたった今、全生徒とメイリィのスキルの効果が繋がったことを確認した。
ハーエン山脈の頂上、広大な広場となっているところに建っているブリトニー子爵家の別邸。
その屋敷の周りを取り囲むように、大勢の生徒が並んでいた。
「それでは、説明した通りに。土魔法レベル4以上を扱える生徒は、始めてください!」
近くにはいるはずのないメイリィの声が辺りに響く。
「お、おお。本当に聞こえた。」
「これが、スキル。『指揮者の導き。」
初めての感覚に狼狽た生徒達は少なくなかった。
だが、
「聞いたな!?お前達!メイリィの指示通りに魔法を発動しろ!」
戸惑う生徒達に、ティリアが凛とした一声を放つ。
その佇まいと勢いのある言葉を聞いて、生徒達は一斉に魔法を放つ。
「「「いくぞ!アース・クウェイク!!」」」
大多数の生徒から一斉に放たれた魔法。
すると生徒達の目の前の土が盛り上がる。
盛り上がった土壁はおよそ5メートルほどの高さで止まり、隣で発動された土壁と接合する。
やがて、作り出された全ての土壁が繋がった時、屋敷を取り囲むように塀が出来上がった。
「完成です。魔術師や遠距離攻撃が可能な方は、塀の上から一斉掃射です。ただし、その塀は最後まで持ち堪えることはないと思いますので、危険を感じたら内側へ撤退してください。近接型の方は、塀が破壊されてからが戦闘開始になります。手筈通りの部隊で協力、連携して魔物を討ってください。」
「まさか、こんなことになるなんてな‥‥。」
塀の上にいるティリアは思わず呟きが漏れてしまった。
自分達にとって初めてになる大軍による集団戦闘。それに対する緊張は勿論ある。
だが、それよりも気にかかるのは‥‥あの白い少年のことだった。
万が一、敵味方が入り乱れる混戦状態に陥れば、能力が制限されているあの少年にくぐり抜けられることも、周りから助けが入らない可能性も低くなる。
(側にいてあげれないのが、こんなにも歯痒い‥‥。)
メイリィの作戦、ティリアへの指示内容では、真反対にいてるフィウルスの側へ行くことは出来ない。
そして、メイリィの指示を無視して動くことなど出来るはずも無かった。
何故なら、これが最適解。
加護の力を行使して導き出した、最も正解な道。
(‥‥信じるしか、ないか。)
頼む。決して死ぬんじゃないぞ。
ティリアは心の中で、フィウルスにそう語りかけた。
「‥‥ティリア、顔が辛気臭い。」
声を掛けられたティリアが振り向くとそこには、
「スース?」
気怠げな目。短く青い髪をした小柄な少女。
スース・テファイトがそこにいた。
「‥‥心配してるの?」
誰を、とは言わなくても二人の間にはわかる。
「そうだな‥‥。心配なんだ。」
「‥‥過保護。」
「んなっ!?」
「‥‥あの子は最も後方に配置されている。」
「そ、それはそうだが‥‥」
「それに、一番近くには‥‥姫様がいる。」
「っ!」
「‥‥だから、きっと‥‥大丈夫。」
そう。確かに近くにはシャルル姫が配置されていた。
ティリアはフィウルスの周りの布陣を思い出す。
「‥‥今は目の前のことに集中してて。」
そう言って、スースは歩いて行く。自身の持ち場へ足を向けて。
「‥‥ありがとうな、スース。」
おそらくスースは、迷っていた己を正確に見抜いていたのだろう。
ティリアはひとつ深呼吸をして、迷いのない表情で前を見つめた。
「先頭の魔物達の到着まで、残り3分です。」
メイリィの声が響く。
もう間もなく始まるであろう戦闘に、多くのものが緊張し、手に汗を滲ませる。
その中でも、いつもと変わらない者がいた。優然と、毅然とした佇まいで、槍を携えているシャルル姫であった。
周囲の者は、普段と変わらないその様子に、安堵し、希望を持ち、勇気が湧き出てきていた。
だが、当の本人の心中は‥‥
(‥‥死者率1割。‥‥50人もの生徒が。)
導き出された未来の死者の数に、俯いていた。
戦争で、人死にが出ない勝利などない。
王族である、彼女は幼少の頃からそう教わっていた。
わかっていた。だが、それでも。
(叶わずには、いられないですわ‥‥。)
一人としていなくならないことを。
(‥‥フィウルス。)
そして、彼女は近くにいる白い少年へと目を向ける。
おそらく、この戦いで最も死亡する確率が高いであろう者。
(‥‥あなたにも、死んで欲しくないですわ。)
彼の真っ直ぐな姿勢と人柄は、非常に好ましいとシャルル姫は少なからず感じていた。
どれだけの重荷を背負っても、たくさんの人々から非難されていても、変わらず頑張り続けた彼の姿を思い出す。
(‥‥必ず守って見せますわ。あなたも。50人も。)
全てを守る。
シャルル姫は、愚直なまでもその理想を求めることにした。
そして、開戦の時は来た。
「先頭、毒蝙蝠の群れ、そのすぐ後方に猟犬です。遠距離部隊、攻撃を開始して下さい。」
森から飛び出してくる無数の影。満月の光に照らされ、その姿を現したのは、無数の蝙蝠。そして、走り抜ける猟犬の姿だった。
「魔弓術 流星」
最初に動いたのはティリアだった。
降り注ぐ無数の矢に蝙蝠と猟犬は貫かれ、死体の山を積み重ねる。
そしてそれに続いて、ほかの生徒達も魔法を放つ。
「続いて、子鬼の大軍です。」
メイリィの言葉通り、先程の毒蝙蝠と猟犬よりも一際大きな子鬼の群れが突入して来た。
生徒達はこれでもかと無数の魔法を放つ。
火の球が飛び交い、水の鞭がしなり、雷が走り抜ける。
「やれやれ。醜悪なゴブリンなんて‥‥とても美しくない。」
塀の上に立つその男は呟いた。
その手には輝く結晶で出来た剣を持っている。
「よ、四星・輝晶剣‥‥」
「キ、キルス・グリントン様‥‥」
その存在に近くにいた生徒達は仰反る。
キルスは輝晶剣を上に掲げて、
「結晶の雨」
薙ぎ払う。
すると、剣から無数の結晶が飛んでいく。
闘気によって作られた、高硬度を誇る結晶の雨は魔物達の肉を抉り、穴を穿つ。
「す、すげえ。」
「っ!!血濡熊の群れが近づいてます!」
鳴り響くメイリィの警告。
それと同時に森から湧き出て来る、数多の暴君。
ブラッディーベアーは塀を破壊しようとその爪を振るう。
「‥‥私がやる。」
そこで、動いたのは三星・不動杖。
「降り注ぎ猛り燃えよ 火」
言葉を紡いだスースから放たれるのは、幾つもの火炎球。
火魔法の「ファイアボール」とは比べものにならないほどの大きさ、熱量、スピードを伴って、ブラッディーベアーを灰塵に帰す。
「え、詠唱魔法‥‥」
使い手の少ない詠唱魔法の及ぼした効果に、周囲の者は震え上がる。
「‥‥第二射の準備。魔物の相手しといて。」
続く魔物達の群れに、生徒達も負けじと魔法を降り注がせる。
「閃光を煌めかせ走り抜けよ 雷」
「魔弓術 蛟の矢」
「結晶の波」
畳み掛けられる五星達の大技。
辺りには血に濡れた魔物達が屍を積み重ねていく。
しかし、それでも魔物達は止まらない。
「くっ。低級ランクばかりなのに、これほどなのか。」
あまりの数にティリアは歯噛みする。
圧倒的な物量。
怪物行進の恐ろしさを身に染みて実感する。
「遠距離部隊、そろそろ塀が限界です。直ちに避難して下さい!」
メイリィからの告げられる時間切れ。
魔法を掻い潜った魔物達が与えた塀へのダメージが限界へと近づいていた。
「くそっ!」
「はやく離れろー!」
塀の上にいた生徒が全員避難した数秒後、
ピシリと、
縦に罅が走り、そのすぐ後ついに塀は完全に破壊された。
「ここから、ですわね。」
魔法による一方的な遠距離迎撃はもう出来ない。
ここから始まるのは、敵味方の入り乱れる混沌とした戦だ。




