第41話 動き出す殺戮者
其れは恐怖を体現する殺戮者。
数多の人が、物が、命が切り裂かれ、破砕し、物言わぬ骸となった。
屈強な男の肉体はその一撃により、壊れた人形のように手足が、首が飛び散る。
堅牢な装甲の前には、魔術師が練り上げた魔法も容易に通さない。
恐怖のあまり逃げ出した者の体には夥しい棘が突き刺さる。
赤い肌に捻れた双角。体の至る所にある装甲。長く伸びた爪は全てを切り裂き、体から伸びた一本の尾には、鋭い棘刺に覆われている。
赤く光る眼光に狙われたなら、死を覚悟せよ。
其れは獲物を逃がさない。
結託せよ。守りを固めよ。強者を集え。犠牲を容認し、肉壁となれ。
さすれば、英雄の一撃が怪物を屠らん。
―――――――――「英雄戦記」より――――――
「皆さま、これで全生徒の研修達成を確認しました。本年の研修内容も厳しく、危険なものでしたが、誰一人欠けることなく、全員が達成したことを心より嬉しく思います。」
フィウルス達が休憩所で騒いでから数時間後、全生徒の到着が完了したため、生徒達は各班に分かれ整列し、教員からの言葉を聞いている。
「今日はここで一晩明かした後、明日の朝に下山して学園へ帰ることになります。お疲れ様でした。それでは、ゆっくりと過ごしてください。」
教員がそう言って立ち去った後、広間の生徒達は一気に騒ぎ出す。
ある者はようやく終わったと、歓喜の声を上げる。また、ある者はもう疲れたと、疲労の色を浮かべて寝転がる。
「カイル。今年もありがとうね。」
「ああ。おめえ以外と組むつもりなかったしな。」
お互いに握手を交わすフィウルスとカイル。
「ジャスミンとマイルも。二人の力があって助かったよ。」
「い、いえ!わたし達はそれほど‥‥(ヤバい!不意打ちの天使の微笑み!ま、眩しい!!)」
「こ、こちらこそありがとうございました!(お、落ち着くのよNo.43!あ、ヤバい。私も‥‥鼻血が‥‥)」
フィウルスに返答した後、マイルとジャスミンはコソコソと話し合う。勿論、その内容はフィウルスには聞こえていない。
「エルシィ。色々と助けてくれて、ありがとう。」
「へっ!?ま、まあ、ただの気まぐれで〜す。先輩は弱っちいんですから〜。」
フィウルス大好き隊曰く、天使の微笑みがエルシィにも向けられる。
エルシィは動揺して、頬を染めながらとってつけたような憎まれ口を叩く。
「気まぐれだとしてもだよ。ありがとう。エルシィが一緒の班になってくれて、本当に良かったよ。」
「あ、あう。」
しかし、この男の口撃は続き、エルシィは撃沈してしまう。真っ赤になった顔から湯気が出ていた。
「‥‥相変わらずだな。ついに『孤狼』まで仕留めたか。」
その様子を見ていたカイルは白い目を向けながら、状況を正確に把握していた。
一体何があって、どんな場面で、いつから?
そんな疑問はこの男と過ごしていたらどうでもよくなる。
気づいたらこうやって、数々の女を落としているのだから。
こうして、ひとしきり騒いだ後、明日の出発に向けて彼らは就寝についた。
この世界にも太陽や月はある。
大きさや周期は地球のそれとは若干の差異があるが、地球のと同じくそれらは闇を照らす光を注ぐ。
(‥‥このまま何も起こらずに帰れるといいんだけど。)
みんなが寝静まった時間に、フィウルスは屋敷の外で満月を見上げながら考えに耽る。
山中を踏破中に感じた感覚、危険信号のことが気になり、周囲を警戒しているのだ。
「こんばんわ。フィウルス。」
そんなフィウルスに声を掛ける存在がいた。
振り向いたその先には、
「‥‥シャルル?」
「少々、眠れませんでしので散歩をと。フィウルスも眠れないのですか?」
シャルル姫は優雅な足取りで近づき、フィウルスの隣に立つ。
「うん。ちょっと考え事があってね。シャルルはどうして?」
「ええ、実は‥‥この山を踏破中に、魔物の死体がたくさんあったのですわ。」
屋敷に辿り着く直前のことを思い出し、シャルルは説明する。
「他の生徒が倒したんじゃないの?」
「それがその中に‥‥バジリスクもいたのですわ。」
「バジリスク?それってCランクの‥‥」
フィウルスは学園の講義で聞いた内容を思い出す。
バジリスクとは巨大な蛇の魔物であり、石化液や強酸、猛毒を吐き出す。
「ええ。Cランクともなれば、五星が集れは倒すことは出来るでしょう。でも、今は‥‥」
「そうか。班によって離れている。」
「その通りですわ。よって、そのバジリスクを倒した者は生徒ではないですわ。素材も丸々残っていましたので、手練れの冒険者の可能性も‥‥」
「だったら‥‥バジリスク以上の魔物が?」
「‥‥その可能性が高いですわ。一応、このことは教員に報告させていただきました。それで、本来は明日の昼過ぎに出発の予定を少し早めてもらいましたの。」
「そうだったんだ。」
フィウルスは確信する。感じた危険信号の正体は、そのバジリスクを倒した魔物であると。
「このまま何も無ければ、良いのですが‥‥」
シャルルはフィウルスと同じように、満月を見上げながらそう呟いた。
ぐしゃり。
目の前の魔物を粉砕する。
弱い。どれもこれも弱い。
その殺戮者は苛立つ。
ここにいる魔物は低級ばかり。戦いにもならない闘争に、殺戮者はうんざりしていた。
だが、そこでふと感じる。
山頂付近にたくさんの生命の存在を。
あれだけの数なら、自身と戦える者がいるかもしれない。だが、数が多すぎる。
そこで殺戮者はある行動をとった。
「ゴギャアアアアアァァァァッ!!!」
咆哮。
本能からの恐怖を呼び起こすその声を聞いた周辺の魔物達は、震え上がり逃げ出す。
山頂に向かって。
やがて恐怖心に煽られた魔物達は莫大な数となり、ひとつの巨大な群れとなる。
怪物行進。
殺戮者は魔物達をけしかけて、厳選することにした。
そして、ゆっくりと山頂に向かって歩き出す。
「っ!!」
何かがくる。それもとんでもない数の気配。
危険を察知したフィウルスは、シャルル姫に伝えた。
「シャルル。何か‥‥たくさんの何かが来る。」
「え?フィウルス?‥‥あ、あれは!?」
そして、シャルル姫もそれに気づいた。莫大な数の魔物達の行進に。
「み、みなさんを起こしますわよ!」
フィウルスとシャルルは屋敷内に駆け込んで行った。
緊急事態。
そんな叫び声によって、叩き起こされた生徒と教員達は、まず全員が集まれる広間に集合した。
「みなさん。落ち着いて聞いてください。」
中心人物であるシャルル姫が、事の説明を始める。
「怪物行進が起きました。魔物達は、この山頂を目指して来ていますわ。」
「ば、ばかな!」
「なんで、急にそんなこと!?」
怪物行進。
原因は多岐に渡る。脅威から逃げようとする魔物達が集う。魔族により統率された魔物達が引き起こす。ある魔物の群れの怒りを買ってしまった、という風に。
そして、それらが招くのは人々の死。
その死の数は、もはや災害といっても変わらない。
「‥‥武器を取って下さい。」
シャルル姫は静かに言い放つ。
「た、戦うんですか!?死人が出ます!」
だが、恐怖に怖気づいた者が悲痛な叫びを上げる。
「この山に生息している魔物は低級ばかり。わたくし達が力を合わせれば、乗り越えられます!」
「っ!!」
「ここにいるおよそ450名の生徒、そしてその中にはわたくしを含めた五星の者。さらに教員の方々にも参戦してもらえれば、打ち勝てますわ!」
勝てる、とシャルル姫は凛とした表情で断言した。
その姿に、先程まで恐怖で震えていた生徒達の目に光が宿る。
「そ、そうだよ。相手は低級ランク。」
「こっちには五星だっている‥‥。」
「教員だって手伝ってくれるんなら、」
やがて、徐々に彼らの言葉は熱を持ち始める。
「い、いける!勝てるぞ!」
「そうだ!魔物達なんて、一網打尽だ!」
「「「うおおおお!やってやるぞ!!」」」
「それでは、わたくしは『智将』に作戦を聞いてきますので、暫しお待ち下さいですわ。」
そう言って、シャルル姫は五星とメイリィがいる部屋へと入っていった。
「‥‥とりあえず、士気の方はなんとかなりましたわ。」
先ほどとは打って変わって、浮かない顔をするシャルル。
怪物行進に対して迎撃を選んだのは、逃走が出来ないためである。
この山頂に向かっている魔物達は、全方位から来ていると補足していた。
生徒達が散り散りに逃げた場合、とんでもない被害が出る、とメイリィから告げられたのである。
「それで、メイリィは?」
「今、入っているところです。」
シャルルの質問にティリアが答えた。
奥の椅子にはメイリィが目を瞑って座っていた。
「智聖 ファリナス」の加護を持っている彼女は、意識を深く沈ませて、あらゆる情報を精査、演算し作戦を立てる。多岐に渡る作戦をシミュレーションし、最適解を導く。
先ほどの逃走を選択した際の被害も、そのシミュレーションが出した結果であった。
数秒後、メイリィはゆっくりと目を開いた。
「‥‥導きました。」
「それで、結果は?」
「‥‥勝率は確実です。そして、こちらの死者率は‥‥1割。」
今回は魔物と人間の大軍同士の戦争と同義である。
その戦争で、確実な勝率と1割の被害は稀に見る大勝利である。
だが、
「1割。‥‥50人ほども亡くなってしまうのですわね。」
それを容認して、容易に歓喜の声を上げれる者はいなかった。
「‥‥はい。すいません。これが限界でした。」
「いや、むしろよくやってくれているんだ。そう落ち込むな。」
目を伏せるメイリィをティリアが励ます。
「‥‥あと15分ほどで、魔物達はここにくる。その作戦で行くしかない。」
犠牲は容認したくない。しかし、悩んでいる時間もない。
シャルルは表情を苦渋に歪めながら、決断した。
「‥‥その作戦でいきます。」




