第39話 動きだす影
ハーエン山脈の奥深く、日の出てる時間帯にも関わらず薄暗い一帯。そこでは夥しい数の死があった。
首がねじ切れた猟犬、バラバラになった子鬼、鋭利な何かで体を切り裂かれた血塗熊。
そして今、ズシンっと地を鳴らしながら倒れた魔物も、彼等の仲間入りとなって大きな血溜まりを作った。
数十メートルはあるであろう長く巨大な蛇。Cランクの魔物として、人々から恐れられている『バジリスク』は首と胴体が分かたれていた。
その殺戮者は静かに動きだす。敗者に興味は失せたとばかりに。
2メートルは超えているであろう巨躯。返り血を浴びたような赤い肌。所々に生えている鋭利な刺が生えており、それはまるで装甲のようであった。
捻れた双角に、鋭い牙。手先に生えている長い爪からは血が滴っている。
殺戮者は次の獲物を求めて彷徨う。本能の内から訴えてくる破壊衝動のまま。
やがてその姿は闇へと消えていった。
「こ、これは‥‥」
ハーエン山脈を踏破中のシャルル姫とその班員は息を呑む。
目的地まで残りわずかとなり、勢いよく進んでいた彼女らはその足を止めざるを得なかった。
無惨な姿に成り果てた魔物達の死骸。バラバラの手足が辺りに散らばり、そこら中に血の池が出来ている。
濃密な死の香り。
あまりの惨状に嘔吐する者までいた。
「いったい‥‥なにが?」
「ひ、姫さま‥‥あれ‥‥」
怯えながらもシャルル姫に声をかけた女生徒が指さしたのは、首と胴体が分かれている巨大な大蛇であった。
「ま、まさか。バジリスク?」
「う、うそだっ!?あれは確かCランクの魔物じゃ‥‥。」
班員達が悲鳴を上げる。
その気持ちをシャルル姫はひっそりと共感する。
彼女自身、その光景に冷や汗が止まらなかった。
今、このハーエン山脈の研修に赴いている生徒の中でバジリスクを倒せる者はいない。
無論、シャルル姫自身にも。五星のメンバー全員で力を合わせれば可能であろうが、バラバラの班に散った現状でそれはありえない。
腕の立つ冒険者がたまたま通りがかった可能性も脳裏に浮かぶが、それはないと判断した。冒険者なら、バジリスクの素材を放置するなど有り得ないことだ。
つまり、この惨状を作り出したのは魔物であり、その実力は最低でもCランク以上であるということだ。
「‥‥ここからは慎重に進みますわ。」
「ひ、姫様?」
「これの原因と思われる敵を捕捉した場合、全力で撤退に徹すること。いいですわね?」
「は、はい!」
一抹の不安を胸に宿しながら、シャルル姫の班は進んでいく。
(みなさんに‥‥何も無ければいいのですが‥‥)




