第32話 しゅ、淑女として
灯りがほとんどない山道を、エルシィは音を立てないように気をつけながら進んでいく。
辺りでは夜行性の鳥や虫の鳴き声が響き渡る。
(‥‥近くなってきた。あの人影ね。)
影感知で捉えていた人物にようやく追いついた。
エルシィは物陰に隠れながら後を追っていく。
(あまり近づいてもバレないようにしとかなくちゃ。)
その瞬間、エルシィの気配が希薄なものに変わった。
影隠れ‥‥それは他の影に溶け込み、自身の魔力、闘気、気配を完全に隠す技である。
(あれ?あの髪の色は‥‥フィウルス先輩?)
数メートルまで近づいた時、その人物の白髪に目がいく。その珍しい髪の色に心当たりのある人物は一人しかいない。
(なんで?こんな時間に、こんな山奥に‥‥まさかっ!?)
そこで彼女はフィウルスの置かれた状況と、今から行うであろう行為を予想する。
「混じり血」、「呪われた子」、「最底辺」と罵られる毎日。神呪によって制限され、まったく伸びない戦闘能力。そんな状況で生きるのに嫌気が差してもおかしくない。
(じ、自殺?ま、まさか‥‥そんなに気にしていたなんて。)
力も能力も無い彼を嘲笑っていた自分もいた。そして、あれほどの有名な人達と親密になっていることに嫉妬して意地悪もしてしまった。しかし、彼女は別に、フィウルスに死んで欲しいなどと望んでいた訳ではなかった。
(だ、だめよ。そんな‥‥)
今すぐ止めに行きたいが、何と声をかけたらいいのかわからずにいた。そして、何よりも怖かったのだ。知らずの内に自分も、言葉のナイフで他人を自殺するとこまで追い込んでいたという事実を知ってしまったために。
だが、そんな彼女の心境を他所に、フィウルスは目的の場所に辿り着き、立ち止まる。
(‥‥え?なに、ここ?)
そこは木々が生い茂った場所。奇妙なのは、木々の枝から紐が吊るされており、その先に石がくくりつけられている。無数な量が。
(たくさんの石が吊るされて‥‥ほんとに何をするつもりなの?)
エルシィの頭の中でハテナマークが飛び交う。
フィウルスは、無数に吊るされ石の中心に佇む。そして、「気」を開放した。
(っ!!?)
瞬間、フィウルスから巨大な力の波が迸る。
(な、なに、この圧迫感!?魔力でも‥でも闘気でもない?一体、何の力なの!?)
神呪によって制限されている筈のフィウルスから放たれる力の気配に、エルシィは驚愕する。
エルシィの存在に気づいてないフィウルスは、そのままいつも通りに鍛錬を始めた。
フィウルスが一つの石を弾くと、その石が別の石を弾いていき‥‥やがてその一帯は無数の石が飛び交うような状態になった。
飛んでくる石を、フィウルスは受け、捌き、弾いて、流していく。
(うそ?あの量の石を‥‥全部捌いてるの?)
その技量の高さに、エルシィは目を見開く。
知らない。こんなのは知らなかった。彼は、学園で最弱の男のはずだったのだ。それが、こんな力を隠し持っていたなんて。
弾かれた石はスピードを上げていき、縦横無尽に、不規則に襲いかかっていく。
しかし、未だに石の一つもフィウルスに当たった形跡は見られない。
(‥‥綺麗。)
そのフィウルスの流麗な体捌きに、エルシィは知らず見惚れていた。
「‥‥ふっー。」
およそ30分ほど続けた後、ようやく鍛錬が終わった。
(終わったみたい‥‥。こんな実力を隠していたなんて。でも、どうして?)
浮かび上がってきた疑問に、エルシィは思考する。しかし、
「ふ〜。暑いなー。」
鍛錬で体が温まったフィウルスは、上着を脱ぎ出して半裸になる。
(ちょ、ちょっと〜〜〜!!)
思わずエルシィは顔を手で隠す。これでもこの国で大きな力を持つ、公爵家の令嬢だ。上半身とは言え、殿方の裸を直視するのはまずい。淑女として大いにまずい。
‥‥のだが、今年で10の歳の彼女は、そちらへの興味が既に芽生えていた。要するに、おませさんなのである。
一応、手で顔を隠すという、淑女としての行動はとってある。なので、その指の隙間から見えてしまう分には、仕方ない。そう、仕方ないのである。
などと、勝手に自己肯定しながら、エルシィは指の隙間からフィウルスの体を見つめる。頬はもう真っ赤である。
(‥‥すごい身体。)
鍛錬を怠っていないフィウルスの身体は引き締まっており、程よく筋肉が付いていた。「気」へと変換している分もあって、つけすぎないように調整しているのである。
(綺麗。)
むさ苦しい筋肉達磨でもなく、頼りないヒョロヒョロでもないその身体つきは、まさに彼女の理想像であった。
(お、女の子みたいだと思っていたら、しっかり男らしいとこあるんですねぇ〜。ってことは、そっちの方も‥‥)
やがて変な方向へと思考が向かっている彼女は、視線をフィウルスの股へと‥‥
(って、そうじゃないでしょっ!!?)
危なかった。今の考えは、淑女がしてはいけないものだった。
もはや羞恥で顔は熱くなり、湯気が見えるほどだった。
そんな状態の中、エルシィはある物に目が止まる。
(ん?あの首飾り‥‥)
それはフィウルスが生まれた直後、母親から贈られた唯一の物である首飾りだった。
(もの凄く‥‥高価な物ね。たとえ公爵家としても、おいそれと手が出せないような‥‥。)
高価な物に肥えている彼女の目は、その価値を正確に見抜いていた。
(どうしてそれほどの物を?噂では、ウォルス公爵が戯れに手を出した庶民との子だったはず‥‥)
果たして、そのような者にあれほど高価な物を渡すだろうか?
再び思考に耽る彼女だが、フィウルスから言葉を投げかけられる。
「ん?‥‥誰か、そこにいるの?」
心臓が止まりそうだった。
(うそ?気づかれた?この影隠しを見破られたの?)
今までそんなことはなかった。だが、先ほどのフィウルスの動きと感じられた力の気配から、あり得ないことではないと、危機意識が警鐘を鳴らしている。
ゆっくりとこちらに近づいてくる足音。
(‥‥これは確定だ。)
エルシィは、これ以上は見つかると判断して影に飛び込んだ。
「あれ?気のせいかな?」
木の裏に回り込んでも、誰もいなかった。
フィウルスは首を傾げながら、再度鍛錬をすることにした。
「あ、危なかった〜。」
安堵のため息をつくエルシィ。
あの時、影移動を使って、マーキングしていた寮部屋に戻ってきたのである。
(それにしても、あの力はなんだったんだろう?)
思い返すと、不思議な点ばかりだった。魔力でも、闘気でもない力。
(彼に集っている先輩方は‥‥何か知っているのかしら?)
フィウルスと昼食をともにしている面々を思い浮かべる。
(ちょっと‥‥調査してみようかしらっ♪)
そう決断して彼女は布団へ潜り込む。
なお、その後フィウルスの半裸を思い出して、中々寝付けなかったのは彼女だけの秘密である。




