第8話 ハワード公爵家の屋敷
アスタルシア国の王都より南へ、馬車で3週間程かけた位置にハワード公爵領は存在している。
豊かな自然に囲まれ、人々の往来も盛んなハワード公爵領は王国の中でも特に栄えている。
(これが、ハワード家の屋敷‥。大きいな。)
ウォルス公爵達に連れられて、フィウルスは屋敷の前で呆気にとられている。
「さあ、フィウルス。これからはここが君の家だよ。」
そう言ってウォルス公爵は屋敷に近づくと、屋敷の大きな門が開かれた。その先には数十人のメイドや執事達が、整列して待っている。
「「「おかえりなさいませ。ご主人様。」」」
全員が声を揃えて、腰を深く曲げた。
「うむ。みんなご苦労。私達が留守の間、変わりはないか?」
ウォルス公爵が問うと、執事の中で一番位の高そうな老人が前に出て答える。
「ありがとうございます。こちらは特に変わりはありません。ご主人様と奥様、それにサファお嬢様も長旅お疲れ様でした。それと、そちらのお方はお客様でしょうか?」
「アラナン、いつもありがとう。この子はフィウルスという。訳あって養子としてハワード家に迎えることになった。この子も、私達家族の一員になる。」
「おや、そうでしたか。畏まりました。フィウルス様、ハワード公爵家の執事長を務めております、アラナンと申します。今後ともよろしくお願いします。」
執事長アラナンは、突然フィウルスが養子だと聞かされても動じずに丁寧に挨拶をする。
「い、いえ!こちらこそ、よろしく、お願いします!それと、様なんてつけなくても大丈夫ですので!」
ちなみにフィウルスの拙い話し方は、馬車の中でウォルス公爵達と話してるうちに少しずつ改善されていた。
「いいえ。私たちは仕える者ですので。申し訳ありませんが、それを曖昧にすることは出来ませんので‥。」
「あ、わ、わかりました。」
「アラナン、詳細については後で説明する。ひとまず、フィウルスの服や必要な物を用意してやってはくれないか?」
「かしこまりました。メル!フィウルス様を部屋に連れて、服を用意するように。」
「はい。」
呼ばれて出てきたのは、18、19歳ぐらいのメイドだった。
「それでは、フィウルス様。こちらへお願いします。」
「フィルー!また後でねー!」
「メルー!私も後で向かうから、フィルちゃんをよろしくねー!」
ちなみにフィルというのは、フィウルスの愛称である。馬車の中でサファが提案し、マリー夫人がそれに乗った。
連れてこられたのは、大きな姿見用の鏡のある部屋だった。
「ハワード公爵家に仕えるメイドのメルと申します。年は18歳です。よろしくお願いします。」
「フィウルスです。よろしく、お願いします。ええっと、5歳です。」
改めて自己紹介をしあった後、メルはフィウルスの服を用意しに行った。
(自分が男だって伝えたら、信じられないような目をしていたな。そんなに女の子っぽく見えるのかな?まあ、髪の毛は確かにちょっと長いけど‥‥)
それだけが問題なのではないが、残念ながらこの男は自覚をしていなかった。おそらく、先程いた執事やメイド達の半数は女だと思ったはずである。
(でも、メイドとして淡々と仕事をこなすというよりは、張り切って服を選びにいってたような‥。)
フィウルスがそう考えこんでいる内に、
「お待たせしました、フィウルス様。まずはこちらの服を着て頂けませんか?着替えるのはあちらでしてください。」
「あ、はい。わかりました。」
渡された服を持って、洋服屋の試着室のようにカーテンで覆われたスペースに入る。
「あ、あの‥メルさん?」
カーテンから顔だけ覗かせたフィウルスが問いかける。その顔は若干赤い。
「何でしょう?」
「こ、これ。女の子用の服じゃ‥‥」
「見せてください。」
「え!?えっ、ちょ、待っ!?」
有無を言わせずにメルはカーテンを開ける。
そこには、純白のワンピース姿をしたフィウルスがいた。
「あ、あんまり見ないで下さい!?」
「‥‥すばらしい。」
小声で呟いたメルの言葉は、恥ずかしさで頭がいっぱいのフィウルスには聞こえていなかった。
「‥‥申し訳ありません。現状、サファお嬢様のお下がりしか用意出来ず‥‥。しかし、大変よくお似合いですよ?」
「いや、でも僕はおとこ‥‥」
「あら、早速遊んでいるのね〜?」
扉を開けて現れたのは、マリー夫人である。
「奥様。遊んではいません。男児用の衣服がございませんので、止むを得ず‥‥」
「ふふ。そういうことにしてあげるわ、メル。フィルちゃんは可愛らしいからね〜。私も着せ替えに協力するわ〜。」
「奥様もお好きですね。いえ、わたくしは仕事ですので。まったく私情はありません。仕事ですので。」
二人で意気投合してタンスから様々な衣服を引っ張り出す。それはどれも女の子が着るような‥‥。
「さあ、フィルちゃん。次はこれを着てみてね。」
「では、その次はこちらを。他にも用意しておりますので。」
フヒヒ、と笑う二人に詰め寄られ、抗えないフィウルスは着せ替え人形にされてしまった。
フィウルスが遊ばれているのと同時刻、自室に腰を降ろしたウォルス公爵は、執事長のアラナンを呼び出し、事の経緯を説明していた。
「なるほど‥‥。そのようなことが‥‥。」
「ああ。おそらくあのまま一人で生き抜くことも出来るのであろうが、5歳のこどもを一人で山奥に放置するのは流石にな‥‥。」
「わかりました。しかし、気になりますな。魔力や闘気を感じさせず、空を舞うとは‥‥。」
「確かに気になる。物心がついたときにはひとりで山奥にいたと言っていたしな‥‥。」
生まれたての赤ん坊が山奥で生きぬけるような事は有り得ない。そこに違和感を感じる二人だが、
「これから知っていこう。サファの命の恩人でもあるし、信頼は出来る。それに、あの子はもう私達の家族だ。」
「はい。そのように。」




