会敵
「裏山を見たい、ですか?」
「ああ」
家から戻ってきたわたしに、ベルナールさんは裏山を見せてほしいと頼んできた。
「実況見分ってやつだ」
「?じっきょー…」
「あー…現地を見てその時の状況をたしかめるんだよ。って言えばわかるか?」
「あ、はい!わかりましたすみません!」
(本当は実況見分の意味わかってるけどね…)
怪しまれないためにも、まだ年端もいかない少女らしく難しい言葉はわからないふりをすることが多い。幼い頃からするようにしていたこのふりはすっかり板について、怪しまれることもない。
「けど、リュウは大丈夫なの?自分が殺されそうになったところに行くって辛くない?」
「お気遣い感謝します。ですが平気です。かなた様とともにあれるのであれば」
「だそうだ。リュウは詳しい場所を覚えてないから、君に案内してほしい。頼めるか?」
「でもわたしも正確な場所覚えてないですよ?」
「大体のところで良いんだ」
「…わかりました!ちょっと待っててください、おばあちゃんに話してきます」
そのついでにいつものリュックを取ってこよう、とわたしは再び家に戻った。
「お待たせしました!」
「ん?なんだそのリュック」
「ポーションとか入れてるんです。おばあちゃんが裏山に入る時、絶対持ちなさいって」
「そうか、準備が良いな。俺達が怪我した時も回復頼めるか?」
「もちろんです!」
「それじゃあ行きましょうか」
わたしたちは三人並んで裏山の中に足を踏み入れた。
『うーん、やっぱり森の中は落ち着くなー!』
わたしの頭の中で凪砂の声が響く。
『そうだねぇ』
わたしは気づくと、いつものように鼻歌を歌っていた。
「ここにはよく来るのか?」
「そうですね。薬草採りに来たりとか、あと食材を狩りに来たりとかしてます」
「魔物と戦うこともあるのですか?」
「たまーにね!でもそんなには戦わないよ。わたしそんなに強くないし。魔法の才能もないからさー」
本当はがっつり戦ってるけどね、とは言わないでおく。わたしは表向きは普通の女の子なのだ。普通の女の子は、魔物と戦って無傷で済まないのだから、そんなに戦わないと嘘を吐いた。
「えーっと、この辺りですね。あ、血痕残ってる。やっぱりここです!」
「…そうか」
幸いにも、リュウを見つけたところまで行く途中、魔物と遭遇しなかった。二人が少し残念そうにしていたので、わたしは首を傾げた。
(よっぽど戦いたかったのかな)
「それにしても、今日はずいぶん静かですね。魔物も全然出てこないし」
「嵐の前の静けさでないと良いのですが」
「おいおい、リュウ。あんまり不穏なこと言うんじゃー」
ズンッ
その瞬間、地面が揺れた。
「な、なに!?」
後ろを振り向くと、液体の入った袋が体中についた巨大な蜘蛛が立っていた。
「あれは…!」
「メルトスパイダー!?なんで災害級の魔物がここに…!」
「災害級って…」
災害級の魔物。それはいるだけで辺りに被害を撒き散らすとされている、非常に危険な魔物だ。災害級と遭遇すること。-それは死を意味している。
「リュウ、かなたを連れて逃げろ」
「はっ」
「えっ!?そんな、ベルナールさんはー」
「俺なら平気だ。あいつと何度か戦ったこともあるしな。-さあ、行け!」
リュウは私を抱えると、一目散に逃げ出した。
「リュウ、何してるの!?ベルナールさん置いて逃げるなんて…!」
「逃げるわけではありません、かなた様。貴女を一度被害の及ばないところに避難させた後、僕もベルナール様に加勢します」
「!」
ーそうだ、わたしは普通の女の子だと思われてるから…。
だからわたしだけ安全な場所に置いていかれるんだ。ベルナールさんはわたしを逃がすために、災害級に指定されている危険な魔物に一人立ち向かって。リュウは怖くて震えてるのに、わたしだけを逃がしてまた戦いに向かって。
ーそれなのにわたしは、安全な場所で見てるだけ?戦う力があるって言うのに?
一人置いていかれたわたしは、頬を軽く叩き気合いを入れた。
「…よし!」
わたしは首に掛けていたヘッドホンを耳に当てた。