始まり
眠っていると、とんとんと静かに階段を上る音で目が覚めた。それほど大きくない音なのに耳についたのは、眠りが浅かったからだろうか。わたしが体を起こしたところで、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
「入るわよ」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、わたしの実の祖母の堤ひまりだった。おばあちゃんはわたしと目が合うと、優しく微笑んだ。
「起きてたのね」
「うん、なんか目が覚めちゃって」
「朝ごはんできてるわよ。支度してらっしゃいな」
「はーい」
わたしは着替えた後歯を磨くと、ダイニングに向かった。おばあちゃんお手製の朝ごはんがテーブルの上に並んでいる。今日もおいしそうだ。
「いただきます!」
わたしはスクランブルエッグやご飯を勢い良く口に運び始めた。今日もおばあちゃんのご飯がおいしくて幸せだ。
「ふふっ、かなちゃんは朝からよく食べるわねぇ」
「それだけおばあちゃんのごはんがおいしいの!」
「あら、嬉しいわ。おばあちゃんのミカンあげる」
「わーい」
おばあちゃんからミカンを受け取り、牛乳の入ったコップの傍に置く。もぐもぐ食べ進めるわたしをにこにこ見ていたおばあちゃんは、そうだ、と口を開いた。
「かなちゃんにね、お願いがあるの」
「なにー?」
「ちょっと裏山の様子を見てきてほしいの。なんだかいつもより騒がしい気がするのよ」
おばあちゃんは長く生きてるだけあって、人より何か異変を感じ取る力に優れてる。そんなおばあちゃんが気にしてるのだから、何かが裏山で起きてるのかもしれない。
「うん、わかった。わたしにまかせて!」
「お願いね。あ、ご飯はゆっくり食べるのよ。別に急いでるわけじゃないから」
「むぐっ」
「ああ、言わんこっちゃない…」
早速ごはんをのどに詰まらせそうになったわたしの背中を、おばあちゃんは優しくさすってくれた。
「よっし、準備万端!行ってきます!」
わたしはヘッドホンを首に掛け、おばあちゃんから渡された薬草やポーションの入ったリュックを背負い裏山に向かった。裏山は、出くわす頻度はそんなに高くないけど魔物が出ることがある。今回もたぶん魔物の出現による異変だろう。その度に、おばあちゃんは国の魔法騎士団ではなくわたしに様子を見るよう頼んでくる。
「わたし強いからなー。仕方ないなー」
ふっふっふ、と笑いながら進み、ヘッドホンを耳に当てる。
「ー凪砂」
そう名前を呼べば、彼はすぐにわたしの意図を汲み取り、わたしに憑依した。緑の忍者服の上に白衣を纏った少年の姿に変わったわたしは、鼻歌を歌いながら木に向かって跳んだ。すると間一髪のところ、わたしのいたところにエネルギーでできた矢が飛んで来た。
「おっほ、あっぶねー」
姿を現した狩人のような姿の魔物に向かって、毒を仕込んだナイフを放つ。ナイフは見事的中し、魔物は毒で苦しみながら息絶えた。
「ごめんなー。でも、これも自業自得ってことで」
わたしは木から下り、その場を後にした。
「ん…?」
風に乗って、血の匂いが漂ってきた。わたしは憑依を解き、前髪で隠れている右目に手をかざす。スマホをフリックするように手を動かすと、右目からカチッという音が四回鳴った。
「あれとか良いかな」
わたしは近くに生えていた毒消し草と血止め草の目を合わせた。その瞬間、草はシュンっと音をたてどこかに転移し、その場には緑色の液体と青い液体がそれぞれ入った二本の小ビンが残される。わたしはそれを拾ってから、風を読んで血の匂いの発生源に向かった。
草木をかき分け進んでいくと、樹の幹に寄りかかるようにして倒れている少年を見つけた。魔法騎士団の制服を身に纏った少年はボロボロで、新人を表す白い制服が血で赤く汚れてしまっている。近くに寄ると、ヒューヒューという呼吸音が聞こえ、息も絶え絶えなことがわかる。
「大丈夫ですか?」
「…」
声をかけても反応がない。わたしはまず止血剤を飲ませてから、ポーションを流し込んだ。しばらくすると薬が効いてきたのか、傷がふさがって息も安らかなものになってきた。わたしは少年の肩を抱くと、少年の体を半ば引きずりながら裏山から出た。
「ただいまー」
「おかえり、かなちゃん。どうだった…って、その人は?」
「倒れてた。手当しよ」
「ええ、そうね」
わたしとおばあちゃんは少年が目を覚ますまで看病を続けた。