21−40 くれぐれも、竜女帝様を頼みます
「ギノ、ギノッ!」
「えっ? どうしたの、エル……って! 竜女帝様がこんな所まで降りてきちゃ、ダメじゃないか!」
「ムゥ〜……」
分厚い魔力の渦を乗り越えて。ドラグニール様と一緒に、ようやく人間界の大地を見下ろしているけれど。そんな中……竜王城でお留守番だったはずのエルが、いつの間にか僕の後ろにまでやってきている。
「こんな時に、ワガママを言わないで。今の僕達はドラグニール様をお守りする役目を仰せつかっているんだよ。……そこに竜女帝様まで来ちゃったら、君も守らないといけないじゃないか……」
「ヴっ……そ、そうだよね……。ギノが守ってくれるから、いいもん……はダメだよね……」
以前と違って、勝手なことを言い切らなくなったのは、エルも成長した……という事なんだろうけど。だけど、やっぱり後先考えずに行動してしまう癖は抜けないみたいで。もぅ。僕はともかく……みんなにも迷惑をかけるかもしれないって、どうして気づけないんだろうなぁ……。
(しかも、こんな場所まで降りてきちゃったとなると……あぁ。帰ってもらうのも、大変かも……)
竜界全体の降下はドラグニール様のお引っ越し(ユグドラシルとの融合)が済んでから。竜王城も、父さまのお屋敷も……全部全部、竜界の大部分はまだまだ遥か上空に残ったままだ。しかも、竜界全体の移動は風属性の竜族達による転移魔法で一瞬、らしい。マハ様曰く、風属性の竜族が力を合わせれば、人間界丸ごとだろうと移動させられるんだって。……それはそれで、途方もない話だけれど。今回はそこまでの規模でもないし、そんなに苦労しないと思う……なんて、いつもの調子でマハ様は軽やかに言っていたっけ。
そんな事情なものだから、既に雲海を抜けたこの場所にエルがいる時点で、帰りも相当に時間がかかってしまうこともすぐに予想できる。でも、このまま一緒にいてもらうのは、ちょっと厳しいと言うか……。
「ごめんね、ギノ。でも……私、ユグドラシルちゃんに呼ばれたの。だから、ここまで来ちゃった……」
「えっ? エル、ユグドラシルに呼ばれているの?」
「うん。……ユグドラシルちゃん、今とっても頑張っているみたいなの。だけど、ユグドラシルの女神様になろうとしているピキちゃんが、無理をしているみたいで……。だから、応援に行ってあげたいの……」
きっと、僕が困っているのにも気づいたんだろう。純白の本性の姿で、エルがしょんぼりと俯く。
(でも……エルは防御魔法は使えるとは言え、攻撃魔法は使えないし……。それに、エルの場合はその防御魔法も頼りないと言うか……)
炎属性の魔法は攻撃に特化していて、用途の偏りが顕著な部分がある。だけど、エルはその攻撃魔法は一切使えない。補助魔法はそれなりに使えるみたいだけど……炎属性は補助魔法もどちらかと言うと、攻撃重視と言うか……。確か、殆どが攻撃補助の魔法が占めている一方で、防御魔法は数えるほどしかなかったはずだ。
(どうしよう……)
この状況でエルだけをユグドラシルに向かわせるのは、無謀な気がする。まだドラグニールも含めて、僕達が攻撃を受けることはなかったけれど……向こうに見えるグラディウスが姿形を変えて、こちらを睨んでいるらしいのも、今なら分かる。……多分、今度こそ「彼女」は僕達を狙って、攻撃を仕掛けてくるだろう。そんな霊樹の攻撃に対抗するのに、エル自身の防御魔法だけではかなり不安だ。
「……ギノ様。あなた様は、竜女帝様と一緒に行ってあげて下さい」
「えっ?」
「大丈夫ですよ。エレメントマスター不在時は、私達がしっかりと大主様をお守りします!」
「そうですよ! こちらはこれだけの頭数が揃っているんですから! 少しくらいは平気ですって!」
きっと、僕が困っているのにも気づいてくれたんだろう。他の地属性の竜族達が是非にエルに付いていってやれと、提案してくれる。しかも、とっても素敵な笑顔で。
「確かに、これだけ人数がいれば、僕が抜けても平気ですよね……。うん、分かりました。……申し訳ないのですけど皆さん、僕はエル……じゃなかった、竜女帝様の護衛に行ってくることにします」
言われてみれば、僕が抜けたところで……防衛にはそんなに穴は開かない気がする。ドラグニール様の護衛で一緒に来てくれた竜族はみんな、地属性の上級クラス。メンバーはどうしても、メスの方が圧倒的に多いけれど。人数も申し分なければ、全員が大きな体にビッシリと緑の鱗を纏っている。僕達は体が大きければ大きい程、魔力を溜められるから、竜族の大きさは強さの指標にもなる。その事からも、ここにいる竜族は最高レベルの精鋭達に違いない。周りを見渡せば……そもそも、僕よりも体が小さい相手を探す方が難しい。
「みんな、ありがとう……! それじゃ、ちょっとギノを借りるね!」
「はい、お気をつけて! それと、ギノ様」
「はっ、はい!」
「くれぐれも、竜女帝様を頼みます。将来も含めて……ね」
「はい……って、えっ?」
見れば、深緑色のお姉さんの言葉にみんなクスクス笑っている。そして、満足げにニコリとエルが牙を見せるけど。……なんだろう。大主様のお言葉があったせいか、今度は竜界ぐるみで囲い込まれている気がする……! 僕はまだ恋すら、知らないんだけど……!
「えっと……そちらに関しても、できるだけ頑張ります……」
「ムゥ〜! ギノはいつも、そうじゃない! できるだけ、はいらないの!」
「そ、そんなことを言われても、急には無理だよ……! と、とにかく! 僕達はユグドラシルの所に行ってきます! 皆さん、しばらく頼みます!」
ちょっと強引に話を切り上げて、エルを促すけれど。……本性の姿でも器用に頬を膨らませるエルに、僕は別の不安を募らせてしまう。もぅ……竜族の女の人はどうしてこんなに強引なんだろう……。今はそんな事を不安がっている場合じゃないのは、よく分かっているのだけど。僕、こんな調子でエルと上手くやっていけるのかなぁ……なんて、やっぱり心配になるんだ……。