21−39 ウチのポンコツ悪魔がやらかしまして
「あなた、お帰りなさい。それで……ダンタリオン様の魔法、どうでした?」
「……魔法は問題なさそうだった。ダンタリオンはともかく、兄貴がしっかりしているし。奴の抜けてる部分はフォローしてくれているみたいだから、魔法の発動までは持っていけるっぽい」
「そ、そう? その割には、なんだか浮かない様子だけど……?」
常々、面倒見のいい真祖様は配下のチェックも抜かりない。単身、ダンタリオンの新魔法準備の状況を見に行っていたマモンが戻ってくるが、いつもながらにバッチリ懸念事項を持ち帰ってきた模様。魔法の出来は問題なさそうだと言う割には、リッテルがおっしゃる通り「浮かない雰囲気」を醸し出していらっしゃる。
「あぁ〜、すみません。大天使の皆様含め、天使ちゃんサイドにご報告がありまして……」
そうして、更に疲れたように深ーいため息をついた後、ご報告があるとマモンが萎れた声を出すが。……一体、何があったんだろう……?
「ハイハイ、ご傾聴願いまーす。実は……とうとう、ウチのポンコツ悪魔がやらかしまして。お宅さんのリヴィエルちゃんをお嫁さんに頂きました。奴が変な方向に暴走した時は、俺が責任を取りますんで……今後とも、よろしくお願いいたします」
「えっ……?」
そうして何故かご本人様ではなく、強欲の真祖様が「おめでたい事」のご報告くださると同時に、素直に大天使様3名にペコリと頭を下げるけど。
……そうか。ミカエリスさん、とうとうリヴィエルと一緒になったんだ。しかし、このタイミングなのか? マモンの突然のご報告に、流石のルシエルも目を丸くしているじゃないの。
「マモン……それ、大丈夫なんだよな? と言うか、お前も止めなかったのかよ?」
言っている側から、失礼だとも自覚しつつ。リヴィエルはともかく……世間様から浮きに浮いているミカエリスさんに、お嫁さんと愛を育む器用さがあるとは思えない。……なんだろう。リヴィエルの苦労が目に浮かぶようなんだけど……?
「俺だって、大丈夫じゃないと思うから、必死に止めたんだぞ? そういう大事な事はサクッと決めるべきじゃないし、決断を早まるな……って」
ですよね〜。マモンはミカエリスさんの暴走具合を、よ〜く知っているはずだし。止めないはず、ないよな……。
「でも、さぁ……ミカエリスもリヴィエルも、なーんか俺の事をお邪魔虫扱いしてくるし。俺が必死になればなる程、逆効果っていうか……」
「あぁ〜……そういうこと……」
障害があればある程、燃え上がるのが恋というものらしい。恋は盲目、愛は情熱。しかし……一気に燃え上がった恋は、愛(慣れとも言う)に変わった瞬間に冷める速度も早かったりすることもあるようで。2人の愛がそのタイプではないことを、ただただ祈るのみだ。
「まぁ……なんて、素敵なのかしら……!」
「うむ……。私も非常に羨ましいぞ……!」
戦場でめでたく結ばれた2人に対し、ラミュエルとオーディエルはもちろんのこと、その場にいた天使様達からもジェラシーのため息が漏れる。天使様側は概ね、リヴィエルの婚約に肯定的な様子だが。……きっと、ミカエリスさんの破天荒さを知り尽くしているんだろう、マモンとリッテルに加えて、一緒にくっついている小悪魔ちゃん達も微妙な顔をしている。
「……パパ、ミカエリスしゃまって、あのミカエリスしゃまでしゅよね?」
「……そうだな。あのミカエリスだな」
「ミカエリス様にも、ママがいたんですかぁ?」
「みたいだぞ」
「でもぉ……ミカエリス様、ちょっと変な人ですよぅ」
「それは俺も認める。あいつは純度100%の変人だ」
「ミカエリス様、パパになるです? 大丈夫なのです?」
「少なくとも、俺は大丈夫だと思わない」
「え、えぇ……私もちょっと心配だわ……」
ヒソヒソと小声でやりとりした後、一斉に不安顔を加速させるマモン様ファミリー。そんな彼らを尻目に、何やらミカエリスさんの事を知っているらしいジェイドまで乗っかるもんだから。今度は別の角度での不安要素が増えた気がするぞ……?
「あぁ……ミカエリスさん、超奥手っすからねぇ……。ウチに来た時も、女の子に触れるのもおっかなびっくりでしたし、トークスキルも微妙でしたし……。確かに、不安っすね。この先、お嫁さんを落胆させなきゃ、いいっすけど」
「うふふ……それはそれで面白いじゃなーい!」
そして、今度は興味津々とばかりにアスモデウスが話に加わってくる。……この流れ、このまま続けてて大丈夫かな。それでなくても、アスモデウスは面白半分でとんでもない事を言ってくるし。
「どうせ、両方とも“初心者”なんでしょうに。飽きちゃったら、ウチに遊びに来ればいいのよ。ついでに、2人一緒にテクニックを磨けばいいじゃない」
初心者って、ナニの初心者かな? そんでもって、飽きちゃったらって……それはどっちに対してのお言葉なんでしょうか……?
「大体、天使ちゃん達はウブすぎるのよ〜! そんなんじゃ、ウチの子達にテクニックも、アピールポイントも敵わないわよ〜? だから、ひと段落したらお嫁さんとやらも一緒に、ウチに来たらいいじゃな〜い。もちろん、天使のお嬢さん達にも秘密のテクニック、バッチリ教えてあ・げ・る♪」
「アスモデウス、それはちょっと違うんでない? この場合、焦点になるのはミカエリスの奥手加減であって、天使ちゃん側の問題じゃないと思う。だから、天使ちゃん達にテクニックを伝授するなんてことは、必要なくて……」
なーんて、マモンがアスモデウスの「ご提案」を諌めようとした、次の瞬間。彼の声を大音量で遮って、「弟子入り」をご希望される天使様達が殺到し始める。
いや、ちょっと待って。あの節操なしのアスモデウスだって「ひと段落したら」って、注釈入れてるぞ? それなのに、この盛況ぶりと来たら。……天使様達って、本当に恋愛関連にだけは必死になるんだよなぁ……。
「アスモデウス様みたいに、ゴージャスになってみたい……! 是非、お願いしますッ!」
「私もテクニックを習得したいですぅ!」
「まぁまぁ、そうなの? 天使ちゃん達はみんなウブで奥手だと、勝手に思っていたのだけど。ウフ。お嬢さん達も意外と乗り気なのね?」
「みたいですよ? ま……アスモデウス様を前にしたら、憧れない方がおかしいっすけど」
「あぁ、それは確かに。ただ……アスモデウス様を目標にするのは、ハードルが高すぎるんじゃ……」
「ま、それはそれ。何事も、目標は高い方がいいと思うっすよ」
「なるほど……向上心は確かに大事だよね」
もぅ〜……ジェイドとオスカーも、アスモデウスを持ち上げるような事を言うんだから……。インキュバスの見目麗しいお兄さん達が太鼓判を押したら、天使様達の目標がアスモデウス仕様に設定されるじゃないか……。
「……何つーか。本当に、大丈夫かな……こんな調子で」
「絶対に大丈夫じゃない気がする。天使様方がアスモデウス仕様になるなんて、悪夢でしかないぞ……って、ルシエル? どした?」
既婚者はガンチューにありません。そんな勢いで、押しのけられた俺とマモンとでヒソヒソと話をしていると、いつの間にか戻ってきたルシエルが左肩でしょげているのにも気づく。
「……いつもながらに呆れさせてしまい、申し訳ありません……」
「いや、これはルシエルちゃんのせいじゃないと思うけど……。しかし、お前さんも本当に苦労するよな……。お互い、変な部下を持つ者同士、話くらいは聞いてやっから。……そう、肩を落とすなって」
「はい……面目ございません……!」
何故か強欲の真祖様に慰められ、グスッと涙を拭うルシエル。最後にパフっと俺の耳に顔を埋めてくるけど、ズビズビと鼻を啜る音がダイレクトに聞こえてきて、これまた切ない。
(あぁ……ここ、本当に戦場なんだよな? 緊張感がどうしても抜けちまうんだが……)
キャイキャイと黄色い声が遠くに聞こえる気がする、砂漠の上空。今はそんな事をしている場合じゃないのに、天使様達は恋愛まっしぐらの頼りない状況。しかし、あまりに場違いなお気楽ムードがそうそう続くはずもなし。彼女達のホニャっと加減に叱咤を入れるが如く……今度はルシファーが戻ってきた。気難しい表情を崩さないのを見ても、何やら新しい任務を拵えてきたようだけど。その前に、この惨状を見て……ルシファーのご機嫌は大丈夫かな……?
「戦いに備えておけと、確かに各員には伝えてあったが……これは、どういう状況だ? 何の冗談で、こんなことになっている……?」
元々険しい表情に、バキバキっと眉間に皺を刻む天使長様。あっ、これは……なんだか、ヤバい気がする……!
「お前達ッ! 何を腑抜けたことをやっておるのだ! 周りを見ろ! この戦場において、色恋沙汰に精を出している場合ではないだろうに! 悪魔達も呆れに呆れておるぞッ⁉︎」
……いくら空気が読めないルシファーでも、熱気ムンムンの迷走空気は過敏に感じられるらしい。明後日の方向に英気を養った天使様達に、偉大なる天使長の雷が激しく連続で落ちたのは……もちろん、言うまでもない。




