21−30 脳筋の本領
アリエルとセフィロトが再会によって、互いの最終目的への意欲を再確認している頃。仮初の玉座で項垂れるグランディアを尻目に、ようやく「ごくごく普通の体」を取り戻したプランシーは随分と遠回りしてしまったと、嘆息する。
《手を取り合える相手を取り違えてはいけない》
手を取り合える相手……か。今の自分の手を取ってくれる相手が果たして、どのくらいいるのだろうと訝しんでは、コランドは脳裏で執拗に繰り返される言葉に辟易してしまう。
それはかつて、片割れの「コンラッド」が調和の大天使を認めた時の言葉だが。もし、「コンラッド」の方にも相手の選定を任せていたのなら、取る手を間違えずに済んだのだろうかと、プランシーは今更ながら考えずにはいられない。もしかしたら、ここまで「余計な苦労」を抱え込むこともなかったのではなかろうか。
(まぁ、それも既にどうでもいい事ですね。私はセフィロト様の元で、新たな世界に羽ばたくのですから)
純白から漆黒に逆戻りした翼を、クシクシと満足げに羽繕いするプランシー。少し前までは、羽繕いしようものなら嘴や舌さえも傷つけそうだったが。見慣れた艶やかな濡羽色の光沢に、自惚にも似た高揚感を抱かずにはいられない。しかも……。
「ふふ……オマケで若返らせてくださるなんて。本当に“真の神様”は器が違いますね。あなたもそうは思いませんか? ……元・女神様」
「貴様……! これ以上の侮辱は許さんぞ! 私を誰だと思っている! 身を弁えんか!」
「おや、檻の中から凄まれたところで、怖くもなんともありませんよ。それどころか……クククッ、あなたの方こそ身の程を弁えるべきかと存じますが」
「……!」
既に「自分の物」だと錯覚しているカレトヴルッフを振るい、器用に檻の中のグランディアに斬撃を与えるプランシー。ザクッといかにも残虐な音が響いたかと思ったら、グランディアの右腕がものの見事に落とされている。
「き、貴様ァ……!」
「……ふむ、まだ懲りませんか。本当に諦めと頭の悪さだけは、天下一品のようですね? ……まぁ、いいでしょう。私はセフィロト様に呼ばれているのです。急ぎ、新しい玉座へと参上せねばなりません。……あぁ、そうそう。そちらの手土産はそのままにしておきますよ。私には彼に恨みはありませんし。……きっと、お目覚めになったら、自らの足でお帰りになる事でしょう。鳥類の帰巣本能は、それなりに頑固ですから」
そうして、チラリと未だに目覚めないヤーティを一瞥し……彼が元の状態で帰れるのかどうかは、未知数だとプランシーは首を振る。苦しげな昏睡を続ける彼の様子を見ていても、ヤーティが苛まれている悪夢はちょっとやそっとのものではなさそうだ。
「いずれにしても、ごきんげんよう……元・女神様。この先の悪夢が少しでも、あなたに優しいものだといいのですが」
明らかに心にもない事を言い捨てて、プランシーが足早にグランディアの元を去っていく。老人の姿からはかけ離れた美丈夫となったプランシーは、姿だけではなく、気概さえも若々しさに満ち溢れている。口調こそ、重々しいままであったが。彼の瞳に映る希望の色を見せつけられて、真逆の境遇に落ちたグランディアは歯噛みすることしかできなかった。
***
「放せ! 放せ、馬鹿者ッ!」
「だから、落ち着けって! こんな所で焦っても何もいい事、ねーからッ!」
「うるさいッ! 貴様には分からんのだ……ヤーティが俺にとって、どんなに大切な存在か……!」
「んな事、言われなくても、分かってるしッ!」
サタンにとってヤーティは誰よりも怖い相手であると同時に、何よりも信頼していた腹心中の腹心。そんなナンバー2が攫われてピンチともなれば、飛び出したくなるのもよく分かる。そして……そんなサタンの沸点の低さも、よく分かっているはずだったけど。怒りを力に変換したこいつを無傷で抑えるのは、かなりの難易度だ。
(しかも……この状態になると、サタンは魔法を受け付けなくなるんだよなぁ……)
サタンは魔法が不得意とされていて、実際にそれは本人も認めているところだけど。その反面……こいつは怒りに飲み込まれ切ると、厄介なことに魔法防御力まで格段に上がる作りになっている。……どうもサタンは器が極小なせいで魔力を大量に取り込めない分、魔力から受ける影響も最小限になるらしい。そこに本来の強靭な肉体と、怒りと一緒に炎に包まれる特性が重なっちまうと……こいつは熱暴走している間、魔法に対して無敵になるから恐ろしい。
(だから、結局は力ずくで抑えるしかないんだが……って、熱ッ⁉︎)
オイオイオイ……! 熱暴走に入るの、早過ぎだろ! もう火だるま状態とか、どんだけ沸点が低いんだよ!
(あぁ、もう! こうなったら、雷鳴で痺れさせる……いや。相性も微妙だし、さっきも丸焦げにしかできなかったし……鎮静化は望み薄か。かと言って、十六夜を使ったんじゃ、サタンが死んじまうし……)
武器もダメ。魔法もダメ。となると……あっ、そうだ。ここは相性もバッチリな特殊器官でクールダウンしてもらうのが、手っ取り早いか。
「リッテル! 悪いんだけど、至急ハーヴェンを呼んできて!」
「は、はいっ!」
「で……オーディエルさんは一緒にサタンを思いとどまらせるのを、手伝ってくれ!」
「もちろんです! サタン様! お願いですから、今は堪えてください……!」
「うるさい、うるさい……うるさいッ! うるさいぞ、お前らッ! 俺はヤーティを何が何でも、助けに行くッ‼︎」
ったく、こんな所で脳筋の本領を発揮しなくても、いいだろ……? 愛しのオーディエルさんの言葉も届かないとなると……本格的にヤバいぞ、これは。
「全く……今飛び込んでいったら、死にに行くようなもんでしょうに! あぁ、もう! ジェイド、オスカー! あんた達もボケっとしてないで、サタンを抑えるの、手伝いなさい!」
「承知しました! ジェイド、ここは2人で食い止めるよ!」
「もちろん、分かってるっすよ! 一斉にアクアバインドをブッパするしかないっすね!」
サタンの暴走が緊急事態だと、アスモデウスもよ〜く分かっているみたいで……インキュバスのお2人さんに、お手伝いを命じ始めた。そんな女帝様の命令に、いつかの険悪加減(オスカーの一方的なヤツ)を微塵も感じさせず、インキュバスの2人が頷き合って、息を合わせる。
「「清廉の流れを従え、我が手に集え! その身を封じん、アクアバインド……ダブルキャストッ!」」
「よし、ジェイド! このまま連携するよ!」
「オーケー、オスカー。望むところっす!」
「「激情の流れを集め、我が腕に纏え! 汝が自由を奪わん……オーバーキャスト・アクアリストレイン!」」
そうしてジェイドとオスカーが二人がかりで発動したのは、拘束系最上級レベルの上級魔法。うん、ここまで雁字搦めであれば、ちょっとはサタンも大人しく……。
「って、うおっ⁉︎」
「嘘、だろう……? 僕達の連結魔法が……蒸発している⁉︎」
……マジかよ。あんなに緻密な魔法も、ちょっと濡れた程度で済むとか。サタンの体温……どんだけなんだ⁉︎
「仕っ方ねーな、もうッ! こうなったら……雷鳴、力の限りぶっ放していいぞ!」
(御意ッ! 皆様、サタン様から離れられよ! 拙僧の最高出力で……いきますぞッ!)
今度は感電を狙って、雷鳴に雷撃をお願いしてみる。今であればお水をかぶった状態だし、ジェイドとオスカーのアクアリストレインが蒸発し切る前に、雷鳴の最大出力で畳みかければ……。
「ウガァァァァァッ! ウルサイ、ウルサイ……ウルサイィィィッ‼︎」
「雷鳴……一応、聞くけど。お前……手加減、してないよな?」
(む、無論です、猊下。拙僧は本気でしたよ……?)
激しい閃光と破裂音の後に、間髪入れずに響くのは……サタンの狂い切った雄叫び。これは、いよいよ待ったなしのノンストップか……? サタンの野郎、理性もほぼほぼ完璧に蒸発し切っていやがるし……。
「グルルルルァッ!」
いよいよ詰んだか……と、俺が諦め始めた頃。今度はサタンの脳天から極寒の氷が降り注いでくる。……あぁ、どうやら無事に間に合ったっぽい。あいつの特殊器官の氷はどうも、魔法じゃなくて……溶岩さえもそのまま凍らせちまう、特注のミニ永久凍土みたいなもんらしい。それこそ、原理はよく分からんが……俺も1度食らったことがあるから、その特性だけはよ〜く知ってる。ハーヴェンが吐き出す氷だけは、冗談抜きで無慈悲なことを。
「……はぁ、はぁ、はぁ……あ、あなた、間に合いましたか……?」
「うん、十分間に合った。……ごめんな、リッテル。無理させて」
「いいえ、大丈夫です……!」
肩で息をしている嫁さんを労いつつ、炎上の元凶を確認すると……あんなに鎮静化に苦労していたサタンが、ものの見事に氷漬けにされている。そんな氷の主を見上げて、サムズアップしてみれば。向こうも心得てますとばかりに、サムズアップを返してきた。しかし、ここまで有無を言わさずクールダウンさせるなんて、流石はベルゼブブの所のナンバー2と言ったところか。……伊達に「永久凍土の魔境」だなんて、祝詞を持っている訳じゃなさそうだ。
そんな中、氷漬けのサタンがヒュルルル〜……なんて、落下していくけど。……うん、まぁ、なんだ。下は砂漠だし、そこは何とかなるだろ。