21−26 素敵にドン引き
「あら? あれはアリエルかしら……?」
「どうした、リッテル」
モクモクと煙を上げるグラディウスとやらは、今度はニョキニョキと枝を伸ばしては「新しい何か」になろうとしているらしい。さっきの爆発音はリヴァイアタンのお供(嫁さんファイナル)の仕業らしいが……何かの空気が変わった以前に、どうも色々と状況がおかしい。
まず、あんなにもブンブンうるさかった機神族が退却とばかりに、一斉に引き上げていく。それに関しては、本体が派手にぶっ壊されたもんだから、慌ててお家に帰ろうってなったのも、なんとなく理解はできる。だけど……慌ててご帰宅し始めた奴らの中に、嫁さんの同僚でもあり、いつかにウチにも遊びに来ていた下級天使がしれっと混ざっているじゃないか。えぇと……この状況で敵さんを深追いする必要、ないんだぞ?
「おーい、そこのお前さん! ちょっと待てって! そんなに急いで、どこに行くんだよ?」
「アリエル、そこから先は危ないわ! だから……」
「あら、そう? だけど……あなた達には関係ないわ」
「えっ?」
あ? なんだ、なんだ? ちょいと前に遊びに来た時とは、随分と雰囲気が違うぞ?
「おいおい、人が心配してんのに……その言い方はないだろうよ。使命感に燃えるのはいいが、とりあえず相手が退いたんだ。ここは無理せず、体制を立て直して……って、ウォッ⁉︎」
なーんて、ヒトが危ないぞって、注意してやってんのに……どこかで見たことがあるよーな、ないよーな。そんな武器で切りかかってくるアリエルちゃん。もちろん、この程度の不意打ちじゃカスリもしないけれど。しかし、ここは攻撃してくる場面じゃないだろーよ。もしかして……激戦続きで、頭がバグっちまったのか?
「ちょっと、アリエル! どうしちゃったの⁉︎」
「……だから、関係ないと言っているでしょう? そろそろ……潮時なのよ。私は向こうに帰らなければ……」
「向こうに帰るって……どういう事だ? と、言う前に。……どうして、お前が“そいつ”を持っているんだ?」
「そ、それは……」
アリエルちゃんが攻撃に使ったのは、紛れもなく嫁さんの上司・ルシエルちゃんが持っていたのと同じ、白銀の聖槍・ロンギヌスっぽい得物。確かに、ロンギヌスの半分は敵さんの手に渡っていて、しかもグラディウスの原料になっていると聞かされてもいた。そんな状況であれば、「向こうさん側」でレプリカが作られていても不思議じゃないし、敵さんが使ってくるのも、可能性としては十分にあり得る。だけど、「こっち側の奴」がそれを持っているのは、おかしいだろうよ。だとすると……。
「お前さん……一体、ナニモンだ? 大天使でもないクセに……どうして、お前がロンギヌスを持っているんだよ? そいつは関係ない、で済ませるわけにはいかねーなぁ?」
「……くっ! 選りに選って、こんな場所であなたに遭遇するなんて! 本当に、運が悪いんだから!」
うんうん。それこそが、本来の悪魔に遭遇した時の標準的な反応だろうな。最近、周囲が妙に馴れ馴れしいもんだから、俺も忘れかけてたんだよ。こうやって、遭遇そのものを嫌がられるの。
「なんつーか。そんな風に嫌がられると、余計に意地悪したくなるだろーよ。……お喋りしたくないんなら、きっちり口を割らせるまでだ。……リッテルもそれでいいな?」
「え、えぇと……えぇ、そうね。あなたがやり過ぎちゃったら、回復すればいいんでしょうし……」
戸惑いながらも、何だかんだでゴーサインを出してくる嫁さん。なんと申しますか。俺の方は天使ちゃん仕様にカスタマイズされている(最近は精霊を気取る事にしました)一方で、リッテルは悪魔の所業にもすんなりと一定の理解を示すようになった。それでなくても……嫁さんは可愛い顔して、意外とアグレッシブだしな。
「つー事で……なぁなぁ、リッテル。今回は何分の1殺しまで、オーケイなんだ?」
「そうねぇ……あんまり、手荒な真似はしないでほしいのだけど……。う〜んと、4分の3殺しまでは大丈夫かしら?」
「そうなのか? と言うよりも、それ……何気に半殺しをオーバーしているけど……?」
手荒な真似をしないで欲しいと言う割には、4分の3はかなりヤバくない? ……それ、数値的には7割5分ですからね? 要するに、75%までギッタギタにしていいって事でござんすよ? そこまで行ったら、ほぼほぼ瀕死だと思うんだが……リッテルさん、それ分かってます?
「うふふふ……! だって、グリちゃん大活躍の予感がするのだもの。しっかり暴れてもらわないと! もちろん、回復は任せて!」
「あっ、ハイ」
しかし……すみません、リッテルさん。それ、満面の笑みと一緒に言う事じゃないですからね? 君の笑顔、と〜っても怖いんですけど⁉︎
「……パパ、ママがちょっと怖いですよぅ」
「ママ、とっても悪魔っぽいです……!」
「……そうだな。まぁ、嫁さんは俺仕様にカスタマイズされた後だし……気にしないでやってくれ」
「ハイでしゅ……」
「とりあえず、俺から離れなければ、お前らが怖がる必要はないからなー」
「うん、おいら、パパから離れないです……!」
相変わらず、クソガキ共は素直に俺に懐いてます。そんでもって、悪魔仕様にカスタマイズされた嫁さんは今日も最凶です。クソガキ共も、とっても素敵にドン引きでござんすよ。
「って、おい! 話は終わってねーぞ、っと!」
「キャァッ⁉︎」
なーんて、クソガキ共と戯れあっていると。ソロリソロリと距離を置き始めたアリエルに、雷鳴で牽制の雷撃を与えてみる。まぁ、笑顔の嫁さんから悪どい宣言を聞かされたら、逃げたくなるのも分かるけどな。ここで逃してやれる程、俺も悪魔を捨てちゃいないんでね。
「ほれ、素直に口を割るんなら、4分の3じゃなくて半殺し程度で済ませてやっから。サッサとゲロったら、どうだ?」
「う、こうなったら……!」
そうして、今度は結構な早口で魔法詠唱を始めるアリエルだけど。……あっ。この詠唱内容は転移魔法だな。だとすると、ここからお逃げ遊ばすおつもりですか? もぅ、そんなにも俺から離れたいのかな〜?
「おっと! 逃げようたって、無駄だ。風切り! 奴の周りの魔力を全部、切断しちまいな!」
(無論じゃ、主様! 麻呂を存分に振るうておじゃれ!)
「嘘……! 魔法を強制キャンセルですって⁉︎」
「はーい、残念でした。こいつはちょいと、特殊な武器でな。大抵の魔法は強制的に、打ち消すことができたりするんだけど」
あっ、そうそう。ここらで1つ、グリちゃんの武器講座をねじ込もうかな。
魔法効果を断ち切る風切りが、どうやって魔法効果をオジャンにしているのかと言えば。こいつは純粋に、魔力ごと空気の流れを断ち切っているだけらしい。なんでも、本人曰く「伊達に“風を切る”と言われているわけでは、おじゃらん!」……と言う事なんだけど。風切りは空気だけじゃなくて、そこに含まれる魔力の流れもぶった斬る事ができるそーな。
魔法は詠唱しただけでは、満足に発動できない。練り上げた魔法が効果を発揮するには、原動力になる魔力が必要だ。そして、展開した瞬間に術者の内から外へと魔力の集約ポイントが移動する。自前の魔力で発動したか、場の魔力を利用したかに関わらず……一定量集められた魔力が術者から流動するのは、どんな魔法であろうとも変わらない。
その「流動の潮目」に向かって風切りを振るうことで、特殊な風刃で魔力の流れを切断する事ができる……と言うのが、風切りの魔法道具としての重要な性能だったりする。だから、魔法効果を無効化するなんて離れ業も可能にしている上に、更に俺の魔力をちょいと流し込んでやると、効果範囲も対象も拡大できるから、使い勝手も抜群だ。
(つっても……それには俺自身の魔力を消費せにゃ、ならんがな)
今回はぶった斬る対象が1つだから、魔力消費もどうって事ないが。風切りだけじゃなく、クソ親父の刀は5振りとも魔力に対して貪欲だったりするから、持ち主としては気をつけないといけないポイントも多くて、ちょっぴり気が滅入る。ま……手入れの順番で一斉にワガママを言われるよりかは、遥かに楽だけど。揃いも揃って自己主張が強めなのが、とってもネックなんだよなぁ。