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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第21章】鋼鉄女神が夢見る先に
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21−24 命の猶予

 2度目の天使としての境遇と、人間だった頃の記憶と。捨てられた天使という現実を受け入れられないなりに、荒唐無稽に復讐心を奮い立たせる。そうして視界の最果てで、どこか苦しげに屹立し始めた霊樹を見つめながら……先達て防衛ラインに現れた懐かしい顔に、アリエルはかつての従者に思いを馳せていた。


(スウィフトは本当に呆れる程に、真っ直ぐで……馬鹿な奴だったわ)


 先程現れた彼が「本物のスウィフト」ではない事くらい、アリエルとて痛いほど理解している。何せ、彼の狩りを「お膳立て」したのは他ならぬ、自分自身なのだから。当時のアリエルは目立つことを極力避けていたが故に、記憶を取り戻したかつての従者は、不都合な存在でしかなかったが……片やスウィフトは悪魔になっても尚、アリエルを見つけるや否や、「教祖様」と滂沱の涙を溢す程の信仰心は持ち合わせていた。


(今更後悔するなんて、どうかしている。……何を迷っているの、アリエル。あの屈辱を忘れたの?)


 スウィフトを「見殺し」にしたのも、復讐のため……そう、割り切ろうと無理をしても。「さっきの彼」にもまた、自分に気づく事なく素通りされたのなら、寂しいと思うのはワガママ過ぎるだろうか。だが……やはり、「相手にされない」ことに慣れすぎた出来損ないの天使とて、期待を裏切られれば落胆もする。そうして、自身の中に燻る期待外れを思い返しては、復讐心を再燃させようと……アリエルは最も屈辱的だった時期のことを、無理やり思い出す。


***

 自分を作り出したマナの女神は、呼吸をし始めた彼女を見るなり「失敗してしもうた」と嘆息した。何に失敗したのかについて、明確な言葉はなかったが。……彼女の眼差しから、失敗の対象が自分である事くらいは、生まれたての天使にもすぐに理解できた。


「妾に失敗はあり得ぬと、思っておったのだがな。やれやれ。やはり、生命を作り出すのは難儀だの。それで、お前はあり得ぬ……いや、名前はアリエルとでもしておこうか。しかしながら、お前に主だった用はない。しばらく、好きにしておれ」

「好きにしろと申されましても……何をすれば良いのか……」

「だから、好きにして良いと申しておろうに。……物分かりの悪い奴じゃな。見て分からんか? 妾は忙しいのじゃ。人間界の正常化をするには、使者が必要だが……お前では使い物にならぬ。せいぜい邪魔にならぬよう、身の程を弁えておけ」


 彼女を「使い物にならない」状態で作り出したのは、他ならぬマナの女神自身だろうに。それなのに……生み出された時から、彼女に注がれる女神の視線と言葉は冷ややかである。そして、彼女との会話はそれきり。女神の態度が軟化する事も、改善することも、とうとうなかった。

 そうして動き始めた彼女の日常は、どこまでも味気なく、どこまでも惨めだった。まず、マナの女神は彼女には一瞥もくれず、すぐに新しい天使の創造に取り掛かった。「初めての天使」に「アリエル」と名付けはしたが、まるで最初から存在しないが如く、彼女を悉く無視した。そして、「ルシフェル」と呼ばれる傑作を創生し終えると……ルシフェルこそを天使第1号としたいがために、マナはあっさりとアリエルを捨てたのだ。しかも、長生きされると都合が悪いと……翼も与えずに、「彼女が神界で過ごした」とされる16年を気まぐれなタイムリミットとして。


(そんな事なら、意識のないうちに殺してくれれば良かったのに。命の猶予だと、言われても……16年なんて、それこそあっという間じゃない)


 翼を与えられなかった天使に、潤沢な魔力を補う術はない。魔力の器こそ持っていたものの、人間同然の身では魔法技能は天使のそれとは比ぶるまでもなく、貧弱。それでも……アリエルはマナの女神に一泡吹かせようと、持ち出していた秘策に、復讐そのものを代行させることを思いつく。その代行者こそが、セフィロトというマナの息子であり……霊樹としての性能も備えた白蛇だったのだ。


 16年という歳月は本当に、復讐を成し遂げるには短か過ぎる。だからこそ、アリエルはセフィロトを悪しき魂に預け、マナへの恨みをたっぷりと染み込ませるように誘導し、人間達には天使ではなく自然そのものを崇拝するように導いた。そうしてアリエル改め、アルーが作り出した「アルー教」は未熟な世界の人間達にとって、画期的な心の拠り所となっていく。

 自然そのものを崇拝の対象とすることで、人間達の危機感を含む生存本能を高めて。自然そのものに向き合うことで、人間達の魔法技能を飛躍的に向上させて。そして、自然(正しくは魔力)を味方につける術を獲得した人間達の生活は、たった数年の間でも見違える程に豊かに、安定したものとなっていく。そんな掛け替えのない豊穣をもたらした指導者を、人間達が盲目的に崇拝するまであっという間だったのも……ある意味で、自然な現象だったのかも知れない。


 女神に等しい彼女には、人間界にあって最上の暮らしが用意されていた。現代のそれと比べれば、その生活様式は笑ってしまう程に貧弱ではあったが。専属の召使いも充てがわれ、万事が一時、全てにおいて最優先の待遇を用意され。貴重な染料で染められた赤い衣装を纏って……その頃こそが、アリエルの生涯の中で最も幸せな時期だったのは、紛れもない事実だったろう。

 全ての人間達の瞳に映るのは、最も崇高で、最も美しいとされた緋衣の生き神。空よりも深く、銀河よりも淡い碧眼は、何よりも神聖な色としてアルー教徒達の畏怖と畏敬を独占し、彼らを魅了して止まない。そんな熱心な信者の中に、彼女の召使いでもあったスウィフトも含まれていた。


 彼を一言で言い表すのなら、「盲信者」。アルーこそを唯一の主人としていたが、そんな彼女の寿命が近づくにつれ、スウィフトは段々と精神的に困憊していった。心の拠り所がなくなれば、心が壊れてしまう。狂い、泣き、踠き……スウィフトはアルーを生かす手段を懸命に探した。だが、彼女の寿命は残酷な女神に定められたもの。ただただ、「長生きされると困る」という理由で気まぐれに設定された寿命でしかないが……人間には神の気まぐれさえ、覆すことはできない。……神の意思は絶対だ。人間如きに、宿世の運命を書き換えることはできぬ。そんなどこまでも残酷な、毅然とした不可能を前に……スウィフトはとうとう、アルーと共に生涯を終えることを選ぶ。彼女の寿命は神が定めた理不尽だと、ゴラニアの女神を罵りながら……。

 だが、彼の妄信はアルーが意識的に育て上げた敵対心と執着心に他ならない。確かに、アルーの寿命は神が定めたものではある。しかし、彼女だけではなく……生きとし生けるものに寿命が定められているのは、自然の摂理。死から逃れられないのは、アルーだけではない。死だけは、冗談抜きに皆に等しく、必ずやってくるものである。それが早いか遅いかは、肉体のタイムリミットと運命のご機嫌次第。運が悪ければ、人間だけではなく……寿命が設定されていないはずの天使や悪魔でさえも、命を散らす。


 本当はアルーが言い含め、諌めれば……スウィフトは人間として生涯を全うしていたに違いない。だが、アルーはスウィフトを生かすことをしなかった。むしろ、彼の神への猜疑心を煽り、死して尚……魂は一緒なのだと、ありもしない希望を嘯く。それは純粋に、孤独に戻るのが嫌だという幼稚な防衛本能でしかない。しかし、アリエルには「見向きもされない」境遇は屈辱であると同時に、苦痛でしかなかった。だから、アリエルは躊躇いもなくスウィフトを道連れにしてしまおうと、いとも簡単に決断する。……死は孤独だと、よくよく言われるが。生きている最後の瞬間くらい、孤独からは逃げ出したい。

 そうして自分は16年で死ななければならないが、共に魂は永遠に一緒なのだと……スウィフトに最大限の嘘と、道連れにしなくていいものを殺したという裏切りを残し。後の復讐は悪しき女神とセフィロトが代行してくれると信じながら、アルーは人としての短い生涯をスウィフトと共に終えた……。

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