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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第21章】鋼鉄女神が夢見る先に
980/1100

21−23 楽園の凋落

(激しい戦闘には間違いないのだろうけど……なーんか、退屈だわねぇ)


 激しい戦闘において、調和の天使には主だった役目はない。戦況は激しさを増しているが、後方で仕方なく燻っているアリエルにしてみれば、この状況は生ぬるい。

 攻撃が得意な者は殆どが排除部隊に所属しているし、転生部隊はミシェルの指揮の下、「不慮の事故」で戦闘に巻き込まれて死んでしまった人間達の魂のピックアップに奔走している。救済部門の天使達は専ら、回復役として悪魔や精霊達のバックアップを担っていた。そんな中……調和部門の天使は救済部門に一時的に組み込まれ、やはりバックアップを実行している。最前線に向かっているのは、それぞれ「旦那持ち」のルシエルとリッテルだけだ。


(まぁ、悪魔を抜きにしても……ルシエルは単騎でもかなり強いみたいだし、前線に飛び出すのも無理はないか……)


 そんなことを考えながら、アリエルは初めて自分に注目した大天使の笑顔を思い返す。呪いのように刻まれた、曇りのない深いブルーの瞳。アルーの中にあって時折、青い瞳を持つ少女が生まれるのは……他でもない。アリエルが残した、遺骸の影響によるものだ。

 ルシエル……生前はルーシアだった少女に聖痕が刻まれていたのは、おそらくタダの偶然であろうが。彼女以外にも、相当数の「碧眼の少女」がアルーの集落に誕生しては、生き埋めにされていった。一族にあって、碧眼の少女が生まれてくるのはアルーの遺骨による魔力の影響によるものであって、決して彼女自身の意思ではない。

 だが、残されたアルー教徒達はそうは考えなかった。かつてのアリエル……改め、アルーは神の使いとされる一方で、しっかりと寿命を定められた「期限付きの生贄」でもあったのだ。彼女の寿命は16年で尽きることが最初から定められており、それ以降に彼女と同じく碧眼を持って生まれた少女を16年しか生かさないと決められたのは……アルーが神によって「有効期限16年」と定められていたことに由来する。そんな少女を生贄として捧げ続けることで、アルー教徒の楽園は永遠に続くと信じられていた。


(だけど……ヴァンダートの崩落が原因で、レイラインの道筋が大幅に変遷し……アルーの聖地は急激に枯れていった)


 生贄と引き換えに生み出された楽園の凋落は、あっという間だった。それこそ……手の施しようのないくらいに、彼の地の荒廃は瞬く間に進んでいく。それもこれも……ヴァンダートという砂漠地帯が、より多くの魔力を抱え込むようになったせいだ。

 悪魔が落とした雷の束によって、ヴァンダートには魔力を継続的に保持する特殊鉱石・雷鳴石の鉱床が構築されることとなる。きっと何の気なしに、ヴァンダートを滅ぼしただけだったのだろうが……大悪魔の影響力はあまりにも大き過ぎたのだ。……何気なく作ってしまった鉱床1つで、世界の魔力バランスを大幅に変化させる程に。

 ヴァンダートの大地がそれまで以上に大きな魔力を持つようになると、アリエルが作り上げたレイラインの脈も易々と書き換わっていた。その結果……レイラインの終着点はアルーの聖地ではなく、いつの間にかヴァンダート城跡地へと移動してしまったらしい。それでなくても、地上の霊樹が性能を安定させ、遺憾無く役目を果たしていた人間界において……既に下級天使からのやり直しを喰らっていたアリエルには、地脈を戻す力なぞ残されていない。特に人間界の中央に聳えていたユグドラシルの力強さは、彼女が歯噛みするくらいに立派なものだった。


(だから、私はセフィロトを開放することで、レイラインを元に戻そうとしたのだけど……)


 しかし、セフィロトもまた、アリエルが簡単に解放できない想定外の状況に陥っていた。そもそも、アリエルは自分が貧弱な人間に落とされる事を見越して、別の女神に彼を預けていたのである。その相手こそがマナに敗れた女神・クシヒメの片割れであり……醜い悪意そのものと成り果てた、ローレライの使者だった。

 クシヒメの悪意は容易く……そして意外な程に、寛容にセフィロトを受け入れた。きっと、彼女はかつての記憶としての母性をも残していたのだろう。宿敵の愛子だと言うのに……彼が「可哀想な捨て子」だと勘違いするが早いか、まるで自分の子供だと言わんばかりに溺愛し始める。一方……母親の愛に根本的に飢えていたセフィロトも、彼女の包容力に最初は酔いしれ、身を預けるまでになっていった。

 折しも、セフィロトを預けた時の女神はローレライの化身の姿で「悪さ」を繰り返しており、ローレライそのものに封印される前だった。しかも、まだまだ自分が「誰なのか」さえも悟れぬまま、休眠に就こうとしていた彼女にしてみれば……退屈な惰眠の抱き枕としても、セフィロトの存在は打って付けである。まさか……ローレライがヴァルシラという封印の蓋を用意してまで、彼らを丸ごと抑え込もうとしていた事など、知る機会さえ与えられず。半魂の女神ごと、セフィロトは鋼鉄の果実への幽閉を余儀なくされていた。


(……ローレライがそこまでの手筈を整えていたのは、誤算だったけれど。そのお陰で十分な“成長期間”を設けられたのだから、結果オーライってところかしら?)


 セフィロトが自我を持ち、それなりの成熟を迎えても、強固なローレライの封印が破られることはなかった。その堅牢さは、流石のアリエルにも想定外ではあったが。秘密裏にジワジワとマナツリーを苦しめるには、むしろセフィロトの成熟期間は長ければ長い程、好都合でもあった。マナを悲しませるには、彼が「恨み」を吹き込まれるまではその存在を知られてはならない。

 それに……どうせ、アリエルはどう足掻いても死ねないのである。人間としての生を全うしても、キッチリと天使としてのセカンドライフが待っていた。しかも……天使として再び神界の聖域を踏んでも、マナツリーが歯牙にかけることもない程に、彼女は弱い。転生をした事で力を削がれた彼女に残されたのは、「始まりの天使の練習台」としての惨めな記憶と、復讐心だけ。そんな彼女が報復を遂げるには、他者の力を利用する以外の手札はあまりない。


(それだから、意外だったのよね。ルシエルが私を重用するのが。でも……彼女に注目されるのは、悪くなかったわね)


 普段からとにかく「目立たない」を身上としてきたアリエルにとって、今の境遇は色々な意味で心地よいものだった。いくら注目されない方が好都合とは言え、相手にされないのが辛いのには変わりない。故に……彼女は心のどこかで、楽しみにしてもいたのだ。いつ、マナツリーが自分の「帰還」に気づくかを。だが実際には、マナツリーは2600年もの間、彼女が帰ってきたことはおろか……敢えて、昇進を拒んで不自然なまでに最下級天使であり続けたことにさえ、とうとう気づかなかった。

 そんな中、調和の大天使になったというアルーの子孫は、皮肉にもアリエルを自分の部下に選んだ。彼女の選択にはリッテルが嫌な思いをしないようにという、最大限の配慮が込められていたようだが。慎重に大人しくしていたアリエルを、穏やかな天使だとルシエルが勘違いしてくれたのには、アリエルにしてみれば嬉しい誤算でもあったのだ。


(に、しても……この感じは……。あぁ。あの子、とうとう目覚めたようね。だとすると……そろそろ、潮時かしら)


 見れば、グラディウスと呼ばれている霊樹は、ニョキニョキと巨大な人型を象り始めている。その変化はきっと、セフィロトの差金だろうと勘ぐっては、アリエルは戦場の最後方でほくそ笑んだ。


(セフィロトが生きているとなったら……マナの奴、驚くでしょうね。そして、彼が恨んでいるなんて知ったら。……ふふ。きっと……悲しむに違いないわ)


 そう、セフィロトは決して、マナに捨てられたわけではない。アリエルは気まぐれにセフィロトの托卵先にクシヒメの悪意を選んだのではなかった。彼の自我にマナへの恨みをインプリントする……お前は母親に捨てられた、哀れなみなし児なのだという、屈辱を刷り込む……ために、アリエルはわざわざマナに恨みを持つ相手を探し出したのだ。

 しかしながら、そこには自分こそがマナに捨てられた存在だという視点はない。アリエルがセフィロトを拐かし、誑かしたのには……自身の境遇を素直に認めたくないが故の、タダの強がりだったのかも知れない。

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