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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第21章】鋼鉄女神が夢見る先に
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21−20 白蛇の神子

「今のは一体……? 私の中で、何が反応しているのだ……?」


 プランシーの「隠れた好戦っぷり」を余裕の表情で見つめていたグランディアだったが。痛烈な爆発音に反応する間もなく、腹の中で何かが蠢く違和感と込み上げてくる嘔気に、いよいよ真っ黒な血反吐を吐く。そうして、吐き出した黒い塊がモゾモゾと蠢いているのにも気づいて、小さく「ヒィッ」と神らしからぬ悲鳴を上げた。


「……なっ、なんなのだ、これは……?」


 足元に蹲るのは、見るからに汚らわしい未知の生物。どうして、自分の内から「こんな物」が漏れ出るのか? グランディアには、きちんと理解しようという気概すらない。

 根城の魔力があらゆる者に「悪影響」を及ぼすことは、当然ながら彼女も熟知しているが。そこに自分が含まれないと思い込んでいたのは、やはり傲慢さが成せる業である。だからこそ、彼女は自身の身に起きている変化を把握することもできない。今の体が、「機神族からの借り物」であることや、「身勝手な理由で誰かを取り込んだ」上に出来上がっていることさえ、忘れている。だから……かつて大天使だった駆け出し女神は、自分の裡から神聖とは程遠い漆黒の汚物が排出された事に戸惑い、大いに困惑していた。


「体が軽くなった……? いや、違うな。まさか、これは……」


 襲い来る嘔気を鎮めようとするがあまり、自分の体がもう一度繋がれていることに、今の今まで気づけなかった。ハタと自らの状況を理解しては、遅すぎる抵抗を試みるグランディア。しかし……力一杯前に進もうとも、力ある限り鎖を叩き割ろうとしても。いずれもびくともしない体と鎖は、頑としてグランディアを解放しようとしない。


(……神の候補者とやらが、本当に情けない体たらくだな?)

「お、お前……もしかして、ローレライの果実か……?」

(ローレライの果実……? ハッ、何を言う。僕がそんなに低俗な霊樹なワケ、ないだろう?)

「なに……?」


 今……「僕」と言ったか、この汚泥は。

 そうしてモゾモゾと蠢きながら、あからさまに嘲るような口調に呼応するように、少しずつ形を作り出す黒い吐瀉物。やがて……グランディアが呆気に取られている間に、ようやくそれらしい姿を見せる。


「……うん、調子は悪くない……かな。ふふ……これなら、パパとママに仕返しもできそうだ」

「お、お前は一体……何者なのだ?」

「君は……何だと思う? 果たして、僕は何に見えるかな?」


 顔立ちはあどけないし、萌葱色の肌は病弱な印象さえ醸し出している。だが、頼りなさげな面影とは裏腹に……伸びる尻尾の白銀と瞳に宿る鮮烈な紫は、あからさまな神々しさを放っていた。


「何に見えると言われても……しかし、いや。よもや、この感じは……!」


 目の前でクツクツと意地悪く笑う少年の「魔力」に、ありありと懐かしさを思い出すグランディア。この神々しく、どこまでも清らかでありながらも、明らかに刺々しい魔力は……彼女がかつての寝床で常々感じていた、窮屈な空気そのものだった。


「あっ、気づいた? その辺は流石に、大天使をやっていたワケじゃないね。……そう、さ。僕はね、元々は神界の落とし子だったんだよ。大昔……本当に大昔に、ヨルムンガルドとマナとの間に生まれた神子のはずだったんだけど」


 白銀に輝く尻尾でパタリパタリと、床を軽やかに叩きながら。白蛇の神子は、どこか悲しそうに「今までのこと」を語り出す。

 生まれたての彼は、本当に未熟な糸くずのような白蛇だった。そして、何よりも母親の保護と庇護が必要だったのにも関わらず……とある者の手により、神界から連れ出されてしまったのだと言う。


「始まりの天使は5人とされているけれど……実はね。本当は6人いたんだよ。だけど、1番最初の天使は“失敗作”だったみたいでね。だから……そんな風に自分を作ったマナの神樹を心底恨んでいた」


 神といえど、最初から完璧に天使を作ることはできなかった。それはある意味で、試行錯誤を繰り返したヨルムンガルドの「真祖作り」にも通じるものがあるが……有体に言えば、最初の天使はマナにとっては練習台でしかなかったのだ。そうして、ただの試作品にしかなれなかった彼女は、翼も与えられずに下界へ放り出される運命を辿る。


「でも……彼女は魔力検知の能力だけは抜きん出ていてね。マナの女神に見捨てられた僕が、神界そのものに同化しそうになっていると、知るや否や……女神に伝えることもせずに、こっそり引っこ抜いたのさ」


 そうして彼を懐に収めた彼女は……そのまま、穢れた人間界へと降る。だが……いくら失敗作とは言え、彼女はどこまでも神界の住人であったことに変わりはない。当時の人間達にしてみれば、彼女の神々しい美しさを崇めたがるのは無理もない話であった。


「因みに、彼女には一応名前もあってね。マナからは“アリエル”って、呼ばれていたけど。……人間界に降りてからは天使の名を捨てて、“アルー”って名乗っていたっけね」

「アルーだと? 確か、そんな名前の宗派もあったが……もしかして……?」

「そのもしかして、だね。彼女はアルー教の原点であり、教徒達に確固たるアニミズムをもたらした張本人さ。何せ……彼女が司るのは、君達始まりの大天使と違って、自然そのものだったからね。彼女……知っていたんだよ。マナの女神がどんな手法で人間界を清めようとしていたのかを。だから、それに対抗するように、地上の生きとし生けるモノ全てのレイラインサイクルの終着点をとある山に集めていた」


 そう、出来損ないのアリエル……いや、アルーは知っていた。霊樹化したマナが顕示欲を存分に撒き散らすために、どうするのかを。そして……マナの女神が自分を練習台にして、作り上げた天使達にどのような働きを期待するのかを。


「答えは簡単。……マナツリーは自分と同じ魔力構成を持つ霊樹を人間界で育てる事によって、人間界そのものを掌握すると共に……精霊を使った魔力循環のサイクルを作り上げた。でも、ね。この精霊を作り上げたサイクルも、天使達が霊樹を植えた場所も、アルーが仕組んだものだったとしたら、どうだろう?」

「……そういう事、か。確かに……我らは霊樹の苗木を植える時、無作為に候補地を選んだわけではない。……レイラインの道筋が安定しており、かつ……魔力が集まるポイントを選んだ」

「だろうね。そして……最も純度が高い所にユグドラシルを植えたんだろう?」


 まるで、全てを見てきた事のように言い当てる少年。だが、ここにいる以上……彼はユグドラシルではなく、ローレライに「古代の女神」と一緒に封印されていたことになる。その辺りの辻褄が合わないと、グランディアは怪訝に首を傾げるが……。


「あぁ、そうそう。そう言えば……僕、まだ名乗っていなかったっけ。ふふ……実はね。僕は昔はセフィロトって言ってね。この名前……聞き覚えあるかな?」

「セフィロト、だと? だとすると……そう、か。そういう事だったのだな。お前こそが最初に植えられた霊樹であり……我らの霊樹を育てる苗床となっていたのか」


 セフィロト。それは今なお稼働し続ける、霊樹のレイラインそのものであり、世界の中央に根付くと言われる「生命の樹」の事である。だが……ゴラニアの世界では、雄々しく枝を茂らせる霊樹こそが重んじられる傾向があり、魔力の脈そのものを担うセフィロトが日の目を見ることはなかった。


「……ふふ。ご名答。君もしっかりと覚えていたようだね。……新しい霊樹が根付くには、別の霊樹を苗床にしないといけないことを。……そうさ。僕こそがアリエルが植えた最初の霊樹であり、世界のレイラインを形作った創造主。そして……君がローレライの果実と呼んでいたのは、クシヒメとやらの魂が僕に縋り付いていただけの、仮初の姿さ」

「あれが仮初の姿……? では、もしかして……私は、お前の封印を解いたことになるのか?」

「またまた、ご名答! 君はやっぱり、とっても賢くて愚かだね。僕は知っての通り、未熟に生まれたか弱い白蛇だった。でも……神界では育てなくても、人間界には僕も原動力にできる空気が満ちていてね。……あの時の人間界は、パパの力が漲っていた。……僕はどちらかと言うと、パパ似だったから。人間界の空気の方が、本当に肌に馴染んだよ」


 白蛇の姿は、ヨルムンガルドの血脈を色濃く受け継いだ証。彼の中に流れる「大いなる精霊」の血は、魔界の大蛇が吐き出す毒への抵抗力となった。毒への耐性は、抗体がない限りは簡単に得られるものではない。生まれたばかりの赤子だったセフィロトが人間界に根付けたのは……紛れもなく、彼がヨルムンガルドの息子だったからに他ならない。

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