21−17 多大な影響と存在感
コンラッドを探しに来たつもりが、またも争い事に巻き込まれている。戦闘真っ只中なので、こればかりは仕方がないが……もう少し、落ち着けないものかと私はほんの少し苛立っていた。しかも、ハーヴェンはともかく……私の場合は武器での攻撃手段も逆効果な上に、攻撃魔法の効果も望み薄。ともなれば、回復役に専念した方がいいに違いない。だが、アドラメレク達の鮮やかな連携と予想外の顔ぶれの前に……苛立つ以前に、こちらでも役立たずな気がして情けなくなってくる。
「えぇと、あなた様がベルフェゴール様……で合っていますか?」
「うん、あっでるよ〜。ぎみがえるだーうごばぐのおよめざんだっけ⁇」
「はい……その通りではありますが……」
目の前には多分大物と思われる、やや窶れた姿の大悪魔。舌足らずの独特なイントネーションと、青白い顔に……そして、きっと普段から丸くなるのが癖になっているのだろう。……ブカブカな外套の上からでも分かるくらいの猫背が、何となく情けない風貌に拍車をかけているが。
(なんだろう……緊張感が抜ける気がする……!)
しかし、この大悪魔を侮ってはいけない。彼こそが怠惰の頂点であると同時に、アドラメレク達……いや、防衛部隊の要とも言っていい存在なのだ。
ルシフェル様からも、ベルフェゴールは「魔力やエネルギー消費を最低限に抑えることができる」特殊能力があると聞き及んでいたが。どうやら、彼の特殊能力が及ぶのは自分自身だけではないらしい。彼はその場にいるだけで周囲の味方の魔力消費を抑えることができると言うのだから、これ程までに持久戦に特化した能力もないだろう。
……ベルフェゴールは戦いの場に出たことがないと言われていたようだが。今の今まで、人間界で遭遇しなくて本当に良かったと思う。真祖の悪魔は皆、一筋縄ではいかない強敵揃い。天使側のエレメントのアドバンテージなど、アッサリと覆されてしまうだろう。しかも……!
「あ、あの……ところで、あちらの方は……?」
「ふぁぁ? あぁ〜、がのじょはごーでりあ! おでのどころのなんばーつー!」
聞けば、怠惰の悪魔達は冬眠中だったのを叩き起こされたそうで、ベルフェゴールも何かにつけ眠そうに瞼を擦っている。しかし、ゴーデリア(多分、正しくはコーデリア)と呼ばれた彼女は何かを振り回しつつ、俊敏な動きで周囲の敵を降し続けているではないか。その目覚ましい活躍には「眠そう」な愚鈍さは感じられない。しかし、近くでコキュートスクリーヴァを振るっているハーヴェンが明らかに驚いているのを見るに……彼女のあの姿もまた、貴重な光景なのだろう。
「えへへ〜! ごーでりあはびじんなうえにづよい〜! さっすが、おでのなんばーつー!」
いるだけで多大な恩恵を齎らす怠惰の真祖と、鮮やかに猛威を振るう怠惰のナンバー2。……ここまでくると、いよいよ悪魔の底知れなさが恐ろしい。
(そうともなれば……うん。私はコンラッドを探すことに集中した方が良さそうだ)
この調子では、回復魔法も必要なさそうだし。怪我人が出たら呼んでもらう程度でも大丈夫だろう。そうして、私はアズナさんから聞いた「心当たり」を思い返しながら、周囲を窺う。
アズナさんが教えてくれた「心当たり」。それは、コンラッドがメタモルフォーゼで化けていた相手が執事長の先代だったが故に……ヤーティの因縁をほじくり返したのではないか、ということだった。
ヤーティの先代は「スウィフト」と言い、彼の風貌や特徴までもを記憶している悪魔は数える程しかいないとのこと。そして、そのスウィフトは遥か昔に天使に討伐されたことになっている……が、実際にはそこまで単純な話ではなかったらしい。
そもそも、スウィフトは魔界初の追憶越えの悪魔とのことで、天使に易々と討伐されるような小物ではない。彼が魔界から姿を消した本当の理由……それは追憶越え達成と同時に、生前のご主人様を思い出してしまったことにある。しかも非常によろしくないことに、彼のご主人様は短命な人間ではなかったようで……精霊でも悪魔でもなかった。そうして、他に寿命がない種族とくれば。……後の選択肢は神界の住人しか残らない現実に、私は頭を悩ませていた。スウィフトのご主人様が誰かまでは流石に、アズナさんも知らないようだったが。スウィフトの出奔に、サタンも相当の悲嘆に暮れたところまでは聞き及んでいる……と、最後は悲しそうに教えてくれたっけ。
(となると、相手は大天使……いや、違うか。大昔の天使に悪魔を従えるなんて発想はなかっただろうな……)
天使が悪魔を精霊として見なすようになったのは、それこそハーヴェンが初めてだ。それ以前の天使達には悪魔イコール敵……ないし、獲物だという概念しか存在していない。
(しかし……待てよ? スウィフトだけではなく、ご主人様側も転生していたら可能性はあるか……?)
悪魔とは異なり、天使には生前の記憶はきっちり残っている。生前の記憶を持つ天使と、追憶越えして記憶を取り戻した悪魔と……。彼らはもしかしたら、何かのはずみで再会し、互いに気づいたのかも知れない。かつては主従の関係であったこと、そして……アドラメレクの出自から、天使側の誰かが生前のスウィフトを裏切っただろう事を。
(と……今はスウィフトのご主人様よりも、コンラッドを探す方が先だ。ヤーティを助ける意味でも、道案内をさせる意味でも……逃げられる前に、見つけ出さなければ)
コンラッドは確か、「天使相手では、聖剣も本領を発揮できない」と言っていた。ともなれば、彼が用いていた「幻術」は聖剣という魔法武器の特殊効果だと見ていいだろう。であれば、例の魔法道具鑑定機が役に立ちそうだが……。
(ゔっ……! ハーヴェンが変なことを言うから、動きが気色悪く見えるじゃないか……!)
今はそんな事で滅入っている場合じゃない。それは、分かっている。本当によく分かっているんだ。だけど……ハーヴェンのベルゼブブ発言から、手元の便利グッズの気持ち悪さが定着しつつある。見れば見る程、気持ち悪い……!
そうして、やっぱり真祖の悪魔は侮れないと悟るのだ。その場にいなくとも、きっちりと多大な影響と存在感とを知らしめてくる。実力も含めて、彼らは絶対に敵に回してはならないと……私はこっそりと肝に銘じていた。