21−13 愛を強制的にキープ
ハーヴェンが親玉を心配しているようで、やっぱり心配する必要はないと割り切った、その頃。彼の親玉……ベルゼブブは焼け野原となったヴァンダートで、魂の怨嗟相手に奔走していた。
(あぁ〜、なんだろね。ここまで来ると、ベルちゃんもご愁傷様って気分になっちゃうよん)
突如焼き尽くされたとあって、「自分が死んでいること」に気づけずに漂っている魂は悲しすぎる程に潤沢だ。これだけあれば「生贄」は問題ないだろうと、アケーディアも言ってはいたが……ベルゼブブはやはり、彼の思惑がやや気に入らない。何かにつけ「研究」へ結びつけたがるアケーディアの悪癖と、ベルゼブブの感性はどう頑張っても相容れそうになかった。しかも……。
(……僕だけアウェイっぽいなぁ……。もぅ! ダンタリオンちゃんも、これ見よがしにウキウキして。しかも、リヴィエルちゃんは新入り君とラブラブみたい? みたい……かな?)
雰囲気からするに、まだまだ「深い仲」には至っていないようだが。お手伝いに駆り出された「新入り君」は他の天使達との情報共有に余念がないリヴィエルを気遣いながらも、器用にダンタリオンとも馴染んでいる。だが……どうも、彼もアケーディアとはソリが合わないらしい。話しかけられれば無視はしないにしても、やや棘のある視線も一緒に返している。
(う〜ん……よく事情は分からないけど。アケーディアは人間界で色々とやらかしてるって、聞いてたし……。彼とは何かの因縁があるのかもねぇ。とは言え、色々とやらかしているのはバビロンも僕も変わらないかな?)
ベルゼブブにはかつて、興味本位で人間界に繰り出すと見せかけて……バビロンを探していた時期がある。勿論、彼の目的はあくまで「人探し」。自ら争い事を望んでいたわけでは、決してない。だが……当時の天使達に「悪魔と交渉する」等という柔軟さはなかった。だから運悪く天使に見つかった時には、ダークラビリンスを使うなりしてやり過ごしていたりしたのだが……禁呪の1つに数えられる迷宮魔法の行使は当然ながら、天使達の警戒対象にしかならない。
(そこんトコ、ハニーには変に誤解されたまんまだしなぁ……)
《人間界でそれなりの悪さをしてきているらしい以上、札なしで野放しにするわけにはいかん》
協力に対する「条件」を出した時に、ルシフェルが吐いたセリフを思い出しては……疲れたようにため息をこぼすベルゼブブ。ルシフェルの認識では、ベルゼブブが「曲者」なのは、ほぼほぼ変わっていない。頼りにされる事も増えてきたとは言え、彼女の警戒心は完全解除には至っておらず……「望みのご褒美」もお預けのままだ。
(もう、いいや……とにかく、お仕事をサッサと終わらせて、ハニーに報告しよっと。独りぼっちをこのまま堪能だなんて、ゴメンだもんね)
多少予想していたとは言え、やはりあからさまな孤独は堪える。しかも、ベルゼブブとしては最大のお目当てであったバビロンは「危ないから」とリルグに留まったままらしい。そうともなれば、サッサと役目を果たしてルシフェルに報告するに限る。
勿論、ベルゼブブもダンタリオンが編み出した新しい魔法には興味がある。霊樹を諌め、沈静化させる魔法が悪魔の手にあるとなれば、今後の神界と魔界のパワーバランスも変わってくるだろう。言うまでもなく、ベルゼブブには人間界を支配してやろうとか、神界に攻め込もうとか等という野望はない。いや、どちらかと言うと……。
(はぁ……僕、やっぱりどこかの誰かさんにお人好しを感染されたかもぉ……。悪用されないように、僕も新作魔法をキッチリ見届けておいた方がいい感じ?)
ベルゼブブが気にしているのは、新作魔法の存在がヨルムンガルドの耳に入った時にどんな反応が返ってくるかが分からない、という部分だ。自ら天使に首っ丈になっている以上、今のヨルムンガルドに神界崩しの意向はないのかもしれないが。問題は天使に夢中なのはあくまで「その場しのぎの化身」なのであって、ヨルムツリーに眠る「偉大な精霊」ではないかもしれない。むしろ、彼の破廉恥な行動は天使達の油断を招くため……
(じゃ、ないだろね。マモンにアッサリ沈められる時点で、本能に忠実なだけだろーなぁ……)
本来であれば最強でなければならないはずなのに、「息子」にギャフンと言わされている時点で、あの化身を「偉大な精霊」と扱えというのはどだい無理な話だ。
そもそも……霊樹の使者は霊樹の意向を反映させていると見えて、作り込み度合いによっては「勝手な行動」をしでかすものらしい。ドラグニールは流石にキッチリと意思疎通まで済ませた使者を遣わせたりするものの、他の霊樹の「作り込み」に関しては怪しい部分がある。それでなくても、ルシフェルからも「化石女神」の未熟加減も聞き及んでいる。そうなると、寧ろマナツリーやヨルムツリーの使者の作りは緩いと考えた方が間違いも少ないかもしれない……と思い至っては、ベルゼブブはまたもため息を溢す。
「ベルゼブブ様、大丈夫ですか?」
「うん? あっ、大丈夫だよん。もしかして、僕……暗い顔してた?」
1人で色々と頭を悩ませていると、この場で最も気配り上手らしいリヴィエルが声を掛けてくる。きっと、本気で心配してくれたのだろう。リヴィエルが鮮やかな紫の瞳を翳らせては、尚もベルゼブブの顔を覗き込んでいる。
「メンゴメンゴ、別に大した事じゃないよ。僕は僕で、ハニーのために頑張るさ」
「そう、ですか……? それはそうと、そのハニー……ルシフェル様から、ベルゼブブ様宛の伝言をお預かりしています。差し支えなければ、お伝えしても?」
「えぇ⁉︎ ハニーから僕にメッセージがあるのん? もぅ〜、それならば、早く言ってちょうだいよん。モチのロンで聞いてあげちゃう」
「はっ、はい! 承知しました。えぇと……天使長様からのご伝言はこちらの部分なのですが……」
急激に上がったベルゼブブのテンションに驚きながらも、リヴィエルは「悪魔達のテンション」には慣れてもいる。ベルゼブブのどんよりと曇った表情が晴れたのにも安心しては、ルシフェルからのメッセージをパネルで示した。
「う〜んと……ナニナニ? 僕が作ったマリッジリングについて……?」
「ルシエル様から、ベルゼブブ様のお作りになった指輪にはお守りの効果があるかも知れない、と報告があったようでして。そこで、制作主に信憑性を確認したいという事のようですが……」
「あぁ、なるへそ。構築的には、そうなるかもね? この指輪は永遠の愛を強制的にキープできるように作ってあって……で、具体的に言うと。互いが把握している祝詞への介入を防ぐように出来上がっている」
かつてハーヴェンが1度は別の契約主に祝詞を奪われそうになった経緯もあったが、ベルゼブブの指輪にはそれすらも「秘密の合言葉」で跳ね除けた実績がある。「強制的にキープ」の言葉にリヴィエルは不安(主に、ルシフェルの傷心に対する配慮)が拭えないものの、彼の言葉からしてもルシエルの予想は概ね合っていそうだ。
「そうだったのですね! 流石は魔界随一の魔法技師様です!」
「フフン、そうでしょう、そうでしょう! ベルちゃん印の魔法道具に、不可能はないよ〜ん!」
「ところで……ベルゼブブ様。今のお話を早速、天使長にお伝えしても良いでしょうか?」
「もちろん、構わないよん。むしろ……」
「えぇ、承知しています。……ベルゼブブ様がとっても頼りになる事も一緒にお伝えしておきますね」
「うん、それでヨロシコ〜……って、オワッ⁉︎」
「……⁉︎ いっ、今のは……一体⁉︎」
ベルゼブブから満足げな返事を頂いたところで、リヴィエルがパネルに指を滑らせようとした、その刹那。彼女達の頭上から耳もつん裂くような爆発音が響いてくる。そうして、その場の全員が上空を見上げれば……堅牢な敵地とされていたグラディウスから曚々と真っ黒な煙が上がっているのが、ハッキリと見えた。