3−27 ザッパーンドーン‼︎
「さて! エルノアとギノに、お願いがあります!」
「なぁに?」
朝食後の、緩やかな時間。今朝も美味しいご飯をもらって、お腹いっぱいだと幸せを噛み締めていると……ハーヴェンさんが、ニコニコと何かの箱を持ってくる。えぇと……お願いって、なんだろう?
「今日、お兄さんは魔界に行かなければいけません。しかし、一方でゲルニカと奥さんにも、お礼に行かなければいけません」
「ウンウン」
「そこで……エルノアとギノに、俺の代わりにケーキを届けて欲しいと思います。ついでに、昨日の話にあった魔法のことも教えてもらって来てください」
「ケーキ……?」
「じゃ〜ん!」
ハーヴェンさんが置かれた箱の上蓋を開けると、中身は綺麗な茶色い艶の丸いケーキだった。このケーキは確か、ザッハトルテっていう……ものすごく美味しかったチョコレートケーキ……だよね?
「これを父さまと母さまに?」
「うん。ほれ、色々お世話になった割には、未だにきちんとお礼できてなかったしな。それでなくても……お前達もとても美味しいって言ってくれてたし。ゲルニカ達にも喜んでもらえるかなって」
「うん! きっと喜ぶと思う。……これを届けてくればいいの?」
「そういうこと。ちょっと俺が魔界に帰っている間、悪いんだけど……竜界にお使い頼めるか?」
「はい。そういう事であれば、僕達で届けてきます」
「そうか。それは良かった。それじゃ、この鍵はギノに預けておこうな」
ケーキの箱を閉じながら、ハーヴェンさんが黒い宝石の鍵を……僕の首に掛け変えてくれた。だけど、そうされた瞬間、僕はたちまち不安になってしまう。
「これって、父さまのサンクチュアリピース……でしたっけ?」
「そ。今後のことを考えると、ギノが持っているのが1番良さそうだし、しばらく預かっていてくれるか?」
「それは構いませんけど……。ハーヴェンさん……魔界から帰ってこない、なんてことはありませんよね?」
「え?」
「だって、前も……お嫁さんがこれを持って、泣きそうな顔して父さまのところに来たりしたし……。ハーヴェンさんがこれを他の人に預ける時って、いなくなっちゃう時なんじゃ……」
「今日はベルゼブブに、マハさんの所に派遣するウコバクを借りに行くだけだよ。ただ、色々と世間話もしてくるから時間がかかりそうなんだ。ちゃんと夕方までには帰るし、晩飯はきちんと用意するから……心配しなくていいぞ?」
「本当ですか?」
心なしか、今までのパターンからして、心配だ。だけど、横で僕の不安を見透かしたのか、エルが元気付けてくれるように呟く。
「ギノ、ハーヴェンは嘘ついていないみたい。だから、私達は父さまの所で魔法を教えてもらおう? それで、このケーキも一緒に食べよう?」
「え? でも、これお土産……だよね? 僕達の分じゃないと思うけど……」
「えぇ〜? でも、丸ごと1個あるんだよ? 半分くらい、分けてもらってもいいと思うの」
「……半分も食べるの? 僕達はハーヴェンさんにまた作って貰えるんだし、父さまと母さまに譲ろうよ……」
「ムゥ〜」
元気付けてくれるのはいいんだけど……どうも、エルは既に預かったケーキを食べる気満々らしい。それでも、ハーヴェンさんがいなくなっちゃうのではない事にホッとした。
「おいらは、お頭と一緒に魔界でヤンすか?」
「そうだな。ほれ、嫁さんから例の小魚たくさん貰ったし。他のみんなに配ってあげような?」
「あい!」
コンタローはハーヴェンさんのお供で、魔界に付いていくみたいだ。そんな大好きなお頭に、元気に返事をしながら尻尾を振って喜んでいるのが、とても可愛い。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってきま〜す」
「おぅ、ゲルニカ達によろしくな」
ケーキの箱を大事そうに抱えているエルと一緒に、いよいよ父さまの屋敷にお邪魔する。この鍵を使うのは初めてだけど……僕が使っても、きちんと懐かしいエントランスに繋がった。
「ただいま〜!」
「おや、お帰り。今日は……2人でどうしたんだい?」
僕達の声を聞きつけて早速、父さまが出迎えてくれた。腕には相変わらず、分厚い本が重なっているのを見ると……いつものように、魔法の研究をしていたんだろう。
「あの、今日はハーヴェンさんのお使いで……お礼のケーキを届けにきました」
「ケーキ?」
「うん! ハーヴェン特製のザッパーンドーン‼︎」
「エル、違うよ……。ザッハトルテだよ……」
「えぇ〜? 違うの?」
その様子がおかしかったのだろう、父さまは嬉しそうに笑うと母さまを呼んでくれた。
「あらあら、お帰りなさい。向こうでも……元気でいてくれたみたいね。母さま、安心したわ」
「テュカチア。子供達はどうやら、ハーヴェン殿からケーキ配達のお役目を頂いたらしい」
「まぁ、そうですの? でしたら、すぐにお茶を淹れないと。ほらほら、2人ともいらっしゃい。それにしても……どんなケーキなのかしら? 母さま、楽しみだわ〜」
「それじゃぁ、先に母さまと一緒に居間に行っておいで。私はこれを片付けたら、すぐに行くから」
「うん!」
そう促されて、母さまの後について居間に移動する。この流れだと、エルの目論見は見事に達成されそうだけど。エルの方は父さまと母さまに会えたこともあって、とても嬉しそうだし……それはそれで、いいのかもしれない。