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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第3章】夢の結婚生活?
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3−26 クランベリークッキー

 ちょっと曇りがちの空を窓から見上げて、伸びを1つすると。隣で寝ているハーヴェンを起こさないように、忍び足で出かける準備をする。そうしてハーヴェンのリクエストを取りに、リビングへ向かうと……そこにはリストの他に、少し大きめの袋が一緒に置いてあった。袋には旦那のものと思われる、こなれた様子の文字が走っているので、確認してみる。


 “久しぶりにクランベリークッキーを焼いてみました。

  もし良ければ、みなさんでどうぞ。

  いつも、うちの嫁さんがお世話になっています。

 今後とも仲良くしてやってください。”


「……あのバカ。こんな物を渡したら……いろんな意味で、全員を大喜びさせてしまうだろうが……」


***

「昨日はわざわざ訪ねてきてくれていたらしいのに、留守でごめんなさいね。オーディエルやミシェルと、アーチェッタの件について話し合っていたの。それで……今後のことが大凡決まったから、あなたにも伝えておくわ」

「はい。それに今日は、私の方もお耳に入れたい内容がいくつかございます。お時間は大丈夫でしょうか?」

「えぇ、もちろんよ。そうね……では、あなたの話から聞かせてもらえる?」

「かしこまりました。昨日ハーヴェンと子供達がタルルトで妙なものを見つけたみたいでして……」


 話を促されたので、私の方から報告内容を伝える。タルルトで見つかった、利用者のないサンクチュアリピース。それが教会絡みの1品である可能性が高いこと、何かしらの理由で利用不可能な状態の可能性が高いこと。

 更に、アーチェッタの文字についてのハーヴェンの考察について。あの文字は特殊な状態で刻まれたものであること、そして部屋自体が異質の存在であるかもしれないこと。

 かなりの分量と思われる私の報告内容にいつも以上に、ラミュエル様は真剣に話を聞いてくださっているようだ。それは後ろでペンを走らせているマディエルも同様で……花畑に突入することなく、しっかりと内容を記録している。


「ハーヴェンちゃんの洞察力には頭が下がる思いだわ……。しかも、それを調べてきてくれるなんて。やっぱり、持つべきは悪魔の旦那様よね……」

「いえ、言いたいのはそこではないんですが……。ラミュエル様、次はアーチェッタの今後のことをお聞かせいただけないでしょうか?」

「あ、あぁ……そうだったわね。他の大天使2人とも話し合ったのだけど……まず、ローヴェルズにも監視を置くべきだということで話は纏まったのだけど。問題は担当者よね。以前、3人もの上級天使が全滅したことを考えると……並みの天使では対応できそうにないという話になったの」


 それはそうだろう。今の状態で、中途半端な人員を送り込むのは相手側に「材料」を提供するだけの結果になりかねない。


「でもね1人、最適な人員がいることに気づいてね」

「では、人員の出どころは排除部門になりそうですか? 総じて戦闘能力の低い救済部門の天使では、逆に返り討ちにされてしまうでしょうし……」

「いいえ? 役目に法って、救済部門から最強の人員を投入します」

「最強の人員?」


 救済部門で戦闘能力が高い天使の名はあまり聞かないが……。とは言え、ハーヴェンにも他の天使と仲良くやっているか心配されるような状態だし、私が会ったこともないだけかも知れない。きっと、ローヴェルズに派遣しても問題ない人員がいるのだろう。しかし、私がそんな風に考えている上から……ラミュエル様は予想斜め上のことを仰った。


「その子はね、竜使いと呼ばれるくらいに強力な竜族を扱える子で。しかも、人間界の事情にも詳しい旦那様がいるような……これ以上ないくらいの適任者なのよ?」

「……?」


 ちょっと待て。それ、もしかして……私のことか?


「えっと……ラミュエル様。念のため、確認ですが。現在、竜族との契約を持っているのって……私だけ、でしたよね?」

「そうね」

「で、旦那様……つまり結婚している、という概念に該当するのも私だけ……でしたよね?」

「悔しいけど、そうね」

「……」

「ウフフ、満場一致であなたを上級天使に任命し、ローヴェルズの管轄をお願いしようということになったの。どうかしら?」

「し、しかし……では、ルクレスは?」

「ルクレスは別の子にお願いするわ。現にマディエルも他の子に引き継いでいるし、後任は心配しなくていいわ。……あなたは気づいていないのかもしれないけど、もしかすると契約している精霊の質も考えると、神界でも最強レベルだと思うし、大丈夫よ」

「しかし……私の場合、次の昇進には大幅にチケットが足りない気がしますが……」


 そんなことをしたら、真面目にチケットを溜めている他の天使に申し訳ない気がするのだが。


「そうね。そのことについても、話はしたんだけど……実力と翼の数の齟齬に関しては、今まで色々と問題があったのも事実で。アヴィエルちゃんのこともあったし、チケットでの昇進システム自体を廃止することになったわ。今まで昇進に使ったチケットはある程度、還元する代わりに、大天使の方で自分達の受け持つ天使達のレベルと質を見直すことになったの。翼の数だけで人員配分を判断するのは、出さなくていい犠牲を出す結果になるかもしれないもの。で、上級天使の選定に関しては単独ではなく、大天使全員で選考を行うことに決定しました」

「そ、それでも……やはり私にはまだまだ、上級天使になる資格はないかと思うのですが……」

「そう? じゃぁ、あなたの選定考査内容を言いましょうか? ……救済部門所属。攻撃魔法と補助・回復魔法を使いこなす上に、ロンギヌスを所持。契約している精霊は、竜族中心で高レベルのものばかり。しかも3体の全幅契約持ちで、リヴィエルの報告によると魔神・エルダーウコバクとのシンクロ率は130%を叩き出した……と。普通シンクロ率は60%も行けば上々なのに、倍以上を記録している時点で精霊との信頼関係を築く部分でも問題なし。任務の遂行能力についても、判断力・実行力も平均水準以上。……文句なしだと思うけど?」

「……」

「ということで、手始めにあなたを上級天使に任命し……ローヴェルズの監視を言い渡します。急で申し訳ないけど、ハーヴェンちゃんにもよろしくね」


 そこまで言われて意固地になる必要もないが、問題は家のことだ。このままルクレスに居を構えていてもいいのかもしれないが、可能であれば……ローヴェルズの近郊に引っ越すのも、視野に入れたほうがいいだろうか。


「かしこまりました……謹んで、お受けいたします」

「まぁ、本当? それはよかったわ。それでは早速。我が名において……ルシエルを上級天使として承認します。これからも、阿万つ世界に救いの手を差し伸べんことを!」


 ラミュエル様の祝辞が終わると……背中の翼が更に2枚増えている。まさか、また六翼を持つ事になるとは思いもしなかったが。これで少なくとも、ロンギヌスの持ち主として少しはマシになったかもしれない。それに、なんだかんだでハーヴェンやゲルニカ達のお陰でもあると思うし……その事は絶対に忘れないように、身を引き締めなければいけないだろう。


「ふぅ、こんなところかしら。なので、当面はローヴェルズの監視……特にアーチェッタの監視をお願い。とは言え、ローヴェルズはちょっと広いから、手が足りない場合は言ってちょうだいね。応援を適宜、派遣します」

「承知いたしました」

「さて、今日のお話は以上ですけれど、他に何か不明点や質問はあるかしら?」

「いえ、特にはありませんが……あぁ、そうだ。ハーヴェンから……おそらく、ラミュエル様に宛てたものと思われる荷物を預かっています」

「あら? ハーヴェンちゃんから私に?」


 この後の顛末を予想すると、渡すのも気が引けたのだが。それでは、ハーヴェンの気遣いを台無しにしてしまうかもしれない。意を決して……例の袋をラミュエル様に手渡す。


「まぁ! これは、もしかして……‼︎」

「……ハーヴェンが変な気を回しまして。って、聞いてます?」


 私が弁明しているのも軽やかに聞き流して、ラミュエル様は既にクッキーを1枚、齧り始めている。


「あぁ〜! そうよ、この味……この味よ! 懐かしいわ〜。ほら、マディエルも1枚いかが?」

「ラミュエル様、それ……何味のクッキーですか〜?」

「クランベリー味よ? ハーヴェンちゃんが差し入れてくれたらしいの。こんな所に、素敵なメッセージまで添えられてて……まぁ〜、本当にデキる旦那様は違うわね〜!」

「あ、あの……」


 動揺を隠すことさえできない私を他所に、興奮している大天使様。そんなラミュエル様に勧められて、マディエルも1枚手にとって齧るや否や……こちらも興奮したような声をあげている。


「あぅぅ〜、なんですか、この優しい味は〜。ところどころ、感じられる酸味が堪りません〜」

「そうよね〜。このクランベリーがポイントなのよね。……結構たくさん入っているし、オーディエルとミシェルにも分けてあげないと!」


 そんな事をしたら、また神界中で大騒ぎになりそうな気がするんだが……。それも賄賂に含まれたりするんだろうか……?


「もう、素敵な差し入れまで頂いて……本当、ハーヴェンちゃんにはいくらお礼を言っても足りないわ〜。とにかく、この件も含めてよろしく言っておいてね」

「え、えぇ。承知いたしました……とにかく、私はローヴェルズに移ることも考えなければいけませんし……そろそろ下がらせて頂きます」

「分かったわ。今日も色々ありがとう。これからもよろしくお願いね」

「……かしこまりました」


 ハーヴェンの差し入れのお熱が冷めないうちに、そそくさとその場を後にする。とにかく……目の前の仕事のことを考えないと。それにしても……やっぱり、こうなったではないか。ハーヴェンのバカ、悪魔! 全く……必要以上に相手の心に上がり込むのが、上手いんだから。

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