21ー1 勝算は未知数
今、俺は焼け野原と化したヴァンダートの上空にいる。定位置らしい肩の上には、眉間に皺を寄せたルシエル。そんでもって、彼女だけではなく夥しい数の天使と……悪魔の大群が大空を埋め尽くしていた。
(こいつは……ある意味で壮観だな。しかし、こうも急展開でローレライに対峙することになるなんて……)
しかも、よくよく見れば……驚いたことに、魔界の真祖様までが勢揃いしているじゃないの。6人がそれぞれの仮面を着けて、配下を従えている様子は向かう所敵なし、といった風情だが。対峙する相手が霊樹ともなれば、緊張感も違うのだろう。彼らの表情も心なしか、険しく見える。若干1名、色欲の方が不満げな様子で騒いでいるけど……まぁ、アスモデウスが喚いているのはいつも通りなので、気にしなくていいか。
「ルシエル。ここまでの勢力があれば、意外と簡単にカタが着きそうな気がするけど。実際はどうなんだろう?」
「正直なところ、勝算は未知数だ。確かに、これだけの戦力を集められれば、大抵は降せる気がするが……何せ、相手は霊樹だからな。どこからどう攻めていいのかも分からないし、無作為に焼失させれば、世界のバランスが崩れるかもしれない」
「……なるほど、そうなるのか」
「あぁ。……霊樹は魔力の調律を是とする存在だからな。ドラグニールみたいに、別枠で調律役のエレメントマスターを用意しているパターンもあるみたいだが……今のローレライにはそんな余力もないだろう。……ユグドラシル焼失の顛末を考えても、焼き尽くすのは最終手段だ。……できれば、霊樹を正常化する方向に事態を収束させたい」
何かのタガが外れたように、かつてのローレライ……今はグラディウスと言うらしい……は悍ましい魔力を吐き出しては、空気という空気を汚そうとしている。それがただの瘴気であれば、悪魔である俺達には影響はないのだけど。でも、ルシエル達の話ではグラディウスの魔力には非常に厄介な特性があるらしい。
「……懐に入り込んだ相手を、機神族として取り込むかも知れない魔力……か。それ、俺達にも影響が出るんだろうか?」
「それは分からない。ただ、ルシフェル様によれば……実際に魔法道具が自由意志を持つまでの希少種として、機神族化した例があったらしい。しかも、悪いことに……ローレライの正常化プログラムを搭載していた機神族がプランシーに攫われていてな。……今、あれを平和的な手段で止める明確な手立てはない」
そこまで説明して、肩を落とすルシエル。キーパーソンを攫ったのが、自分が契約していた相手だったというのが、殊更堪えるのだろう。眉間の皺を更に深くしたと同時に、ギュッと俺の耳にも力が入るが。……うん、ここは甘んじて痛みには耐えよう。嫁さんのために。
「……申し訳ございません、ルシエル様」
「えっ?」
「我らが憤怒の悪魔から、裏切り者を出してしまいまして……」
俺の肩の上でしょぼくれる嫁さんに詫びを入れてくる者がいるので、そちらに体ごと振り返ってみれば。そこには、いかにも済まなさそうに項垂れるヤーティの姿がある。深いため息を吐きつつ、眉間を揉んでいるのを見るに……彼は彼で、相当に悩んでいる様子。
「これはどちらかと言うと、私の落ち度です。折角、ご配慮を頂き、契約もしておりましたのに……みすみす、プランシーを裏切らせてしまいました」
「……裏切らせた、ですか。ルシエル様は相変わらず、お優しいのですね。ですが、今回の顛末は我らにも責任があります。……憤怒の悪魔は怒りに飲まれると、後先考えずに行動してしまう側面があります。それを十分に説明していなかった上に、定期的に状況を確認すべきでしたのに。……アンポンタン共々、思慮が足りず、このような事態を招いたのは我らの失態。本当はサタン自ら、ご説明に上がれれば良かったのですが……不肖・ヤーティの弁明にて、ご容赦いただけると幸いです。誠に申し訳ございませんでした」
「い、いえ……!」
そうして、丁寧な調子で深々と頭を下げるヤーティに、ますます慌てるルシエル。……こういう光景を見ると、本当にサタンは配下には恵まれていると思ってしまう。
「……ルシエルに、ヤーティ。責任の所在を確かめるのは、とにかく後回しだ。ここは互いに遠慮しあっている場合じゃなさそうだ」
「えっ?」
「なんだろうな、アレは。グラディウスから、変な奴らがうじゃうじゃ出てきたぞ……?」
「……!」
あっちも天使……にしては、妙に輪郭がカクカクしている気がする……。そうしてよ〜く目を凝らせば……相手はなんとなく、天使を模したらしい機神族だという事も見えてくる。……機神族、俺は何気に初めて見るけど。……こんなにモノモノしい雰囲気の奴らだったんだろうか?
「……あれは、新種か……?」
「あっ、ルシエルも知らないタイプの奴なんだ?」
「あぁ……天使型の機神族だなんて、聞いたことがない。……おそらく、グラディウスが新たに作り出した尖兵と見ていいだろう」
ルシエルの予想からしても、あいつらはグラディウスの魔力に「触れて」何かが機神族化したもののようだ。……だとすると、敵……ってことだよな?
「だけど、機神族なんて見たこともなかったから、どんな相手なのかサッパリ見当もつかないな……」
「機神族はまずまず、魔界に堕ちてきませんからね。故に、私も初めて機神族を拝見致しますが……なんでしょうね。……私が知っている限りでも、こんな禍々しい空気を纏った者はいませんでしたよ。天使の姿をしている時点で、本能的に警戒してしまう相手であることには、違いありませんが」
魔界の重鎮をして、この言われよう。だとすると……冗談抜きで、気を引き締めないといけなさそうだ。
「とにかく……来るぞッ! ルシエル、ここは応戦一択でいいんだよな⁉︎」
「この場合は仕方なかろう。本当は調査してから……なんて、猶予を与えてくれる気もなさそうだ!」
そう、そうなんだよ。
ワラワラって出てきたと思ったら。全員がこちら目掛けて、ものすごいスピードで飛んでくるし。しかも……近づくにつれ段々と見えてくる彼女(?)達の異形に、更に戦慄せざるを得ない。だって……なんか、両腕がどこかで見た砲口になってるし。これは、まさか……。
「両腕ラディウス砲とか、反則だろ⁉︎ えぇと……!」
「防御は我らにお任せを! アドラメレク部隊は前へ! 至急、防御魔法を展開なさいッ!」
「すみません、ヤーティ様! お願いします!」
「無論です!」
四方山話の延長にしては、唐突すぎる幕開けだけれど。親玉のサタンを差し置いて、ヤーティが他のアドラメレク達に号令をかけ始める。その瞬間、地属性のものと思われる強固な防御魔法が展開されるが……あっ。よく見れば、アズナさんもいる。しかもメイド服じゃなくて、キリッと戦闘服を着ているな。
(流石、魔界唯一にして随一の軍隊……! こんなに分厚い防御魔法、見たことないぞ?)
アドラメレクの正確な人数は知らないが。上空で一糸乱れぬ列を成している彼らは、頭数も揃っている上に、それぞれがかなりの手練な様子。鮮やかに防御魔法を連携し、完璧なクリスタルウォールを展開すると……ラディウス天使(仮)達が無秩序に放った閃光さえも、一筋残らず防いで見せる。
(だけど、油断できなさそうだな……あれは。あっちは魔力の消費……ないっぽいし)
いくら鍛錬を積んだ憤怒の軍勢とは言え、魔力の薄い人間界での長期戦は不利だ。片や、ラディウス天使達のバックには渾々と異様な魔力を吐き出し続けている、邪悪な霊樹が聳えている。この場合、俺達が浮かんでいる領域さえも、完璧に向こう側のホームグラウンドだと見ていい。これは……早々に勝利の糸口を見つけないと、不味そうだ。