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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−59 苦労するのは、君だけで十分です

「大体さ、アケーディアは配下を拵えることはできないんだよ。……兄貴はヨルムツリー非公認の真祖だからな」


 ソファでグッタリしながらも、口だけは達者なダンタリオンを納得させようと、マモンがやれやれと首を振る。アケーディアを「兄貴」なんて呼んでいる時点で、マモンのアケーディアに対する印象はそこまで悪くないように思えるが。更に続く解説に、ちょっと驚いてしまう。


「……あいつは生まれも特殊だったもんだから。領分とエンブレムフォースはあっても、配下を持てないようにできているんだよ。大雑把な話、憂鬱も虚飾も欲望とは傾向が違う感情だからな。……ヨルムツリーを問い詰めたところによると、アケーディアとバビロンはそもそも、奴がいらない感情を吐き出した時に出来上がった存在なんだと。作りの原理は俺達と一緒みたいだが、真祖として本格的に扱うつもりもなかったらしい」


 いや、これは印象が悪くないどころのレベルじゃないぞ。強欲の真祖様、これまたガッツリ感情移入しているな。マモンは意外と感受性が豊かと言うか、情に厚いと言うか。

 しかし……いらない感情、か。そう言えば、バビロンもそんな事を言ってたな。

 憂鬱も虚飾も、言われれば確かに、悪魔の原動力となる「欲望」ではないように思う。もちろん、それらを抱えて魔界にやってくる奴もゼロじゃないし……寧ろ、多いとする方が妥当か。悪魔は多少の差はあれ、「神様に失望した」奴らの集まりだ。無念やら恨みやらの黒い感情もたっぷり抱えているものだし、それらに付随する執着心が大まかにカテゴライズされて、各領分に振り分けられる。また、執着心が中途半端だと悪魔になりきれずに、「出来損ない」と呼ばれる小悪魔もどきへと身を窶す事になるのだけど……こうなったら、悪魔になることも、スパッと成仏することもできない。


「いえ、別に私はアケーディア様の配下になりたいと言っている訳ではないのですよ?」

「あ? お世話になりたいって、そういう意味じゃないのか?」

「当たり前でしょう? 私とて、悪魔の領分は簡単に変えられないことくらい、存じてますよ。それに、君との縁を切ったら、この素晴らしい書架も手放すことになりますしね」

「……打算まみれじゃねーかよ、それ」


 いよいよ呆れ顔を隠さなくなってきたマモンに対し、何故か自信満々で更なる持論を展開するダンタリオン。しかし……あのマモンをここまで軽々しく扱えるとか。ダンタリオンは色んな意味で大物だな、やっぱり。


「悪魔が打算で生きて、何が悪いのです! 私は魔法研究のためならば、ありとあらゆる手段を有効活用します!」

「いや……悪魔の習性については、ご尤もだけどさ。それを堂々と言うなし……」


 もう、出るものはため息しかないんだろう。ガクリと肩を落とし、いかにも疲れた様子のマモンだけれど。きちんとこちらの用件にも対応してくれるつもりらしく、改めてルシエルに向き直る。ここまで来ると、マモンがいよいよ不憫なのは、真祖様に対して失礼かな……。


「……つー事で、ルシエルちゃん。悪いんだけど、こいつが人間界に出張るの、全面的に許可してやってくれないかな。アケーディアは今、リルグにいてさ。……ヨフィさんが遺してくれた霊樹ベビーちゃんを守るために、現地に残っているんだよ」

「ふふ……そういう事です、マスター。あぁ、もちろんご心配なさらなくても、人間界に害を及ぼす真似は絶対にしませんから」

「それは当たりめーだ! 上から目線で大天使ちゃんに物申してるんじゃねーし!」

「い、いえ……大丈夫ですよ、マモン様。あなた様もダンタリオンも、私からすれば遥かに年上な訳ですし……」


 ルシエルの謙遜は、明らかにマモンに対してのものなのに。ここでもちょっぴり偉そうに、「そうでしょう、そうでしょう」と胸を張っているダンタリオンの鈍感さも、相当レベルだな。自分はついでで取り繕われているの、気づいていないのか……。


「……ホント、気を使わせて、悪りぃな。一応、例の魔法は骨子までは完成している。概念もキッチリ構築済みだし、発動まで持っていけることも確認済みだ。だけど、魔法の対象が霊樹だからな。どうしても規模が大きくなりがちだし、そのために必要な魔力……要するに、生贄にもそれ相応の質が求められるっぽい。……リルグの霊樹もどきでさえ、出来損ない1匹じゃ足りなくてさ。……あの時はアケーディアの命令で、仕方なくヨフィさんが犠牲になってくれたんだよ」


 結局はダンタリオンではなく、マモンから魔法の概要と進捗具合をご説明いただくけれど。心底悔しそうにしているのを見る限り、マモンはあまり生贄を使うことに積極的ではなさそうだ。まぁ……俺も避けられるのなら、犠牲は出さないに越したことはないと思う。


「ですが、マモン。分かっていると思いますが、あの魔法に犠牲は必須ですよ?」

「ハイハイ、分かっていますとも。……元は術者そのものを栄養にして、霊樹を正常化しようって魔法だからな。生贄の概念をスッポ抜かして、効果がありませんでしたー……じゃ、話にならねーし。だから、まだ精神的な負荷も少ない出来損ないを活用しようって話だったんだけど」

「精神的負荷が少ない、多いではなく、重要なのは魔力量です。出来損ないの悪魔でしたら相当数投入しない限り、霊樹の浄化は達成できません」

「だったら、相当数用意すりゃいいだろ。俺と兄貴とで必死こけば、なんとかなるだろうよ」

「ですから! それで君に瀕死になられるのは、困ると言っているでしょうに! いいですか⁉︎ 君は強欲の真祖なのですよ! もっと自分の重要性を理解してください! それでなくても、君は昔から危なっかしくて見ていられませんよ。君がいなくなったら、誰が強欲の悪魔を取りまとめるのですか⁉︎」


 おぉ? もしかして……ダンタリオンはやっぱりマモンを心配して、彼を巻き込むまいと……。


「あ? 俺が死んだら、ナンバー2が後を引き継ぐことになってるんだから……お前が面倒見てくれれば、いいんでない?」

「絶対に御免ですよ、そんな面倒な事! タダでさえ、強欲のは荒くれ者が多いのに! それを取りまとめるだなんて、どれだけ苦労すると思っているのです。魔法研究の時間がますます、減ってしまうではないですか!」

「ねぇ、ダンタリオン。それ……本気で言ってる? それってさ、つまり……俺は苦労人認定されているってことだよな?」

「えぇ、その通りですよ。苦労するのは、君だけで十分です」


 うん、違った。ダンタリオン、欲望に非常に忠実。

 さも当然とアッサリ放たれたダンタリオンの言葉に、マモンの顔が険しく引き攣る。……ここは「マモンにいなくなられると、とっても寂しいの」とでも言っておけば、心証も圧倒的に良かっただろうに。


「こんの……クソッタレの、ポンコツ悪魔がぁッ! お前みたいなのがいるから、俺は苦労続きなんだろうがッ!」

「って、ちょっと……いっ、イダイイダイ、イダイッ! ギブですよ、ギブ!」

「うるせーよ、こん畜生ッ!」


 そうして、場面は振り出しに戻る。今日も強欲の真祖様のお仕置きのキレは抜群なご様子で。グリグリとダンタリオンが締め上げられているのを、ただただルシエルと俺は見守るしかないのだった。ハイ、合掌。

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