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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−57 魂の傷

 舞い上がれ、空高く。もはや、自分を縛るものは何もない。

 鎖を断ち切り、自由を手中に収め。邪魔者を全て排除した女神は意気揚々と、夜空へと舞い上がる。


「今こそ、私が天空へ駆け上がる時! 愚かなる世界の全てに、制裁を与える時ぞ!」

「おめでとうございます、グランディア様。……やはり、神には日の当たる場所が似合いますな。この世の夜明けは同時に、我らの夜明けともなりましょうぞ」

「あぁ、そのようだな……プランシーよ。正当に評価もされず、不当に扱われ。努力が報われることも、1度もなかった。だが……それももう、終わりだ。なぜなら……今から、世界を統べるのはこの私だからな。全てが私の手に委ねられる」


 まだ白み切っていない夜空を見上げるグランディアの横顔には、溢れんばかりの誇らしさが滲み出ている。だが、そんな彼女の高揚もどこか虚に感じながら、プランシーは自身の変容が止まらない事こそに焦っていた。

 グランディアを信奉すれば、少なくとも「新しい世界」には受け入れてもらえる。だが、自分の望む形で新しい地を踏むことにはならないだろう事にも気づいては、プランシーの焦燥は高く高く積み重なる一方。……とてもではないが、新世界への期待に胸を躍らせる余裕もない。


「あぁ、そうそう。お前に1つ、忠告しておくことがあるのだ」

「……何でございましょうか?」

「お前……私を欺こうとしておったろう? 先に言っておくが、無駄な足掻きは止すことだ。このグラディウスは近づく者全てに、魔力的な悪影響を及ぼす。そして、その度合いは深層部へ近づけば近づく程、強くなる」

「魔力的な……悪影響、ですか?」


 しかし、そう言われてみたところで、「悪影響」の実感がない。魔力的な悪影響とグランディアは勝ち誇ったように、プランシーを見下ろしてくるが。今の不調は自ら魂を引っ掻いたが故の悪心であって、グランディアの仕業ではないはずだ。


「我らがグラディウスが与えるのは、何も恩恵だけではないと言うことだ。……魔力を通じて、対象者の祝詞を掌握しようと手を伸ばしては、グラディウスなしではいられない状態にすることができる。少しずつ……だが、確実に。そして、じわじわと束縛し始めるのだ。そういう意味では、先程のお前の選択は最善でもあったのかも知れんな? 大天使との契約を捨て、この崇高なる聖天使・グランディアの配下になり切れたのだから」


 自身を聖天使等と奢った通称名で呼びながら、尚も楽しそうに肩を揺らすグランディア。そうして、ギロリと配下の悪魔に鋭い視線を向けると、畳み掛けるように内心を吐露し始めた。


「そう、私はどこまでも天使なのでな。……悪魔を基本的に信用しておらぬ。お前達は表面こそ気取っているが、腹の中で何を企んでいるか分かったものではない。きっと、お前は私に神への復讐を代行させようとしたのだろう? 自らが手を下すこともなく、自らが傷つくこともなく」

「い、いいえ……そのような事は……」


 思いがけない指摘に、かけないはずの冷や汗が止まらない錯覚に怯えるプランシー。彼女を利用しているのは自分の方だと思っていたし、最後に世界を掌握するのは自分だと淡い期待も抱いていた。それでなくても、グランディアは女神としても駆け出しである。「忠臣」の皮を被って助言を与えると見せかけて……存在そのものを雁字搦めに掌握してしまえば、世界も思うがままだと考えていたのだが。


「甘いな、プランシー。私はこれでも、天使だった期間はそれなりに長いのだよ。……悪魔がどんな存在かくらいは、よく存じておる。自身の欲望に忠実で、自身の願望を叶えるためなら他を利用することも、蹴落とすことも厭わない。……意地汚く、我が強く、神に楯突く愚か者。それが貴様ら、悪魔の大まかな概要であろう?」


 曲解もいいところだ。意地汚いのは、悪魔だけではない。野心が旺盛なのは、寧ろ天使の方ではないか。しかも、目の前のグランディアは最たる例であろう。大天使の地位にありながら過ちを認めず、悔い改めることもできず、天使長に粛清された愚か者。神界の歴史を紐解いても、魔界の定説をもってしても。「始まりの大天使」は不適格者の集団であったと、どの世界でも言われていたではないか。


(耐えろ……今は、甘んじて耐えろ……! ここで怒りを爆発させる必要はない……だが、納得できぬ……!)


 耐えろ、納得できない。ここは絶対に耐えるべき……しかし、やはり納得できそうにない……!

 少し前までは、この程度の戯言は聞き流すこともできていたが。今や、感情の安定をもたらしていたヨルムアイはどこぞの蛇の腹に収まった後。精神安定の術を失ったプランシーには、グランディアの持論は到底受け入れられぬものだった。


「ふざけた事をおっしゃるのも、いい加減になさい……! 天使を捨てたあなた様に、そのような事を言われる筋合いはございませんぞ……!」


 タダでさえ低くなっている怒りの沸点を易々と突破して、プランシーは漆黒の烏の姿へと変貌を遂げる。それはあまりに呆気ない、自暴自棄。だが一方で、グランディアにしてみれば待ちに待った「謀反」でもあった。


「……安心しろ、お前はしっかりと新世界に迎え入れてやろうぞ」

「ほぅ、それはそれは……ご寛大なことですな。だが……それこそ、あなた様は何を企んでいらっしゃる? 信頼なき契約が意味を成さないのは、何も精霊だけではない。悪魔も同じなのですよ」

「そうなのか? ふふ……随分と悪魔らしからぬ、甘ったるい言い訳だな。……この際だから、私が正しい契約の姿を教えてやろう。契約には信頼など、必要ないのだよ。相手を従えるだけの権威と実力があれば、それでいい。信頼関係を築くなど、煩わしい事をせずとも……ねじ伏せればいいまでのこと」


 自信たっぷりにそう言ってのけると、おもむろに虚空に手を翳すグランディア。そうして……天使として、最もしてはいけないはずの事を、アッサリと実行してみせる。


「……⁉︎ き、貴様……何を……?」

「強制契約だ。……知っているか? 天使には精霊を一方的に従える権限があるのだよ。まぁ、強制契約にも相手の了承が必要なのだが……反面、信頼関係は必要ない。いや……違うな。普通の契約でさえ、信頼などと言う陳腐な感情は必要ないのだ。……天使に必要なのは、相手を捩じ伏せる圧倒的な力だけ。常に強者であり続けること……これが世界を統べる者に最も必要な資質であろう」


 それでなくても……と、尚もグランディアが不敵に続けるところによれば。強制契約はとにかく天使に都合がいいようにできていると見せかけて……1つだけ、天使にはどうしようもできない要素が絡んでくるのだと言う。


「だが、いくら相手が崇高な天使とは言え、全面服従を誓う物好きはそうそうおらぬ。互いに“普通の神経”を持ち得ているのなら、本来は成立しない契約だろう」

「……でしょうな。余程心酔しているのならともかく、今のあなた様と私の間にはそのような一方的な契約成立は有り得ぬこと」

「そうだな。では、今までどうしてそんな一方的な契約が成り立ってきたと思う?」


 キリキリと機械仕掛けの表情を動かし、面白そうに首を傾げるグランディア。そうして、最後の花向けとばかりに鋼鉄女神が何よりも残酷な現実を暴露する。


「……なに、簡単なことだ。弱みにつけ込んで、相手の精神をへし折ればいいのだよ。特に……魂に傷を負った相手は手玉に取り易い。しかし、あいにくと……天使には狙って魂を傷つける事はできぬのでな。何らかの事由で存在意義に反する行動を起こしたか……或いは、悪魔に魂を啜られたか。魂が傷つく要因はまだまだ解明されていない部分も多いが、分かっている範囲で原因を挙げるとすれば、そのくらいか?」


 そこまで白状したところで、更にニヤリと生々しい嘲笑を浮かべるグランディア。


「……クク、知っておるぞ? お前……魂に傷を負って、焦っていたのだろう?」

「そ、それは……」

「いい、いい。無理をするな。分かっておる。しかし……本当にここまで好都合が揃うと、笑いが止まらんな。まさか、自ら魂を削ってくれるとは。知らぬようだから、教えてやろう。……魂に傷を負った者は、天使の介入を一方的に受けざるを得ない状況になるのだよ。輪廻の段階に入った魂を管理するのも、天使の役目だったが故に……我らには魂を傷つけることはできずとも、傷ついた魂に手を入れる術はある。そして、傷ついた魂相手には、一方的な制圧が許される」

「……!」


 プランシーにとってグランディアに「魂を削った」と正直に白状したのは、痛恨のミスでしかない。プランシーは悪魔として未熟すぎたが故に、魂を削ることや損なうことが弱みになると知らなかったのである。

 特に悪魔にとっては「魂の傷」はかすり傷でも致命傷になり得る。精霊とは異なり、彼らの領分は魂に伴う「欲望」が色濃く反映されるためだ。いくら気に入らない片割れの醜い思い出だからと言って、安易に魂ごと切り離すべきではなかった。


「……安心しろ。私に二言はない。お前はきちんと、新しい世界へ連れて行ってやろう。……永遠に私に忠誠を誓うことを許してやろうぞ。永久に我が信奉者として契約をしてやろう。やはり、天使に傅くは神父がお誂え向きと言うものだ」


 茫然自失のプランシーを相手に、上手い事を言ってやったと独り言ちてはクツクツとグランディアが肩を揺らす。

 やはり、新しい神は傲慢で滑稽だ。たった1人の従者を作るのにさえ、力ずく。相手の心情を慮る気概もなきに等しい。神に慈愛が必要かと言われれば、必ずしもそうとは言い切れないが。恐怖で支配するよりも、納得で信奉を集めた方が神として愛されるだろうことは、自明の理ではある。

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