20−52 やっぱり底知れない
「よっこらせ……っと。リッテル、ちょっとラミュエルさんを診てやってくんない?」
「もちろん、それは構わないのだけど。……あなた?」
「う、うん……何でございましょ?」
一時的にお部屋をお借りしている、ルルシアナ別邸へやっとこさ辿り着く。そうして、流石に起きていらしゃったリッテルに、知れっとラミュエルさんの手当てをお願いしてみるけど……何となく、ご機嫌斜めな気がするな。仕方ないと分かっていても、俺が他の女を抱っこしているのが、気に入らないんだろう。
「……後で私も抱っこしてくださいね」
「あっ、ハイ」
やっぱり怒っていらっしゃるね、リッテルさん。その辺りは予想通りだけれども、今すぐ抱っこと言われなかっただけマシか。そうして、意外と素直に手慣れた様子で治癒魔法を展開し始めるが……リッテルは回復魔法には長けているから、いざという時に頼りになる。
「ごめんなさいね、リッテル……」
「いいえ。大丈夫ですよ、ラミュエル様。だけど……どうして、ご自分で治癒魔法を使われなかったのですか?」
あっ、言われれば確かに……ラミュエルは大天使クラスだったっけ。そうともなれば、リッテルが発動している治癒魔法も使えるはず。リッテルの疑問は当然だろう。
「……魔力が足りないの。去り際に、ヴァルプスちゃんに魔力を分けてしまったから……。機神族は魔力が枯渇すると、本当に動けなくなるわ。だから、さっき……ファルシオンにお願いして、魔力をあの子に分けておいたの……」
だけど、リッテルの指摘に悲しすぎる返事をするラミュエル。……もしかして、ラミュエルはそこまでしてやったのに、ヴァルプスさんに裏切られたんだろうか。
「……もぅ、仕っ方ねーなぁ。リッテル。ラミュエルさんを回復したら、俺達はヴァルプスさんとやらを探しに行くぞ」
「もちろんです! みんなも手伝ってくれるわね?」
「はいですよぅ!」
「アチシも頑張るでしゅ!」
「ふふふ〜ん、ベルちゃんも頑張る★」
「……って。お前、まだいたのかよ……」
クソガキ共の返事に紛れて、おちゃらけた声も響いてくる。……ベルゼブブはとっくに魔界に帰ったと思ってたんだけど。まだ、バビロンさんに未練があるのか?
「あっ、マモン……僕がまだバビロンを諦めていないとかって、思ってるでしょ」
「違うのかよ」
「もぅ〜……僕だって、あんなに断られちゃったら、流石に諦めるよん。それに、可愛いお嫁さんもいるし?」
「……可愛いお嫁さんって、ルシファーのことじゃないよな?」
「えぇ? もちろん、そのルシファーだけどん?」
可愛い……お嫁さん? ねぇ、本気? それ本気なの、ベルゼブブ。あのルシファーを可愛いって言えるの……世界広しと言えど、お前だけだと思うぞ……?
「……本当にそう思ってるのか、お前」
「あったり前じゃないの〜。ハニーは美人だし、スタイル抜群だし、何より押しも押されぬ天使長様! しかも……あれでハニーは結構、優しいよ?」
マジで?
「……あなた。ちょっと、いい?」
「えっ? リッテル、何を怒ってるんだ? まさか、さっきの抱っこ……今やらかすつもりか?」
「そうじゃなくて! 私もハニーって、呼ばれてみたい!」
「……はい?」
パードゥン? リッテルさん、も1つ……パァァァドゥゥゥン⁇ なんですと? と、言うか……。
「今はそんな事を言っている場合じゃないだろ……」
「でも、それだったら、今すぐできるでしょ⁉︎」
確かに……呼び名を変えるのは、すぐにできるな。だけど、俺だって心の準備ってものが……。
「あ・な・た?」
「……は、はい……どうしたの、ハニー」
「うっふふふふふ……! いいわね、ハニーって呼ばれるのも……!」
「そ、そうか……」
「うわぁ……」
「パパ、これ……大丈夫です?」
「……多分、大丈夫じゃないと思う」
「ですよね……」
クソガキ共に生ぬるい視線と励ましを頂くと、俺の方は感激で泣いちゃいそう。とりあえず、お前らがいい子なのはよく分かったぞ。帰ったらおやつをやろうな。
「それで、ね。ヴァルプスちゃんは僕とハニーとで探すから、マモンにはバビロンの送迎をお願いしたいんだけど」
「はい? バビロンさんを送迎って……どこに?」
「うん……バビロンはアケーディアのところに行くつもりらしいんだ。だから、マモンのポインテッドポータルで、リルグに連れて行ってあげて欲しいんだけど。……頼める?」
「俺は構わないけど……。お前はそれでいいのか?」
だって、お前はバビロンのために色々と頑張っていたじゃん。それなのに……?
「うん、それでいいんだよ。僕はバビロンがバビロンらしくいられれば、それ以上を望むつもりはないさ。まぁ、確かにちょっと悔しいけどん? ……でも、バビロンも悪魔だし。彼女が本当に望むことを、望むようにさせてあげるのも、大事だと思うな」
「……」
ベルゼブブの面倒見の良さは相変わらず……か。そこまで言われれば、俺の方はバビロンさんを送り届ける方を担当しますけど。しかし、ヴァルプス探しの方は送迎と違って、相当に難易度が高いと思う。それこそ、そっちはどうするつもりなんだ?
「しかし、ベルゼブブ。お前……ヴァルプスさんをどうやって探すつもりだよ。手がかりとか、あるのか?」
「ふふふ〜ん。もっちろん! さっき、ちょっぴり険悪な感じだったからね。念のため、サンドスニーキングの準備をしておいたんだ。だから、バッチリヴァルプスちゃんの行方を探してあげる★」
お気楽な空気とは裏腹に、ベルゼブブはやっぱり底知れないと身震いする。……この状況で、そこまで仕込んでくるとか。どんだけ、勘がいいんだよ。
「それにね。デミエレメントちゃん達も、ヴァルプスちゃんが裏路地に入っていくのを見かけたんだって」
「デミエレメント達……あぁ、あいつらか。確か、ロジェとタールカって言ったか?」
「うん。そんな名前だったかな。よければ、あの子達もリルグに連れて行ってあげてくれる? ……なんだかんだで、バビロンに懐いているみたいだし、腐っててもアケーディアも心配みたいだし」
「そうか。そこまで手筈が整っているんなら、俺は案内役を買って出ましょうかね。リッテルもそれでいいか?」
何気なくリルグ行きを提案してみたけれど、肝心のリッテルからの返事がない。えっと……リルグに行くの、そんなに嫌なのか……?
「あなた?」
「あ?」
「……呼び名、戻ってるわ」
「へっ?」
まさか……これから先、ハニーってずっと言わないといけないのか? あんな小っ恥ずかしいセリフはベルゼブブだけでいいだろ! 俺の羞恥心にも理解を示してくれ!
「いや、だからぁ……」
「……あ・な・た?」
怖い、怖い、怖い! リッテルさん、お顔が近い上におっかない! 何だか、君の背後から「ゴゴゴゴ……!」って効果音が聞こえる気がする!
「ハ、ハニー……リルグに一緒に来てくれる? そんでもって……その後は魔界に帰るで、いいかな?」
「えぇ、もちろん! ダーリンと一緒なら、どこにでも行っちゃうんだから!」
気色悪いセリフを吐いた瞬間、自分の顔がヒクッと引き攣るのを確かに感じる。そうして楽しそうなのは、嫁さんばかりかな。ラミュエルもあっけに取られているし、クソガキ共はとっても穏やかな眼差しで俺を見つめているし。何より……言い出しっぺのベルゼブブもドン引きしているっぽい。
「……おい、ベルゼブブ。責任、取れよ……?」
「い、いや……これは僕のせいでもないでしょ。……リッテルちゃんのキャピキャピ加減は、元々だと思うし」
「……」
ゔっ……その通りかも知れない……! リッテルは元から、こんな感じだったかも……!
しかし……甘ったるいのは、2人きりの時だけにして欲しいんだな。お願いだから、大衆の前で臆面もなくキャピキャピ(多分、死語)加減を発揮しないでください。これは君のダーリンからの、心からのお願いです。