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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第3章】夢の結婚生活?
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3−24 ただし、魔力の消費は前払い

 今日は手始めにと、ハーヴェンさんにタルルトに連れて来てもらった。だけど、孤児院の荒れ方にどうしてこんな事になってしまったのだろうと、今更ながら思う。

 誰も住んでいない孤児院は、僕達の存在を丸ごと忘れてしまったかのようにひんやりとしていて。……みんなで身を寄せあうように眠っていた部屋には、僕達が生きていた形跡は何も残っていない。


「ギノ、大丈夫?」

「うん、大丈夫。やっぱりあの時、行かなかった方が良かったのかな……。僕は助かったけど、他のみんなは……」


 そんな風にしょげている僕の頭を、ハーヴェンさん優しく撫でてくれる。


「何が正しかったか……なんて、誰にも分からないさ。あの時はそれが1番いいと思って、アーチェッタに行ったんだろ? プランシーもみんなを少しでも幸せにしてやりたくて、それを選択したんだ。結果は確かに酷いものだったのかもしれないが、あの時のことを間違っていたなんて思ったら……プランシーも可哀想だろう?」

「そうですね。みんな、お腹いっぱいご飯が食べられるって、喜んでいたし……。ただ、途中で引き返すこともできたんじゃないかって、思うんです」

「お?」

「僕も含めて子供は14人いたんですけど、アーチェッタに一緒に連れて行かれたのは、僕の他に4人だけなんです。途中で他の9人は、別の馬車で違うところに連れて行かれて……神父様も話が違うって、お迎えの人にお話ししていたんだけど……。怪我していたりする子はまず治療をしてから、って言われて……。それで、神父様はそちらに付いていく事になったんですけど、その日が神父様とお話しした最後の日だったんです。……何かがおかしい事に気づけたら、今頃はみんなで生きていられたのかななんて、つい考えてしまうんです……」


 僕の答えに、ハーヴェンさんが難しい顔をしている。多分、何か思うところがあるのだろう。


「ね、ギノ、そういえばこの先って、何があるの?」

「え?」


 僕とハーヴェンさんがお話ししている横で、エルが見覚えのないドアを指差している。あれ? こんな所にドアなんてあったっけ……?


「確か、ここには神様の像が置いてあって、壁に勇者さまの肖像画がかかってて……。ここにドアがあるなんて、知らなかった」

「お頭。このドアの先、油の匂いがするでヤンす」


 油の匂い? 火事になるからって、油なんて置いていなかったけど……。

 そんな僕の疑問をよそに、ハーヴェンさんがコンタローに尋ねる。


「……どのくらい前に使われた油の匂いか、分かるか?」

「もちろんでヤンすよ。……う〜ん、そうですね。多分、ほんの2日間の間で使われた油の匂いでヤンす」


 コンタローは、どうしてそんな事が分かるのだろう。

 きっと、不思議そうな顔をしている僕とエルに気づいたみたいで……ハーヴェンさんがしっかり、理由を教えてくれる。


「ウコバクは極悪人を苦しめるために、業火釜の番をしている悪魔でな。普段は火を絶やさないように、油を注ぐ仕事をしているんだけど。魔界っていうのは結構、細かいルールがある場所でさ。油は古い方から使う習わしになっている。だからウコバクの鼻は油の鮮度と、その油にいつ火が点けられたかを、正確に嗅ぎわけることができるんだ。で、自慢の鼻によると……ドアの先で2日以内に火を使った奴がいる、と。……どうする? 行ってみるか?」


 誰もいないはずの元孤児院。そして隠されていたらしいドアの先で最近、誰かが何かをしていた。少し気味が悪い気もしたけれど、今は1人じゃないし……きっと大丈夫だろう。そんなことを考えているうちに、エルが既にドアノブに手を伸ばしている。でも……。


「このドア開かないよ?」

「鍵がかかっているのか。それじゃ、コンタロー。またまたお前の出番だな」

「あい!」


 ハーヴェンさんに言われて、コンタローはドアにちょこちょこ歩み寄ると……ポシェットから長い柄のついたスプーンみたいな物を取り出す。そうして、ちっちゃな羽でパタパタとドアノブの前に浮いて、スプーンでコンコンとノブを叩いた。すると……ガチャリと音がして、ドアが向こう側に開く。


「どうでヤンすか?」

「流石、俺の子分。油と相性のいい道具の扱いは、お手ものものだな?」

「アフフフフ〜」


 そう言われて、コンタローは嬉しそうにハーヴェンさんの元に飛んでいく。ハーヴェンさんもコンタローをキャッチすると、「偉いぞ〜」なんて言いながら頭を撫でてあげている。


「でも、どうして? コンタローのそれ、魔法じゃなさそうだったけど……」

「あぁ、ウコバクの油匙は釜に油を注ぐだけじゃないんだよ。油を必要としている道具や物に油を差してやることで、一時的に言うことを聞かせることもできるんだ。いわゆる魔法道具の一種だな。ウコバクはみんなそれぞれ、自分専用のマイ油匙を持っていて、魔界の炎で鍛えられた特注品を大事にしているんだ」

「コンタローって、モフモフなだけじゃないんだね! すごい! エルノア、ちょっと見直したかも」

「アフフフ、おいらこんなに褒められるの初めてでヤンす。……おいらは色々と下手っぴだから、こうしてお役に立てて嬉しいでヤンす」


 控えめにそう言いつつも、コンタローはちょっと得意げだ。


「で、ハーヴェン。この先、地下に繋がっているみたいだけど……う〜ん。ただ、今は誰もいないみたい……かな?」


 エルはエルで相手の感情を読み取る能力があるって、父さまが言っていたけれど。そうか、それはつまり……周りに他の誰かがいるかも分かるってことなんだ。こうしてみると……精霊とか悪魔って人間がどんなに頑張っても敵わない相手なんだな、ってつくづく思う。


「そうか。エルノアがそう言うんなら、誰もいないんだろう。だとすれば……ちょっと中を見て回るくらいは、問題なさそうだな?」

「そうですね。まだお昼だし、門番さんに言われた時間まで余裕もあります。少し、先を確認してみたいです」

「よっし。それじゃ、行くとするか」


 地下に続く螺旋階段を、コンタローが灯している炎を頼りに降りて行く。暗い中で、コンタローの一際目立つお尻の白い毛を頼りに降りること……数分。薄暗い地下室にたどり着いたけれど、伽藍堂なだけの湿った空気の部屋には妙な違和感があった。


「……この部屋、微かに魔力が残っているな。最近、誰かが魔法を使った後みたいだな」

「魔法を使った後……?」

「あぁ。ある程度の自動継続仕様に、錬成度を高めて構築した魔法だろう。だから、術者がいなくなった後もしばらく効果が残っていて……ついさっきまで発動していました、って感じだな」

「錬成度……って確か、錬成のステップの時に込める魔力量のことでしたっけ?」

「まぁ、そんなところだ。錬成では魔法の骨格を構築すると思うが、補助魔法と回復魔法は自動継続の構築を組み込んで錬成度を高めてやれば……効果範囲の他に、度合によって継続させられる時間を調節することもできるんだよ。ただし、魔力の消費は前払いの上に便利な分、かなりの利息も取られる。だから、発動時間を決める必要がない場合や、その場を離れなければいけない用事でもない限り、自動継続の構築は避けたほうが無難だろう」

「父さまにもその辺は何となく、教わりましたけど……概念を覚えるのに精一杯で、そこまで深く気にしていませんでした」

「それは仕方ないだろ。ギノはまだ、精霊になって日が浅いんだし」

「魔法って本当に奥深いんですね……。父さまに魔法の構築についても、もっと詳しく教わってみます」

「そうだな。とは言え……折角だから、ついでに攻撃魔法についても話しておこうかな。攻撃魔法は種類によって継続時間が決まっているから、長めの効果を発動させるにはそれなりの魔法を使うしかないし、錬成度を高めた結果に反映されるのは時間じゃなくて、威力の方だ。ほれ、ゲルニカが青い炎のファイアボールを使っていたと思うけど、あれはファイアボールに対して錬成度を最大限に高めたことで青い炎……つまり炎の温度と威力を最大出力にした状態のものでな。一言に魔法って言っても、効果・範囲・威力は術者によって千差万別。同じ魔法でも使い手の力量が違えば、大きな差が出る。その辺はきちんと覚えておけよ」

「私、そんなこと考えたことなかったかも……」

「そか。それじゃ、エルノアもギノと一緒にゲルニカに教わるといいんじゃないか? 多分、俺よりも上手に教えてくれるだろ」

「うん!」

「おいらも一緒に教わるでヤンす」

「おぅ、そうだな。折角だし、コンタローもついでに教えてもらえ。しかし……この魔力の感じはどうも、光属性の魔法みたいだな。う〜ん。もう効果自体は切れちまっているみたいだし、魔法の種類を特定するのは難しいかな……」


 そう言いながら、ハーヴェンさんがあたりを見回している。小さなお堂があるくらいで、特別隠す必要もなさそうな部屋が、どうしてわざわざ地下室になっているのか分からない。


「お頭、これ、なんでヤンしょ?」

「お?」

「なんだろう? なんかの切れ端? でヤンしょか?」


 そんな地下室で何かを見つけたらしいコンタローの手には、赤い切れ端が握られている。特になんの変哲もないただの布切れにしか見えないけど……コンタローが布切れの匂いをクンクン嗅いで、予想外のことを言い出した。


「……お頭。これ、血の匂いがするでヤンす。しかも、片方は多分……お頭の血でヤンす」

「えっ⁉︎」


 ハーヴェンさんの……血? どういうこと?


「……あぁ、なるほど。そいつは、俺がハールだった時の遺物だろうな。そんな物がある時点で、ここに出入りしていたのは教会関係者か」

「ハーヴェンさんが……ハール? ハールって、あの勇者さまのこと⁇」

「……お前達にはまだ話してなかったな。まぁ、その話はちょいと長くなるから……また後で」

「あと、お頭。この布と同じ匂いが……他の場所にあるみたいでヤンす」

「ん?」

「う〜んと……あ、お堂の中でヤンす」

「そうか。じゃ、ちょっと調べてみるか?」


 コンタローの明かりを頼りに、ポツンと置かれているお堂を調べるハーヴェンさん。小さなお堂ではあるけれど、中には何かが納められていたらしい。しばらくして……こちらに向き直ったハーヴェンさんの手には、小さな箱が乗せられていた。


「こいつは鍵……なるほど、サンクチュアリピースみたいだな」

「サンクチュアリピース? ハーヴェンさんが父さまのお屋敷に来る時に使っている……あれですか?」

「そうそう、それ。で、この鍵はどこに繋がっているんだろうな……しかし、変に使用者が限定されている鍵だったら不用意に使うと、トラップが発動しかねないし。……このままにしておくか」

「え? 使わないの?」

「あぁ、呪いの類が掛かっている可能性もあるし。それに、こんな場所に置かれたままなんだ。多分、持ち出せない理由があるんだろう」

「ふ〜ん?」


 今すぐに使えばいいじゃない、と言わんばかりのエルに……ハーヴェンさんが使わない理由を説明してくれる。


「さっきまで魔法が発動していたかもしれない、って言ったろ?」

「うん……」

「もし……その魔法がこいつと関係しているなら、お清めの魔法だった可能性が高い」

「お清め……?」

「こいつは多分、今は正常に使えない状態なんだろう。それでなくても、魔法道具は使用者がはっきりしていないものは、迂闊に使わない方がいい。……性質上、魔力だけでなく、瘴気も溜めやすいからな」


 コンタローの灯りに照らされたそれを見れば、鍵の頭には真っ赤な宝石が付いていた。そうしてハーヴェンさんは鍵を触ることなく箱の蓋を閉めて、お堂の中に戻す。


「じゃぁ、ここで魔法を使っていたのは……」

「鍵を使いたい、どっかの誰かさんの可能性が高いだろうな」


 そうか……。つまり、魔法を使っている時点で……人間じゃないってことか。


「神父様……ではなさそうですね」

「……あぁ。残念だが、そうだろうな。とりあえず、帰るぞ。こんなカビ臭いところにずっといるのも、気が滅入っちまう。ほれ、帰り道がてらハールの話をしてやるから。今日はこの辺で切り上げようぜ」

「うん、そうだね。ここにはもう誰もいないみたいだし……それに私、ハーヴェンの話聞きたい」

「僕も賛成です。……一度、帰りましょう」

「あい!」


 ハーヴェンさんの切り上げ方が少しだけ、強引な気がする。妙な避け方が気になるけれど……ハーヴェンさんの様子に、何故かそれ以上は聞かない方がいいと、僕は変に考え込んでしまう。


(それにしても……あのちっぽけな鍵に、どんな秘密があるというのだろう?)

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