20−49 ドラグニールの本音
「叙勲を。ドラゴンプリエステス・エルノアの名において、命じます。べへモス・ギノを地属性のエレメントマスターに任命し、白の樹海の統治をお願いします」
まだまだ幼い面影を残しながらも、竜女帝様となったエルノアが堂々と改めて家臣となった、少年竜族に叙勲を言い渡す。
「その任、謹んでお受け致します。……竜女帝様に一層の忠誠を」
そしてエルノアからお役目を拝命し、こちらも堂々と返事をするギノ。何だろう。場違いにも私自身、彼らの成長に込み上げるものがある。立派になったな、2人とも……。もしかして、親心って……こんな感じなのだろうか。
「ありがとう……えぇと。それで、叙勲ってこんな感じでいいのかな? ドラグニール様」
しかし、折角の感動の涙が……エルノアのちょっぴり間抜けな反応に、思わず引っ込む。ゔっ……思いっきり鼻を啜ったせいか、涙の代わりに鼻水が出てきた。
「何じゃ……途中までは完璧じゃったのに、最後の最後に間抜けな声を出しおってからに」
「本当⁉︎ 完璧だった? 私、きちんと竜女帝になれたかな⁉︎ ねぇ、ギノ! どう思う⁉︎」
「う、うん……僕が返事するまでは完璧だったと思う……」
不安そうな表情を切り替えて、最後は結局、頓狂な歓声を上げている新米の竜女帝。そう……今の私は、あれよあれよという間に竜王城に連れ出され、謁見の間で壁の花と化している。
使命を帯びたギノを連れて、竜界へ赴けば。私がメッセンジャーの役割だけは、最低限こなした事を察したのだろう。ゲルニカの屋敷に着くや否や、こうして竜王城に連行されているのだが。……あぁ、まさか。竜女帝・エルノアの大一番(しかも初仕事)を見守る事になるなんて。今更ながら場違いじゃなかろうかと、心配になってしまう。竜族のトップ2名(エルノアとドラグニールの使者)に加え、長老様以外のエレメントマスターが揃い踏みしている空間に連れ出されては……そもそも、緊張するなという方が無理だ。エルノアのややズッコケた天然ボケに、少し救われた感もあるが……やっぱり、神経が縮む感じは否めない。
「……大天使殿もすまぬの、こちらの事情に付き合わせて」
「いいえ、滅相もございません。エルノアもギノも、私が契約している大切な精霊なのです。寧ろ、こうして大事な儀式に同席させていただいただけでも、恐れ多い事です……」
「相変わらず、謙虚だの。大天使ともなれば、もうちょっと威張っても良いのだぞ? のぅ、バハムート……は、水を向ける相手を間違えておるか。……天使殿もへなちょこバハムートも、もう少し自信を持って良いだろうに……」
「そう申されましても……」
相変わらず「へなちょこ」と呼ばれたゲルニカが、困ったように肩を竦める。それでも、きっとこの場の全員が肌で感じてもいる事だろう。ドラグニールの軽口が妙に重たい空気を、軽やかにするための気遣いだということも。引き合いに出されたゲルニカには悪いが、彼女の戯けた振る舞いがなければ、エレメントマスター達も含めてもっと暗い顔をしていたに違いない。
「さて……と。天使殿。ところで、ユグドラシルの状況はいかがかの?」
「はい。現在、ユグドラシルは大天使・ミシェルによる継続的な浄化作業もあり、徐々に回復しつつあります。僅かではありますが、魔力を吐き出し始めた傾向もありますし、明日より女神代行の使者も現地に向かわせる予定となっておりますので……浄化作業も大幅に進められるかと」
「では……そちらは使者もきちんと見つけてくれたのだな?」
「えぇ。彼女には慣れる期間と鍛錬も必要ではありますが……報告ではクシヒメ様との相性も悪くないようで、女神様のサポートも期待できそうです」
「そうか、そうか。それは何よりじゃ」
質問されるがままに、あらかじめ目を通しておいたミシェル様とネッドのレポート内容をドラグニールに伝える。長らくお待たせしてしまった気がするが、ようやくドラグニールにもある程度の成果を報告できて、一安心と言ったところか。しかし……。
「……良い良い、分かっておる。ユグドラシルは本調子にはまだまだ遠い。故に、大主様もオフィーリアも……覚悟はできておるようでな」
「そう、ですか……」
「そう萎れるでない、天使殿。これは我らが一族で決めた事。オフィーリアは今まさに、大主様の前で祈りを捧げておる。……故に、天使殿達にはあやつの心意気を無駄にせぬよう、精進していただかねばならんの?」
精進……か。そうだな。私だって、そろそろ泣いてばかりもいられない。それでなくても、昨日も散々泣いたばかりだろうに。この調子では、背中の8翼もただのお飾りになってしまうだろう。そうして、返事をするついでに壁の花な立場も脱出し。ここはきちんと返答せねばと、改めて背筋を伸ばす。
「もちろんです。……我らが出来る限りの尽力を、お約束致しましょう」
「ふむ……その言葉にも嘘はなさそうじゃな。やはり、ルシエル様は頼りになる。我らの無理難題にもきちんと応じた上に……結果も持ち帰ってくるのだから。正直、この婆様は驚いておる。……ユグドラシルの使者を探して来いなどと言ってみたところで、到底叶えられぬと侮っておった」
侮っていた……か。少々、厳しめなお言葉だが……これはおそらく、ドラグニールの本音だろう。
竜族は天使に対して、あまりいい感情を抱いていない。もちろん、今はだいぶ穏やかになったように思えるが、本当の原因が原因なだけに、根こそぎ大々的に公表できる内容でもない。
しかしながら、あまりに大胆で明け透けなドラグニールの自白に、エレメントマスター達も苦笑いを隠せない様子。彼らも一律、本当の事情は知っているようだが……エルノアの前だと、余計にやりづらい。とりあえず、婆様。ここは少し空気を読んでください。
「もぅ、大丈夫だもん。私もちょっとは大人になったんだから、そんなに心配しないでよ」
「えっ?」
「……ルシエルが思い浮かべているのは、ハミュエルさんの事だよね? ……大丈夫よ。お祖母様もちゃんと分かっていたし、私だってちゃんとお話聞いてたもん。……もう2度と、誰かがあんな風に悲しい別れをしなくて済むように、私達も頑張らなきゃ」
「そう、だね。うん……エルノアの言う通りだ。……今度こそ、大切な事を見失わないようにしないと」
「うん!」
エルノアの口調は相変わらず、やや子供っぽいが。発言の内容は明らかに、大人顔負けの的確さだ。なるほど、これが新しい竜女帝様の本領……か。素早く周囲の空気や感情を察知し、相手の気持ちを慮って、最適な言葉で励ます。それにしても……。
(いつの間に、エルノアはこんなにも頼もしくなったのだろう。……ふふ。人間界で出会った頃の事が、嘘みたいだ)
元々エルノアは元気いっぱいで、屈託のない子だったけれど。いつもと変わらずにコロコロと笑いながらも、すっかりお姉さんになってしまって。彼女の成長には嬉しいと同時に、ちょっと寂しさを感じるのは……やっぱり、親心もどきの感傷なんだろうか。